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再会は一方的に
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アロイスは何人かの知り合いと挨拶を交わしたのち、ようやくレティの近くにたどり着いた。
期待に胸を膨らませ、アロイスは彼女の前に立つ。
けれど、いつまで待ってもレティはアロイスに気づく様子がなく、隣にいる男性と話し込んでいる。
ふたりの距離は近く、とても親密そうに見えた。
――ちょっと距離が近すぎないか?
彼女のそばにいることを当然の様な顔をしている男が少々憎らしい。
その男はレティと同じ瑠璃色のローブを着ており、彼もまた魔導士なのだとわかる。
アロイスはむっとしながらも、男に対する嫉妬を笑顔の下に押し込めた。
礼儀上、男性側から声をかけることができないのがもどかしい。
――まさか、レティは私がわからないのか? 私は一目でレティだとわかったのに。
アロイスはレティの前に立ったまま、ひたすら気づいてくれるのを待ち続けた。
ようやく話を終えたふたりがアロイスに気づき、はっと顔をあげる。
ふたりは頬を寄せると、小声で内緒話を始めた。
「レティシア、知り合いか?」
「いいえ、所長。私に貴族の知り合いがいないのは、あなたが一番ご存知でしょう?」
「それもそうだな」
ふたりの声は小さく抑えられていたが、アロイスの耳にはしっかりと届いていた。
レティシアの否定に、アロイスは衝撃を受ける。
――どうして、私がわからない?
「すみません。なにかご用でしょうか?」
レティの隣にいる男性に声をかけられて、アロイスは我に返った。
慌てて表情を取り繕い、返事をする。
「ええと……、どうやら人違いだったようです」
「そうですか。どなたかお探しですか?」
男性はにこりと油断のならない笑みを浮かべている。
「ええ、そうです。私はアロイス・フォルタンと申します。ヴィラール侯爵を継いだばかりの若輩ですよ」
アロイスは男性に返事をしながらも、レティの様子に全神経を集中させていた。けれど、彼女にはアロイスがアルザスで一緒に遊んだアルだと気づく様子はない。
それどころか、目礼をしてこの場を立ち去ろうとしていた。
「ああ、あなたが噂のヴィラール侯爵でしたか。申し遅れました。私はシモン・ベルクール。ベルクール魔法研究所の所長を務めさせていただいております」
ベルクールからの挨拶を受けているあいだに、レティは立ち去ってしまう。
アロイスは遠ざかる彼女の背中を追いかけたい衝動に駆られた。
――本当にレティは私を覚えていないのか? もしそうならば、どうあっても思い出させてやる。
アロイスは奥歯を噛みしめた。
まずは本当に覚えていないのかを確かめなければならない。そのためには情報が圧倒的に不足していた。
アロイスはすばやく意識を切り替え、目の前の男から情報を得ることに集中する。
余裕のある表情を作り、ベルクールに微笑みかける。
「隣にいた女性は?」
「ああ、彼女は私の部下です。レティシア・ルナール。若くして魔導士となった秀才ですよ。侯爵様は彼女のことを、ずいぶんと気になさっているようですね」
「ええ。知り合いによく似ていたもので」
ベルクールの口角がにやりと吊り上がる。
「なるほど。今夜はそう言って彼女に近づこうとする者が多く、彼女も少し警戒しているようです」
「私がそんな見え透いた手口を使うと思われたのなら、非常に残念です」
ベルクールは面白がるような表情を見せる。
アロイスの本能は目の前の男が敵だと告げていた。
「もちろん、今を時めくヴィラール侯爵ならば、そんな見え透いた誘い文句を使う必要はなさそうですね」
「そうですね。私はレティを知っている。ですが私は彼女の記憶に残らないほどの男だったというだけの話です。では、失礼する」
これ以上ベルクールから得られる情報はなさそうで、アロイスはさっさと会話に見切りをつけて彼の前を立ち去った。
残念ながらレティはアロイスのことを覚えていないのかもしれない。だが、それさえも彼女を手に入れてしまえば、さしたる問題とはならない。
すべきことはたくさんある。まずは手に入れた手がかりをもとに、もっと詳しく調べなければ。
――父上、あなたの言っていた祝いとはレティのことだったのですね。
前侯爵となっても、食えないところは相変わらずだ。
だが、これでずっと目標としてきたレティと再び出会うということは達成できた。
アロイスが予想していた通り、レティは王城の夜会に呼ばれるほど優秀な魔導士として成長していた。
あとは彼女を手に入れるだけだ。
今こそ、これまで築いてきた力の全てを使ってでも、彼女を手に入れる。
アロイスの唇は楽しげに弧を描いていた。
「ずいぶんと、楽しそうですね」
夜会服を優雅に着こなした、ヴァリエ伯爵エヴァリスト・バラデュールが近づいてくる。
金髪に水色の目をした彼は、いかにも貴公子然としていて、宮廷での人気も高い。
「なんだ、エヴァか」
アロイスは知り合いの姿にほっと息をついた。
エヴァリストは軍に配属されて以来の、気の置けない友人だ。一年ほど前に父親が亡くなり、爵位を継いでいる。彼もまた爵位を継ぐと同時に近衛兵となっている。
「なんだとは、ずいぶんな言い方ですね」
「いや、すまない。結婚相手を物色する親子にばかり話かけられていたものでね」
「君は将来有望な独身男性なのだから、仕方のないことだ」
「わかってはいても、面倒なことには変わりない」
「君に気のある女性に聞かれたら、なんと言うことか……」
すでに婚約者のいるエヴァリストは、アロイスの言う面倒とはすでに縁遠くなっている。
アロイスは、近衛として先輩であるエヴァリストならば、王家主催のこの夜会に参加している人物について知っているはずだと気づく。
「エヴァ、聞きたいことがある」
「……なんです?」
エヴァリストが水色の目をすがめる。
「今夜参加している魔導士について知りたい」
「教えてもいいですが、対価が欲しいですね」
「対価……か」
ヴァリエ伯爵である彼の領地は、かなり豊かな土地で、金銭的にもかなり余裕がある。彼が対価として求めるのは金銭ではないだろう。
「さあて、なにがいいかな」
「君が珍しく夜会で楽しそうにしている理由を教えてくれるのなら、それで手を打ちますよ?」
エヴァリストならば、レティのことを打ち明けてもいい気がした。
「聞かせてもいいが、協力してもらうぞ?」
「親友割引にしておきますよ」
エヴァリストがにやりと笑った。そんな顔をしても貴公子然とした雰囲気は崩れず、アロイスはちょっとむかついた。
期待に胸を膨らませ、アロイスは彼女の前に立つ。
けれど、いつまで待ってもレティはアロイスに気づく様子がなく、隣にいる男性と話し込んでいる。
ふたりの距離は近く、とても親密そうに見えた。
――ちょっと距離が近すぎないか?
彼女のそばにいることを当然の様な顔をしている男が少々憎らしい。
その男はレティと同じ瑠璃色のローブを着ており、彼もまた魔導士なのだとわかる。
アロイスはむっとしながらも、男に対する嫉妬を笑顔の下に押し込めた。
礼儀上、男性側から声をかけることができないのがもどかしい。
――まさか、レティは私がわからないのか? 私は一目でレティだとわかったのに。
アロイスはレティの前に立ったまま、ひたすら気づいてくれるのを待ち続けた。
ようやく話を終えたふたりがアロイスに気づき、はっと顔をあげる。
ふたりは頬を寄せると、小声で内緒話を始めた。
「レティシア、知り合いか?」
「いいえ、所長。私に貴族の知り合いがいないのは、あなたが一番ご存知でしょう?」
「それもそうだな」
ふたりの声は小さく抑えられていたが、アロイスの耳にはしっかりと届いていた。
レティシアの否定に、アロイスは衝撃を受ける。
――どうして、私がわからない?
「すみません。なにかご用でしょうか?」
レティの隣にいる男性に声をかけられて、アロイスは我に返った。
慌てて表情を取り繕い、返事をする。
「ええと……、どうやら人違いだったようです」
「そうですか。どなたかお探しですか?」
男性はにこりと油断のならない笑みを浮かべている。
「ええ、そうです。私はアロイス・フォルタンと申します。ヴィラール侯爵を継いだばかりの若輩ですよ」
アロイスは男性に返事をしながらも、レティの様子に全神経を集中させていた。けれど、彼女にはアロイスがアルザスで一緒に遊んだアルだと気づく様子はない。
それどころか、目礼をしてこの場を立ち去ろうとしていた。
「ああ、あなたが噂のヴィラール侯爵でしたか。申し遅れました。私はシモン・ベルクール。ベルクール魔法研究所の所長を務めさせていただいております」
ベルクールからの挨拶を受けているあいだに、レティは立ち去ってしまう。
アロイスは遠ざかる彼女の背中を追いかけたい衝動に駆られた。
――本当にレティは私を覚えていないのか? もしそうならば、どうあっても思い出させてやる。
アロイスは奥歯を噛みしめた。
まずは本当に覚えていないのかを確かめなければならない。そのためには情報が圧倒的に不足していた。
アロイスはすばやく意識を切り替え、目の前の男から情報を得ることに集中する。
余裕のある表情を作り、ベルクールに微笑みかける。
「隣にいた女性は?」
「ああ、彼女は私の部下です。レティシア・ルナール。若くして魔導士となった秀才ですよ。侯爵様は彼女のことを、ずいぶんと気になさっているようですね」
「ええ。知り合いによく似ていたもので」
ベルクールの口角がにやりと吊り上がる。
「なるほど。今夜はそう言って彼女に近づこうとする者が多く、彼女も少し警戒しているようです」
「私がそんな見え透いた手口を使うと思われたのなら、非常に残念です」
ベルクールは面白がるような表情を見せる。
アロイスの本能は目の前の男が敵だと告げていた。
「もちろん、今を時めくヴィラール侯爵ならば、そんな見え透いた誘い文句を使う必要はなさそうですね」
「そうですね。私はレティを知っている。ですが私は彼女の記憶に残らないほどの男だったというだけの話です。では、失礼する」
これ以上ベルクールから得られる情報はなさそうで、アロイスはさっさと会話に見切りをつけて彼の前を立ち去った。
残念ながらレティはアロイスのことを覚えていないのかもしれない。だが、それさえも彼女を手に入れてしまえば、さしたる問題とはならない。
すべきことはたくさんある。まずは手に入れた手がかりをもとに、もっと詳しく調べなければ。
――父上、あなたの言っていた祝いとはレティのことだったのですね。
前侯爵となっても、食えないところは相変わらずだ。
だが、これでずっと目標としてきたレティと再び出会うということは達成できた。
アロイスが予想していた通り、レティは王城の夜会に呼ばれるほど優秀な魔導士として成長していた。
あとは彼女を手に入れるだけだ。
今こそ、これまで築いてきた力の全てを使ってでも、彼女を手に入れる。
アロイスの唇は楽しげに弧を描いていた。
「ずいぶんと、楽しそうですね」
夜会服を優雅に着こなした、ヴァリエ伯爵エヴァリスト・バラデュールが近づいてくる。
金髪に水色の目をした彼は、いかにも貴公子然としていて、宮廷での人気も高い。
「なんだ、エヴァか」
アロイスは知り合いの姿にほっと息をついた。
エヴァリストは軍に配属されて以来の、気の置けない友人だ。一年ほど前に父親が亡くなり、爵位を継いでいる。彼もまた爵位を継ぐと同時に近衛兵となっている。
「なんだとは、ずいぶんな言い方ですね」
「いや、すまない。結婚相手を物色する親子にばかり話かけられていたものでね」
「君は将来有望な独身男性なのだから、仕方のないことだ」
「わかってはいても、面倒なことには変わりない」
「君に気のある女性に聞かれたら、なんと言うことか……」
すでに婚約者のいるエヴァリストは、アロイスの言う面倒とはすでに縁遠くなっている。
アロイスは、近衛として先輩であるエヴァリストならば、王家主催のこの夜会に参加している人物について知っているはずだと気づく。
「エヴァ、聞きたいことがある」
「……なんです?」
エヴァリストが水色の目をすがめる。
「今夜参加している魔導士について知りたい」
「教えてもいいですが、対価が欲しいですね」
「対価……か」
ヴァリエ伯爵である彼の領地は、かなり豊かな土地で、金銭的にもかなり余裕がある。彼が対価として求めるのは金銭ではないだろう。
「さあて、なにがいいかな」
「君が珍しく夜会で楽しそうにしている理由を教えてくれるのなら、それで手を打ちますよ?」
エヴァリストならば、レティのことを打ち明けてもいい気がした。
「聞かせてもいいが、協力してもらうぞ?」
「親友割引にしておきますよ」
エヴァリストがにやりと笑った。そんな顔をしても貴公子然とした雰囲気は崩れず、アロイスはちょっとむかついた。
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