臨時受付嬢の恋愛事情

永久(時永)めぐる

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エンゲージリングと無数の星

3話:ただいま

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 ほどなくして降り立った地も快晴で、小春日和と言うのにふさわしい暖かさだった。
 羽織ったコートのウエストのリボンを撫でつつ、脱ごうかと悩んだけれど、結局着たままに決めた。
 去年の春、汚れてしまったコートの代わりに和司さんがプレゼントしてくれたもので、着ているとなんとなく落ち着くから。
 空港前の広々としたロータリーに停まっていたタクシーに乗り込んで、空港から約三十分。
 渋滞もなく車は順調に進み、降りたのは新築の五階建てのオフィスビルの真ん前。
 周りのビルに比べて人の出入りが激しく見えるのは、完成して間もないため、どの企業もほぼ同時期に入居を開始しているからだろう。
 真新しい匂いのする事務所には既に四人が勤務している。所長と、営業担当がふたり、そして事務員がひとり。
 契約社員として現地採用になった女性事務員――江藤さんという方は、今日が初出社らしい。
 彼女も私も初めての場所であたふたしながら、それでも他の三人の手助けを受けつつ、何とか一日目に予定していたことは全てこなせた。
 彼女は私と同年代で、話し方や性格がさばさばしていて少し美香ちゃんに似ている。
 すごくよく気が付く人で、仕事のコツを飲み込みも早い。
 大きなトラブルもなくてスケジュール通りどころか、ハイペースで予定が消化されていった。出張も半ばを過ぎたあたりで、帰りの飛行機を夜の便から、午後の便へと早めるほどに。

 仕事中は気にならないけれど、宿泊先のホテルに戻るとどうしても寂しさが胸に湧いてくる。そういえばこんなに長い間、一人で夜を過ごすのは初めてだ。
 見るともなしにつけっぱなしにしたテレビではバラエティ番組が流れていて、時折どっと笑い声が起きる。普段なら家族と一緒に楽しく見てるはずだと思えば、笑い声さえ寂しさを際立たせるものでしかなくて、すぐに消してしまった。
 ため息を吐きつつ勢いよくベッドに座れば、二度三度と体がはねた。

「和司さん、今ごろ何してるかなぁ」

 今頃はまだ会社かな? それとも、もう家に帰ってるかな? 声が聴きたい。
 携帯を手に、和司さんの番号を呼び出した。
 けれど……。
 もし仕事中だとしたら邪魔はしたくない。
 私が帰るのはちょうどバレンタインデー。一目で良いから会えないかと思って、予定を聞くためのメールを送ったけれど、いまだに返事は来ていない。
 いつもは手が空き次第返信してくれるのに、今回に限っては何日も返事がない。と言うことは相当仕事が忙しいんだろう。
 そうと思うと通話ボタンを押すのが躊躇われて、結局押せないままベッドの上に放り出した。

「んー。とりあえずメールしておこうかな」

 電話は諦めて、メール画面を立ち上げた。
 いつも通り書いては消し、書いては消しを繰り返し、挙句の果てに出来上がった素っ気ない文面で、帰りの予定を早めたことと到着時間を送った。

「会いたいなぁ」

 絶対言うまいと思っていたと弱音が口をついてしまったのは、夜特有の感傷に負けただけだと思いたい。







 出張は半ばを過ぎれば後は矢のように過ぎて、気が付けば十四日になっていた。
 あの後も和司さんからの返信はなくて、今日は帰っても彼には会えなさそうだ。

「仕方ないよね、忙しい人だし!」

 こんなことで落ち込んでてどうするの! と頬を叩いて気合を入れる。
 荷物の整理は昨夜終わってるし、あとは朝ごはんを食べてチェックアウトすればいいだけ。
 私はベッドの上に勢いよくひっくり返って天井を見上げた。真っ白いそこにカーテンから漏れた朝日がレース模様を作っている。

「なーんかあっという間だったな」

 良い経験だから行っておいでと言ってくれた和司さんの言葉を思い出す。彼の言う通り確かに良い経験をさせて貰ったと思う。

「さて! ご飯食べてこよっと」

 ルームキーと朝食券をバッグに入れて部屋を出た。
 成長したかどうかは疑問だけど、たった一週間なのに確実に独り言が多くなっている。そんなことに気付いて私はひとり苦笑いした。 
 教えることは全て教え終わっているので、今日の午前中は再確認の作業だけ。お昼を食べたら空港に向かう。
 新事務所のメンバーはみんな良い方ばかりで、短い間一緒に仕事をしただけなのにちょっと別れがたくなっていた。
 特に江藤さんとはずいぶん打ち解けて、携帯の番号とメアドまで交換したり。
 昼休みと同時に私はみんなにお別れの挨拶をして営業所をあとにした。
 平日昼と言うこともあってか空車のタクシーはなかなか見当たらないかなと思ったけれど、運よく捕まえられた。
 一週間前は見知らぬ街で、どこかよそよそしく感じたここも、一週間のうちに少し身近に感じられるようになったし、もうよそよそしいとも思わない。流れさる景色を眺めながら、また来る機会があったらいいなぁとぼんやりと考えていた。







 十五時発の便は定刻通りに出発した。
 この一週間は冬晴れの日が続き、朝晩は酷く冷え込むけれど、日中は暖かい。機内から見える景色もうららかで、西に傾いた日が世界を薄い黄昏色に染めている。
 地上から見上げるのとは全く違う顔を見せる富士山を眺めながら、もうすぐ戻れるんだと、肩の力が抜けた。
 空の旅は行きと同じでほぼ一時間程度。定刻通りにの到着だった。
 広々とした到着ロビーはそこそこ混雑している。
 沢山の人々が行き交う中、私は開いているベンチを見つけて座った。
 搭乗する際にオフにておいた携帯の電源を入れるためだ。
 電源ボタンを長押し、起動画面が表示される。少しして表れた待受け画面には着信と留守メッセージがそれぞれ一件ずつあると表示されている。
 着信は和司さんから。きっと留守メッセージも彼からだろう。
 私は慌ててメッセージを聞く。

『雪乃? ごめん。今朝のメール、今読んだ。あ、今は十四時半ね。そろそろ搭乗した頃かな? 飛行機の到着時間了解した。何が何でも迎えに行くから、到着ロビーのあたりで待ってて。空港着いたらまた電話する。じゃあ』

 忙しい合間をぬっての連絡だったのか、いつもの和司さんらしくないほどせわしない早口の伝言。
 迎えに来るって……それってすっごく無理してるんじゃないの!? 
 慌てて電話をかけてみたけれど繋がらなくて、留守番電話サービスへと接続されてしまった。電話に出られない理由については色々な可能性がある。いずれにせよ、立て続けに電話をするのは迷惑になるのだし、行き違いになるのも怖いから、しばらくここでじっとしているのが一番良さそうだ。
 もししばらく待っても彼が来なかったり、連絡がなかったらもう一度連絡してみよう。
 もともとはもっと遅く帰ってくる予定だったし、今日はこのまま直帰していいと言われているし、大して疲れてもいないし、待つのは全然苦にならないのだから。
 着信したらすぐ気が付くように、手に携帯を持ったまま目の前の雑踏をぼんやりと見つめる。色々な人が自分の目的地に向かって、自分のペースで歩いて、そして交差する。沢山の人にそれぞれの用事があってここにいて、そしてそれは私も同じで、そう考えるとなんだか不思議な気分になってくる。
 そうやって行き交う人々をぼんやりと眺めていたけれど、だんだん手持ち無沙汰になったので立ち上がった。上の階には色々なお店が入っているはずだ。そこをブラブラと見て回りながら和司さんを待とう。
 ざっと辺りを見回して、一番手近なエスカレーターを見つけてそちらへ向かう。数歩踏み出したところでいきなり背後から腕が伸びてきた。

「ひゃっ!?」

 変な悲鳴が口から漏れる。何が起きたのか分からず混乱する私の耳に聞き慣れた、そして懐かしい声が聞こえてくる。

「待っててって言ったでしょ。どこに逃げるつもり?」

 からかいを含んだ声が甘い。体に回された腕にぎゅっと力がこもる。

「和司さん!」
「お帰り雪乃。予定より早く帰って来てくれて嬉しいよ」
「ただいま、です。――そろそろ離して貰えませんか」

 衆人環視の中でこの抱擁はひっじょーに恥ずかしい。嬉しいけれど恥ずかしい。

「もー。雪乃は相変わらず恥ずかしがり屋だなぁ」
「そう言うことじゃありませんっ!! 少しは時と場所を選んでください」

 真っ赤になりながら食ってかかってもあまり効果はないかも。

「場所? これ以上相応しい場所もないでしょ? 恋人同士が久々に再会したんだし!」

 涼しい顔でそんなことを言い放てる和司さんがある意味羨ましい。
 開いた口が塞がらず呆然としていると和司さんは楽しそうに笑って、今度は正面から抱きすくめられた。

「か、和司さんってばっ!!」
「本物の雪乃だー」

 咎める私の声は彼ののんびりしたそれに遮られた。
 ぎゅーっと抱きしめられてると周りの雑踏も見えないし、ざわめきも聞こえなくなって来て、恥ずかしがってばっかりいるのが少しだけ虚しくなってきた。
 そうっと彼の背中に手を回して、それから腕に力を込めた。

「ただいま帰りました、和司さん」

 もう一度ただいまを言うと、和司さんは小さく「うん」と頷いて、私を抱く手に力を込めた。
 ああ、帰ってきたんだ……
 心の底からそう思えて、肩から力が抜けた。


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