契約結婚のススメ

文月 蓮

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魔法陣の出所

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 レティシアが王城の研究室で、仕掛けられた魔法陣の調査を始めてから数日が過ぎた。
 彼女が王城での職務に復帰してから、アロイスの過保護さが増した。
 登城や退城の際は彼と一緒であることがほとんどで、アロイスはことあるごとにレティシアに触れてくる。
 これまでのどこか一線を引いた態度とは大違いで、レティシアは戸惑いを隠せない。
 それでも、彼が仕草で伝えてくる気持ちが嬉しくて、レティシアはなにも言えなくなるのだった。
 そんな中でも、魔法陣を誰が仕掛けたのかを調査するのは急務だった。
 この魔法陣が特殊なインクを使って描かれているということだけはわかっている。
 紙はなんの変哲もないよくある紙で、出所は特定できそうになく、調査対象はインクと、魔法陣そのものに絞られた。
 レティシアはアンリにインクの調査を依頼し、彼女自身は魔法陣を調べることにする。
 魔法陣自体は、よくある風と火の攻撃魔法だった。
 特別に変わった構成ではなく、基本に忠実な図形とルーンで描かれている。けれど魔法自体はかなり上位の攻撃魔法で、発動すれば優に四、五人は吹き飛ばしてしまうほどの威力を持っていた。
 しかも、その魔法陣に魔力を流して書き換えようとすると、罠として仕掛けられたもう一つの魔法陣が発動するようになっていて、かなり厭らしい。
 レティシアが馬車と国王の寝室で見つけたものは、残念ながら罠の魔法陣が発動してしまっていて、その魔法陣は消えている。
 けれど、新たにほかの魔法使いが発見した三つの魔法陣の書かれた紙片のうち、一つだけ罠が発動しないまま確保できたものがあった。
 火の攻撃魔法をおおい隠すように雷の属性の魔法陣が刻まれている。
 よく見ると、魔法陣の端がわずかに綻んでいる。その所為で罠が発動しなかったらしい。
 レティシアには罠として仕掛けられた魔法陣になんとなく見覚えがあった。
 魔導士となってから、ずっと師事してきたベルクールの使う魔法陣によく似ている気がするのだ。
 彼のものだと断じられるほどの類似ではなかったが、特徴は共通している。
 もしかしたら、ベルクールならばこの魔法陣の作り手を知っているのではないか。
 レティシアは、侯爵家で開かれた夜会に乗り込んできたベルクールに、一度研究所に来るように言われていたことを思い出す。
 ベルクールに会って助言を得るのにも、ちょうどいい機会だと、レティシアは出かけることにした。
 近衛の控え室にいたのはエヴァリストだけだった。
 本当はアロイスに出かけることを伝えたかったが、きっと護衛中なのだろう。
 レティシアはエヴァリストに行き先を告げることにした。

「ヴァリエ卿、すこし調べものをしに、出かけてきます」
「承知しました、侯爵夫人。調査の進捗はどうですか?」

 優しそうな笑みを浮かべるエヴァリストに、レティシアは顔をしかめつつ答える。

「あまり捗々しくはないですね。それもあって古巣でなにか手がかりでもみつからないかと思いまして」
「ああ、ベルクール研究所ですね」
「はい」

 エヴァリストがレティシアの前の職場までも把握していることに、レティシアは少し驚く。
 レティシアはエヴァリストの端正な笑みの裏に隠されているものを少し恐ろしく感じた。

「相談するのはかまいませんが、くれぐれも王を狙う不届き者の耳に入らぬよう、留意してください」
「もちろんです」

 レティシアはエヴァリストの忠告を胸に刻み、研究所へ向かう。
 突然の来訪にも関わらず、ベルクールは快くレティシアを出迎えてくれた。

「ようやく顔を出す気になったか」
「申し訳ありません。いろいろと忙しくて」
「だろうな」

 苦笑するベルクールに、申し訳ない気分になる。
 時間が惜しいと、レティシアはさっそく用件を切り出した。

「他言無用に願います」

 レティシアは王城から持ち出した紙片をベルクールに差し出す。

「なぜこれがここに!」

 ベルクールは驚愕の表情を浮かべ、がたりと椅子から立ち上がった。
 レティシアは厳しい表情でベルクールに詰め寄る。

「所長はなにを知っているんです?」
「私がお前に相談したかったのはこれだ……」

 ベルクールはがっくりと椅子に腰を下ろし、うなだれた。

「これはもう使われてしまったのか?」
「発動したのはひとつだけです。それも罠の方だけ」
「最悪の事態は避けられたわけだ……」
「全部話してくださいますよね?」

 普段のレティシアからは想像もつかないほど、険しい顔でベルクールを睨むように見つめた。

「作ったのは私じゃないぞ!」

 ベルクールは慌てた表情で弁明した。

「そうだと思ったら、ここへは相談に来ていませんよ」
「……だな」

 大きく息を吐いて、落ち着きを取り戻したベルクールは、少し疲れた表情でかすかに笑った。

「少し状況を教えてもらってもいいか?」
「……はい」

 レティシアの頭にはヴァリエ卿の忠告が頭をよぎる。
 けれどベルクールはレティシアが王城で仕えていることを知っている。どこでこの魔法陣を見つけたのかは、すぐにわかってしまうことだ。
 それに、レティシアは長年の付き合いから、ベルクールが王を害するような人物ではないことをよく知っている。
 自分が見つけた魔法陣のこと、罠のこと、そして自分の不手際で罠のひとつを作動してしまったことをベルクールに告げる。

「……まだ実用に足る段階ではないと思って、油断していた。私がこれの存在を知ったのは二、三か月前のことだ。弟子のひとりからこれの原型を持ち込まれ、改善できないかと相談を受けた」

 レティシアは自分の勘が当たっていたことを知った。

「それで?」
「なかなか面白い発想だと思って、私は協力することにした。いろいろな種類の魔石を混ぜたインクを使って実験を繰り返し、発動できる魔法が魔石の種類によって変わることまではわかってきたんだが、そこでふとこの研究の危うさに気づいてな……」
「所長にしてはうかつでしたね」
「みなまで言うな。だがな、遠隔で魔法陣を発動させられる可能性があれば、気になってしまうだろう? 君も魔法の深淵に触れた魔導士のひとりならばわかるはずだ」

 話をしているうちに、ベルクールはいつもの調子を取り戻しつつある。
 ベルクールは魔法については専門家で、頼りになるが、研究に夢中になりすぎると、他のことは疎かになってしまうという欠点がある。
 ベルクールはいつものように、夢中になって魔法について語り始めた。

「私はどうしていままで魔法陣は直接でなければ発動できないと、固定概念に捕らわれていたのだろうと悔やまれてならない!」
「所長、話がずれています。大変興味深い話ではあるのですが、今はその魔法陣の経緯のほうを教えていただきたい」

 レティシアはどうにか彼の話の軌道を修正に掛かった。
 いつもならば彼と議論を深めることに異議はないのだが、いまは優先すべき事柄ではない。

「ああ……すまない。それで、自分の魔力で魔法陣を重ねて発動させるのは難しいが、紙に描いて発動させるとどうなるかを試していたところで、研究結果が盗まれてしまったのだ」
「はあ?」

 レティシアは思いもかけない告白に愕然とした。
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