ゲームの世界で始める憧れのファンタジー生活

朝乃 永遠

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2章 島の外の世界とフローラ牧場

38話

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 朝食の後、しばらくして舞依と夏海、それから明日香は三人で街へと遊びに出かけて行った。
 すっかり仲良し三人組となって、よく行動を共にしている。

 焔としても明日香がうまくなじめたことと、妹に新しい友達ができたことはうれしかった。
 舞依の友達と言えば今まで夏海くらいしかおらず、それ以外では焔にべったりだったのでいい傾向だろう。

 妹が出かけてしまったことで時間の空いた焔は、詩乃と一緒に遊んでいた。
 近くにあった公園でブランコに乗る詩乃を、焔は後ろから押してあげている。

「あははは」

 楽しそうな詩乃を見ているとまるで幼いころの舞依を見ているようで、焔はその姿をほほえましく思った。

(できれば後ろからではなく前から押したいものだな、そうすればいろいろと……)

 そんな邪なことを考えていると、罰が当たったのか保安システムの力なのか、手を滑らせてブランコが焔の顔面に激突した。

「のおおお!」
「わわっ、お兄ちゃん大丈夫!?」

 焔たちはいったんベンチで休憩することになった。

「大丈夫?」
「ああ、もうほとんど痛みはないよ」
「よかった」

 ニコッと笑う詩乃の笑顔に焔もつられて笑顔になる。
 とても穏やかな時間だった。

「今日はお兄ちゃんを独り占めだね」

 詩乃はそう言って焔の膝に寝っ転がってくる。
 そしてくるんと仰向けに回転して焔を見上げた。
 至近距離から見上げてくる詩乃の顔を見て、焔はちょっとドキドキしてしまう。

「俺も詩乃ちゃんを独り占め出来てうれしいよ」

 焔はやさしく詩乃の頭をなでる。
 本当に幼いころの舞依を、今相手にしているようで懐かしい気分になっていた。
 穏やかな時間。

 この世界に来てまだまだ日が浅いため慣れないことも多いが、焔にとっては幸せな世界だ。
 詩乃のようなかわいらしい女の子がこんなに懐いてくれていることを焔は奇跡だと思っている。

 まさか舞依以外の人間にここまで好かれるなんて、焔は考えてもいなかった。
 焔の夢や妄想の一つがここに現実となっている。
 あまりに幸せ過ぎて、いかがわしいことを少しだけ考えていた焔の心が浄化されていく。

 美しくなった心で幸せな時間をかみしめていると、海の方から突然強風が吹いた。
 その風が詩乃のスカートをふわりと舞い上がらせようとしている。

「ひゃっ」

 かわいい悲鳴をあげる詩乃に対し、焔はまるで動じずにさっとスカートをおさえてみせる。

「大丈夫、見えてないよ」
「あ、ありがとうお兄ちゃん」
「ははは、どういたしまして」

 焔は自分の記憶にある中で最大限の紳士っぷりを発揮していた。
 そして徐々にさっきの状況を理解し始め、いつもの焔が帰ってくる。

(うおおおおお! 何やってんだよ俺! せっかくの大チャンスに何紳士ぶってんだよ、ちくしょおおおおおお!)

 美しい心はどこへやら、焔は自分の紳士な対応を大後悔していた。

「あの、それでその……、手をそろそろどけて欲しいんだけど……」
「手?」

 詩乃に言われて、改めて自分の右手の所在を確認すると、それはもう際どいというか、もはやアウトのような場所に置かれていた。

「ご、ごめん!」
「ううん、わざとじゃないんだし、お兄ちゃんなら大丈夫だから」

「詩乃ちゃん……、うれしいよ、ありがとう、もうこの手は洗わない」
「え?」

 詩乃は焔の言葉の意味が理解できずキョトンとしていた。

「家に帰ったら、ちゃんと手洗いうがいはしなきゃだよ?」
「だよね、そうだよね!」

 純粋な詩乃の言葉に、自分の心の穢れを思い知る焔だった。
 そんなしょぼんとしている焔の目を突然何かが覆ってくる。

「おお?」
「うふふ、だ~れだ?」

 やわらかな手とやさしい声。
 そして後頭部にあたるやわらかな双丘。
 焔はすぐにその人物の正体がわかった。

「ふふふ、隠す気ありませんね、沙織さん」
「はい、正解です」

 沙織は焔の目に当てていた両手を引っ込め、ベンチの後ろから焔の前へ移動する。

「詩乃ばっかりずるいですよ、私も遊んでください」
「沙織さん……、そんなこどもみたいなこと」

「むぅ、ダメですか?」
「そんなわけありませんよ、大歓迎です!」
「うふふ、ありがとうございます」

 こどもみたいに頬をふくらませて拗ねる沙織がかわいらしく、焔は即一緒に遊ぶことを了承した。
 沙織はまたもこどもみたいな笑顔で喜んでいた。

「お母さんも一緒に遊ぶの? 何する?」

 詩乃が焔の膝から体を起こし、そしてぴょんとベンチから降りる。

「せっかくですから、舞依さんたちみたいに私たちも3人でお出かけしませんか?」
「いいですね」
「わ~い、おでかけ~!」

 沙織の提案に詩乃が大喜びする。
 焔はそのこどもらしい姿に、またも昔の舞依を重ねて懐かしい気持ちになった。

「それじゃあどこに出かけます? 街の外ってモンスターがでますよね?」

 焔にはまだまだこの世界の住人の生活を把握できていない。
 街は安全だとしても、もし外へお出かけする場合はどうするのかなど、わからないこともたくさんある。

 この街のエリア内には海も小さな山も公園もあり、温泉もあるので、そういったところに出かけるのだろうか。
 しかし沙織が、なぜか焔にだけ聞こえるように提案してきた場所は少し違う場所だった。

「実は少し遠くに離れ小島があるんですけど、そこなら保安システムも動かないので、詩乃にイケナイことだってできちゃうんですよ?」
「ななな、そんなことできませんよ!」

 沙織の口から飛び出した問題発言に焔の心臓が激しく動く。
 システム上でよくても、人として詩乃が悲しむようなことをするわけにはいかないと、焔は自分の欲望を押さえつける。

「……ちなみにその島はどこにあるんですか? あ、詩乃ちゃんをそこに近づけないように念のためですよ?」
「ふふふ、そういうことにしておきますね。この島ですよ」

 沙織はマップを表示しながら、その島の場所と行き方を焔に説明する。
 しかし保安システムが動かないということは、そういうことができるだけではなく、自分を守ってくれるものがないということでもある。

 都市伝説のように語られるくらい動いていることが確認できないシステムとはいえ、下手に近づかない方がいい場所だということは焔にも理解できた。
 それでも必要に迫られる可能性があるかもしれないと、デバイスのメモアプリにしっかりと記録をする。

 これでいざという時はやりたい放題だ。
 焔にそんな勇気があればだが。

「それで、実際どこに行きます?」
「そうですね、街の外なんですけど、森の方にきれいな泉があるんですよ。そこに行きませんか?」

「街の外に出てしまって大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、この辺りのモンスターは強くありませんし、それに……」

「……?」
「焔さんが全力で守ってくださると信じていますので」

「は、はいっ、任せてください!」

 両手を合わせて上目遣いで甘えるような表情をする沙織に焔はドキッとする。
 勢いで抱きしめそうになるのを必死で押さえていた。

「でも今から街の外へ行くとなると、お昼ご飯は用意しておかないといけませんね」
「それなら心配ありませんよ」

 そう言って沙織はどこから取り出したのかバスケットを焔の前に突き出した。

「サンドイッチを作ってきました」
「準備万端ですね……」

 先に準備を済ませているあたり、焔には初めから断る選択肢は用意されていなかったらしい。
 と言っても、焔が断ること可能性はほとんどなかったと思われるが。

「宿の方も、お願いしたら千歳さんが代わりに引き受けてくださいました。優希さんもいますし」
「そうだったんですか」

 どうやら今日のところは沙織の代わりを千歳がこなすようだ。
 宿はほぼ焔たちで貸し切り状態になっているので、特に問題はないのかもしれない。

 焔は千歳が出迎えてくれる宿を思い浮かべる。
 頭の中に描く、まるで看板娘のようなかわいい容姿と仕草。
 千歳と仲良くなるためだけに頻繁に通う自分を焔は想像できてしまった。

「ねえねえ、なんでふたりだけでしゃべってるの? お出かけするんじゃないの?」
「あら、ごめんなさい。焔さんが詩乃にイケナイことをしたいって言うから」

 妙なことを言ってきたのは沙織なのに、まるで焔から迫ったかのような言い方だった。

「俺からは言ってませんよ!?」

 焔は沙織の言葉を即否定する。
 確かに魅力的な話だったが、断じて今回は自分からではない、それだけは譲らない焔だった。

「イケナイことって何?」
「イケナイことはイケナイことです」
「そこは言わないんですね……」

 焔はまだ沙織がどんな人物なのか完全にはつかめていなかった。
 初めの印象は清楚なお姉さんだったが、若干怪しいところも感じ取れる。

 かといって、完全に変態方向にぶっ飛んではいないので、どこまでいけるのかがわからない。
 今回のおでかけでもっと沙織のことを知りたいと焔は思った。

「お兄ちゃんもイケナイことって知ってるの?」
「え? ああ、まぁね」

 焔は突然話が自分にむかってきて動揺する。

「じゃあ私にイケナイこと教えて、お兄ちゃん!」
「イケナイことを教えるぅうううううううう!?」

 何も知らない詩乃の口から飛び出した言葉に、焔は大興奮してしまう。
 今すぐにでもケダモノになってしまいたい焔だったが、沙織の前だということと、なにより詩乃のために理性を必死に呼び戻す。

「えっとやっぱりそういうのは、俺よりもお母さんに聞いた方がいいんじゃないかな」
「わ、私ですか!?」

 沙織は予想していなかった答えに珍しく慌てていた。

「焔さんはそういうのがお好きなのですか?」

 沙織は顔を赤くして視線をそらし、もじもじとしながら焔に聞く。

「まあ、そうですね、大好物ですね、あはは……」

 焔も本人を目の前に、自分の趣味を暴露したような恥ずかしさを覚え、笑ってごまかしていた。

「大好物……? お兄ちゃんはお母さんを食べちゃうの? 狼さんなの?」
「そうね、ある意味狼さんね」

 沙織は意味深な目を焔にむけ、詩乃をぎゅっと抱きしめた。
 普通の母娘の風景のはずなのに、今の焔は新しい世界への道を切り開きそうになっていた。
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