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1巻
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「お待たせしました」
「ぜんぜん待ってない。姉の買い物に比べたらすごく早い」
「そうそう。フィルの姉さんに比べたら、早い、早い~」
互いに顔を見合わせ頷くふたりに、リュシーは噴き出してしまう。
「へえ、フィルにはお姉さんがいるのね。それにリックとも仲がいいんだ」
「腐れ縁ですよ」
リックは何を思い出したのか、顔をしかめている。フィルはリックの考えていることに心当たりがあった。
「あのひとの買い物はとにかく長いんだ。すぐにひとの服を見立てたがるし、あれこれと連れまわされてばかりだったな……」
「確かに」
リックもフィルの言葉に同意して頷く。
「そういうわけで、リュシーは心おきなく買い物を続けてくれ」
フィルは脱線しかけた話をもとに戻した。にこにこと屈託のない笑みを浮かべたリックが問いかける。
「さあ、次はお父さんのプレゼントだよね?」
「ええ。どこへ行ったらいいと思う?」
リュシーが頷くと、フィルがにこにこと提案を口にする。
「それなら、カフスボタンはどうかな?」
「そうね、いいかもしれない。いままであげたこともないし……じゃあカフスボタンにしようかな」
「じゃあ、宝飾店へ行こ~」
リックに促され、三人は宝飾店へと足を向けた。
リュシーとフィルが仲良く相談しながらプレゼントを選んでいる様子を、リックがすこし下がった場所からじっと見守っていた。
結局はリックも加わり、ふたりからのアドバイスを受けながら、無事父親へのプレゼントとして七宝の装飾が施されたカフスボタンを購入して、リュシーは満足げな笑みを浮かべていた。
「本当にありがとう。フィル、リック、とても助かりました」
「どういたしまして」
「お役にたてて良かった」
時刻はちょうど夕方に差し掛かろうとしていた。
「僕は用事があるからこの辺で失礼するよ。今日は楽しかった。ありがとね、リュシー」
先を歩いていたリックが振り返って暇を告げる。
「買い物に付き合ってもらったお礼に、夕食を一緒にどうかと思っていたのだけれど……」
「僕はいいよ。フィルにくっついて来ただけだし、ふたりでディナーを楽しんで来て」
そう言うと、リックは手のひらを振って立ち去ってしまう。
残されたリュシーが残念そうな顔をしているのとは対照的に、フィルは満面の笑みを浮かべている。
「じゃあ、行こうか?」
差し出されたフィルの手にリュシーは自分の小さな手を重ねる。
温かく大きな手に包まれ、リュシーはかすかに頬を染めた。男性と手をつなぐのはいつ以来だろうか。リュシーは気恥ずかしさに駆け足になりそうな自分を必死になだめる。
リュシーは歩いてすぐの場所にある、美味しいと評判のビストロにフィルを案内した。
適当に料理を頼むと、いつの間にかフィルが酒を注文している。
「ちょっと、フィル?」
「君との初めてのディナーなんだから記念にと思ったのだが、だめだったか?」
「ううん、そんなことないけど……」
リュシーの鼓動は跳ね上がる。頬に熱が集まるのがわかり、あわててフィルから顔を背けた。
(どうして急にこんな気持ちになるの? 彼とは別にそんな関係でもないでしょう?)
そう自分に言い聞かせてみるが、リュシーの早鐘を打つ心臓はなかなか収まらない。
「そういえば、そろそろ私と付き合ってみる気になった?」
リュシーは驚きのあまり口に入れようとしていた前菜を落としてしまう。いつもは簡単にあしらえるはずの問いかけに、なんと答えていいのかわからない。
「あれ? 断らないの?」
口ごもるリュシーの様子にフィルは笑みを浮かべた。
「答えはいつもと一緒よ。無理だわ……」
なんとか平静を装ってリュシーが答えると、フィルが悲しげな表情で見つめてくる。
「そう……」
気まずくなりかけたところで、ウェイターがグラスを持って現れた。
「せっかく頼んだから、飲もう?」
リュシーはフィルからすすめられるままに、フルートグラスに注がれたスパークリングワインを軽く掲げると口をつけた。
しゅわしゅわと心地よい刺激が喉を滑り落ちて行く。途端にかあっと胃のあたりが熱くなって、リュシーは慣れない酒に意識がふわりと浮き上がるのを感じた。
「どう、美味しい? 飲みやすいものを選んでみたつもりだが」
「うん、飲みやすい……」
そう告げるリュシーの頬はわずかに上気していた。
注文した料理が次々と運ばれてくるたびに、ふたりは夢中になって皿を空にしていく。リュシーのグラスからワインが減ると、いつの間にかフィルが注ぎ足していた。しかしそれに気づくことなく、リュシーはグラスを重ね続ける。
夕食を食べ終える頃には、すっかりリュシーは酔っぱらいと化しており、ふらふらする身体をフィルに支えられながらようやく店をあとにすることができた。
同じくらい飲んでいたはずのフィルは、ほとんど顔色を変えることもなく、酔った様子もない。
「リュシー、すまない。飲ませ過ぎたね」
「ううん、大丈夫よ。ちょっとふらふらするだけだから」
「リュシーの家はどこ?」
「大学の……寮……」
眠気が襲ってきたのか、リュシーの答えは途切れがちになる。
「リュシー、眠ってはだめだ」
リュシーはなんとか意識を保とうとするが、急激に襲ってきた眠気に逆らうことができず、あわてたフィルの顔を見たのが最後の記憶だった。
三 恋の始まり
ふと気づくとリュシーはフィルの腕の中で、抵抗することもできずキスを受け入れていた。
(どうして?)
重ねられた熱い唇よりさらに熱いフィルの舌がリュシーの口内へと入り込む。誘うように絡ませられた舌の心地よさに、リュシーは知らず知らずのうちに応えていた。
(キスってこんなに気持ちのいいものだったの?)
慣れないキスにリュシーの息が上がる。
「口で息するのが苦しかったら、鼻で息してごらん?」
「……ん」
与えられる熱のせいで、思考はなかなかまとまらない。
リュシーはどうしてこのような事態に陥っているのか、思い出すことができずにいた。気づいたときには眼鏡も外され、ぼんやりした視界にはフィルの顔だけがはっきりと映し出されている。
(お酒を飲み過ぎたことは覚えている。そのあとは……?)
リュシーが必死に記憶をたどっている間も、フィルの愛撫の手は止まらない。
ふと、我に返ればリュシーはベッドの上でフィルに組み敷かれていた。
「っは、あ……、ん」
深く差し入れられた舌がゆっくりと歯列をなぞる。
「あっ、やぁ」
酔いのまわった身体は思うように動かせず、リュシーはただ感じるままに声を上げる。
「リュシー、可愛い」
「はぁっ……、あ」
ようやくフィルがリュシーの唇を解放すると、彼女は大きく息をついて呼吸を整える。リュシーは組み敷かれたまま、見慣れない天井を見て浮かんだ疑問を口に上らせた。
「ここ……は?」
「リュシーが眠ってしまって、寮の部屋がわからなかったから、ホテルに部屋を取った」
「どうして?」
「キスをしているのか……って顔をしているね。あんなに可愛い寝顔を見せられたら我慢なんかできないよ。私はリュシーが好きだ。付き合ってほしい」
耳元で響く甘い囁きに、リュシーの頭はぼうっとしてしまう。
「と、とりあえず、離れて!」
リュシーの懇願にフィルは渋々といった体で身体を起こし、ベッドに腰を下ろす。リュシーも身体を起こすと、だんだんと胸の鼓動が落ち着いてくる。焼けつくような欲望もあらわなフィルの目に射すくめられたリュシーは、ようやく彼の本気を悟った。
(いままで、私は彼の言葉を信じるのが怖くて、自分の気持ちに蓋をしてきた。……だって私みたいな冴えない女を、彼みたいな男性が本気で好きになるとは思えない。でもフィルの本気の目を見てしまったら、もう、自分をごまかし続けるのは無理。私はフィルの気持ちに対して真摯に向き合わないといけないんだ)
リュシーはフィルの目をはっきりと見て答える。
「私は……、フィルが好き……みたい」
リュシーは自分の口をついて出た言葉に、自分でも驚いていた。だが口にしてみると、その気持ちは本当だと強く実感した。
(フィルの好きだと言ってくれる言葉を信じたい。私はいつの間にか彼のことがこんなに好きになっていたんだ。自分でもどうしようもないくらい、フィルが好き……)
本当は恋愛にうつつを抜かしている暇などないはずなのに、膨れ上がる気持ちを抑えられない。信じられないとでも言いたげな様子で固まっているフィルに、リュシーは顔を近づけると自分から唇を重ねた。ただ唇を重ねるだけの拙いキスをして、口を離してフィルの顔を見上げる。
(好きだって言ってくれたけど、本当だよね? こんな私でも失望されない?)
リュシーはフィルの答えを恐る恐る待った。
「リュシー、本当に?」
「ええ」
リュシーがおずおずと頷くと、フィルは嬉しそうに満面の笑みを浮かべてリュシーを抱きしめる。
「リュシー、私の恋人になってくれるのか?」
「ええ。私でよければ」
「ああ、夢みたいだ。君がいい。君じゃないとだめなんだ!」
フィルは抱きしめた腕を離すと、リュシーのおとがいを掴み、キスを落とす。今度はリュシーもゆっくりとフィルのキスに応える。
リュシーはフィルと手を重ねた。触れ合った肌のぬくもりに、もっと彼のことを知りたくなる。
「リュシー……、君を抱きたい」
「……え……と、私は、初めてなの……その、そういう関係になった男性がいなくて」
経験のないリュシーにはどうしてもそういった行為にためらいがある。けれどフィルの気持ちもわからないではないし、自分でも彼に触れたいと願ってしまう。
リュシーは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながらうつむいた。
「すまない、まさか君に受け入れてもらえるとは思っていなかったから……もうやめてあげられない」
「フィル、待っ……」
リュシーのささやかな抵抗はフィルの唇に呑み込まれた。経験のないリュシーは時折フィルから与えられる深い口づけにぼうっとしてしまう。その隙に、フィルは手際よくリュシーの服をはだけさせていく。
「フィル……、だめ……」
「どうして? こんなに綺麗なのに」
あっさりと下着まではぎ取られ、リュシーは羞恥に肌を染めた。
その様子にフィルは彼女の女性としての初めての体験が、自分のものになることに征服欲を掻き立てられる。痛みはあるだろうが、自分の存在を彼女に刻み付けることができると思うと堪らない。
フィルはリュシーの指先から足先まで、触れていない場所がないほど丹念に愛撫を施していく。
リュシーはフィルから与えられる快感を、身体を震わせて享受するしかなかった。
「……ん、はぁ」
「ここが弱いのか?」
リュシーの鎖骨のあたりにちりりとした小さな痛みが走る。フィルが吸い付いた痕が赤く色づき、所有の証を身体に残していく。
抗おうともがくたびに、なだめるようなキスが与えられる。探るような舌の動きに、リュシーはただただ翻弄された。そうしてフィルの手が秘所へと伸びてきたときも、触れられて初めて気づく。
髪の毛と同じ淡いプラチナブロンドの叢はわずかに蜜をたたえ始めていた。
「……っひ、ああ」
びりびりと身体を走り抜ける初めての感触に、リュシーは戸惑うばかりで息をすることもままならない。
「あ、っやぁ」
「嫌ではないはずだ。気持ちがいいのだろう?」
耳元で囁かれる声に、リュシーはそれが快感であることを知らされた。
(うそ、やぁ。これ、おかしくなりそう)
巧みなフィルの手はリュシーの身体をとろかせていく。叫び過ぎた喉は掠れた声を紡ぎ出すことしかできず、水色の瞳からは涙があふれ、視線は宙をさまよった。
ようやくリュシーの準備が調ったことを見てとったフィルは、自身の服を脱ぎ捨て肌を重ねる。肌理の細かい彼女の肌は、いつまでも触れていたいと思わせるほど心地よい。細くくびれた腰を抱え上げると、彼は切っ先を彼女の蜜口へとあてがった。
「リュシー、入るよ」
「ぁ、あああ」
かすかな抵抗感を感じながらも、フィルは一気にリュシーの内へと押し入る。
朦朧としていたリュシーの目は大きく見開かれ、初めての痛みと衝撃にぽろぽろと涙をこぼしている。
たとえようもない征服感と、彼女に痛みを与える罪悪感を抱えながら、フィルは口づけを繰り返し彼女が自分の形に慣れるのをただ待っていた。
「フィル、……痛いの?」
自身のほうが痛みを感じているであろうリュシーが、苦しそうにしているフィルの顔を見上げていた。
「いや。気持ちよすぎてすぐに動きたくなってしまう。いまのリュシーにはきついだろう?」
苦しそうに眉根を寄せているフィルの表情を勘違いしたリュシーが、必死に痛みを堪えて自分を心配してくれたのかと思うと、いっそう愛しさが募る。
顔を真っ赤に染めたリュシーがわずかに頷く仕草に、フィルの理性は限界に達していた。
「すまない、もうっ、我慢できない」
フィルは宣言と共に抱え上げたリュシーの腰を掴み、ぎりぎりまで引き抜いた己の楔を再び打ち込んだ。
「ああっ……!」
強い衝撃にリュシーの目からは止めどなく涙がこぼれ落ちる。
出会ったときから我慢を重ねてきたフィルの理性は、とうに焼き切れてしまっていた。フィルは彼女を気遣うこともできずに攻め立てる。
「リュシー、ああっ、リュシー」
せき止められていた欲望は止まるところを知らず、本能のままにフィルは彼女を貪る。
彼女に優しくしたいのに、ずっと抑えつけられていた欲望がそれを許さない。フィルは身体の奥深くまで彼女を感じたくて、いっそう強く腰を突き上げた。
「ぁああっ!」
リュシーは喉をのけぞらせ、その衝撃に声を上げた。彼女の透きとおるような白い肢体が興奮に紅く染まり、シーツの上をのたうつ様はたとえようもなくフィルを興奮させた。閉じ込めて誰にも見せたくないような愛おしい気持ちと、何もかもを忘れるほど攻め立て、彼女を壊してしまいたいという凶暴な気持ちがフィルの中を吹き荒れる。
「リュシー……」
「っあ、あ、フィ……ルっ」
リュシーの口から漏れる声に、苦痛だけではなく甘さがまじり始めたことにフィルは気づいた。彼女に自分が感じている気持ちのよさをすこしでも味わってほしくて、フィルは探るように剛直を突き入れる。
「あっ、……はぁ」
微かな声色の変化と、身体の反応から彼女の感じる場所を見つけ、重点的に攻め上げる。敏感に反応するリュシーの身体に、フィルは溺れるようにのめり込んだ。
(もっとだ。もっと彼女がほしい)
フィルはリュシーの指に自らの指を絡めるとシーツの上に縫いとめる。
「あぁん……」
リュシーは耐えられないといった風情で、眉根を寄せ、目を瞑っている。深く繋がっている部分だけでなく、指も絡ませると愛しさがいっそう募る。フィルは込み上げてきた愛しさのままに腰の律動を早め、リュシーを味わった。
「あ、あっ。……ん、ぅうっ、ん」
「ん、っくう、っはぁ」
飛び散る汗がリュシーの身体に降りかかる。
「フィ……ルぅ……」
彼女の声が甘さを含んで名前を呼んだ瞬間、フィルの欲望は爆ぜた。
長く続く放出感にフィルの身体から力が抜けてゆく。リュシーの身体を押しつぶしてしまわないように彼女の横へ転がると、大きく息をついた。
(しまった……。避妊を忘れていた)
フィルは己の失態に青ざめる。
(これまで避妊をせずに女性を抱くことなど考えられなかった。けれど、リュシーに対してはそんなことを考える余裕もないほど夢中になってしまった。私としては彼女が妊娠してもかまわないし、むしろそれで彼女を手に入れることができるのならば望むところだ。だが、彼女にも都合があるだろう。勉学にうち込むリュシーを己の都合で振り回すことはしたくない。大丈夫だとは思うが、次からは気を付けるしかないな……)
リュシーも初めてのことで避妊については全く頭が回っていない様子だ。フィルはいざというときは責任を取る覚悟ができていた。
「リュシー」
名前を呼ばれた彼女はゆっくりとフィルのほうへ顔を向けた。
「好きだ……」
抱きしめたフィルの腕の中で、リュシーは顔を真っ赤にして恥じらっている。
「本当に可愛い」
「私も……フィルが……好き」
フィルはこれまでにない幸福感に包まれていた。ようやく返してもらえた愛の言葉に、幸せを噛みしめた。
晴れてフィルと恋人同士となったリュシーは、胸を張って恋人と言える初めての存在に、何もかもが新鮮で、くすぐったいような気分を味わっていた。
ほんのわずかな時間でも、フィルに会えるだけで嬉しくなる。
ふとした拍子に触れたり、視線が合ったりするたびに鼓動は跳ね上がり、顔が上気してしまう。フィルに欲望に満ちた目で見られるたびに、リュシーは身体の奥底で熱が溜まっていくような気がした。
二度目の夜にフィルが避妊具を用意してきたのを見て、リュシーはようやく妊娠の危険性に気づかされた。あわてて自分の月経周期を確かめ、多分大丈夫だろうという結論に達したが、それ以来リュシーも避妊には気を付けるようにしていた。
恋人としてのフィルにはなんの不満もなく、リュシーは少々浮かれた気分で休暇を家で過ごすことをフィルに告げた。
「しばらく会えなくなるわ」
聖ピエール生誕祭にはほとんどの学生が休暇で自宅へと戻る。大学の寮に住んでいるリュシーも自宅へ戻る予定を立てていた。
「ああ、聖ピエールのお休みだね。私も戻らなければならない。来年は一緒に過ごせるといいのだが……」
「そうね」
フィルが来年のことまで考えてくれていることを知り、リュシーの心が温かくなる。
リュシーはフィルとの別れを惜しみつつ、鉄道馬車に乗り自宅に戻った。
§
「ただいま」
「リュシー、おかえりなさい」
「おかえり」
父と母がふたりそろってリュシーを出迎えてくれる。ベルナール共和国の政務官を務める忙しい父も、この時期だけはゆっくりと休暇を取ることにしている。
久しぶりに見る父の元気そうな顔に、リュシーは頬にキスをしてただいまの挨拶をする。
「リゼットは?」
姿の見えない妹の行方を尋ねる。
「いま出かけているの。夕方には帰ってくると思うわ」
「そう……」
リュシーは二つ年下の妹のことが苦手だった。
決して嫌いではないのだが、彼女のはつらつとした美しさ、周囲から甘えることを許される明るくおおらかな性格を、どうしてもうらやましく思ってしまうのだ。
容貌の整った両親のもとに生まれながら、自分が妹ほど美しくないことも劣等感を抱かずにはいられない。それゆえにリュシーはすこしでも父の役に立ちたいと、政治や経済について学ぶために共和国でも随一のレベルを誇るベルナール国立大学で学び、必死に努力を重ねてきたのだった。
「ぜんぜん待ってない。姉の買い物に比べたらすごく早い」
「そうそう。フィルの姉さんに比べたら、早い、早い~」
互いに顔を見合わせ頷くふたりに、リュシーは噴き出してしまう。
「へえ、フィルにはお姉さんがいるのね。それにリックとも仲がいいんだ」
「腐れ縁ですよ」
リックは何を思い出したのか、顔をしかめている。フィルはリックの考えていることに心当たりがあった。
「あのひとの買い物はとにかく長いんだ。すぐにひとの服を見立てたがるし、あれこれと連れまわされてばかりだったな……」
「確かに」
リックもフィルの言葉に同意して頷く。
「そういうわけで、リュシーは心おきなく買い物を続けてくれ」
フィルは脱線しかけた話をもとに戻した。にこにこと屈託のない笑みを浮かべたリックが問いかける。
「さあ、次はお父さんのプレゼントだよね?」
「ええ。どこへ行ったらいいと思う?」
リュシーが頷くと、フィルがにこにこと提案を口にする。
「それなら、カフスボタンはどうかな?」
「そうね、いいかもしれない。いままであげたこともないし……じゃあカフスボタンにしようかな」
「じゃあ、宝飾店へ行こ~」
リックに促され、三人は宝飾店へと足を向けた。
リュシーとフィルが仲良く相談しながらプレゼントを選んでいる様子を、リックがすこし下がった場所からじっと見守っていた。
結局はリックも加わり、ふたりからのアドバイスを受けながら、無事父親へのプレゼントとして七宝の装飾が施されたカフスボタンを購入して、リュシーは満足げな笑みを浮かべていた。
「本当にありがとう。フィル、リック、とても助かりました」
「どういたしまして」
「お役にたてて良かった」
時刻はちょうど夕方に差し掛かろうとしていた。
「僕は用事があるからこの辺で失礼するよ。今日は楽しかった。ありがとね、リュシー」
先を歩いていたリックが振り返って暇を告げる。
「買い物に付き合ってもらったお礼に、夕食を一緒にどうかと思っていたのだけれど……」
「僕はいいよ。フィルにくっついて来ただけだし、ふたりでディナーを楽しんで来て」
そう言うと、リックは手のひらを振って立ち去ってしまう。
残されたリュシーが残念そうな顔をしているのとは対照的に、フィルは満面の笑みを浮かべている。
「じゃあ、行こうか?」
差し出されたフィルの手にリュシーは自分の小さな手を重ねる。
温かく大きな手に包まれ、リュシーはかすかに頬を染めた。男性と手をつなぐのはいつ以来だろうか。リュシーは気恥ずかしさに駆け足になりそうな自分を必死になだめる。
リュシーは歩いてすぐの場所にある、美味しいと評判のビストロにフィルを案内した。
適当に料理を頼むと、いつの間にかフィルが酒を注文している。
「ちょっと、フィル?」
「君との初めてのディナーなんだから記念にと思ったのだが、だめだったか?」
「ううん、そんなことないけど……」
リュシーの鼓動は跳ね上がる。頬に熱が集まるのがわかり、あわててフィルから顔を背けた。
(どうして急にこんな気持ちになるの? 彼とは別にそんな関係でもないでしょう?)
そう自分に言い聞かせてみるが、リュシーの早鐘を打つ心臓はなかなか収まらない。
「そういえば、そろそろ私と付き合ってみる気になった?」
リュシーは驚きのあまり口に入れようとしていた前菜を落としてしまう。いつもは簡単にあしらえるはずの問いかけに、なんと答えていいのかわからない。
「あれ? 断らないの?」
口ごもるリュシーの様子にフィルは笑みを浮かべた。
「答えはいつもと一緒よ。無理だわ……」
なんとか平静を装ってリュシーが答えると、フィルが悲しげな表情で見つめてくる。
「そう……」
気まずくなりかけたところで、ウェイターがグラスを持って現れた。
「せっかく頼んだから、飲もう?」
リュシーはフィルからすすめられるままに、フルートグラスに注がれたスパークリングワインを軽く掲げると口をつけた。
しゅわしゅわと心地よい刺激が喉を滑り落ちて行く。途端にかあっと胃のあたりが熱くなって、リュシーは慣れない酒に意識がふわりと浮き上がるのを感じた。
「どう、美味しい? 飲みやすいものを選んでみたつもりだが」
「うん、飲みやすい……」
そう告げるリュシーの頬はわずかに上気していた。
注文した料理が次々と運ばれてくるたびに、ふたりは夢中になって皿を空にしていく。リュシーのグラスからワインが減ると、いつの間にかフィルが注ぎ足していた。しかしそれに気づくことなく、リュシーはグラスを重ね続ける。
夕食を食べ終える頃には、すっかりリュシーは酔っぱらいと化しており、ふらふらする身体をフィルに支えられながらようやく店をあとにすることができた。
同じくらい飲んでいたはずのフィルは、ほとんど顔色を変えることもなく、酔った様子もない。
「リュシー、すまない。飲ませ過ぎたね」
「ううん、大丈夫よ。ちょっとふらふらするだけだから」
「リュシーの家はどこ?」
「大学の……寮……」
眠気が襲ってきたのか、リュシーの答えは途切れがちになる。
「リュシー、眠ってはだめだ」
リュシーはなんとか意識を保とうとするが、急激に襲ってきた眠気に逆らうことができず、あわてたフィルの顔を見たのが最後の記憶だった。
三 恋の始まり
ふと気づくとリュシーはフィルの腕の中で、抵抗することもできずキスを受け入れていた。
(どうして?)
重ねられた熱い唇よりさらに熱いフィルの舌がリュシーの口内へと入り込む。誘うように絡ませられた舌の心地よさに、リュシーは知らず知らずのうちに応えていた。
(キスってこんなに気持ちのいいものだったの?)
慣れないキスにリュシーの息が上がる。
「口で息するのが苦しかったら、鼻で息してごらん?」
「……ん」
与えられる熱のせいで、思考はなかなかまとまらない。
リュシーはどうしてこのような事態に陥っているのか、思い出すことができずにいた。気づいたときには眼鏡も外され、ぼんやりした視界にはフィルの顔だけがはっきりと映し出されている。
(お酒を飲み過ぎたことは覚えている。そのあとは……?)
リュシーが必死に記憶をたどっている間も、フィルの愛撫の手は止まらない。
ふと、我に返ればリュシーはベッドの上でフィルに組み敷かれていた。
「っは、あ……、ん」
深く差し入れられた舌がゆっくりと歯列をなぞる。
「あっ、やぁ」
酔いのまわった身体は思うように動かせず、リュシーはただ感じるままに声を上げる。
「リュシー、可愛い」
「はぁっ……、あ」
ようやくフィルがリュシーの唇を解放すると、彼女は大きく息をついて呼吸を整える。リュシーは組み敷かれたまま、見慣れない天井を見て浮かんだ疑問を口に上らせた。
「ここ……は?」
「リュシーが眠ってしまって、寮の部屋がわからなかったから、ホテルに部屋を取った」
「どうして?」
「キスをしているのか……って顔をしているね。あんなに可愛い寝顔を見せられたら我慢なんかできないよ。私はリュシーが好きだ。付き合ってほしい」
耳元で響く甘い囁きに、リュシーの頭はぼうっとしてしまう。
「と、とりあえず、離れて!」
リュシーの懇願にフィルは渋々といった体で身体を起こし、ベッドに腰を下ろす。リュシーも身体を起こすと、だんだんと胸の鼓動が落ち着いてくる。焼けつくような欲望もあらわなフィルの目に射すくめられたリュシーは、ようやく彼の本気を悟った。
(いままで、私は彼の言葉を信じるのが怖くて、自分の気持ちに蓋をしてきた。……だって私みたいな冴えない女を、彼みたいな男性が本気で好きになるとは思えない。でもフィルの本気の目を見てしまったら、もう、自分をごまかし続けるのは無理。私はフィルの気持ちに対して真摯に向き合わないといけないんだ)
リュシーはフィルの目をはっきりと見て答える。
「私は……、フィルが好き……みたい」
リュシーは自分の口をついて出た言葉に、自分でも驚いていた。だが口にしてみると、その気持ちは本当だと強く実感した。
(フィルの好きだと言ってくれる言葉を信じたい。私はいつの間にか彼のことがこんなに好きになっていたんだ。自分でもどうしようもないくらい、フィルが好き……)
本当は恋愛にうつつを抜かしている暇などないはずなのに、膨れ上がる気持ちを抑えられない。信じられないとでも言いたげな様子で固まっているフィルに、リュシーは顔を近づけると自分から唇を重ねた。ただ唇を重ねるだけの拙いキスをして、口を離してフィルの顔を見上げる。
(好きだって言ってくれたけど、本当だよね? こんな私でも失望されない?)
リュシーはフィルの答えを恐る恐る待った。
「リュシー、本当に?」
「ええ」
リュシーがおずおずと頷くと、フィルは嬉しそうに満面の笑みを浮かべてリュシーを抱きしめる。
「リュシー、私の恋人になってくれるのか?」
「ええ。私でよければ」
「ああ、夢みたいだ。君がいい。君じゃないとだめなんだ!」
フィルは抱きしめた腕を離すと、リュシーのおとがいを掴み、キスを落とす。今度はリュシーもゆっくりとフィルのキスに応える。
リュシーはフィルと手を重ねた。触れ合った肌のぬくもりに、もっと彼のことを知りたくなる。
「リュシー……、君を抱きたい」
「……え……と、私は、初めてなの……その、そういう関係になった男性がいなくて」
経験のないリュシーにはどうしてもそういった行為にためらいがある。けれどフィルの気持ちもわからないではないし、自分でも彼に触れたいと願ってしまう。
リュシーは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながらうつむいた。
「すまない、まさか君に受け入れてもらえるとは思っていなかったから……もうやめてあげられない」
「フィル、待っ……」
リュシーのささやかな抵抗はフィルの唇に呑み込まれた。経験のないリュシーは時折フィルから与えられる深い口づけにぼうっとしてしまう。その隙に、フィルは手際よくリュシーの服をはだけさせていく。
「フィル……、だめ……」
「どうして? こんなに綺麗なのに」
あっさりと下着まではぎ取られ、リュシーは羞恥に肌を染めた。
その様子にフィルは彼女の女性としての初めての体験が、自分のものになることに征服欲を掻き立てられる。痛みはあるだろうが、自分の存在を彼女に刻み付けることができると思うと堪らない。
フィルはリュシーの指先から足先まで、触れていない場所がないほど丹念に愛撫を施していく。
リュシーはフィルから与えられる快感を、身体を震わせて享受するしかなかった。
「……ん、はぁ」
「ここが弱いのか?」
リュシーの鎖骨のあたりにちりりとした小さな痛みが走る。フィルが吸い付いた痕が赤く色づき、所有の証を身体に残していく。
抗おうともがくたびに、なだめるようなキスが与えられる。探るような舌の動きに、リュシーはただただ翻弄された。そうしてフィルの手が秘所へと伸びてきたときも、触れられて初めて気づく。
髪の毛と同じ淡いプラチナブロンドの叢はわずかに蜜をたたえ始めていた。
「……っひ、ああ」
びりびりと身体を走り抜ける初めての感触に、リュシーは戸惑うばかりで息をすることもままならない。
「あ、っやぁ」
「嫌ではないはずだ。気持ちがいいのだろう?」
耳元で囁かれる声に、リュシーはそれが快感であることを知らされた。
(うそ、やぁ。これ、おかしくなりそう)
巧みなフィルの手はリュシーの身体をとろかせていく。叫び過ぎた喉は掠れた声を紡ぎ出すことしかできず、水色の瞳からは涙があふれ、視線は宙をさまよった。
ようやくリュシーの準備が調ったことを見てとったフィルは、自身の服を脱ぎ捨て肌を重ねる。肌理の細かい彼女の肌は、いつまでも触れていたいと思わせるほど心地よい。細くくびれた腰を抱え上げると、彼は切っ先を彼女の蜜口へとあてがった。
「リュシー、入るよ」
「ぁ、あああ」
かすかな抵抗感を感じながらも、フィルは一気にリュシーの内へと押し入る。
朦朧としていたリュシーの目は大きく見開かれ、初めての痛みと衝撃にぽろぽろと涙をこぼしている。
たとえようもない征服感と、彼女に痛みを与える罪悪感を抱えながら、フィルは口づけを繰り返し彼女が自分の形に慣れるのをただ待っていた。
「フィル、……痛いの?」
自身のほうが痛みを感じているであろうリュシーが、苦しそうにしているフィルの顔を見上げていた。
「いや。気持ちよすぎてすぐに動きたくなってしまう。いまのリュシーにはきついだろう?」
苦しそうに眉根を寄せているフィルの表情を勘違いしたリュシーが、必死に痛みを堪えて自分を心配してくれたのかと思うと、いっそう愛しさが募る。
顔を真っ赤に染めたリュシーがわずかに頷く仕草に、フィルの理性は限界に達していた。
「すまない、もうっ、我慢できない」
フィルは宣言と共に抱え上げたリュシーの腰を掴み、ぎりぎりまで引き抜いた己の楔を再び打ち込んだ。
「ああっ……!」
強い衝撃にリュシーの目からは止めどなく涙がこぼれ落ちる。
出会ったときから我慢を重ねてきたフィルの理性は、とうに焼き切れてしまっていた。フィルは彼女を気遣うこともできずに攻め立てる。
「リュシー、ああっ、リュシー」
せき止められていた欲望は止まるところを知らず、本能のままにフィルは彼女を貪る。
彼女に優しくしたいのに、ずっと抑えつけられていた欲望がそれを許さない。フィルは身体の奥深くまで彼女を感じたくて、いっそう強く腰を突き上げた。
「ぁああっ!」
リュシーは喉をのけぞらせ、その衝撃に声を上げた。彼女の透きとおるような白い肢体が興奮に紅く染まり、シーツの上をのたうつ様はたとえようもなくフィルを興奮させた。閉じ込めて誰にも見せたくないような愛おしい気持ちと、何もかもを忘れるほど攻め立て、彼女を壊してしまいたいという凶暴な気持ちがフィルの中を吹き荒れる。
「リュシー……」
「っあ、あ、フィ……ルっ」
リュシーの口から漏れる声に、苦痛だけではなく甘さがまじり始めたことにフィルは気づいた。彼女に自分が感じている気持ちのよさをすこしでも味わってほしくて、フィルは探るように剛直を突き入れる。
「あっ、……はぁ」
微かな声色の変化と、身体の反応から彼女の感じる場所を見つけ、重点的に攻め上げる。敏感に反応するリュシーの身体に、フィルは溺れるようにのめり込んだ。
(もっとだ。もっと彼女がほしい)
フィルはリュシーの指に自らの指を絡めるとシーツの上に縫いとめる。
「あぁん……」
リュシーは耐えられないといった風情で、眉根を寄せ、目を瞑っている。深く繋がっている部分だけでなく、指も絡ませると愛しさがいっそう募る。フィルは込み上げてきた愛しさのままに腰の律動を早め、リュシーを味わった。
「あ、あっ。……ん、ぅうっ、ん」
「ん、っくう、っはぁ」
飛び散る汗がリュシーの身体に降りかかる。
「フィ……ルぅ……」
彼女の声が甘さを含んで名前を呼んだ瞬間、フィルの欲望は爆ぜた。
長く続く放出感にフィルの身体から力が抜けてゆく。リュシーの身体を押しつぶしてしまわないように彼女の横へ転がると、大きく息をついた。
(しまった……。避妊を忘れていた)
フィルは己の失態に青ざめる。
(これまで避妊をせずに女性を抱くことなど考えられなかった。けれど、リュシーに対してはそんなことを考える余裕もないほど夢中になってしまった。私としては彼女が妊娠してもかまわないし、むしろそれで彼女を手に入れることができるのならば望むところだ。だが、彼女にも都合があるだろう。勉学にうち込むリュシーを己の都合で振り回すことはしたくない。大丈夫だとは思うが、次からは気を付けるしかないな……)
リュシーも初めてのことで避妊については全く頭が回っていない様子だ。フィルはいざというときは責任を取る覚悟ができていた。
「リュシー」
名前を呼ばれた彼女はゆっくりとフィルのほうへ顔を向けた。
「好きだ……」
抱きしめたフィルの腕の中で、リュシーは顔を真っ赤にして恥じらっている。
「本当に可愛い」
「私も……フィルが……好き」
フィルはこれまでにない幸福感に包まれていた。ようやく返してもらえた愛の言葉に、幸せを噛みしめた。
晴れてフィルと恋人同士となったリュシーは、胸を張って恋人と言える初めての存在に、何もかもが新鮮で、くすぐったいような気分を味わっていた。
ほんのわずかな時間でも、フィルに会えるだけで嬉しくなる。
ふとした拍子に触れたり、視線が合ったりするたびに鼓動は跳ね上がり、顔が上気してしまう。フィルに欲望に満ちた目で見られるたびに、リュシーは身体の奥底で熱が溜まっていくような気がした。
二度目の夜にフィルが避妊具を用意してきたのを見て、リュシーはようやく妊娠の危険性に気づかされた。あわてて自分の月経周期を確かめ、多分大丈夫だろうという結論に達したが、それ以来リュシーも避妊には気を付けるようにしていた。
恋人としてのフィルにはなんの不満もなく、リュシーは少々浮かれた気分で休暇を家で過ごすことをフィルに告げた。
「しばらく会えなくなるわ」
聖ピエール生誕祭にはほとんどの学生が休暇で自宅へと戻る。大学の寮に住んでいるリュシーも自宅へ戻る予定を立てていた。
「ああ、聖ピエールのお休みだね。私も戻らなければならない。来年は一緒に過ごせるといいのだが……」
「そうね」
フィルが来年のことまで考えてくれていることを知り、リュシーの心が温かくなる。
リュシーはフィルとの別れを惜しみつつ、鉄道馬車に乗り自宅に戻った。
§
「ただいま」
「リュシー、おかえりなさい」
「おかえり」
父と母がふたりそろってリュシーを出迎えてくれる。ベルナール共和国の政務官を務める忙しい父も、この時期だけはゆっくりと休暇を取ることにしている。
久しぶりに見る父の元気そうな顔に、リュシーは頬にキスをしてただいまの挨拶をする。
「リゼットは?」
姿の見えない妹の行方を尋ねる。
「いま出かけているの。夕方には帰ってくると思うわ」
「そう……」
リュシーは二つ年下の妹のことが苦手だった。
決して嫌いではないのだが、彼女のはつらつとした美しさ、周囲から甘えることを許される明るくおおらかな性格を、どうしてもうらやましく思ってしまうのだ。
容貌の整った両親のもとに生まれながら、自分が妹ほど美しくないことも劣等感を抱かずにはいられない。それゆえにリュシーはすこしでも父の役に立ちたいと、政治や経済について学ぶために共和国でも随一のレベルを誇るベルナール国立大学で学び、必死に努力を重ねてきたのだった。
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