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幸せはあなたのそばに
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夕日が富士山に落ちようとしている。
闇はゆっくりとビル群を飲み込んでいく。
すると、ポツリポツリと眼下のあちこちで明かりが灯り出す。
東京タワーも点滅を始める。
夜が始まるのだ。
私がここへ来るのは本当に久しぶりだった。
社内はゴタゴタもなく落ち着いていたから、私は社食のおばちゃんに精を出す日々を送っていた。
今日、私をここへ呼び出したのは周一郎さん。
「二人の結婚、思った以上に早かったですね」
「壮真が彼女をえらく気に入ったんだ」
周一郎さんはデスクで書類に目を通している。
私は窓辺で闇に飲み込まれていく東京を見つめていた。
闇は秘匿。闇は一体感。そして誰かそばにいて欲しくなる。
私のそばにいて欲しい人は……。
時間と共に人も変わる、か。
唯ちゃんの幸せそうな顔を見て、私ちょっぴり羨ましくなっていた。
「真面目に生きていればいいことがある。って女子たちがトイレで話してました」
「……真面目にね。散々彼女を傷つけたことは、すっかり忘れているのだな」
あなたからそんなセリフが出て来るなんて。
私を傷つけたこと、すっかり忘れてませんか?
ちょっとイラっとした。だから意地悪を言ってみた。
「周一郎さんは誰かを傷つけたりしませんよね」
コホンと咳払いが聞こえた。
「一度、離れてしまったお前と、距離を縮めたい」
あらら、いつになく素直。
どうしよう。彼の顔をまともに見れない。
「手放したのは俺だし、傷つけたのも俺だ。だから……」
だから?
周一郎さんの瞳は赤く揺らめいているように見えた。まるで愛を灯しているように。
「お前の望むすべてが、お前のものになる」
熱を帯びた眼差しを受けて、私の心はトクンと鳴った。
「お前を手放していた間、俺の心は砂漠のように乾いていたんだ」
私の心の中にくすぶっていた炎が再び燃え上がる気がした。
恋の駆け引きはやっぱり周一郎さんのほうが一枚上手。
だけど、素直になれない。
素直じゃないのは、私のほうだ。
「ね、ねぇ、周一郎さん。こ、この前の答え出ましたか?」
私が処女かどうか。
視線を動かすとスカイツリーが青く光っている。
綺麗だけど、私はまだ東京のシンボルとは認めていないからね。
いつの間にか、周一郎さんは私の隣に来ていた。
「お前の赤く艶やかな唇、好きだ」
彼は私の唇の輪郭をその長い指でなぞる。
あなたの好きな色だもの。
「その爪の色も、俺好みだ」
知ってる。この色もあなたの好きな色。
周一郎さんは私の腰を抱き寄せる。
これが答えなんですね。
つまり、どちらでもいい。
なんだか周一郎さんらしい。
「俺には自信がある。お前がどちらか」
「そうな……ん……です……か?」
声がかすれた。
「今ここで確かめてもいいぞ」
「ここで?」
にやりと口元を歪めると、彼はスマートスピーカーに室内の明かりを落とすように命令した。
暗い部屋には隣のビルの明かりが差し込み、絨毯を白く照らす。
星の瞬きは見えないけれど、東京タワーは私たちを見ている。
悲しい想い出は――。
ぬり変えられようとしていた。
「言葉で確かめるより、行動で確かめたほうが確実だろう?」
やっぱりひどい男だ。
私を見透かしている。
彼を試すつもりが、返り討ちにあってしまった。
激しく動く心臓の鼓動は、きっと周一郎さんにも伝わっている。
「お前にとって俺は初めての男」
周一郎さん。
あなたには勝てません。
あなたの前で、いくらかっこつけても、クールに装っても、心を裸にされてしまう。
「俺は無理やりする主義じゃないけど、どうする?」
全身を麻痺させる彼の甘いささやきに、ガクンと私の体から力が抜けた。
周一郎さんに抱えられるように、二つの影はひとつになった。
彼の大きな指が私の頬を覆い――ゆっくりと顔が近づき。
彼の息づかいが伝わる。
熱い吐息がゆっくりと重な――。
重な――。
重な――。
「はる……」
神様お願い、時間を止めてーーーーっ。
「愛している……はるみ」
ああ、どうしてなの周一郎さん。
せめて、お互いの唇を重ねた後で良かったのに。
『はるみ、はるみ、はるみ』
呪いの言葉で私は地獄へと突き落された。
だからそれ昭和なんだって。
勝手に自虐的ツッコミを自分に入れてしまう、わが身が口惜しい。
私は彼から顔を背けた。
「……ムードぶっち壊しですね」
「は?俺はただお前の名前を呼んだだけだ」
「その名前を克服出来るまで、私あなたと愛し合えない気がします。恨むなら親を恨んでください」
スルリと彼の腕からすり抜けると、私は蝶のように軽やかな足取りでドアへと向かう。
「ちょっと待て、おいっ」
「もうそろそろ夜の仕込みの時間ですので、失礼します」
闇は秘匿。闇は一体感。そして誰かそばにいて欲しくなる。
けれど闇は、私を飲み込むことは出来なかった。
でも何故か、私はクスっと笑った。
「さぁ、今日もお腹を空かせた大きな羊たちに、美味しい夜食を提供しないとねっ!!」
私は割烹着の紐をキュッと結ぶのだった。
終わり
闇はゆっくりとビル群を飲み込んでいく。
すると、ポツリポツリと眼下のあちこちで明かりが灯り出す。
東京タワーも点滅を始める。
夜が始まるのだ。
私がここへ来るのは本当に久しぶりだった。
社内はゴタゴタもなく落ち着いていたから、私は社食のおばちゃんに精を出す日々を送っていた。
今日、私をここへ呼び出したのは周一郎さん。
「二人の結婚、思った以上に早かったですね」
「壮真が彼女をえらく気に入ったんだ」
周一郎さんはデスクで書類に目を通している。
私は窓辺で闇に飲み込まれていく東京を見つめていた。
闇は秘匿。闇は一体感。そして誰かそばにいて欲しくなる。
私のそばにいて欲しい人は……。
時間と共に人も変わる、か。
唯ちゃんの幸せそうな顔を見て、私ちょっぴり羨ましくなっていた。
「真面目に生きていればいいことがある。って女子たちがトイレで話してました」
「……真面目にね。散々彼女を傷つけたことは、すっかり忘れているのだな」
あなたからそんなセリフが出て来るなんて。
私を傷つけたこと、すっかり忘れてませんか?
ちょっとイラっとした。だから意地悪を言ってみた。
「周一郎さんは誰かを傷つけたりしませんよね」
コホンと咳払いが聞こえた。
「一度、離れてしまったお前と、距離を縮めたい」
あらら、いつになく素直。
どうしよう。彼の顔をまともに見れない。
「手放したのは俺だし、傷つけたのも俺だ。だから……」
だから?
周一郎さんの瞳は赤く揺らめいているように見えた。まるで愛を灯しているように。
「お前の望むすべてが、お前のものになる」
熱を帯びた眼差しを受けて、私の心はトクンと鳴った。
「お前を手放していた間、俺の心は砂漠のように乾いていたんだ」
私の心の中にくすぶっていた炎が再び燃え上がる気がした。
恋の駆け引きはやっぱり周一郎さんのほうが一枚上手。
だけど、素直になれない。
素直じゃないのは、私のほうだ。
「ね、ねぇ、周一郎さん。こ、この前の答え出ましたか?」
私が処女かどうか。
視線を動かすとスカイツリーが青く光っている。
綺麗だけど、私はまだ東京のシンボルとは認めていないからね。
いつの間にか、周一郎さんは私の隣に来ていた。
「お前の赤く艶やかな唇、好きだ」
彼は私の唇の輪郭をその長い指でなぞる。
あなたの好きな色だもの。
「その爪の色も、俺好みだ」
知ってる。この色もあなたの好きな色。
周一郎さんは私の腰を抱き寄せる。
これが答えなんですね。
つまり、どちらでもいい。
なんだか周一郎さんらしい。
「俺には自信がある。お前がどちらか」
「そうな……ん……です……か?」
声がかすれた。
「今ここで確かめてもいいぞ」
「ここで?」
にやりと口元を歪めると、彼はスマートスピーカーに室内の明かりを落とすように命令した。
暗い部屋には隣のビルの明かりが差し込み、絨毯を白く照らす。
星の瞬きは見えないけれど、東京タワーは私たちを見ている。
悲しい想い出は――。
ぬり変えられようとしていた。
「言葉で確かめるより、行動で確かめたほうが確実だろう?」
やっぱりひどい男だ。
私を見透かしている。
彼を試すつもりが、返り討ちにあってしまった。
激しく動く心臓の鼓動は、きっと周一郎さんにも伝わっている。
「お前にとって俺は初めての男」
周一郎さん。
あなたには勝てません。
あなたの前で、いくらかっこつけても、クールに装っても、心を裸にされてしまう。
「俺は無理やりする主義じゃないけど、どうする?」
全身を麻痺させる彼の甘いささやきに、ガクンと私の体から力が抜けた。
周一郎さんに抱えられるように、二つの影はひとつになった。
彼の大きな指が私の頬を覆い――ゆっくりと顔が近づき。
彼の息づかいが伝わる。
熱い吐息がゆっくりと重な――。
重な――。
重な――。
「はる……」
神様お願い、時間を止めてーーーーっ。
「愛している……はるみ」
ああ、どうしてなの周一郎さん。
せめて、お互いの唇を重ねた後で良かったのに。
『はるみ、はるみ、はるみ』
呪いの言葉で私は地獄へと突き落された。
だからそれ昭和なんだって。
勝手に自虐的ツッコミを自分に入れてしまう、わが身が口惜しい。
私は彼から顔を背けた。
「……ムードぶっち壊しですね」
「は?俺はただお前の名前を呼んだだけだ」
「その名前を克服出来るまで、私あなたと愛し合えない気がします。恨むなら親を恨んでください」
スルリと彼の腕からすり抜けると、私は蝶のように軽やかな足取りでドアへと向かう。
「ちょっと待て、おいっ」
「もうそろそろ夜の仕込みの時間ですので、失礼します」
闇は秘匿。闇は一体感。そして誰かそばにいて欲しくなる。
けれど闇は、私を飲み込むことは出来なかった。
でも何故か、私はクスっと笑った。
「さぁ、今日もお腹を空かせた大きな羊たちに、美味しい夜食を提供しないとねっ!!」
私は割烹着の紐をキュッと結ぶのだった。
終わり
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