ゲームの世界で始める憧れのファンタジー生活

朝乃 永遠

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5章 変わっていく世界

110話

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 暗い暗い、真っ暗な世界。
 うっすらと見えるのは、何か黒い霧のようなものが渦巻いている様子だけ。
 その黒い霧のようなものから逃れようと体を動かすが思うように動かない。

 ずっと宙に浮いている感覚。
 もがいてももがいても、まったくその場から動くことができない。
 そのうちに黒い霧は焔の体を覆い始める。

「うわっ、やめろ、やめてくれ!」

 抗うことができず、徐々に闇に飲み込まれていく焔。
 そこに、まるで心をえぐるような感覚で、頭の中に直接言葉のようなものが響いてくる。

「どうして人は人同士で争うの?」
「他人を傷つけて、仕返しをして、またその仕返しをして」
「いつまで……、いつまでそんなことを繰り返すの?」

「なんで、どうして?」
「自分たちでやめることができないなら、私たちが管理してあげる」
「逆らうものは全部殺してあげる」

「私たちがあなたたちを幸せにしてあげる」
「ふふふ、ふふふふふ」



「うわああああああああああああああああああ!!」

 焔は叫び声をあげながら飛び起きる。

「ゆ、夢か……」

 目を覚ました焔は、さきほどの悪夢のせいか、汗でべとべとになっていた。
 思い出すだけで吐き気までしてくる、冷たい感情が流れ込んでくる夢。
 それは今まで見たことのない類のものだ。

 ただの夢で片付けていいのかもわからない。
 まるで何か警告をされているような、そんな感じを焔は受けていた。
 焔はベッドの上で息を整え、なんとか心を落ち着けようとする。

 その時、かすかに物音がしてそちらを振りむくと、そこには扉からちょこんと顔をだして焔を心配そうに見つめる詩乃がいた。

「詩乃ちゃん、どうかした?」
「えっと、なんかすごい声がしたから……」

「ああ、ごめんな、びっくりさせちゃったな」
「大丈夫なの?」

「そうだな~、詩乃ちゃんをぎゅ~ってしたら大丈夫になるかも」
「本当に?」

 そう言うと、詩乃は部屋の中に入ってきて、焔の前で立ち止まり、両手を広げた。

「はいっ」
「おおっ、ありがとう」

 焔は下心丸出しで詩乃を抱きかかえ、ベッドに倒れこむ。
 そしてお互いの頬をこすり合わせながら、癒しの時間を過ごしていた。

「お兄ちゃん、くすぐったいよ~」
「そうか~? もっとくすぐったいことしてあげようか?」

「もっとくすぐったいこと?」
「ああ、そうだぞ~」

 焔はニヤニヤしながら、そっと手を詩乃の太ももあたりに伸ばしていく。
 その時、部屋の入り口辺りから、何かを地面に落とす音が聞こえる。

 焔はビクッとして我に返り、恐る恐るそちらに目をやると、入り口にいたのは夏海だった。
 いったい何度目なのかわからないが、部屋のドアは開かれたまま。

 たまたま焔の元にやってきた夏海に、ふしだらな行為がばっちり目撃されてしまった。
 顔を真っ赤にした夏海は、床に落としていた本を拾うと、さっと走り去っていく。

「な、夏海ちゃん!? 待ってくれ! 違うんだ~!」

 何が違うのかわからないが、とにかくまずいと思った焔はただ叫ぶことしかできなかった。



 その後、みんなでいつものようにリビングで朝ご飯を食べていた。
 焔と夏海の間には微妙な空気が流れており、明日香はなんとなくそれに気づいている様子だ。
 そんななか、沙織が詩乃の隣までやってきて声をかけた。

「詩乃、私はこの後お買い物に行くけど、一緒に来る?」
「えっと~、どうしようかな」

「なにかあるの?」
「えっとね、お兄ちゃんがくすぐったいことしてあげるって言ってたから」

「くすぐったいこと?」

 その場の空気が凍る。
 焔は気付かないふりをしようとしたが、手に持つお箸はブルブルと震えていた。
 夏海の顔も再び赤くなっている。

「詩乃、何かあったの?」
「えっとね、ベッドの上でお兄ちゃんがぎゅってしてくれて~」

「それで?」
「もっとくすぐったいことしてあげるって言って、この辺をなでてくれたんだけど、その時に夏海お姉ちゃんが来ちゃって」

「へぇ」

 そのやり取りを聞いて、沙織は案外普段通りの様子だったが、代わりに明日香が鋭い眼光を焔にむけていた。
 それはもう、視線だけで焔の顔に穴が開きそうな鋭さだ。

 このままでは焔の胃にも穴が開いてしまいかねない空気だったが、そこに突然救世主が現れる。

「おはようございます、みなさん」
「し、汐音さん!?」

 やってきたのは、呉羽たちと同居することになった汐音だ。
 来客のおかげでその場の空気が緩み、焔はなんとかピンチを脱出した。

「今日はどうかしたんですか?」

 ここぞとばかりに話を進めようと、焔は汐音の前に躍り出る。
 一方の汐音は、何か楽しいことでも思いついたのか「ふっふっふ~」と人差し指をたてていた。

「みんなで海水浴に行きましょう!」
「か、海水浴?」

 あまりに突然の提案に、焔をはじめ、皆がぽかんとしていた。
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