契約結婚のススメ

文月 蓮

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裏切りの気配

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「盗難の届出は?」
「いや、していない。研究所内でのことだ。誰が犯人なのかわかってからのほうがいいと思ってな」

 レティシアの問いかけにベルクールは首を横に振った。

「それに、成功率が低くて、まだ実用にはならない研究を盗んでも仕方がないと思っていた……」

 しょんぼりとするベルクールに、レティシアは厳しい表情で続けざまに質問する。

「犯人の目星はついているのですか?」
「いいや。この研究は、弟子と私くらいしか関わっていない。研究内容を知っている弟子の可能性は低いと思うのだが……」
「それは、調べてみないとなんとも……。インクの製造は特別なものですか? 外部に発注しているのならば、そこから情報が漏れたということは考えられませんか?」

 レティシアの問いに、ベルクールはまたしても首を振る。

「いや、インク自体は一般的に売られているものを使い、私と弟子で作ったから、それはないだろう。しかし……魔石をいろいろと試したくて、購入に予算外のお金が必要になったので、資金援助をお願いしたところはある。おまえの実家のオルレーヌ公爵家に」
「公爵家……ですか」

 財務大臣である父オルレーヌ公爵であれば、ベルクール研究所の予算についてはよく知っているだろう。
 レティシアは公爵家が研究を盗んだ可能性について素早く検討する。
 不自然な資金の流れがあれば、なにかに気づく可能性はあるが、それが新しい魔法陣の研究と結びつくだろうか。
 まだ点と点をつなぐには情報が足りなかった。

「研究が盗まれたことは、誰にも話していないんですね」
「……ああ。おまえが初めてだ」
「王城に知らせますが、かまいませんね」
「……覚悟はしている。協力が必要なら、私も弟子もその用意はある」
「わかりました。その辺も含めて確認します。それから、このの重ねられた魔法陣は所長が考えたものですか? それともお弟子さんですか?」

 レティシアは、もう一つの魔法陣をベルクールに差し出した。
 最初に見せたのは罠が消えてしまったものだったが、こちらは罠が残ったままのほうだ。

「これは……」

 魔法陣を手にしたベルクールは大きく目を見開いた。

「端が少し欠けているので発動しなかったようです。所長はこの魔法陣の作成者に心当たりはありませんか?」
「私でも、弟子でもない。これは……もしかしたら、あいつかもしれない」

 ベルクールは魔法陣を睨みつけるように見つめた。

「それは誰です?」
「シャルルという元魔法使いで、ゲラン伯爵の次男だ。一時期弟子として面倒を見たことがある」

 レティシアは聞き覚えのある名前に眉をひそめた。

「確か近衛の兵士にシャルルという人が……」
「……おそらくそいつだろう。魔導士となるには魔力が足りず、魔法使いをやめて兵士になるといっていたからな」
「まさか……!」

 レティシアは近衛の中に犯人がいる可能性を無意識に除外していた。
 けれど、もしも王を守るべき者が犯人だったとしたら?
 レティシアの顔から血の気が引いた。
 性急な動作で立ち上がる。

「城に戻ります」
「おい、大丈夫なのか?」

 部屋を出て足早に玄関に向かう。
 ベルクールも慌てた様子で、レティシアの隣をついてくる。

「わかりません」
「おいおい……」

 あきれた様子のベルクールを振り切って、レティシアは車止めにとまっていた馬車に足をかけた。

「また連絡します」
「ああ。それから、これと同じ魔法陣がまた見つかったとしたら、魔力を流さずにおいたほうがいい。重なり方によっては暴発しないとも限らない」
「ですが、それではいつ魔法陣が発動するかわかりません。爆弾を抱えているようなものではありませんか?」

 ベルクールの助言に、レティシアはすぐに思いついた疑問をぶつける。

「とりあえず防御魔法で囲ってしまえばいいんじゃないかと言っている」
「……なるほど。その考えはありませんでした」

 確かに防御魔法で囲ってあれば、紙片の魔法陣が発動したとしても魔法を防御魔法のなかに封じ込められるだろう。
 ありがたい助言に、レティシアはにこりとほほ笑んだ。

「助言、ありがとうございます。検討してみます」
「ああ。もし、あいつが犯人なのだとしたら、ほかにも仲間がいるはずだ。ここに最近あいつが来たことはないはずだ。研究結果を盗み出したのは恐らく他の人間だろう。共犯者がいるいう前提で動いたほうがいい。私も少し探ってみる」
「お願いします」

 レティシアは馬車に乗り込み、馭者に王城へ戻るように指示をした。
 馬車の中で、レティシアは考えを整理する。
 まずはアロイスに報告をしなければならない。ベルクールには申し訳ないことになるが、研究所から盗まれた魔法陣が悪用されたことを報告しない訳にはいかなかった。
 だがことが明るみに出れば、正式に所長を協力者として招き入れることもできるだろう。
 悪いことばかりでもない。
 問題は、近衛の内部に裏切者がいるかもしれないことだった。
 慎重に事を運ぶ必要がある。
 ふいにがくんと馬車の速度が落ちた。
 王城に着くには早すぎる。

「敵襲っ!」

 レティシアは馭者の声に弾かれたように窓に飛びついて開ける。
 騎馬で馬車に近づく影が右に二つ、うしろにひとつ。
 左側は見えなかったが、おそらく二騎ほどいるようだ。
 彼らの手には剣が握られていて、とても友好的には見えない。
 レティシアひとりに対しては十分すぎる戦力に、ただの物取りではないことがうかがえた。

「過大評価していただいて、ありがとうと言うべき?」

 かなり絶望的な状況に、レティシアの口から独り言が漏れる。
 レティシアは両手に魔力を込め、攻撃魔法を準備する。

「そちらがその気なら、こちらも遠慮なくいかせていただきましょう」

 レティシアは窓の外に向けて魔法を放った。
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