契約結婚のススメ

文月 蓮

文字の大きさ
17 / 51

手放せない温もり

しおりを挟む
 結婚を承諾してくれたレティを逃さぬよう、アロイスはさらに着々と外堀を埋めた。
 通常ならば半年ほどの婚約期間を、どうせ逃れられないのだからと、一か月に縮めることに成功した。
 そして魔力的にも逃げられぬよう、『婚姻の契り』に必要な道具も用意した。
 近頃の貴族の結婚ではまず使われることはないが、かつてはよく使われていたらしい。貴族の間での結婚が政略結婚となってからは、あまり使われることがなくなったと聞く。
 製作を依頼した魔導士にも、とても珍しいと驚かれたが、面白がって作ってくれた。
 そうして迎えた結婚式の当日、花嫁だけに許された白いベールに包まれた彼女の姿は、息が止まりそうなほど美しかった。
 ようやく彼女をこの手にできるのだと思うと、感慨がこみ上げてくる。
 レティの表情はベールの下に隠れて、あまりうかがい知ることはできないが、楽しそうには見えなかった。
 やはり彼女はこの結婚を望んでいないのだと思い知らされるようで、アロイスは胸が苦しくなる。
 けれど彼女が誓約書にサインを終えた瞬間、思わず顔がにやけてしまう。
 正式に結婚してしまえば、彼女が逃げだす可能性はぐっと低くなる。なにより、公然と彼女のそばにいることが許されるのが嬉しかった。
 司祭が錫杖を掲げ、結婚を祝福してくれる。

――私は誰よりもレティを愛している。 きっと彼女を幸せにすると、至高神に誓おう。いつかは、彼女も私を愛してくれるといいが。

 心の中で誓うと、アロイスは温かな神の魔力が注がれるのを感じた。
 祝福が終わると、誓いのキスをするように司祭に促される。
 隣にいるレティが戸惑っているのが、伝わってきた。
 アロイスは彼女がはっきりとした拒絶を示す前に、彼女のベールを取り払い、細い腰を抱き寄せた。

――ああ、やっぱりすごく綺麗だ。

 レティのブルーグレイの瞳が大きく見開かれていた。
 避けられでもしたらショックが大きいので、その前に彼女にキスをする。
 緊張で心臓が飛び出しそうだった。
 触れるだけのキス。
 それでもアロイスにとってはずっと夢見ていたキスだった。

――きっと、幸せにするから、私のものになってほしい。

 そんな願いを込めてそっとキスを終えた。
 領主の館に移動する馬車の中では、ようやく落ち着いてレティを眺めることができる時間ができた。
 彼女の大きな瞳は憂いに陰っていて、その憂いを与えているのが自分だと思うと申し訳ない。
 だが、今夜は初夜だ。どうあっても、交わした約束は守ってもらうつもりだった。
 抱き上げた彼女の身体は軽く、痩せすぎなのではないかと心配になる。
 ほっそりとした肢体からは甘い匂いが立ち上る。柔らかな感触にあらぬ場所が反応してしまいそうになって、アロイスは萎えるようなことを考えつつ、領主の館の入り口をくぐる。
 領民から祝いの声をかけられたのが恥ずかしかったのか、彼女が顔を胸に埋めてくる可愛らしい仕草に、胸がきゅっと疼いた。

――このひとは……いったいどうしてやろうか。このままベッドに浚ってしまいたい。

 アロイスは一瞬、誘惑にかられたが、屋敷の中に入り、彼女を床に下ろす。どうにか反応せずに済んで、ほっとした。
 レティを執事長に託し、執務室に逃げ込んだアロイスは大きなため息を吐いた。
 こんな調子で、初夜まで心臓が持つのだろうか。
 執務机の上には決済の必要な書類が山と積まれている。
 仕事でも片付けながら彼女の準備が整うのを待つことにしたが、気になってなかなか手につかない。
 結局アロイスは仕事を片づけるのは諦め、自分も湯を使うことにした。
 身体を洗い終えて自室へ戻ると、ちょうど彼女の準備が整ったとメイドが教えてくれる。
 アロイスは、胸を高鳴らせつつレティの部屋へと続く扉を開けた。

――これはやばい。だめだ、言葉にならない。

 アロイスの頭脳は思考を放棄した。
 薄暗い照明の中で待つレティの頬は上気し、瞳は潤んでいる。
 薄いガウンに包まれた肢体が、透けて見えて、いますぐはぎとりたいという凶暴な気持ちにさせられた。
 あまりに彼女の姿が美しく、煽情せんじょう的で、彼女に触れたいという以外、なにも考えられない。
 レティに近づくと甘い石鹸の香りに混じって、ほのかに酒精アルコールの香りがした。
 アロイスは乳母だったグレースを、爵位継承に合わせてメイド長に昇格させていた。生まれたときからアロイスのことをよく知っているので、彼がなにを求めているのかを一番よく理解しているグレースならば、いちいち指示をしなくとも察して動いてくれる。
 彼女に酒を飲ませたのはきっとグレースの気遣いなのだろうと想像がついた。
 彼女に一旦口づけてしまえば、もうずっと抑えていた理性のたががはじけ飛んだ。
 こういった行為は初めてであるはずなのに、彼女の身体は敏感で、わずかな愛撫にさえ敏感に反応する。
 彼女の仕草、吐息一つにさえ煽られた。
 女性を抱きたいという欲が芽生えてから、妄想の中でレティをなんども犯した。
 それが現実となってしまえば、妄想など現実には遠く及ばない。
 柔らかな身体、愛撫に応えて漏れる甘い声、彼女の香り、恥じらいに染まる頬、なにもかもが、アロイスを夢中にさせた。
 夢中になって『婚姻の契り』を結ぶことを忘れそうになったが、どうにかレティを言いくるめて結ばせる。
 彼女の腹と自分の腹に刻まれた比翼の鳥を目にして、アロイスは少しだけ安堵した。
 こうして魔力の結びつきができたおかげで、彼女がどこにいてもわかる。
 たとえ彼女がどこかへ逃げたとしても、追いかけることは容易くなった。
 アロイスは初めての行為に疲れて眠る彼女を抱き寄せる。
 もう二度とレティを手放すことなどできない。

――心は得られなくても、少なくともあなたの身体は私のものだ。

 少しずつ、身体に教え込んでいけばいい。
 アロイスにしか反応しないように。
 そこが鳥籠だったとしても、その鳥かごが大きくて、飛翔する翼がぶつからなければ、鳥はそこに檻があると気づかない。首輪をつけられていたとしても、鎖が長く、ひっぱられることがなければ気づかず、逃げようとは思わない。
 決して逃げたいとは思わぬよう、彼女を優しく包んで、居心地の良い場所を作るのだ。
 アロイスは腕の中の温もりを抱え直し、しばしのまどろみに沈んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

処理中です...