契約結婚のススメ

文月 蓮

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死への足音

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 ここから王城まではまだ距離がある。
 周囲はまばらに木が生えているくらいで、身を隠せるような場所もない。
 レティシアは逃げ切るのは無理だと判断して、まずは右からのふたりを片づけることにする。

「できるだけ速度を落とさず走って!」

 馭者の方を見ずに、レティシアは叫んだ。

「了解っ!」

 レティシアは馭者の返事を待たず、手を振り上げた。
 レティシアが定めた標的に向かって、魔法陣は綺麗な軌跡を描いて飛翔する。
 騎馬に乗った兵士の目の前で、魔法陣が発動した。
 雷の魔法がバチンと空気を引き裂くような音をたてて弾け、兵士を直撃する。
 兵士は全身をびくりと硬直させ、馬から落ちた。馬もまた魔法の余波で、さお立ちになり、その場で縫い付けられたように止まる。
 兵士はゴロゴロと地面を転がった。
 彼らが起き上がる気配はない。

「よしっ」

 レティシアは兵士の姿が後方へ過ぎ去るのを目の端に捕らえつつ、次の標的を確認する。
 背後から迫る一騎は、落馬した二騎に怖気づいたのか、少し距離を取ってついて来る。
 レティシアは一旦窓から顔を引っ込め、反対側の扉を蹴って開く。
 予想通り、馬車の左側にも二騎の兵士が迫っていた。
 思っていたよりも距離が近いことに驚いて、レティシアは慌てて魔法陣を用意する。

「馬か馭者を狙え! 足を止めろ!」

 後ろから襲撃者に対して指示が飛ぶ。
 レティシアは先ほどと同じ雷の魔法陣を手に込め、投げつける。
 一騎は撃ち落としたが、もう一騎は避けられてしまった。

「……っ」

 レティシアは慌てて次の魔法を練り直す。
 その間に騎馬は馬車に近づいていた。
 馭者も馬用の鞭を振り回し、兵士が近づくのをけん制していたが、あまり効果があるようには見えなかった。
 このままでは接近されてしまう。そうなると、近接格闘の才はまったくないレティシアにはかなり不利だ。近づかれる前に敵を排除するしかない。
 レティシアは両手に準備していた魔法陣のうち、片方を威力の弱い魔法陣に切り替えた。
 威力は弱くなるが、代わりに魔法陣は一瞬で完成する。
 レティシアは近づく兵士に向かって魔法陣を投げつけた。
 彼女の視線の先で、兵士は馬を狙って剣を振り上げている。

「間に合え!」

 レティシアの放った魔法が兵士に命中する。
 けれど、これまでより威力の弱い魔法では、兵士を足止めするには至らなかった。
 兵士は馭者の振り回す鞭を避け、馬に切りつける。

「ヒヒーン!」

 馬の悲痛な鳴き声が周囲に響く。
 切り付けられた馬は、みるみる速度を落としていった。
 兵士は次に馭者に向かって剣を振り上げた。

「させない!」

 レティシアは残っていた威力の強い方の魔法陣を、切りつけようとしている兵士に向かってぶつけた。

「あがあああぁ!」

 兵士はびりびりと身体を硬直させ、大きな音を立て馬ごと地面に転がった。

――あとひとり。

 レティシアは馬車のうしろに目を向けた。
 その瞬間、右肩がなにかが当たり、レティシアはうしろへよろめき、馬車の床に倒れこんだ。

「……っ!」

 見下ろした腕の付け根より少し内側に矢が突き刺さっている。
 痛みよりも、熱を感じた。
 戦いの所為で、すこし感覚が麻痺しているのかもしれない。
 レティシアは急いで治癒魔法を発動させようとして、矢が刺さったままでは意味がないことに気づく。
 舌打ちをして、治癒魔法ではなく、攻撃魔法の魔法陣の構築に切り替える。
 治療よりも敵への攻撃へと意識を切り替える。
 だが、ずくずくと傷む肩が、魔法陣の発動に必要な集中を邪魔する。

 指示していた騎馬の兵士以外にも、矢を射た者がいるはずだ。
 レティシアは時間稼ぎだとわかりつつ、手に魔力を込める。
 いまや馬車は完全に停車していた。
 レティシアは気力を振り絞って風の刃を作り出し、後方に向けて発動する。
 魔法陣から生み出された真空の刃が水平に薙いだ。

「ぐぁっ。よくもっ!」

 指揮官クラスの兵士に傷を負わせることはできたが、足止めとはならなかった。
 レティシアはもう一つ用意していた防御魔法を発動させる。
 かなりの魔力がずるりと持っていかれる感覚がした。
 おそらく、防御魔法を張れるのはあと一度が限度だろう。
 レティシアは少しでも距離を稼ごうと走る。
 馭者も這うようにその場から逃げ出すのが視界の端に映った。
 いまのレティシアには、彼をかばうだけの余裕はなかった。一歩足を踏み出すごとに痛みが走る。
 兵士の足音が背後に迫っていた。
 レティシアの頬のすぐ脇を、矢がかすめた。
 続けざまに矢が飛翔する。
 それらはすべてレティシアの防御魔法によって弾かれた。
 けれどそのたびに防御魔法の効果は弱まっていく。
 細い木々の間を、レティシアは痛みに朦朧としながら走る。
 息はとっくに上がり、心臓は破れてしまいそうなほど早鐘を打っていた。
 それでも足を止めるわけにはいかない。
 足が止まった時が、レティシアが死ぬときだろう。
 レティシアはにわかに死の恐怖を身近に感じた。

――こんなところで……!

 レティシアの脳裏にアロイスの姿がよぎる。
 自分が死んだら、アロイスは悲しむだろうか。
 彼の背中を守ると誓ったのに、約束を守れそうにない。
 こんなところで死んでしまうのだろうか。誰ともわからぬ敵の手に掛かって。
 アロイスに愛していると、まだ伝えていないのに。
 矢が飛来し、防御魔法が消失する。
 背後に迫っていた兵士が、血を流しながらレティシアに迫った。
 レティシアの足がもつれて、転ぶ。
 死への足音が近づいた。
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