契約結婚のススメ

文月 蓮

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語られなかったこと

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「その頃から、誰かがリアーヌとおまえのことを探っている気配を感じるようになった。そのうち嫌がらせの手紙が届くようになり、それは次第に脅迫めいたものに変わっていった。それで仕方なく、王都から少し離れた場所におまえたちを住まわせることしにした」
「それでレティはアルザスにいたのか……」

 レティシアを抱きしめていたアロイスが小さく呟く。

「それが、私があそこに住んでいた理由だったの……?」
「おまえが魔力切れで倒れたことで、治療のために王都へ呼び寄せざるを得なくなった。そうして、今度は嫌がらせではすまなかった……」
「それじゃ、私の所為で母さまは……」

 レティシアの顔から血の気が引いた。
 今まで病気で亡くなったと思っていた母が、殺されたかもしれないというのは、かなり衝撃的だった。

――私の所為で……母様が……死んだ?

 立ったままがくがくと震えるレティシアを、アロイスが強く抱きしめる。

「それは違う」

 公爵は首を横に振った。

「でも……」

 父と一緒に暮らせないことには、なにか理由があるとは思っていた。けれどアルザスに住んでいた頃、それに気づくにはレティシアは幼過ぎた。
 大切な友人であったアロイスを助けられず死なせたと思い、続けて母を亡くし、レティシアは精神的に深く傷ついていた。
 そして、レティシアを愛してくれる人など誰もいないのだと、そばにいてくれない父を恨んだ。
 なのに、今更、レティシアを思ってのことだったと言われても、気持ちを切り替えることなど、とてもできそうにない。

「あれは単なるきっかけだった。妻を愛することのできなかった私の罪だ……。それでも私はリアーヌを殺した犯人が知りたかった。そして、ずっと待っていた。リアーヌの忘れ形見であるおまえを狙って動き出す時を……」

 公爵は唇をゆがめて笑った。公爵の目はようやく獲物の尻尾を見つけたという、狩人のようだった。

「それは、レティを囮にしたということですか?」

 アロイスが低い声で公爵を問いただす。

「……そうだ。すでに耳と目は張り巡らせてある。まさか、陛下の命まで危機に晒すほど愚かだとは思っていなかったが、この分なら、レティシアを殺そうとした証拠もすぐに見つかるだろう」
「公、それでは全てを話したことにはならぬ。何ゆえ、娘とヴィラール卿を結婚させようとしたのか、全て話すべきだ。違うか?」
「いまさら父親面するつもりはありません。必要のないことです」

 公爵は冷たい表情で、国王の言葉を切り捨てる。

「ならば私が勝手に話す分には問題ないな?」
「ご随意に。陛下、退出の許可をいただけますでしょうか? 一刻も早く犯人を捕まえる必要があります」

 オルレーヌ公爵は決意を秘めた目で、王を見つめた。
 国王はしばしためらったあと、ため息を一つ吐き、オルレーヌ侯爵に許可を与えた。

「ヴァリエ卿を連れて行くのであれば許可しよう。魔法陣の盗難の件もある。公爵家に関わりがないと断言できぬ以上、首輪もなしというわけにはいかぬ」
「承知いたしました」

 気持ちの整理がつかないまま茫然とするレティシアと、それを見守るアロイスを残し、オルレーヌ公爵とヴァリエ卿は慌しく執務室を飛び出していく。
 彼らの足音が次第に遠ざかる。
 レティシアは未だに父の言葉を受け止めかねていた。
 少なくとも父はレティシアが思っていたよりも、娘のことを考えてくれてはいたのだろう。
 そしてただの愛人でしかないと思っていた母を深く愛していて、殺された疑いのある母のために、ずっと公爵夫人の隙を窺っていたのだ。
 この問題が解決したあと、公爵とどう接すればいいのかわからず、レティシアは混乱する。
 国王は複雑な心境で思い悩むレティシアの顔を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「公は妻に対する復讐を果たすために、私に取引を求めた。それが叶えば、公爵位を返上することも辞さないと。……ただ、娘を守るために手を貸して欲しいと。その手段が夫人とヴィラール卿との結婚だった」

――あの人が私を守ろうとしてのことだから、これまでの仕打ちを許せと?

 レティシアはこみ上げる怒りのままに国王の緑色の瞳を睨みつけそうになって、慌てて目を伏せる。
 少なくとも父は、レティシアが思っていたよりも母を愛していたのだと知ることができたことだけはよかったと思えた。
 だからといって、公爵を許せるかと言われると、是とは言い難い。

「そこで私がヴィラール侯との結婚を提案した。あなたとヴィラール侯に告げた、将来の王妃の護衛にちょうどいいと思ったのも本当のことだ。だが、オルレーヌ公爵との関係を薄くしておけば、オルレーヌ公爵夫人がなんらかの罪に問われたとしても、影響は少ないと考えたことも事実」

 様々な要素を考慮し、先を見据えた判断は国王としては正しい在り方なのだろう。
 国王になんらかの益がなければ、動かないのはわかっている。
 それでも、レティシアに公爵の意図を教えてくれたのは、王にもなにか思うところがあるのだろう。

「……まさか」

 レティシアは嫌な予感に身を震わせた。

「おそらく、公は生きて戻るつもりがない」
「は?」

 アロイスはレティシアを抱きしめたまま、調子の外れた声を上げた。

――ふざけるな…

 レティシアは完全に王の前であることを忘れた。
 こみ上げる怒りで、目の前が真っ赤に染まった気がした。
 もしも本当に公爵夫人が裏で糸を引いていたのであれば、新種の魔法陣をまだ隠し持っていたとしても不思議ではない。
 公爵は夫人と刺し違える覚悟で臨んではいるであろうことは、レティシアにも想像がついた。

「私には夫人の気持ちを理解することはできないし、許してやれとも言わない。だが、このまま公と会えなくなるのは、少々悔しくないか?」
「……そうですね」

 レティシアは不承不承ながら頷く。

「ならば、公爵邸へ行くがいい。そして、これまでの恨み言を存分にぶつけてやるといい。ついでに、私からだと伝言を頼む。勝手にいなくなるのは許さない。これからいろいろと忙しくなりそうなのに、自分の復讐を果たしたと、楽にさせるつもりはないと、な」

 にやりと笑った国王に、レティシアはゆっくりとうなずく。
 深く息を吸い込んで、怒りに早まる鼓動をどうにか落ち着ける。

「承知、いたしました」

 父を恨んでいる気持ちはそう簡単には消えない。
 だからといって、先ほどの会話が親子として最後の会話になるのは嫌だった。
 抱きしめてくれているアロイスの顔を見上げると、彼のサファイアの瞳がキラキラと輝いていた。

「私には少々公爵に言ってやりたいことがある。レティもだろう?」
「……はい」

 愛されないことを嘆いているだけのレティシアはもういない。
 アロイスに愛されることを知って、少しだけ手を伸ばす勇気をもらった。
 今ならば、父に言いたくても言えなかったことが言える気がする。
 アロイスがレティシアを抱きしめていた腕を離した。

「さあ、行け」
「はい」
「御前を、失礼いたします」

 レティシアとアロイスは互いの顔を見合わせると、同時に駆け出した。
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