契約結婚のススメ

文月 蓮

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男たちの悪巧み

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「さて、今夜の夜会に参加している魔導士といえば、ベルクール研究所のふたりですが、どちらの情報が必要ですか?」
「所長ではないほうだ」
「だと思いました」

 エヴァリストはにやりと笑みを浮かべた。

「だが、できれば所長についても知っておきたい。敵になる可能性があるなら、排除する必要があるからな」
「いいでしょう。私の知る限りですが」

 アロイスが手を差し出すと、エヴァリストがその手を握り返しので、契約成立だ。
 大勢の人がいる場所で話す内容ではなかったので、ふたりは休憩室として用意されていた部屋に移動する。
 応接用の大きなソファに腰を下ろしたエヴァリストは、ゆったりと足を組んだ。
 どうやら話が長くなりそうだと、アロイスも向かいのソファに腰を下ろす。

「まずは女性のほうからですね。名前はレティシア・ルナール。貴族としての籍はありませんが、オルレーヌ公爵ミカエル・リシュリュー閣下の妾腹の娘ですね」
「はっ、大物だな」

 レティが公爵の娘だったとは思わず、アロイスは目を瞠った。
 彼女がかつて愛人の娘だからと傷ついていたことを思い出す。
 オルレーヌ公爵は王の従兄弟であり、財務大臣も務めている。そんな大人物の娘であったことに驚きを隠せない。

「母親はすでに亡くなっているようです。三次元魔法陣による治癒魔法の研究で、歴代最年少で魔導士の資格を得ています。年齢は二十一歳。ベルクール研究所の上級研究員として勤務。男性関係は不明。今夜一緒に招待されている上司であるベルクール所長と仲がいいという噂も聞きますが、真偽のほどは不明。私が彼女について持っている情報はこのくらいですね」

 あのいけ好かない男がレティの恋人なのかもしれないと思うと、今更ながらに嫉妬で目がくらみそうになる。
 アロイスはぎりりと奥歯を噛みしめた。

「さて、君が夜会で楽しそうにしていた理由を聞かせてもらえますよね? あと、その顔は止めてくださいね。怖いです」
「ああ……」

 アロイスは嫉妬にゆがんだ顔をどうにか取り繕って、エヴァリストにレティとの経緯を話した。その流れのなかで、久しぶりの再会だというのに、彼女がアロイスに気づかなかったことも。
 十年以上彼女を手に入れるために努力を続けてきたことを聞いて、エヴァリストはかなり引いた表情になっていた。

「なるほど。十年以上経っているのであれば、わからなくても仕方ないとは思いますが……?」
「私は一目で彼女がレティだとわかった」

 自分だけが会いたいと思っていたようで、アロイスは気に入らない。
 口を尖らせたアロイスの様子に、エヴァリストは苦笑した。

「大半の人は興味のない他人の顔は覚えていないものです。彼女が君に興味を持っていなかったという可能性もありますが……」
「なんだと?」

 気色ばむアロイスを、エヴァリストが制する。

「ですが、別の可能性もあります。最後に彼女と会ったとき、魔力切れの症状が出ていたといいましたよね?」
「ああ……。私の虚弱体質を治すために、治癒魔法を使ったせいだ」
「もちろん君は魔力切れの症状はご存知ですよね?」
「ああ、それくらいは。意識障害、呼吸困難、低体温などだな。後遺症としては全身の麻痺や、記憶障害……って、まさか魔力切れのせいで覚えていないと?」
「その可能性もあるというだけです。本当にそうなのかは本人に確認するしかないでしょう」
「そう……だな」

 彼女に気づいてもらえなかったことが衝撃的過ぎて、そんな可能性にさえ考えに及ばなかったことに、アロイスはようやく気づいた。
 少し、いや、かなり冷静さを欠いていたことを自覚する。

「さて、アロイス。君がレティシア嬢を落とすための計画を聞かせてもらえますか?」
「普通に結婚を申し込むのではダメなのか?」
「は? 君はバカなのか? 訓練のし過ぎで頭まで筋肉になってしまったのか?」

 アロイスはエヴァリストが憤慨する理由がわからなかった。
 再び出会った以上、もうレティを逃すつもりはない。彼女を自分のそばに置く手段として、結婚は合法的、かつ効率的なものだ。
 しかも、彼女との再会が父からの祝いだというのであれば、父がレティとの仲を反対しているとは考えにくい。
 結婚の障害となりそうなものはない。結婚を申し込むという方法のなにが悪いのか、アロイスにはわからない。

「なぜダメなのだ?」
「はあ……」

 エヴァリストは心底疲れたようにため息を吐いた。

「そもそも君が話しかけたのに、レティシア嬢はその場を去ったのですよね?」

 どうやらアロイスの質問に答えてくれるつもりはあるらしい。アロイスはエヴァリストの問いに答える。

「ああ。彼女の上司と話している隙に逃げられた」
「だとすれば、彼女は結婚相手を探していないということでしょう。君は結婚相手を探している女性にとってはかなりの好条件なはずです。君には高い爵位があり、領地経営も順調で、陛下の覚えもめでたく、将来有望です。顔も、まあほとんどの人が美男子だと認めるでしょう」
「まあ、そうかもしれない」

 アロイスはかすかにうなずいてエヴァリストに続きを促す。

「そんなから逃げるというのは、そういうことでしょう。それに、彼女の父親はあの公爵閣下ですよ。公爵夫妻に子供はいません。妾腹であることも公にしていない以上、閣下は彼女を貴族の政争の具にするつもりはないということでしょう」
「つまり、正面から申し込んだとしても断られる可能性が高いということか?」
「私はそう考えます」

 アロイスはエヴァリストの言うことがかなり真実に近いと感じていた。

「それは、困ったな……」

 アロイスは唇に人差し指を当て、考え込む。
 どうにかして公爵にレティとの結婚を承諾させる手段を講じなければならない。
 だが、正直なところアロイスには公爵との接点がほとんどない。どうすれば公爵をうなずかせられるのか、いまのところは手がかりもない。

「もう一つ。彼女と普通に知り合って、もう一度仲良くなるところからはじめるというのはどうですか?」
「それは考えた。が、時間がかかりすぎる上に、レティとの接点がない。かなり強引な手段で出会いを作るしかないだろうな」
「確かに、近衛である私たちと民間の魔法研究所に勤める彼女では出会うことすら難しいですね。このような夜会は当分予定にないですし……。となると……」

 エヴァリストがなにごとかを思案し始める。
 エヴァリストは軍の中でも、参謀的な役割を果たすことが多い。彼に任せておけば、間違いはない。
 それほどにアロイスはエヴァリストのことを信頼している。
 しばらくしてエヴァリストが真剣な表情で口を開いた。

「君は彼女を結婚によってつなぎ止めたい、で、間違いありませんね?」
「ああ」
「君の家族がレティシア嬢との結婚を反対する可能性は?」
「ないな」
「レティシア嬢に逃げ場を与えるつもりは?」
「ないな」
「ここは一つ、私に任せてみませんか? 少なくとも接点は作れると思います」
「外堀から埋めていくのか?」
「まあ、それが妥当だと思いますよ」

 にやりと人の悪い笑みを浮かべたエヴァリストに、アロイスも同じく黒い笑みを返す。

「エヴァがここまで親切な奴だとは思わなかった」
「ふふ。貸しは高くつきますよ」


   ◇◇◇◇


 夜会からなん日かが過ぎた頃、アロイスは国王からに呼び出された。

「失礼します」

 アロイスは執務室の扉越しに声をかけた。
 アロイスは謁見の護衛を務めることが多く、執務室で護衛の任に当たったことはまだ数えるほどしかない。

「入れ」

 入室の許可が出て、アロイスは扉を開ける。
 執務室の中央に置かれた大きな机には、書類が何枚も重ねられていた。
 机の向こうには、アイメリク国王アイメリク・ド・ヴァロワが、椅子に腰を下ろしている。
 豪奢な金色の髪は王に相応しい輝きを放っている。鮮やかな緑色の瞳には楽しげな光をたたえていた。

「お呼びとうかがいまして、参りました」
「うん。近くに」

 アロイスは軽く頭を下げ、机の前に立つ。

「私は結婚することにした」
「それは……、おめでとうございます」

 突然の宣言に、アロイスは大いに戸惑った。
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