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ルクスペイ帝国編(シャラン視点)
噂のご令嬢
しおりを挟むあの翌日、目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。
一瞬、夢だったのかと思ったけど、僕が着ていたのはミカエル様の夜着だった。ふわっと香るレモンの香りに、キュンと、下半身が疼いたのは秘密だ。
ステンレスが言うには、眠った僕を横抱きにして、そっと横たわらせると額にキスを残してミカエル様は自室に帰ったらしい。
僕がベッドで真っ赤になって悶えているのを、ステンレスは生温かい目で見守っていた。
改めて、お茶会での話とミカエル様からの忠告で、気をつけることにした僕は、侍女や護衛騎士にも念の為自分達も気を付けるように指示をする。
毒の心配をしたミラ嬢とスズラン嬢が、食べ物は直接渡すので、間違えても口にするなと言っていた。
────そう、言っていたのだ。
「……これ、食べ物ですか?」
ステンレスと侍女達は、言われた傍から届いた物に警戒心を最大限にしている。そしてそれ以上に、その『物体』を遠巻きに見ていた。
僕が見てみると、おはぎ? ぼた餅? ……泥団子? が入っていた。
スズラン嬢の名義で贈られて来た物体。
急いでミカエル様に連絡をして、毒の専門家だという者が連れてこられた。
結果として、あんこに大量の下剤が入っていたらしい。見た目以外にも攻撃力があった。殺害というより嫌がらせかもしれない。
激怒したミカエル様と、名前を使われたスズラン嬢は現在、犯人探しに躍起になっている。当然ながら手紙の筆跡とスズラン嬢の筆跡とは全然違った。あまりにも杜撰な犯行だった。
翌日、エイデンが絵姿を僕に手渡してきて真顔で言う。
「この女が近づい出来たら注意してください。」
ミカエル様の字で箇条書きにした特徴も書かれていた。
・丸い
・金髪で縦ロール
・グレーの瞳
・濃い化粧
・強い香水の匂い
・真っ赤なリボンだらけのドレス
・キンキン頭に響く甲高い声
・顔で選んだやる気の無い護衛がついている。
「まるい……。」
絵姿を見て、その表現に納得した。そうか、あの時僕が塊だと思ったのは、丸いと表現すれば良かったのか。
「恐らく、スズラン嬢とお茶会したという情報を手に入れてんだろうね。話の内容までは漏れていなそうだ。もなかじゃなかったし、わざわざヤマティ皇国のお菓子を調べて作ったのかな?
材料は合ってたけど、アレは流石に口にするのに勇気が必要だよね。」
ステンレスとイノックスが珍しく険しい表情をしている。この二人は滅多なことでは怒りを露わにしない。その代わり、怒ると守られている僕も震えるほど怖いのだ。
「シャラン様、感心している場合ではありませんよ? 王族であられるシャラン様に、このような事をしてくるなんて、捕まえたらタダでは済まされません!」
「当然、嬲りk……」
「うわぁ! イノックス! 落ち着いて?! 僕も気を付けるし、イノックスも他の護衛騎士も信頼しているよ。しかも公爵家だから、ミカエル様達も今まで手を出せずにいたんだ。しっかり証拠を掴まないと。
それにまだ、その令嬢と決まった訳では無いよ?」
僕は慌てて二人を宥める。渋々といった様子で鉾を収めてくれた二人だが、きっと証拠を掴む為に、血眼になって探すのだろう。
「さあ、帝国での社交界デビューの為に、女性側のダンスの練習をしないとね。」
このあと僕はミカエル様とのダンスに向けて、練習するためのホールに向かう事になっていた。外出は何かあってはいけないので、当分の間しない事に決まったのだ。
廊下を曲がりあと少しで到着という時だった。ダンスの練習用のホール前に「何か」いる。
丸くて、金髪縦ロールで、真っ赤で、遠いのにここまで漂う香水の臭い。
そしてキーキー護衛騎士らしきもの達に当たり散らしている。
「どうしよう。全部当て嵌まっているなぁ。」
僕は思わず苦笑した。
「狩りますか?」
「イノックス、魔獣じゃないよ。落ち着いて?」
イノックスが、剣に手を掛けている。その腕に軽くポンポンと、合図をすると、深く息を吐き落ち着こうとしている。本当に大切にされてるな。と、笑みを浮かべてしまう。
「笑い事ではありませんよ。殿下。」
「うん。ごめん。でも代わりに怒ってくれるから。」
ハァーッと、イノックスが今度こそ力を抜いたのを見てから、さて、と思う。
「なんで、僕の行き先を知ってるのかな?……最近入った人物を調べてみる?」
「ステンレスが既に動いていますよ。」
「流石だね。うーん。みんな止めるけど、僕だけ相手を知らないのって、どう思う? 僕はちょっと腑に落ちないんだけど。」
「殿下、皆が止める程の人物───」
「あ────っ!! アナタね?! わたくしのミカエル様を誑かしたのは!!」
イノックスの声が、女性の甲高い大声でかき消された。
ドッドッドッと、地響きがする……奇声と共に。
「キ─────ッ!!」
赤い塊がこちらに突進して来る。護衛が危険を察知するや否や戦闘態勢をとっている。僕も咄嗟に護衛騎士ごと防護壁を展開した。
バイーン!! ドスン!!
僕の展開した防護壁にぶつかった赤い塊が見事に転げた。
「だいじょうぶですかー? お嬢様ー?」
後からゆっくりついてきた黒髪紫眼の護衛が、赤い塊を見下ろしている。助け起こすつもりは無いらしい。
「………………。」
もう一人の茶髪に焦げ茶色の瞳の護衛は、無言のまま見下ろしている。
「はあ、はあ、はあ、────っ! アンタたちっ! わたくしを起こしなさいよ!」
はぁはぁ言いながらも、両手を二人に差し出している。
「はーい、サピラお嬢様の言う通りー。」
「─────。」
二人がかりで起こされた、かたま……人物は、キッ! とこちらを睨みつけると、甲高い声で言い放った。
「アナタ『何故』ここにいるの?!」
僕は無表情で相手を見る。王国にいた頃散々言われた言葉を思い出す。僕が幼くまだ作り笑いが出来なかった頃、魔力を制御するのに集中して、心を平静を保つために無表情になっていた。
それが当時、『生意気』に見えたらしい、そして今回も。
「たかが小国の王子が『生意気』よ! だいたい、あんなモノ食べ──モガッ」
「サピラお嬢様、これ以上はダメですよー。お父様に怒られますよー。」
「…………。」
緩い口調の黒髪紫眼の騎士は、サピラと呼ばれた令嬢の口を塞ぐと、もの凄い力で連れ去っていく。
無口な茶髪に焦げ茶色の瞳の騎士は、こちらに頭を下げてから、後を追って帰って行った。
そこらへん中に香水の臭いは残されたままで、たった今経験したことは夢ではないと語っている。
全員、嵐の過ぎ去った後もその場を動けずにいた。
一番先に我に返ったのは僕だった。
「はぁ。想像以上に凄かったね? 僕、言質取りたかったのに、あの黒髪の騎士意外と厄介だな。」
ようやく防護壁を解き、騎士達もホッと息をつく。
イノックスは完全に狩る気になっていたので、殺気がもの凄い。恐らく、あの騎士達も察知して早々に退散したのだろう。
うん、確かにあの公爵令嬢は次も何か仕掛けてくるかもしれない。しかもみんな何となく言葉を濁していた理由もわかった気がする。
「イノックス、そして皆も怒ってくれてありがとう。」
「───ステンレスに殴られますよ。どうして仕留めなかったのか、と。」
「あはは。その時は僕も一緒に叱られてあげる。まあ、犯人はほぼあの令嬢で決まりだね。一応、不敬罪もあるけどあの令嬢だけ捕まえても駄目だよね。
さて、ダンスの練習に急ごうか。早めに出て来て良かったよ。」
「───殿下、強くなられましたな。」
「そうだね……自分でもそう思うよ。」
強くなれたのは、僕を王子としてではなく、シャランという、一人の人間として見てくれる人がいるから。
────ミカエル様。
ああ、会いたいな。ミカエル様の声でシャランと呼んで欲しい。
先生は既に居たらしく、全て聞こえていたらしい。
今日の練習を取りやめた方が良いかと心配されたが、僕は先生に通常通りの練習を頼んだ。ダンスの練習を始めて程なく、扉が突然開かれた。
「シャラン! やっぱり此処に残っていたのか。会いたかった。あの女に遭遇したと聞いて急いで来たんだよ。怪我は? 酷い事をされなかったか?」
ミカエル様が来た途端、気を利かせた先生が僕から離れると、ぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「僕は大丈夫ですよ、ミカエル様。」
忙しいのに申し訳ないと思う気持ちよりも、来てくれて嬉しいと思ってしまう自分に呆れつつ、胸いっぱいミカエル様の匂いを吸い込んだ。
せっかく来たのだからと、一曲練習に付き合ってくれたあと、ミカエル様はエイデンに引き摺られて執務に帰っていった。
忙しいのに来てくれてありがとう、ミカエル様。
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