臨時受付嬢の恋愛事情

永久(時永)めぐる

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トリック・オア・トリート?

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 十月三十一日はハロウィン。
 ここ数年でだいぶ日本でも浸透して来たけれど、あと何年かしたらクリスマスみたいに定着しそうだよね。
 ジャック・オ・ランタンと魔女と黒猫とお化けが街のあちこちに溢れていて、オレンジと紫と黒と。ちょっと毒々しいけど可愛い色彩が目に楽しい。
 そんな風景をぼーっと眺めながら、私はベンチに座って人を待っている。
 待ち合わせ相手の和司さんからは、さっき十五分ぐらい遅れると連絡が入った。遅刻なんて彼にしてはだいぶ珍しい。きっと仕事が立て込んでいるのだろう。
 無理して欲しくないし、もし忙しいなら今日は中止しようと言ったのだけれど

『忙しくない! 断じて忙しくない! 単に兄貴の我がままに付き合わされただけだから!』

 とすごい剣幕でまくしたてられた。
 不機嫌そうな声だったけど、今日の和司さんは館花専務からいったい何を指示されたんだろう? 彼に聞いても『大したことじゃない』なんて鼻にシワをよせて嫌そうな顔をするだけで、きっと教えて貰えないんだろうな。そんなことを考えるだけで笑いがこみ上げてくる。

 そうやって待っている間にもどんどんと辺りは暗くなって、スプーキーなハロウィンの夜がやってくる。
 そんな夕闇を見ているうちに、ちょっとした悪戯心が沸き起こってきた。

「雪乃、ごめん! お待たせ」

 軽快な足音とともに少し息を切らした和司さんが駆け寄ってきた。走ったせいだろう、髪が少し乱れている。いつもは隙なんて全くないくらいきっちりしているのに。急いでくれた彼の優しさが嬉しくて、胸の奥がぎゅっと痛くなる。
 立ち上がって彼に手を伸ばし、乱れた髪をそっと払った。和司さんは驚いたように少し目を見開いて、それからゆっくりと微笑んだ。
 人当たりが良いけれど、その実、人を寄せ付けたがらない彼に触れるたびに、触れることを許されたというその幸せを思う。
 この先もこうやって彼のそばにいられますように。心の底で独占欲丸出しなことを思いつつ、私はさっき湧いた悪戯心のまま口を開いた。

「トリック・オア・トリート!」

 開口一番でそう言われた和司さんは、不思議そうな顔をして、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「トリック!」
「へっ!?」

 お菓子じゃなくて悪戯がいいの!?
 今度は私がぽかんとする番だった。
 胸を張ってトリックと答えた和司さんは、にやにやと意地悪気な笑みを浮かべて私を見下ろしている。

「あの?」
「お菓子はあげない。と言うわけで、悪戯をどーぞ!」

 意地悪な笑みが更に深くなる。

「えーと……悪戯、していいんです、か……?」
「もちろん! 出来るなら色っぽい悪戯が良いんだけど」

 …………。
 な、なん、なんだってーーっ!!
 呆気にとられている私をよそに和司さんは楽しそうだ。

「リッ、リクエストは却下です!」

 びしっと人差し指を突き付けて宣言する。

「和司さん、今晩は覚悟してください。夕食には激辛の何かや、激甘の何かが潜んでるかもしれませんので!!」
「ちょっと待て! 食べ物で遊んじゃダメだろう!!」

 確かに和司さんの言う通りだ。

「じゃあ別の……何が良いですかね? 本気で和司さんが困るようなやつ……いま考えますからちょっと待ってくださいね」
「ええええ!? ちょ、待って。考えなくていい! 考えなくていいから。ごめん、そんなに本気で悩むと思わなくて。雪乃、さっきの取り消す! ――あ、そうだ。ちょっと待ってて」

 そう言いながら彼は手に持っていたビジネスバッグを開けて、何かを探している。

「あ、あった!」

 そう呟く彼の手の中には、何やらキャンディの包み紙のようなものがある。その小さな包みの封を開け、中身を私の目の前に差し出す。
 丸いそれは間違いなくキャンディだ。

「雪乃、くち開けて」
「え? あ、はい?」

 つい口を開けたら、和司さんはすかさずそれを私の口に放り込んだ。反射的に閉じた口の中に甘酸っぱい味が広がる。

「あ、美味しい……」

 思わずつぶやいたら、彼はしてやったりというような顔をした。

「同僚のお土産。さて。お菓子あげたから悪戯はなし、ね?」
「トリック・オア・トリートって言ったこと自体が悪戯のつもりだったんですけど……」
「あれ? そうなの?」
「悪戯したうえにキャンディまで貰っちゃって……私、得しちゃいました」

 今日こそ和司さんを出し抜けたみたい! いつもからかわれてばっかりなのでちょっと嬉しい。
 と思ったのに、見上げた彼の顔は何かを企んでいるような黒ーい表情をしている。嫌な予感が頭をよぎる。
 
「和司さん、そろそろ帰りましょ!」

 白々しい話題転換だけど、とりあえずこの場から逃げねば。そそくさと歩き出そうとしたのに急に腰を攫われて、気がついたら和司さんにがっちり捕まっていた。

「過払い分は回収しないとね」

 彼の言葉を理解するより先に、彼の唇が落ちてきた。彼を待つ間少し冷えてしまった唇に、彼の熱が伝わってくる。
 彼はすぐに離れたけれど、夜とはいえ、そして人通りが途切れたとはいえ、歩道の片隅でキスするなんて信じられないっ! 呆然とする私に向かって彼は艶めいた目をしたまま笑う。

「確かにその飴、甘くて美味しいね」

 少し濡れた唇が言葉を紡ぐためにゆっくりと動く。その艶めかしさに居たたまれなくなった私は、それを振り払うように彼を咎めた。

「か、か、和司さん!! 何するんですかーーっ!!」
「トリック・オア・トリート! ってことで、俺は雪乃からおかし貰っただけだよ」

 熱くなる頬を手で覆いながら叫べば、彼は弾けるように楽しげな笑い声を上げた。

 トリック・『オア』・トリートじゃないよ!
 トリック・『アンド』・トリートだよ!

 なーんてことを思いながら、

「かっ、和司さんの意地悪ッ!」

 往来でキスしちゃった恥ずかしさでいたたまれなくなった私は、誤魔化すように歩き出した。

「雪乃、待ってよ!」

 和司さんが小走りで横に並んだ。

「ごめん。怒った?」
「怒ってないです。でも、すごく恥ずかしかったから……」
「ごめん」

 彼の手に自分の手を絡ませれば、彼はしっかり握り返してくれる。
 晩御飯をどうするか相談しながら、少し寒いハロウィンの夜を歩いた。






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2016.8.29 再掲載にあたり加筆修正を加えました。
初出:2013.10.31
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