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予期せぬ人
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背後から抱き寄せられ抵抗を封じられる。
レティシアは迷わず雷撃の魔法陣を展開した。
男の声に聞き覚えがあった。けれど背後から抱きつかれている所為で、顔が確認できない。もっとも、こんな暗がりの中では顔が判別できるかは怪しかった。
こんな場所でいきなり女性の身体に触れてくる者に、ろくなものはいない。
レティシアはさらに魔法陣に魔力を込めた。
「待て、待てというのに! わかっているだろう?」
男の声はかなり慌てていたが、小さく潜められていた。
どうやら見つかりたくない事情があるのは、男も同じようだった。
落ち着いて考えてみると、今は彼の言葉に従ったほうがいいとレティシアは判断する。
口を塞がれているので、首を振ってうなずくと、ゆっくりと手が離れていく。
レティシアは魔法陣を展開したまま、すばやく振り返り、脱力した。同時に両手に準備していた魔法陣も消滅する。
「……こんなところで、なにをされているんですか。所長?」
「久しぶりに部下の顔を見ておこうかと思ってな」
「その部下の口をふさいで、なにをするおつもりだったんでしょうね?」
レティシアは冷たい目で男を見つめたが、彼はそれを気にする様子もなく、にへらと笑った。
彼女の口を塞いでいたのは、見慣れた瑠璃色のローブ姿のベルクール所長だった。
「ちょっと手伝ってほしいことがあって、お願いに来たのさ」
「現在私は蜜月休暇を頂いているはずですよね?」
蜜月休暇をくれたのは目の前の上司に他ならない。忘れているはずがないのに、わざわざここまでやって来たのは、よほどの事情があったのだろう。
だからといって、背後から口を塞いだのは許しがたい。
レティシアはじとりとベルクールを見つめる。
「もちろん知っている。だが、休暇が終わっても君が研究所には来られないだろうと思ってな。仕方なくこうして会いに来たというわけだ」
「招待されているのではないのですか?」
無断で貴族の夜会に参加したとなれば大事になる。
レティシアの顔はさっと青ざめた。
「まさか! ちゃんと招待状はある。次男とはいえ、これでも貴族の端くれだからな」
この破天荒な上司には、かなり世話になっているが、同時に尻拭いをさせられた記憶も多い。
とりあえずは不法侵入ではないと知って、レティシアは安堵した。
「で、なんのご用です?」
「君に頼むことといえば、魔法関係に決まっているじゃないか。さすがにこんな庭の片隅で話しきれるようなことじゃない。別の日でいいから時間をとって、研究所に顔を出してくれないか?」
「……確かに、今はそれどころではありませんね。ですがそんな用事ならば、手紙でもよかったのでは?」
人騒がせな上司の行動に、レティシアはため息を禁じえなかった。
「まあ、それでよかったんだがな。君がどんな結婚生活を送っているのかが気になってね。顔も見たかったからついでだよ」
ベルクールはレティシアの頭をそっと撫でた。
「思ったより、結婚生活は悪くなさそうだな」
「……そう、ですね。とてもよくしてもらっています」
分不相応なくらいに。
レティシアは言葉を飲み込んだ。
テラスにいた女性たちの気配が消えている。そろそろアロイスの元へ戻らなければ、心配するだろう。
「そろそろ戻らないとまずいので、またあとで連絡します」
レティシアがテラスに戻ろうと足を踏み出した瞬間、カサリと芝を踏む音がして、木の影からアロイスが現れた。
「ほう。戻るつもりはあったのか」
かけられた声は地を這うように低く、彼の機嫌が悪いのは明らかだった。薄明かりの中でも、彼のサファイアの瞳が怒りにきらめいているのがわかる。
「あっ、アロイス、ごめんなさい」
レティシアは彼の手を煩わせてしまったことに謝罪する。
アロイスはすばやくレティシアに近づき、彼女の手首を掴んだ。
「あまりに遅いので見に来てみれば、妻がほかの男と逢引しているとは思わなかったな」
「逢引って、そんな……!」
レティシアにとってベルクールは上司でしかない。レティシアが魔導士となる前からの知り合いで、それなりに付き合いは長いけれど、浮気相手だと思われるとは、思いもしなかった。
けれどあまりにも突拍子もないアロイスの言葉に、レティシアはなんと言えばいいのかわからなくなる。
「とりあえず今は社交が優先だ。戻るぞ」
「あっ」
強引に手を引かれて、レティシアは体勢を崩した。
アロイスがすかさず彼女を抱き寄せて、転倒するのを防ぐ。
「奥さんを手荒に扱うのはどうかと思うが?」
それまで存在を無視されていたベルクールが声を発した。
自信ありげな笑みを浮かべ、近づいてくるベルクールに、アロイスは殺気のこもった視線を送る。
「王城での夜会以来ですね。ヴィラール侯爵」
「こういった挨拶は、こんな木の陰ではなく、きちんとした場所で受けるべきだと思うのだが、あなたはどう思われますか、ベルクール所長?」
アロイスも社交用の笑みを顔に貼り付けているが、目が笑っていない。
「ふむ、確かに。久しぶりに会うかわいい部下に挨拶をしようと思っていたら、疲れた様子でどこかへいなくなってしまってね。探していたら、こんなひと気のない場所で見つけてしまったというわけですよ。私としてもできれば侯爵にはホールでご挨拶させていただきたかったのだが」
「ならば、たった今挨拶は済みましたね。ほかにも挨拶が必要な方がいらっしゃるでしょうから、ホールへお戻りになるといい」
「そうしますよ。ちょうどかわいい部下からの約束も取り付けたことだし、そろそろお暇いたします」
「そうですか。お見送りもできなくて申し訳ない」
レティシアには、ふたりの間に目に見えない火花が飛び散っているように思えた。
ベルクールが一礼して立ち去ると、アロイスの掴んだ手に力がこもった。
「あの、アロイス? 私とベルクール所長は」
「今は聞きたくない。ホールに戻るぞ」
アロイスから向けられた冷たい視線に、レティシアは口をつぐむ。
そのまま無言でホールへ戻るアロイスに、レティシアも仕方なく黙って従った。
ホールに戻った途端、侯爵夫妻に挨拶をしようと近づいてくる者たちに囲まれる。
レティシアは再び笑顔を作り、社交に専念するほかなかった。
全ての招待客たちが侯爵邸をあとにしたのは夜中を過ぎた頃だった。
レティシアは迷わず雷撃の魔法陣を展開した。
男の声に聞き覚えがあった。けれど背後から抱きつかれている所為で、顔が確認できない。もっとも、こんな暗がりの中では顔が判別できるかは怪しかった。
こんな場所でいきなり女性の身体に触れてくる者に、ろくなものはいない。
レティシアはさらに魔法陣に魔力を込めた。
「待て、待てというのに! わかっているだろう?」
男の声はかなり慌てていたが、小さく潜められていた。
どうやら見つかりたくない事情があるのは、男も同じようだった。
落ち着いて考えてみると、今は彼の言葉に従ったほうがいいとレティシアは判断する。
口を塞がれているので、首を振ってうなずくと、ゆっくりと手が離れていく。
レティシアは魔法陣を展開したまま、すばやく振り返り、脱力した。同時に両手に準備していた魔法陣も消滅する。
「……こんなところで、なにをされているんですか。所長?」
「久しぶりに部下の顔を見ておこうかと思ってな」
「その部下の口をふさいで、なにをするおつもりだったんでしょうね?」
レティシアは冷たい目で男を見つめたが、彼はそれを気にする様子もなく、にへらと笑った。
彼女の口を塞いでいたのは、見慣れた瑠璃色のローブ姿のベルクール所長だった。
「ちょっと手伝ってほしいことがあって、お願いに来たのさ」
「現在私は蜜月休暇を頂いているはずですよね?」
蜜月休暇をくれたのは目の前の上司に他ならない。忘れているはずがないのに、わざわざここまでやって来たのは、よほどの事情があったのだろう。
だからといって、背後から口を塞いだのは許しがたい。
レティシアはじとりとベルクールを見つめる。
「もちろん知っている。だが、休暇が終わっても君が研究所には来られないだろうと思ってな。仕方なくこうして会いに来たというわけだ」
「招待されているのではないのですか?」
無断で貴族の夜会に参加したとなれば大事になる。
レティシアの顔はさっと青ざめた。
「まさか! ちゃんと招待状はある。次男とはいえ、これでも貴族の端くれだからな」
この破天荒な上司には、かなり世話になっているが、同時に尻拭いをさせられた記憶も多い。
とりあえずは不法侵入ではないと知って、レティシアは安堵した。
「で、なんのご用です?」
「君に頼むことといえば、魔法関係に決まっているじゃないか。さすがにこんな庭の片隅で話しきれるようなことじゃない。別の日でいいから時間をとって、研究所に顔を出してくれないか?」
「……確かに、今はそれどころではありませんね。ですがそんな用事ならば、手紙でもよかったのでは?」
人騒がせな上司の行動に、レティシアはため息を禁じえなかった。
「まあ、それでよかったんだがな。君がどんな結婚生活を送っているのかが気になってね。顔も見たかったからついでだよ」
ベルクールはレティシアの頭をそっと撫でた。
「思ったより、結婚生活は悪くなさそうだな」
「……そう、ですね。とてもよくしてもらっています」
分不相応なくらいに。
レティシアは言葉を飲み込んだ。
テラスにいた女性たちの気配が消えている。そろそろアロイスの元へ戻らなければ、心配するだろう。
「そろそろ戻らないとまずいので、またあとで連絡します」
レティシアがテラスに戻ろうと足を踏み出した瞬間、カサリと芝を踏む音がして、木の影からアロイスが現れた。
「ほう。戻るつもりはあったのか」
かけられた声は地を這うように低く、彼の機嫌が悪いのは明らかだった。薄明かりの中でも、彼のサファイアの瞳が怒りにきらめいているのがわかる。
「あっ、アロイス、ごめんなさい」
レティシアは彼の手を煩わせてしまったことに謝罪する。
アロイスはすばやくレティシアに近づき、彼女の手首を掴んだ。
「あまりに遅いので見に来てみれば、妻がほかの男と逢引しているとは思わなかったな」
「逢引って、そんな……!」
レティシアにとってベルクールは上司でしかない。レティシアが魔導士となる前からの知り合いで、それなりに付き合いは長いけれど、浮気相手だと思われるとは、思いもしなかった。
けれどあまりにも突拍子もないアロイスの言葉に、レティシアはなんと言えばいいのかわからなくなる。
「とりあえず今は社交が優先だ。戻るぞ」
「あっ」
強引に手を引かれて、レティシアは体勢を崩した。
アロイスがすかさず彼女を抱き寄せて、転倒するのを防ぐ。
「奥さんを手荒に扱うのはどうかと思うが?」
それまで存在を無視されていたベルクールが声を発した。
自信ありげな笑みを浮かべ、近づいてくるベルクールに、アロイスは殺気のこもった視線を送る。
「王城での夜会以来ですね。ヴィラール侯爵」
「こういった挨拶は、こんな木の陰ではなく、きちんとした場所で受けるべきだと思うのだが、あなたはどう思われますか、ベルクール所長?」
アロイスも社交用の笑みを顔に貼り付けているが、目が笑っていない。
「ふむ、確かに。久しぶりに会うかわいい部下に挨拶をしようと思っていたら、疲れた様子でどこかへいなくなってしまってね。探していたら、こんなひと気のない場所で見つけてしまったというわけですよ。私としてもできれば侯爵にはホールでご挨拶させていただきたかったのだが」
「ならば、たった今挨拶は済みましたね。ほかにも挨拶が必要な方がいらっしゃるでしょうから、ホールへお戻りになるといい」
「そうしますよ。ちょうどかわいい部下からの約束も取り付けたことだし、そろそろお暇いたします」
「そうですか。お見送りもできなくて申し訳ない」
レティシアには、ふたりの間に目に見えない火花が飛び散っているように思えた。
ベルクールが一礼して立ち去ると、アロイスの掴んだ手に力がこもった。
「あの、アロイス? 私とベルクール所長は」
「今は聞きたくない。ホールに戻るぞ」
アロイスから向けられた冷たい視線に、レティシアは口をつぐむ。
そのまま無言でホールへ戻るアロイスに、レティシアも仕方なく黙って従った。
ホールに戻った途端、侯爵夫妻に挨拶をしようと近づいてくる者たちに囲まれる。
レティシアは再び笑顔を作り、社交に専念するほかなかった。
全ての招待客たちが侯爵邸をあとにしたのは夜中を過ぎた頃だった。
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