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解けゆく謎
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「オルレーヌ公爵がレティシア夫人の殺害を依頼したという証拠はまだ見つかっていませんし、新種の魔法陣を盗み、シャルルに渡したという証拠もありません。現時点での、捕縛は無理でしょう」
「確かに、証拠が足りぬな……」
「はい」
茫然とするレティシアをよそに、国王とヴァリエ卿の会話は進んでいく。
「だが、オルレーヌ公が夫人を狙っているというのは信じがたい」
「なにか、ご存じなのですか?」
「……とりあえず、本人から事情を聴いてみなければ、なにもわからぬ。公爵を呼べ」
「承知いたしました」
ヴァリエ卿は一礼すると、一旦王の執務室を出て行く。
「レティ、大丈夫か?」
ずっと黙ったまま王とヴァリエ卿の会話を聞いていたレティシアの顔からは、血の気がすっかり失せていた。
彼女の顔色を見かねたアロイスが、小さな声でレティシアに話しかけ、手を握った。
「……はい」
王の御前であることを思い出し、レティシアはどうにか小さく答えたが動揺は隠せない。
父から愛されているとは思っていなかったが、殺したいほどに憎まれているとも思わなかった。
公爵の悪意を否定する材料を持たないレティシアにとっては、実際に会って、真意を聞くのがとても恐ろしい。
手を握ってくれるアロイスの体温だけが確かなもので、レティシアはそのぬくもりにすがりつくように彼の手を強く握り返した。
「申し訳ございません、陛下」
「いや。おまえの父親に関わることだ。動揺するのも無理はない」
「ですが……」
「たとえ夫人を殺そうとした者がいるとしても、それはきっと公ではないだろうと私は思っているし、そう思えるだけの材料が私にはある」
慈愛のこもった王の眼差しに、レティシアは思わず尋ねていた。
「陛下はいったいなにをご存じなのです?」
「それは自分の耳できちんと聞くべきだ」
王は、それ以上頑として口を開こうとはしなかった。
やがて手配を終えたヴァリエ卿が、執務室に戻ってきた。
「オルレーヌ公爵は登城しておりました。すぐにこちらへ参ります」
「わかった。それから、新種の魔法陣の入手経路についてはわかったのか?」
「シャルルはオルレーヌ公爵家を通じて手に入れたと言っていますが、証拠はシャルルの証言しかありません。それもどこまで本当のことか……」
ヴァリエ卿は苦りきった表情を見せる。
「つまり、ベルクール研究所から盗み出させたのが、オルレーヌ公爵の手の者だと?」
「シャルルが直接顔を合わせたことがあるのは、使いの者だという壮年の男性だそうです」
「ふうむ」
王は顎に手を当てて、考え込んでいる。
そこへ、扉の外から声がかけられた。
「陛下、オルレーヌです。お呼びと伺いましたが」
「入れ」
ゆっくりと扉が開き、公爵は優雅に王の前に近づく。
公爵は部屋にいたレティシアとアロイスの姿を認めると、わずかに眉を上げたが、無言で王の前に頭を下げた。
「どのようなご用件でしょう?」
「昨日、私の近衛であったシャルル・オジェ――ゲラン伯爵の次男を捕らえた。先日から王城で魔法陣が仕掛けられていたという話は、公も聞いているはずだ」
「はい、うわさは耳にしております。その犯人が近衛であったと?」
公爵は驚きを隠せていない。
その驚きぶりは、彼がシャルルにレティシアの殺害を依頼したとはとても思えなかった。
「その近衛が、オルレーヌ公爵家の者から魔法陣を入手したと主張しているのだ」
王の言葉に公爵は目を瞠り、口を開こうとした。
だが、王は手を伸ばしそれを制する。
「それだけではない。シャルルは公の娘であるレティシア夫人の殺害未遂についても、公の依頼を受けて実行したと言っている」
「殺害未遂だと!?」
公爵は叫び、王の前であるにも関わらずレティシアに駆け寄った。
その剣幕に、アロイスが一瞬腰に手を伸ばしかける。
「やめよ」
王の一声で、アロイスは剣に伸ばしかけた腕を下ろす。
「怪我は? 大事はないのか?」
公爵はレティシアの腕をつかみ、彼女の全身に目を走らせた。
あまりの剣幕に、レティシアの理解が追いつかない。
これほど必死になった父の姿をレティシアは見たことがなかった。
「どうだ、無事なのか?」
「……は、はい」
どうにか返事をひねりだしたレティシアに、公爵の身体から一気に力が抜ける。
「ということは、やはり公が依頼したものではないということか」
「当たり前でしょう。陛下はご存知のはずです」
公爵は、レティシアの腕を掴んだまま発言した王を鋭い目つきで睨んだ。
「わかっていた。だが、念のためだ。それに、そろそろ娘には公の真意を告げるべきときなのではないか?」
「ですが……」
「いずれにせよ、公爵家には魔法陣を盗んだという嫌疑がかかっている。いずれは全てを話してもらうことになる」
「……承知いたしました」
公爵は諦めのこもったため息を一つこぼすと、レティシアを掴んでいた手を緩めた。
「父……上?」
「すまなかった。許してもらえるとは思っていないが、謝罪しておく」
公爵はレティシアに向かって深く頭を下げた。
突然の行動に、レティシアはどうしていいかわからず、混乱する。
「それは……なんに対する謝罪ですか?」
父の冷たい態度の急変に、レティシアは理解が追いつかない。
これではまるで、父がレティシアを愛しているのだと勘違いしてしまいそうだった。
信じたいけれど、信じられない。
レティシアは二つの気持ちの狭間で揺れていた。
あとずさったレティシアを、アロイスがそっと受け止める。
「おまえの命を危機に晒したことに対する謝罪だ。おまえの命を狙ったのだとしたら、それは妻の仕業だろうから」
「公爵……夫人が?」
レティシアは、初めて公爵家を訪れたときに出会った女性のことを思い出した。
美しいが、どこか不幸せそうな女性。そして彼女は、レティシアに対する憎悪を隠そうともしていなかった。
公爵夫人がレティシアを狙ったのだというのであれば、公爵が犯人だといわれるよりもまだ得心がいった。
「なぜ、そう言いきれるのです? 失礼ですが、公が公爵夫人に罪を着せようとしているのだと思う者もいるでしょう」
ヴァリエ卿の問いに、アロイスもうなずいた。
「私は……ずっと待っていたのだ。リアーヌを殺した犯人が動き出すのを」
「母さまを……? だって、母さまは病気で亡くなったって……」
「おまえには病気だと言ったが、リアーヌの死はあまりに突然すぎた。私は毒殺を疑って調べさせたが、その痕跡を見つけることができず、病死として処理せざるを得なかった」
「そんな……」
「動機があるとすれば妻となったあの女しかいない。政略結婚は愛などなくても成立するが、私にはどうしても妻となった彼女を愛せなかった」
公爵は苦しそうに目をつぶった。
「私が愛したのはリアーヌただひとり。そして、おまえが生まれた」
「確かに、証拠が足りぬな……」
「はい」
茫然とするレティシアをよそに、国王とヴァリエ卿の会話は進んでいく。
「だが、オルレーヌ公が夫人を狙っているというのは信じがたい」
「なにか、ご存じなのですか?」
「……とりあえず、本人から事情を聴いてみなければ、なにもわからぬ。公爵を呼べ」
「承知いたしました」
ヴァリエ卿は一礼すると、一旦王の執務室を出て行く。
「レティ、大丈夫か?」
ずっと黙ったまま王とヴァリエ卿の会話を聞いていたレティシアの顔からは、血の気がすっかり失せていた。
彼女の顔色を見かねたアロイスが、小さな声でレティシアに話しかけ、手を握った。
「……はい」
王の御前であることを思い出し、レティシアはどうにか小さく答えたが動揺は隠せない。
父から愛されているとは思っていなかったが、殺したいほどに憎まれているとも思わなかった。
公爵の悪意を否定する材料を持たないレティシアにとっては、実際に会って、真意を聞くのがとても恐ろしい。
手を握ってくれるアロイスの体温だけが確かなもので、レティシアはそのぬくもりにすがりつくように彼の手を強く握り返した。
「申し訳ございません、陛下」
「いや。おまえの父親に関わることだ。動揺するのも無理はない」
「ですが……」
「たとえ夫人を殺そうとした者がいるとしても、それはきっと公ではないだろうと私は思っているし、そう思えるだけの材料が私にはある」
慈愛のこもった王の眼差しに、レティシアは思わず尋ねていた。
「陛下はいったいなにをご存じなのです?」
「それは自分の耳できちんと聞くべきだ」
王は、それ以上頑として口を開こうとはしなかった。
やがて手配を終えたヴァリエ卿が、執務室に戻ってきた。
「オルレーヌ公爵は登城しておりました。すぐにこちらへ参ります」
「わかった。それから、新種の魔法陣の入手経路についてはわかったのか?」
「シャルルはオルレーヌ公爵家を通じて手に入れたと言っていますが、証拠はシャルルの証言しかありません。それもどこまで本当のことか……」
ヴァリエ卿は苦りきった表情を見せる。
「つまり、ベルクール研究所から盗み出させたのが、オルレーヌ公爵の手の者だと?」
「シャルルが直接顔を合わせたことがあるのは、使いの者だという壮年の男性だそうです」
「ふうむ」
王は顎に手を当てて、考え込んでいる。
そこへ、扉の外から声がかけられた。
「陛下、オルレーヌです。お呼びと伺いましたが」
「入れ」
ゆっくりと扉が開き、公爵は優雅に王の前に近づく。
公爵は部屋にいたレティシアとアロイスの姿を認めると、わずかに眉を上げたが、無言で王の前に頭を下げた。
「どのようなご用件でしょう?」
「昨日、私の近衛であったシャルル・オジェ――ゲラン伯爵の次男を捕らえた。先日から王城で魔法陣が仕掛けられていたという話は、公も聞いているはずだ」
「はい、うわさは耳にしております。その犯人が近衛であったと?」
公爵は驚きを隠せていない。
その驚きぶりは、彼がシャルルにレティシアの殺害を依頼したとはとても思えなかった。
「その近衛が、オルレーヌ公爵家の者から魔法陣を入手したと主張しているのだ」
王の言葉に公爵は目を瞠り、口を開こうとした。
だが、王は手を伸ばしそれを制する。
「それだけではない。シャルルは公の娘であるレティシア夫人の殺害未遂についても、公の依頼を受けて実行したと言っている」
「殺害未遂だと!?」
公爵は叫び、王の前であるにも関わらずレティシアに駆け寄った。
その剣幕に、アロイスが一瞬腰に手を伸ばしかける。
「やめよ」
王の一声で、アロイスは剣に伸ばしかけた腕を下ろす。
「怪我は? 大事はないのか?」
公爵はレティシアの腕をつかみ、彼女の全身に目を走らせた。
あまりの剣幕に、レティシアの理解が追いつかない。
これほど必死になった父の姿をレティシアは見たことがなかった。
「どうだ、無事なのか?」
「……は、はい」
どうにか返事をひねりだしたレティシアに、公爵の身体から一気に力が抜ける。
「ということは、やはり公が依頼したものではないということか」
「当たり前でしょう。陛下はご存知のはずです」
公爵は、レティシアの腕を掴んだまま発言した王を鋭い目つきで睨んだ。
「わかっていた。だが、念のためだ。それに、そろそろ娘には公の真意を告げるべきときなのではないか?」
「ですが……」
「いずれにせよ、公爵家には魔法陣を盗んだという嫌疑がかかっている。いずれは全てを話してもらうことになる」
「……承知いたしました」
公爵は諦めのこもったため息を一つこぼすと、レティシアを掴んでいた手を緩めた。
「父……上?」
「すまなかった。許してもらえるとは思っていないが、謝罪しておく」
公爵はレティシアに向かって深く頭を下げた。
突然の行動に、レティシアはどうしていいかわからず、混乱する。
「それは……なんに対する謝罪ですか?」
父の冷たい態度の急変に、レティシアは理解が追いつかない。
これではまるで、父がレティシアを愛しているのだと勘違いしてしまいそうだった。
信じたいけれど、信じられない。
レティシアは二つの気持ちの狭間で揺れていた。
あとずさったレティシアを、アロイスがそっと受け止める。
「おまえの命を危機に晒したことに対する謝罪だ。おまえの命を狙ったのだとしたら、それは妻の仕業だろうから」
「公爵……夫人が?」
レティシアは、初めて公爵家を訪れたときに出会った女性のことを思い出した。
美しいが、どこか不幸せそうな女性。そして彼女は、レティシアに対する憎悪を隠そうともしていなかった。
公爵夫人がレティシアを狙ったのだというのであれば、公爵が犯人だといわれるよりもまだ得心がいった。
「なぜ、そう言いきれるのです? 失礼ですが、公が公爵夫人に罪を着せようとしているのだと思う者もいるでしょう」
ヴァリエ卿の問いに、アロイスもうなずいた。
「私は……ずっと待っていたのだ。リアーヌを殺した犯人が動き出すのを」
「母さまを……? だって、母さまは病気で亡くなったって……」
「おまえには病気だと言ったが、リアーヌの死はあまりに突然すぎた。私は毒殺を疑って調べさせたが、その痕跡を見つけることができず、病死として処理せざるを得なかった」
「そんな……」
「動機があるとすれば妻となったあの女しかいない。政略結婚は愛などなくても成立するが、私にはどうしても妻となった彼女を愛せなかった」
公爵は苦しそうに目をつぶった。
「私が愛したのはリアーヌただひとり。そして、おまえが生まれた」
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