臨時受付嬢の恋愛事情

永久(時永)めぐる

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エンゲージリングと無数の星

4話:空港で

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「雪乃、長い出張で疲れたでしょ? すぐ帰る? 今日は車で来たから送るよ」

 せっかく会えたのに、すぐ帰るのは寂しい。
 和司さんの申し出に私は首を横に振った。

「そっか。じゃあ、どうしようか? どこか行きたいところ、ある?」
「行きたいところ、ですか」

 和司さんといられるのならどこでも!──と思っていても、それは恥ずかしくて口に出せない。
 すごく行きたい、見たいというわけじゃないけど、滅多に空港なんて来ないし、この前、改装が終わったってニュースにもなっていたから……

「和司さんが嫌じゃなかったら、このあたりを少し見て回りたいです」
「了解! じゃあ先にその荷物を車に積んで来るよ」

 彼は、横に置いたままにしていた小型のキャリーバッグを掴むと駐車場に向かって歩き出した。

「和司さん! 自分で持てますから!」
「疲れてるだろ? 俺がこれ置いてくる間、そのあたりで座って待ってなよ」

 慌てて後を追おうとしたら、にこやかながら有無を言わせない迫力で返事が返ってきた。
 彼は聞く耳は持たないといった風に背を向けて足早に去って行ってしまったので、後に残された形の私は、彼の勧めに従って近くのベンチで休ませてもらうことにした。







 午前中で仕事を終えて午後はタクシーやら飛行機に乗っていただけな私よりも、ぎりぎりまで仕事をして、それから車で駆けつけてくれた和司さんのほうがよっぽど疲れてるんじゃないかなぁと思いながら、目の前を行き交う人たちをぼんやりと眺める。
 足早に過ぎ去る人、ゆったりとした歩調で歩く人、楽しそうに談笑するグループ。
 そして再会を喜ぶ恋人らしきふたり連れ。あのふたりも会えなくて寂しい日々をすごしていたのかなと見知らぬそのふたりに親近感がわいてくる。
 それから和司さんの去っていった方向ばかりを眺めるようになったのは、そのふたりにちょっと当てられたからかもしれない。
 和司さんの姿が見えないのが妙に寂しくて、そんなふうにちょっとの我慢も出来なくなるぐらい逸る気持ちを大人げないと思う自分と、仕方がないと思う自分がせめぎ合う。

「重症、だよねぇ」

 ここ一週間ですっかりクセになっちゃった独り言がまた口を突いて出た。
 ほんの僅かな時間だったはずなのにずいぶんと長く感じられて、人ごみの中から彼の姿が見えた時には深いため息が漏れた。
 背の高い人はいるけれど、彼ほど目立つ人はなかなかいない。
 少し薄い色の髪が歩調に合わせて軽く後ろになびいて、切れ長の目が迷いなく前を見据えている。 よく、見目麗しい人がいると『周囲が色褪せて見える』って表現されることがあるけれど、それは少し違う。彼だけが周りの景色より鮮やかに見えると言ったほうが正しい。

 和司さんはまだ私の姿に気づいていない。きっとこうして座っていると人ごみに遮られてしまって彼からは見えないのだろう。なのに、不思議なほど正確に私へ向かってくる。
 このまま彼が気が付くまでじっと見ていたい気もしたけれど、時間が惜しくて彼の名前を呼んで、手を振った。それほど大きな声ではなかったけれど、ちゃんと彼に届いたらしい。
 目が合った途端、彼の相好が崩れ、そうすると近寄りがたいような怜悧さが消えて、驚くくらい柔らかい雰囲気になった。
 眩しい笑顔に、見慣れたはずの私の胸がどきりと跳ねる。
 こんな瞬間に否応なく思ってしまうのが、本当に自分が彼の隣にいていいのだろうかということだ。
 思わないようにしようと努力しても泡のように不意にぷつりと湧いてくるから始末が悪い。私はこちらに向かって歩いてくる和司さんを眺めながら苦笑いを浮かべた。
 こんなことを口に出せば、彼は途端に不機嫌になるだろう。あの端正な眉をひそめて、少し眼差しを強めながら。

「どうして君は俺との間に壁を作りたがるんだ」

 きっと苛立たしげにそんな言葉を口にする。
 私に壁を作っている気はないし、どちらかと言えば彼に追いつきたいのに追いつけない自分が歯がゆくて、私のほうこそ彼との距離を感じることぱっかりだけど。
 おそらく私の感じる『距離』と彼の感じるそれは少し意味が違うんだろうなぁ。
 私のは未熟な自分への焦り。そして彼が感じるのはおそらく疎外感に似た小さな孤独。
 今はまだ不安を拭い去れないでいるけれど、いつか彼の隣にいることが当たり前になってこんな後ろ向きに考えている今の自分も忘れ去れたらいいな。

「お待たせ。どうしたの、深刻そうな顔して。忘れ物でもした? それとも疲れた?」

 すこし眉をひそめながら聞いてくる。
 いつも通り心配性な彼らしい言葉で、なんだか懐かしい。
 会えなかったのはたった一週間程度。こっちにいたって、忙しい彼とはそれくらい会えないことも多いのだから、特別に長かったというわけでもない。なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう?

「そんな顔してます?」
「してるよ! 実は無理してるんじゃない?」

 疑わしそうに聞かれて、私は苦笑いを浮かべた。まさかまた思考が後ろ向きになってましたなんて言えない。

「無理してないですよ! 飛行機で昼寝してたんですけど、少し寝足りなくてまだ眠いだけです。歩いてれば目が覚めますよ」

 うん。嘘は言ってない。

「本当に? 分かった。じゃあ疲れたらすぐに言って。無理は、絶対に、なし、だ」

 疑わしそうな顔をして、念を押してくる和司さんに向かって、信じてくれないんですかと言う意味を込めてじっと見つめる。

「分かったよ、ごめん」

 彼は小さく肩をすくめ、それから私に向かって手を差し伸べる。

「じゃあ行こう。雪乃はどこの店が見たいの?」
「目的のお店があるわけじゃなくて、どんなお店があるのか見てみたいです!」

 差し伸べられた手に自分の手を重ねれば、彼はしっかりと握って私の腕を引く。それに助けられて席を立った。

「それじゃあ店内の案内図見ただけで終わっちゃうだろ」
「もー! そう言うことじゃなくて!」

 和司さんは時々変なことを言いだしてからかうから困る。







 ゆったりと買い物を楽しむ人たちに混じって、和司さんとふたりで気になるお店を片端から物色していった。
 でも疲れていないようでもやっぱり疲れていたのか、それとも張りつめていた気持ちが緩んで安心しちゃったからなのか、自分で思っていたよりも早く体力が底をついた。
 早い飛行機で帰って来たぶん、彼と一緒にいられる時間は長くなったわけだし、なるべくなら時間ぎりぎりまで一緒にいたい。
 「疲れた」なんて言ったら、きっと彼は真っ直ぐ家まで送ってくれちゃう。
 せっかく会えたのに、もう帰るなんて寂しい。明日は土曜日だし、多少疲れが残ったって大丈夫。だから、もう少しだけ粘ってみよう。
 と思ったのに、何故かすぐ和司さんにばれた。

「雪乃、疲れたんでしょ。どこかお店に入って休んでも良いけど、それより今日はもう帰った方が良い」

 和司さんは私の返事も聞かずに、近くの案内表示を見つけて、さっさと駐車場へ向かって歩き出す。今までよりゆっくりした歩調なのは私に気を使ってくれてるからだ。

「何でわかったんですか!?」

 やや強引に手を引かれながら、私は首をひねった。気づかれないように、すっごーく頑張っていたのに、どうしてばれたんだろう?

「やっぱりな」

 と睨まれた。ムスッと引き結ばれた口が、彼の不機嫌さを如実に物語っている。

「あ」

 しまった。語るに落ちた。
 ああ、もう!
 どうして『疲れてません』とか言えなかったかな、私。
 そこで肯定してどうする。と後悔しても後の祭りで、口から出てしまった言葉は戻らない。

 ちょーっとまずいかなぁ? と恐る恐る彼の顔を上目づかいで見たら、ばっちり目が合った。不愉快そうに細められた目が怖い。

「俺、最初に無理はしないことって言ったよね?」
「で、でも、まだ……!」

 少しでも長く一緒にいたかったんだもの。

「でも、じゃないの。一週間の出張が体力的に結構きついことは分かってる。今日の無理が後々まで響いたらどうするんだ。俺だって少しでも長く雪乃といたいけど、それよりも君が無理する方が嫌なんだよ」

 人差し指でひたいを軽く小突かれ、全然痛くなかったけれど反射的に手でひたいを押さえた。
 彼の言葉に素直になれなくて、それを示すかのように額をさする。
 確かに彼の言うことは反論の余地がないくらい正論だ。
 でもね、でもね。
 今日はせっかくのバレンタイン。少しでも長く、少しでも近くにいたいって思ったっていいじゃない。

「もう少し……ダメ、ですか?」

 未練がましい私に、彼は小さくため息をついた。

「とりあえず駐車場へ戻ろう。その後のことはそれから考えれば良い。駐車場寒いから今のうちにコート着ちゃって。バッグ持つよ」

 彼の好意に甘えて手に持っていたバッグを渡す。
 コートを着込みながら彼の持つバッグにちらりと視線を走らせた。
 あのバッグの中には用意したまま渡せないでいるチョコレートがひとつ。
 人ごみでも潰れないようにと工夫して、大事にしまったそれはずっと出番を待っている。
 どのタイミングで渡したらいいのか分からなくて、さっきから渡そうとしては諦めてを繰り返している。
 最初のバレンタインは手作りチョコを渡したいと思っていたけれど、それは結局叶わなかった。まさか出張前に作ってそれを持ち歩くわけにも行かないから。
 せめて和司さんにより喜んでもらえそうなものを送りたくて、出張先でみんなに美味しい洋菓子店の情報を尋ねて散々悩んだ末に選んできたものだ。
 
「雪乃? どうかした?」

 ぼんやりと考え込んでしまった私を、怪訝そうな顔で覗き込んでいる。

「あ、いえ。何でもないです」

 我に返った私は、慌てて首を横に振った。急いでコートのリボンを結び、支度を終える。

「和司さん、行きましょう?」
「ああ」

 軽く頷きながら差し出された彼の腕を取り、歩き出した。

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