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18:「お前が逃げないって確証が欲しい」
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スマホの画面を見つめたまま、廉太郎は眉間に皺を寄せていた。
ファミレスで大芽とお試しの恋人関係になってから、もう既に二週間近く経っている。しかしあの日以来大芽からの連絡は一度も無く、廉太郎自身も大芽にメッセージの一つも送れないままだった。
名前のない関係から名前のある関係に変わったことで、連絡を取り合うだけのことに意味が生まれてしまう。そのことを妙に意識してしまい、メッセージアプリを開いては閉じ、開いては閉じ……という無駄な時間を二週間も続けていた。
そして今も、アプリを開いてメッセージを送ろうとして――結局溜め息を吐くだけで終わってしまう。
情けない、と思うものの今更どんな風に距離を保てば良いのかわからないのだ。
色々な順番が入れ違いになったせいで、何から始めるべきなのかもわからない。
ベタにデートを重ねるべきか、それとも食事に誘ってみるか? その後はどうする? 恋人同士だというのならキスの一つくらいするものか……?
そこまで考えて、廉太郎は自分の唇をなぞった。
大芽の手で身体に快感を覚えさせられたけれど、キスはまだ教えられていない。これでは本当にちぐはぐだ。
恋人関係を試してみたいと言ったのは、自分だというのに。
廉太郎はもう一度唇をなぞり、覚悟を決めたようにぐっと奥歯を噛み締めた。
*****
検索ウィンドウに『彼氏 初めて デート』と打ち込んだまま、既に五分が経とうとしている。大芽の親指は検索ボタンの上にあるものの、一向に画面をタップする気配がない。
そうこうしているうちに時刻は21時57分から58分に変わる。あと二分で22時になる。よし、22時になったら風呂入ろう。風呂から出たら検索しよう。そうしよう。
自分でも知らなかった臆病な自分に呆れながら、大芽はベッドにスマホを放り投げる。とにかく今は、一旦忘れよう。そう思ったのに、
――ピロン
甲高い電子音が大芽の足を呼び止めた。通知を確認するだけのつもりで、大芽はスマホを手に取る。
そして相手の名前とウィンドウに表示されたメッセージを見て、
「いってぇ!!」
右足の親指にスマホを落としたのだった。
*****
『それでは十二時に品川でよろしくお願いします』
ビジネスメールのようなメッセージを見返しながら、大芽はマスクの下の口元が緩んでいくのを感じていた。
お試しとはいえ恋人関係になったというのに、恋人になる前よりも固いメッセージが届くとは思いもしなかった。
もしかしたら関係性が変わったことで、どう接していいかわからず迷っているのかもしれない。それにしたって仕事のような素っ気なさには、廉太郎の生真面目さが滲み出ている。
しかし大芽も、廉太郎のことを笑ってばかりはいられなかった。
待ち合わせ時間は十二時だというのに、大芽は三十分も早く品川駅の時計台の下に到着していた。
遠足を楽しみに待つ子どものように、前日に眠れなかったわけではない。それでもいつもより早く目が覚めてしまい、なんだかんだと準備を終えて、家を出てみたらこの時間に着いてしまった。
そんなつもりはないはずなのに、どこか浮かれた気持ちがあるのかもしれない。
そんな自分の変化が気恥ずかしく、大芽はもう一度時間を確認する。廉太郎が来るまでコーヒーショップで待っていようかと考えたところで、
「た、大芽?」
驚いたような廉太郎の声が聞こえた。
「……お、はよう」
まさか廉太郎までこんなに早く待ち合わせ場所に来るとは思っていなかった。大芽は誤魔化すように苦笑いを返す。
「悪い、待たせたか? 俺の方が早く着くと思ったのに」
「い、家近いからな」
「ああ、そっか」
「そうそう。で、今日は品川で何すんだよ」
「あー、水族館」
「水族館?」
「うん、水族館行こうと思って」
「好きなんだ?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどデートスポットだし……」
一応……と口をもごもご動かして目を逸らす廉太郎に、大芽の胸がぎゅうっと締め付けられる。
デートで水族館などあまりにもベタすぎるが、廉太郎が自分とのデートを意識していることが思っていたよりも嬉しかった。
試してみる、という廉太郎の言葉をどこまで真に受けていいものか迷っていたが、廉太郎は今、ちゃんと大芽の恋人として目の前にいるらしい。
廉太郎が自分の恋人なんだと思うと、途端に抑え込んでいた欲が湧いてくる。
「廉太郎」
大芽は廉太郎の腕を掴み、抱き締めるように引き寄せた。周りの視線など気にしている余裕はなかった。
「今すぐホテルに連れ込みたい」
耳元で問いかけると、廉太郎の首筋が赤くなっていく。
「すっ、水族館は」
「水族館は逃げない」
「お、俺だって別に逃げない」
掴まれた腕を引きながら、今にも逃げそうな顔で廉太郎は呟く。
「でもまだ、お試し期間だろ?」
その顔を覗き込むと、廉太郎はぐっと喉を詰まらせた。自分が口にした言葉を思い出しているのだろう。答えを返せずにいる廉太郎を見ていると、少しからかってやりたくなる。
大芽は廉太郎の腕を掴んでいた手を離すと、そのまま廉太郎の手のひらを握り締めた。
「お前が逃げないって確証が欲しい」
快感を誘うように指先で廉太郎の皮膚を撫でると、廉太郎の身体がびくっと反応した。恨めしげに大芽を睨む瞳は、その奥に小さな熱を灯している。
大芽が手を引くと、廉太郎はふらりと足を動かしてその後についていった。
ファミレスで大芽とお試しの恋人関係になってから、もう既に二週間近く経っている。しかしあの日以来大芽からの連絡は一度も無く、廉太郎自身も大芽にメッセージの一つも送れないままだった。
名前のない関係から名前のある関係に変わったことで、連絡を取り合うだけのことに意味が生まれてしまう。そのことを妙に意識してしまい、メッセージアプリを開いては閉じ、開いては閉じ……という無駄な時間を二週間も続けていた。
そして今も、アプリを開いてメッセージを送ろうとして――結局溜め息を吐くだけで終わってしまう。
情けない、と思うものの今更どんな風に距離を保てば良いのかわからないのだ。
色々な順番が入れ違いになったせいで、何から始めるべきなのかもわからない。
ベタにデートを重ねるべきか、それとも食事に誘ってみるか? その後はどうする? 恋人同士だというのならキスの一つくらいするものか……?
そこまで考えて、廉太郎は自分の唇をなぞった。
大芽の手で身体に快感を覚えさせられたけれど、キスはまだ教えられていない。これでは本当にちぐはぐだ。
恋人関係を試してみたいと言ったのは、自分だというのに。
廉太郎はもう一度唇をなぞり、覚悟を決めたようにぐっと奥歯を噛み締めた。
*****
検索ウィンドウに『彼氏 初めて デート』と打ち込んだまま、既に五分が経とうとしている。大芽の親指は検索ボタンの上にあるものの、一向に画面をタップする気配がない。
そうこうしているうちに時刻は21時57分から58分に変わる。あと二分で22時になる。よし、22時になったら風呂入ろう。風呂から出たら検索しよう。そうしよう。
自分でも知らなかった臆病な自分に呆れながら、大芽はベッドにスマホを放り投げる。とにかく今は、一旦忘れよう。そう思ったのに、
――ピロン
甲高い電子音が大芽の足を呼び止めた。通知を確認するだけのつもりで、大芽はスマホを手に取る。
そして相手の名前とウィンドウに表示されたメッセージを見て、
「いってぇ!!」
右足の親指にスマホを落としたのだった。
*****
『それでは十二時に品川でよろしくお願いします』
ビジネスメールのようなメッセージを見返しながら、大芽はマスクの下の口元が緩んでいくのを感じていた。
お試しとはいえ恋人関係になったというのに、恋人になる前よりも固いメッセージが届くとは思いもしなかった。
もしかしたら関係性が変わったことで、どう接していいかわからず迷っているのかもしれない。それにしたって仕事のような素っ気なさには、廉太郎の生真面目さが滲み出ている。
しかし大芽も、廉太郎のことを笑ってばかりはいられなかった。
待ち合わせ時間は十二時だというのに、大芽は三十分も早く品川駅の時計台の下に到着していた。
遠足を楽しみに待つ子どものように、前日に眠れなかったわけではない。それでもいつもより早く目が覚めてしまい、なんだかんだと準備を終えて、家を出てみたらこの時間に着いてしまった。
そんなつもりはないはずなのに、どこか浮かれた気持ちがあるのかもしれない。
そんな自分の変化が気恥ずかしく、大芽はもう一度時間を確認する。廉太郎が来るまでコーヒーショップで待っていようかと考えたところで、
「た、大芽?」
驚いたような廉太郎の声が聞こえた。
「……お、はよう」
まさか廉太郎までこんなに早く待ち合わせ場所に来るとは思っていなかった。大芽は誤魔化すように苦笑いを返す。
「悪い、待たせたか? 俺の方が早く着くと思ったのに」
「い、家近いからな」
「ああ、そっか」
「そうそう。で、今日は品川で何すんだよ」
「あー、水族館」
「水族館?」
「うん、水族館行こうと思って」
「好きなんだ?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどデートスポットだし……」
一応……と口をもごもご動かして目を逸らす廉太郎に、大芽の胸がぎゅうっと締め付けられる。
デートで水族館などあまりにもベタすぎるが、廉太郎が自分とのデートを意識していることが思っていたよりも嬉しかった。
試してみる、という廉太郎の言葉をどこまで真に受けていいものか迷っていたが、廉太郎は今、ちゃんと大芽の恋人として目の前にいるらしい。
廉太郎が自分の恋人なんだと思うと、途端に抑え込んでいた欲が湧いてくる。
「廉太郎」
大芽は廉太郎の腕を掴み、抱き締めるように引き寄せた。周りの視線など気にしている余裕はなかった。
「今すぐホテルに連れ込みたい」
耳元で問いかけると、廉太郎の首筋が赤くなっていく。
「すっ、水族館は」
「水族館は逃げない」
「お、俺だって別に逃げない」
掴まれた腕を引きながら、今にも逃げそうな顔で廉太郎は呟く。
「でもまだ、お試し期間だろ?」
その顔を覗き込むと、廉太郎はぐっと喉を詰まらせた。自分が口にした言葉を思い出しているのだろう。答えを返せずにいる廉太郎を見ていると、少しからかってやりたくなる。
大芽は廉太郎の腕を掴んでいた手を離すと、そのまま廉太郎の手のひらを握り締めた。
「お前が逃げないって確証が欲しい」
快感を誘うように指先で廉太郎の皮膚を撫でると、廉太郎の身体がびくっと反応した。恨めしげに大芽を睨む瞳は、その奥に小さな熱を灯している。
大芽が手を引くと、廉太郎はふらりと足を動かしてその後についていった。
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