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01 意外なオファー(Unexpected Offer)
03 人生の流儀(Code of Living)
しおりを挟む翌日、ニューヨークの一等地のビルに事務所を構える芸能事務所”Hamilton-Reed Agency”は異様な緊迫感に包まれていた。
奥の会議室ではエリオットを含む管理部門の幹部級が着席しており、受付スタッフもそれを知っていつもよりネクタイをきつく締め、互いに身だしなみにほつれがないかもう三度も確認しあっている。
開放的なグリーンカーテンから差し込む木漏れ日のラウンジ、カフェテリア、そして事務フロアには噂を聞き付けた職員や所属モデル、俳優がそれとなしに集まって通路を気にしている。
そして彼らの目的は午前十時きっかりに果たされた。
軽やかな音がオフィス前のエレベーターホールに嵐の到来を告げる。そして重厚感のある黒のドアが開き、二人の男が現れた。
アレクシスの装いは非常にラフなものだった。薄い色のついたサングラスに白のシャツ、黒のジーンズ。それだけでもはっとするほど洗練された雰囲気を醸し出してはいるが____その恰好は、半歩後ろに連れたスキンヘッドの男の異質さを相殺するどころかより際立たせる。
「デカ……」
誰かがか細い声で思わず溢すと、つられてフロアのあちこちから「誰?」「アレクシスさんの新しいマネージャーだとか」「嘘?」と囁き声が上がる。
ラニウスはこの日黒のシャツにグレーのスラックス、そして革靴を履いていた。一歩歩くごとに革靴特有の靴音が響く。2m近い背丈に、シャツを内側から押し上げる筋肉の凹凸、そして光を一切透過しないサングラス。その全てが周囲に威圧感を与え、ただでさえ広いオフィスをより広く感じさせた。
「お前と歩くと道が広くていいな」
アレクシスはそう軽口をたたきながら、ノックもなしに奥の会議室の扉を開けた。
その瞬間、室内で雑然と四方八方に向いていた視線が一か所に収束する。老若男女、大勢の美しい、あるいは奇抜な人間を見飽きるほど見てきたその全員の視線が、アレクシスを見て、そしてラニウスを見て固まる。
それはラニウス個人への驚きというより、何故こんな人間をアレクシスが連れているのか、という疑念の眼差しだった。
「……俺から何か言った方がいいのか」
「そうだな、”チャオ!”とか言ってみたらどうだ?」
「言ってもいいが、そのあとはこの場にいる全員の記憶を消すぞ」
「ハハ、お前って案外____冗談だよな?」
ラニウスが首を傾げる。そのとき、着席して微動だにしなかった幹部の中で最も若く、そして最も異彩を放つ男が立ち上がった。ゆるく撫でつけたオリーブの髪、黒のスーツに銀のストライプシャツ。
「ようこそ、ミスター。HRA(Hamilton-Reed Agency)へ」
まるでスーツブランドの広告塔が如き佇まいのエリオットが言った。
「デスクが騒がしくて申し訳ない。なにせこちらもろくに歓迎の準備時間が与えられなかったのでね」
「お気遣いには痛み入るが、歓迎されるために来た訳ではない。それと、急な話だったのはこちらも同じだ」
アレクシスがラニウスの脛を軽く蹴ったが、ラニウスはびくともしなかった。エリオットはうっすらとした笑みを浮かべた。「どうぞ座って。アレクシスがもうゴーサインを出してしまったわけだが、本来なら君の雇用には我々管理部門での面接が必要になる。まあ、体裁上のものとはいえお付き合いいただけるかな」
「勿論」ラニウスは端的に答え、席についた。「規律には従うべきだ」
「君とは話が合いそうだ」
エリオットは手持ちの資料も何もなしにラニウスを見据えた。ほかの幹部は話の主導権をエリオットが握ることを当然のように受け入れている。
「さて……ラニウス・ルーラー氏。ご経歴を教えていただけますか?」
「昨年までFBIにいた。それ以前は陸軍に」
「陸軍か。職業に貴賎なしとは言うが、国に仕える尊い仕事だ___そこでは何を?」
「国内外での防衛任務、派遣先での後方支援、それから後進育成や連携機関での訓練を」
「何故FBIへ?」
「任務協力した際にスカウトを受けた。これ以上は話せない」
「……成程。FBIでは無論犯罪捜査をしていたんだろうが、人材のマネジメント経験は?」
「無い」
ラニウスの即答に、エリオットはテーブルの上でゆっくりと両手を組んだ。
「ミスター、捜査官として聡明な貴方なら、私が何を言いたいかはお分かりだろう」
「マネジメント経験の無いものにマネージャーが務まるのか、という疑問であれば同感だ」
エリオットは意外そうな顔をした。ここまで潔く認めるとは思わなかったのだろう。だが同時に、ラニウスの発言がまだ終わっていないことについて目を細くして構えた。
「だが、マネジメントというものが人をただ馬車馬のように働かせるための技能なら、そもそも経験の有無など関係ない。そういう意味で言ってしまえば、この部屋で最も経験豊富なのは俺だろう」
「なんだって?」
「俺はマネジメント経験はないが、この____」
誰にわかるはずもないことだが、ラニウスはサングラスの内側から隣のアレクシスを一瞬見た。「____不健康そうな従業員の状態を改善しろということであれば、いくつか考えはある」
その言葉に驚いたのはエリオットや幹部だけではない。アレクシスさえ、彼の場合はやや顰蹙をかったように片眉を浮かべてラニウスを一瞥した。
「タスクの振り分け、スケジュールへの対応策、体調管理、安全保障。どの業界業態においても基本は同じだ。基本を徹底するということであれば実行に問題は無い」
「……ミスター、おそらく貴方がこれまで立ち向かってきた凶悪な犯罪者に比べれば、我々が相手取る人々は善良なのかもしれない。だがこの仕事をしていると、発砲許可があるなら銃をぶっ放してやりたい、と思うことが多い」
エリオットの静かなジョークに幹部たちは微笑み、久しく感じていない安らぎがその場に訪れた。「銃も拳も使えない、そういうマネジメントが貴方にできるかな、ミスター」
だが訪れた平穏はあまりに儚い。
「どうも陸軍とFBIに夢を見ているようだ、シュナイダーさん」
ラニウスが言った。「陸軍もFBIも、銃をぶっ放して片を付けることが容認されているわけではない。相手が同等の重火器もしくは致命的な手段を有しており、またそれによって善意の市民や部隊員の生命が脅かされるときに限り、我々は銃をぶっ放すことが許される。
とはいえ、それでもあなたが我々にそういった夢見がちなイメージをお持ちになるのは道理だ。
我々が立ち向かっている環境は常に、致命的に卑劣な行為が横行している。したがって我々は往々にして銃を持ち、弾をぶっ放している」
ラニウスはそこで室内を見渡した。彼にとってはなんということもなく、ただ改めてその場にいる人々の顔を見ただけだ。
たとえ周囲を見渡した時、その首がゴキッと嫌な音を立て周囲を威圧したとしても、それは単なる偶然にすぎない。
連日のマイアミからニューヨークまでのフライトで肩が凝っただけだ。
「”人材マネジメント”に優れたあなたがたが、まさか結果論だけに捉われるとは思っていないが体裁上訂正させてもらった。発言には細心の注意を伴う____組織とはそういうものだ」
会議室の扉が再び開いたのは、それからほんの十数分後のことだった。アレクシスとラニウスは来た時と全く同じ歩調で、まったく同じコースで去っていった。
変わった点と言えばラニウスが小脇に封筒を抱えていて、その封筒が”HRA”公式社標を備えていることだけだ。
しかしたったそれだけで、突如現れた謎のターミネーターがアレクシス・バックマンの隣に立つことになるとその場にいた全員が思い知った。
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