アオハル・リープ

おもち

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春江望杏

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 それから、ミカは前の時間軸と同じように望杏と共に過ごす。面白いくらい同じに進むので、名前呼びもされた。違うのは、ミカは望杏が気持ちを理解できるように積極的に導こうとしていること。



「望杏は相手の気持ちを理解したいのだろう?なら、まずは私の真似をしてみるのはどうだ?」

「ミカちゃんの真似?」

「ああ。人を真似して同じようにすれば、そのうちこれは楽しいとか体が理解するかもしれない。楽しいから笑うのではなく笑うから楽しくなるということだ」

 あれからミカは考えた。気持ちが理解できないのを頭でどうにかしようとするから無理があるのだと。先に無理やり体に叩き込めば、変化の兆しはあるかもしれないと。脳と体の不思議なところをついて、その作戦にでた。

 ミカの提案に望杏は「わかった」と返事をして、真似をする。ミカがまず笑うと望杏も同じようにする。彼の作る笑顔はまだぎこちないがその内きっと、心から笑える時がきたらいいなと願いをこめた。


「今のは、嬉しいってこと?」

 練習をして、少しずつ適した言葉を言えるようになった望杏。ミカの顔を覗き込み、確認する。

「そうだな。きっと嬉しいんだ」

「……そっか」

 望杏は少し考えて納得したように頷いた。その反応を見てミカは内心ホッとする。彼はまだ自分の感情に名前をつけられないだけで、理解しようとはしているのだから。だから今はこれでいいとミカは思う。



 あれから何日かしても望杏の心の杭は未だ変わらないが、それは現状を維持しているということ。焦ってはいけないとミカは自分に言い聞かせて、望杏の待つ教室へ向かう。

「ふざけんなよてめぇ」

 ふと、廊下の曲がり角に差し当たり聞こえてきた声。男子の声だが、内容が穏やかではない。いったいなんだ?とミカがそっと覗くと、そこには廊下の壁に追いやられる望杏とそれを取り囲むクラスメイトの男子が3人いた。

「さっきから、気持ち悪ぃんだよ」

 望杏は壁にぴったりと背中をつける。ここからじゃ表情は見えないが、男子の様子からいい話でないのは明白だ。

「別に何もしてないよ?何で君にそんなこと言われなきゃいけないの?」

 望杏の態度は変わらない。淡々と事実のみを述べていく。その様子にイラついたように男子生徒は声を荒らげた。

「その態度だよ!お前何考えてるかわかんないし、なんか怖いんだよ!」

「表情変わんなくて本当キモい」

「……」

 望杏は何も言い返さない。反応がないからか、男子達は舌打ちをして望杏の肩を強く押した。

「っ……」

 壁にぶつかった望杏は小さく声を漏らす。それでも、やはり何も言い返さない。そんな望杏の態度に更に腹を立てたのか、男子達は望杏に掴みかかった。

「……やめろ」

 ミカは咄嗟に体が動き、望杏と男子生徒の間に割って入る。そして、そのまま目の前の相手を鋭く睨みつける。

「な……なんだよお前!」

「それはこっちのセリフだ。お前達こそなんだ。寄って集って1人を罵るな」

「そいつが悪いんだよ。その気味悪い面見てるとイラつくんだよ」

 男子は望杏の無表情のことについて言っているようだった。相手は望杏の病気のことなど詳しくは知らないのだろう。ミカはこれまで望杏がどんな思いでいるのかがわかっていたから、何も知らないというだけで彼を傷つけられるのがとてつもなく嫌だった。

「それが、望杏を悪く言っていい理由にはならない」

 ミカの言葉に男子生徒が反応する前に、望杏が口を開いた。

「……へぇ、やっぱりそうなんだね。教えてくれてありがとう」

 望杏は無表情のまま。けれど、それは確かに相手への感謝の言葉だった。あんなに蔑まされ、罵られようと望杏にとっては、みんなと同じように普通に生きるために、わざわざ伝えてくれたという認識。

「っ……」

 それを聞いた男子達はバツが悪いのか逃げるようにその場を去っていった。残された望杏とミカはお互い顔を見合わせる。望杏と反対にミカの顔は怒りと悲しみが混ざったような、複雑な表情だ。

「ごめんね」

「……なんで、望杏が謝るの?」

「オレのせいでミカちゃんを悲しませたから」

「っ……違うよ!違うんだ……」

 望杏は悪くない。悪いのは彼を傷つけた相手なのに。彼は自分が悪いと謝り、ミカに心配をかけてしまったことを謝罪する。それが悲しくて、悔しくてミカは泣きたくなった。

「私は……私はね、望杏。君がみんなにあんな風に言われるのは嫌なんだ。相手に理解されないことだったとしても自分を許せなくなるんだよ」

「なんで?ミカちゃんはなんでそんなにオレのことを思ってくれるの?わからないんだ、ごめんね」

 望杏はまた謝る。ミカを困らせていると感じているから。けれど、ミカにとってはその謝罪が悲しかった。

「なんでって……」

 そんなの決まってるじゃないか。私は君が……。そう言いかけたところでミカは思い留まる。今言って彼に正しく伝わるのか。感情が理解できない望杏にとって自分の言葉の重さがどこまで伝わるのか、予想できない。

「……私が君を理解したいと思ったからだよ」

「理解?」

「ああ、そうだ」

 けれど、やはり言わずにはいられなかった。不思議そうな顔をする望杏にミカは頷く。そして、彼の手を取り優しく握りしめた。

「友達が悪く言われたら私は悲しい」

 そう告げられ、望杏の中の何かがざわつく。

「ともだち?」

「ああ、そうだよ」

「ともだちだから、オレのこと悪く言われて怒るの?」

「ああ、そうだ」

 友達だから、という望杏の言葉にミカは反応する。彼にはきっと理解できないであろう意味を込めてミカは強く肯定した。

「そっか……」

 すると、望杏の心の中の杭がまた少しだけ形を変える。しかしそれはまだ彼の心の変化を表すには弱いものだったのでミカは気付かなかった。ただ、望杏に伝わったならそれでいいと満足する。

 それからもミカは望杏に自分の感情を伝えることを続けた。望杏も同じようにミカの真似をして笑ったり、怒ったり、悲しんだりと形だけでも感情を表現していく。

 おうむ返しやままごとと言われるかもしれない。それでも望杏の心の杭が、あんな悲惨なことにならないようにとミカはそれだけを必死に願い阻止しようとするだけ。

 “消えた方がいいのかな”なんて2度と言わせない。そのためにミカは望杏の傍に居続けると決めたのだった。


 そして運命のあの日がきた。

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