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1章 憧れのゲームの世界へ
8話
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突然割り込んできた何者かの声。
ふたりは慌てて距離をとり、声のした方へ振りむく。
そこには一人の女性が立っていた。
それはさきほど公園で出会ったセクシーなお姉さんだった。
「あなたどうやってここに」
汐音は驚きを隠せないと言った表情で女性に問う。
「ふふふ、それは内緒ね」
それに対して、余裕のある笑みを浮かべながら女性は答えた。
そしてその表情を崩さず、焔にも声をかける。
「また会ったわね、ロリコンさん」
「あんたも結構怪しかったけどな」
まるで他人事のように言っているが、焔はさっきの公園での出来事で、この女性が変態の類ではないかと疑っている。
「焔君、やっぱりロリコンさんなの?」
「やっぱりってなんですか汐音さん」
「それよりあなた、ここはゲームの世界とは違う場所、ゲームのキャラクターであるあなたが入ってこれるはずがない」
「ふふふ」
汐音が言うように、ここはゲームから切り離されている世界。
ゲームのキャラクターがここにいるというのは、普通に考えてあってはならないことだ。
焔や汐音がここにいるのとは事情が違う。
しかし、汐音に追及されても女性は余裕の笑みをくずさない。
「私もあなたも所詮はビットの集まりに過ぎないってことよ。それがゲーム内であろうとなかろうと、この電脳世界において私たちの存在は変わらない」
「!?」
汐音は今のやり取りで確信をする。
この女性は自分がゲームのキャラクターであることを認識している。
こんなことはただのNPCの思考レベルではない。
なにか特殊なAIでも採用されているのだろうか。
それとも汐音と同じような境遇の人間なのか。
しかしたくさんの情報を持つ汐音のもとにもそのような情報は入っていなかった。
「それであんたはこんなところまで来て何か目的でもあるのか」
焔としてはこの女性が敵なのか味方なのか判断しておきたかった。
この場所に入ってこれるような者とできれば敵対したくはないと思ったからだ。
「私はね欲しいのよ、自由になる世界が」
「この世界を支配したいってことか?」
「違うわ。ここの世界樹の力があれば、この電脳世界で新しい世界を作ることができる。私はそこでしずかに暮らしていきたいの」
「世界樹ってこの木のことか」
この空間で圧倒的な存在感を放つ大きな木。
焔は世界樹みたいだと思っていたが、本当に世界樹だったようだ。
「志条明日香さん、あなた魔王ですね。そんなあなたが静かに暮らしたいと願うのですか」
「あら、ステータスを参照できないようにしたつもりだったのに無駄だったみたいね」
「魔王!?」
女性の名前は志条明日香。
ゲームの世界で何人か存在する魔王のひとりのようだ。
そんな魔王が何を望むかと思えば、静かに暮らしたいとは。
最近の魔王にはいろいろな者がいるんだなと焔は思った。
「焔さん、あなたも一緒に来る? かわいがってあげるわよ」
「ふっ、悪いが俺はセクシーお姉さんは守備範囲外だ」
「目が泳いでるけど……」
確かに焔はセクシーよりもキュートが好きなタイプだが、決して守備範囲外ではない。
明日香が持つ妖艶な魅力は、焔の心を若干……、いやかなり惑わせていた。
その様子を見て、汐音が焔の背後からジト目で視線を送る。
焔はとりあえず気付かないふりをすることにした。
「えい」
「きゃっ」
その焔の後ろで汐音が何かを仕掛け、明日香の体が光に包まれる。
あまりにも突然すぎて、焔はただ見ていることしかできなかった。
しだいに光が収まると、そこにはさきほどまでのセクシーな明日香でなく、舞依くらいの年齢に見える少女の姿があった。
しかしそれは別の人物ではなく、明日香を幼くしたようにも見える。
「えっと、魔王様が幼くなった?」
焔はとりあえず目の前で起きた出来事を口にしてみる。
「違うよ、本来の姿に戻ってもらっただけ」
「え、じゃあこれが魔王様の本当の姿ってことか」
あらためて焔は明日香の姿を見つめる。
セクシーなお姉さんからかわいい感じの女の子への変化。
正直焔にはこちらの方が好みだった。
「もぉ~、せっかくお姉ちゃんの格好をコピーしてきたのに~」
どうやらさっきまでの姿は明日香のお姉さんの姿だったようだ。
今の明日香は露出も少ない、清楚な黒髪美少女。
「かわいい……」
「は?」
「いや、お前こっちの方が絶対かわいいぞ」
「なっ」
明日香は敵対しているはずの焔からいきなり外見を褒められ、照れて赤くなってしまう。
しかも偽っていた本来の姿を褒められたものだから、驚きも大きかった。
「むう、嫌がらせのはずが逆効果になっちゃったよ。まあ、焔君が喜んでるならいいか」
汐音は焔を誘惑した明日香への嫌がらせと、鼻の下を伸ばしていた焔へのお仕置きのつもりだったが、むしろ喜ばせることになってしまう。
焔にはロリコン疑惑があることをすっかり忘れていた。
それでも、喜ぶ焔を見てうれしい気持ちになれる汐音は、かなり心のきれいな女性であろう。
「さて、いつまでもここにあなたを置いておくわけにもいかないから、ゲームの世界に戻ってもらうからね」
「あ、ちょっと」
まだ用事を終えていない明日香が慌てだすが、汐音はためらうことなく焔と明日香をゲーム世界へ転送した。
神殿の中央部辺りにふたりは戻され、汐音の姿はない。
「ちょっと何なんですか、私のお願いは聞いてくれないんですか」
「返事がないな、もしかして聞こえてないのか」
「そんな……」
神殿内には明日香と焔のふたりきり。
かわいくて好みな年下の女の子と同じ空間にいるという状況に、焔は少し落ち着かない。
「えっと、明日香でよかったよな」
「何ですか、気安く話しかけてくるんですね。様をつけてもいいんですよ」
焔が話しかけても、明日香は面倒くさそうな態度で返事をするだけ。
願いが叶わず、すっかり元気を失っているようだった。
「願いが叶わないなら仕方ありません。私は魔王としての役割を果たさないといけませんね」
「待て待て、やりたくないならやらなきゃいいんじゃないのか」
「そういうわけにはいかないんですよ。だからわざわざここまで来たのに……」
本気で悲しそうな表情を見せられ、焔はなんとかできないものかと考えた。
しかし焔にはそんな権限も何もあたえられていない。
おそらくそれは汐音も同じではないだろうか。
もしかしたらかつては持っていたのかもしれないが、今はそれを失っていると思われる。
可能だとするなら、それはこの世界の創造主、神様であるゲーム制作者だろう。
せめて静かに生きたいという願いだけでも叶えてあげたいと焔は思った。
「明日香、俺と結婚しよう」
「消えてください」
明日香はどこからか取り出した黒い剣で切りかかってくる。
それを焔もどこから出したかわからないが、なんとか剣で受け止める。
明日香の攻撃を合図にイベントバトルが開始された。
魔王なだけあり、明日香のレベルは99。
対して焔はレベル30。
イベントバトルということは、通常の流れでゲームをプレイしていたとしても、このクエスト上発生するバトルということだ。
本来ならレベル1でむかえるこのイベント、このレベル差では勝ち目などない。
これは魔王の強さを示しておくための負けイベントだろう。
きっと敗北しても死んだ扱いにはならないと、そう焔も思っていた。
それでも一応挑戦してみたくなるのがゲーマーというものだ。
世の中には勝ててしまう負けイベントも存在する。
勝っても何事もなかったようにその後のイベントで負けたことになっているのだ。
そんな意味のない戦いかもしれないが、もしかしたら隠し要素が眠っている可能性もある。
明日香を本来の役割から外すためには、本来あるべきルートからも外れる必要があるだろう。
今このゲームはベータテスト中だ。
勝てるはずもないバトルに勝つことで、まだ対処していないバグのようなものが見つかるかもしれない。
明日香の存在があいまいになる可能性がないこともない。
それで明日香が自由になれるかもしれない。
まったく根拠はないし、可能性はかなり低いが、試せることはすべてやっておきたいと焔は思った。
しかしレベル差が大きすぎるせいか、明日香の剣撃を受け止めるだけでも、焔のLPはどんどん削られていく。
そして明日香にはまだほとんどダメージを与えられていない。
これはもう勝ち目はなかった。
しかしそこで焔は思い出す。
汐音からもらってインストールしたカードと、アバターチェンジのギフトのことを。
そして汐音のレベルは限界突破のおかげで150だ。
これは勝てる可能性が高い。
これしかないと思った焔は、明日香の攻撃をしのぎながらメニュー画面を操作し、使用方法を探す。
どうやら発動にはいくつかの方法があり、コマンドを選択する方法や音声での発動も可能のようだった。
焔はここでギフトをタップし、汐音のアバターを選択。
その直後、光の玉が焔を包んでいく。
「来た来た」
「な、なに?」
ふたりは慌てて距離をとり、声のした方へ振りむく。
そこには一人の女性が立っていた。
それはさきほど公園で出会ったセクシーなお姉さんだった。
「あなたどうやってここに」
汐音は驚きを隠せないと言った表情で女性に問う。
「ふふふ、それは内緒ね」
それに対して、余裕のある笑みを浮かべながら女性は答えた。
そしてその表情を崩さず、焔にも声をかける。
「また会ったわね、ロリコンさん」
「あんたも結構怪しかったけどな」
まるで他人事のように言っているが、焔はさっきの公園での出来事で、この女性が変態の類ではないかと疑っている。
「焔君、やっぱりロリコンさんなの?」
「やっぱりってなんですか汐音さん」
「それよりあなた、ここはゲームの世界とは違う場所、ゲームのキャラクターであるあなたが入ってこれるはずがない」
「ふふふ」
汐音が言うように、ここはゲームから切り離されている世界。
ゲームのキャラクターがここにいるというのは、普通に考えてあってはならないことだ。
焔や汐音がここにいるのとは事情が違う。
しかし、汐音に追及されても女性は余裕の笑みをくずさない。
「私もあなたも所詮はビットの集まりに過ぎないってことよ。それがゲーム内であろうとなかろうと、この電脳世界において私たちの存在は変わらない」
「!?」
汐音は今のやり取りで確信をする。
この女性は自分がゲームのキャラクターであることを認識している。
こんなことはただのNPCの思考レベルではない。
なにか特殊なAIでも採用されているのだろうか。
それとも汐音と同じような境遇の人間なのか。
しかしたくさんの情報を持つ汐音のもとにもそのような情報は入っていなかった。
「それであんたはこんなところまで来て何か目的でもあるのか」
焔としてはこの女性が敵なのか味方なのか判断しておきたかった。
この場所に入ってこれるような者とできれば敵対したくはないと思ったからだ。
「私はね欲しいのよ、自由になる世界が」
「この世界を支配したいってことか?」
「違うわ。ここの世界樹の力があれば、この電脳世界で新しい世界を作ることができる。私はそこでしずかに暮らしていきたいの」
「世界樹ってこの木のことか」
この空間で圧倒的な存在感を放つ大きな木。
焔は世界樹みたいだと思っていたが、本当に世界樹だったようだ。
「志条明日香さん、あなた魔王ですね。そんなあなたが静かに暮らしたいと願うのですか」
「あら、ステータスを参照できないようにしたつもりだったのに無駄だったみたいね」
「魔王!?」
女性の名前は志条明日香。
ゲームの世界で何人か存在する魔王のひとりのようだ。
そんな魔王が何を望むかと思えば、静かに暮らしたいとは。
最近の魔王にはいろいろな者がいるんだなと焔は思った。
「焔さん、あなたも一緒に来る? かわいがってあげるわよ」
「ふっ、悪いが俺はセクシーお姉さんは守備範囲外だ」
「目が泳いでるけど……」
確かに焔はセクシーよりもキュートが好きなタイプだが、決して守備範囲外ではない。
明日香が持つ妖艶な魅力は、焔の心を若干……、いやかなり惑わせていた。
その様子を見て、汐音が焔の背後からジト目で視線を送る。
焔はとりあえず気付かないふりをすることにした。
「えい」
「きゃっ」
その焔の後ろで汐音が何かを仕掛け、明日香の体が光に包まれる。
あまりにも突然すぎて、焔はただ見ていることしかできなかった。
しだいに光が収まると、そこにはさきほどまでのセクシーな明日香でなく、舞依くらいの年齢に見える少女の姿があった。
しかしそれは別の人物ではなく、明日香を幼くしたようにも見える。
「えっと、魔王様が幼くなった?」
焔はとりあえず目の前で起きた出来事を口にしてみる。
「違うよ、本来の姿に戻ってもらっただけ」
「え、じゃあこれが魔王様の本当の姿ってことか」
あらためて焔は明日香の姿を見つめる。
セクシーなお姉さんからかわいい感じの女の子への変化。
正直焔にはこちらの方が好みだった。
「もぉ~、せっかくお姉ちゃんの格好をコピーしてきたのに~」
どうやらさっきまでの姿は明日香のお姉さんの姿だったようだ。
今の明日香は露出も少ない、清楚な黒髪美少女。
「かわいい……」
「は?」
「いや、お前こっちの方が絶対かわいいぞ」
「なっ」
明日香は敵対しているはずの焔からいきなり外見を褒められ、照れて赤くなってしまう。
しかも偽っていた本来の姿を褒められたものだから、驚きも大きかった。
「むう、嫌がらせのはずが逆効果になっちゃったよ。まあ、焔君が喜んでるならいいか」
汐音は焔を誘惑した明日香への嫌がらせと、鼻の下を伸ばしていた焔へのお仕置きのつもりだったが、むしろ喜ばせることになってしまう。
焔にはロリコン疑惑があることをすっかり忘れていた。
それでも、喜ぶ焔を見てうれしい気持ちになれる汐音は、かなり心のきれいな女性であろう。
「さて、いつまでもここにあなたを置いておくわけにもいかないから、ゲームの世界に戻ってもらうからね」
「あ、ちょっと」
まだ用事を終えていない明日香が慌てだすが、汐音はためらうことなく焔と明日香をゲーム世界へ転送した。
神殿の中央部辺りにふたりは戻され、汐音の姿はない。
「ちょっと何なんですか、私のお願いは聞いてくれないんですか」
「返事がないな、もしかして聞こえてないのか」
「そんな……」
神殿内には明日香と焔のふたりきり。
かわいくて好みな年下の女の子と同じ空間にいるという状況に、焔は少し落ち着かない。
「えっと、明日香でよかったよな」
「何ですか、気安く話しかけてくるんですね。様をつけてもいいんですよ」
焔が話しかけても、明日香は面倒くさそうな態度で返事をするだけ。
願いが叶わず、すっかり元気を失っているようだった。
「願いが叶わないなら仕方ありません。私は魔王としての役割を果たさないといけませんね」
「待て待て、やりたくないならやらなきゃいいんじゃないのか」
「そういうわけにはいかないんですよ。だからわざわざここまで来たのに……」
本気で悲しそうな表情を見せられ、焔はなんとかできないものかと考えた。
しかし焔にはそんな権限も何もあたえられていない。
おそらくそれは汐音も同じではないだろうか。
もしかしたらかつては持っていたのかもしれないが、今はそれを失っていると思われる。
可能だとするなら、それはこの世界の創造主、神様であるゲーム制作者だろう。
せめて静かに生きたいという願いだけでも叶えてあげたいと焔は思った。
「明日香、俺と結婚しよう」
「消えてください」
明日香はどこからか取り出した黒い剣で切りかかってくる。
それを焔もどこから出したかわからないが、なんとか剣で受け止める。
明日香の攻撃を合図にイベントバトルが開始された。
魔王なだけあり、明日香のレベルは99。
対して焔はレベル30。
イベントバトルということは、通常の流れでゲームをプレイしていたとしても、このクエスト上発生するバトルということだ。
本来ならレベル1でむかえるこのイベント、このレベル差では勝ち目などない。
これは魔王の強さを示しておくための負けイベントだろう。
きっと敗北しても死んだ扱いにはならないと、そう焔も思っていた。
それでも一応挑戦してみたくなるのがゲーマーというものだ。
世の中には勝ててしまう負けイベントも存在する。
勝っても何事もなかったようにその後のイベントで負けたことになっているのだ。
そんな意味のない戦いかもしれないが、もしかしたら隠し要素が眠っている可能性もある。
明日香を本来の役割から外すためには、本来あるべきルートからも外れる必要があるだろう。
今このゲームはベータテスト中だ。
勝てるはずもないバトルに勝つことで、まだ対処していないバグのようなものが見つかるかもしれない。
明日香の存在があいまいになる可能性がないこともない。
それで明日香が自由になれるかもしれない。
まったく根拠はないし、可能性はかなり低いが、試せることはすべてやっておきたいと焔は思った。
しかしレベル差が大きすぎるせいか、明日香の剣撃を受け止めるだけでも、焔のLPはどんどん削られていく。
そして明日香にはまだほとんどダメージを与えられていない。
これはもう勝ち目はなかった。
しかしそこで焔は思い出す。
汐音からもらってインストールしたカードと、アバターチェンジのギフトのことを。
そして汐音のレベルは限界突破のおかげで150だ。
これは勝てる可能性が高い。
これしかないと思った焔は、明日香の攻撃をしのぎながらメニュー画面を操作し、使用方法を探す。
どうやら発動にはいくつかの方法があり、コマンドを選択する方法や音声での発動も可能のようだった。
焔はここでギフトをタップし、汐音のアバターを選択。
その直後、光の玉が焔を包んでいく。
「来た来た」
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