BUT TWO

寒星

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01 意外なオファー(Unexpected Offer)

03-02

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「事前の情報共有が足りない」

 事務所からアレクシスの居宅であるマンションの最上階に戻って早々、上機嫌にソファへ座ったアレクシスとは対照的にラニウスは冷たくそう切り出した。

「なに?」アレクシスはSNSのタイムラインをしきりに更新し、新しいニュースや自分がアンバサダーを務めるブランドのポストをチェックしている。「なんだよ、幹部連中から雇用契約書をぶんどってやったっていうのに何をそんなにぶすくれてる」
「だが一歩誤ればすべてが無駄になったかもしれない」
「誤るのも、そのツケを支払うのもお前だ。俺に当たるな、実際初仕事とは思えないぐらい手慣れてたじゃないか。ああいう状況もお手の物か?」
「腹の探り合いは好まないが、状況を選んではいられない」
「お前のそういうところを気に入ってる」アレクシスは窓枠に頬杖をついて笑った。「事務所が用意した奴らはてんで駄目だ。自分の台本を裏切られると途端にしどろもどろになる。おろおろしながら部屋中をひっくりかえして、マニュアルや台本をあっちこっち探し始める」
「例外を前にして規律に立ち返るのは悪いことじゃない」
「だが美しくない」

 アレクシスは強い口調で言い切った。「そして美しくないものは、この業界では無価値だ。ビジュアルが全てなんだよ。目に鮮やかに映えさえすれば、そいつの中身がどれだけクズでも称賛されもてはやされる、逆に、大層ご立派な主義思想も、凡庸な見た目じゃ見向きもされない」

 傲岸不遜な物言い。しかしアレクシスにはそんな反論すら飲み込ませる美しさがあった。生まれつきのような銀髪、そして透き通った青い目、きめ細やかな肌、形の良い唇、白い歯、つま先までみずみずしい体……
 アレクシスは見せつけるようにゆっくりと足を組みかえた。

「俺がお前を選んだのもそうだ。お前の見た目が良かった。体格、態度、物言い、その全てがいい。全身で人目を惹く、そして人は恐れをなして目を逸らす」
「褒められている気がしないな」
「これでも褒めてるんだぜ、本当に」アレクシスは携帯をラニウスに向け、一枚写真を撮った。「ところで何してる?」
「契約書を読んでる」

 ラニウスは封筒から取り出した書類を手に、一枚ずつその一言一句を目で追った。雇用契約書、付随文書、会社説明、そして個人的に依頼しておいた会社規約。

「そんなの読むか普通? さっさとサインしろ」
「契約書を読まずにサインする奴の気が知れない」
「お前……」
「雇用契約、会社の諸規定は組織の方向性を示すものだ。これを読まずに何故その組織の人間として振舞えるのか。何を根拠に外部と交渉しているんだ」
「言っていいか? お前を選んだこと少し後悔してる」
「そうか。試用期間中なら解雇告知義務は30日前までだ、解雇に当たる理由書と合わせて文書告知が必須。なお俺からは最大30日分の給与保障の要求ができるから、事前に人事だけでなく経理にも話をしておけ」
「……それ雇用契約書に書いてあるのか?」
「雇用契約書と人事規定、運営要領にそれぞれ規定があるぞ。読むか」

 アレクシスはげんなりした顔で「読み終わったら呼んでくれ」と言い残し、仕事部屋でもある書斎へ引っ込んでいった。
 ラニウスはそれから一時間ほどで全ての規定を読み終え、そして雇用契約書にサインした。
 顔を上げると、大きな窓から差し込む陽ざしで明るいリビングはがらんとした印象を与えた。ラニウスは書類をまとめ、封筒に仕舞うとアレクシスが去った書斎のドアを叩いた。

「アレク____バックマンさん?」

 返事はなく、扉には鍵もかかっていなかった。ラニウスはもう一度ノックをした。やはり返事はない。
 扉を開けると、小窓が付いた書斎には広い昇降式のデスクと本棚とソファしかなかった。広さは十分あるが物が少ない。アレクシスはヘッドフォンをつけてデスクに置いたパソコンで動画の編集をしていた。
 ラニウスは出来るだけ近づかず、腕を伸ばして指を鳴らした。

「おわ、」アレクシスの肩が跳ねる。「なんだ、ご本はもう読み終わったのか?」
「読み終わった。契約期間は契約締結日から1年、そして締結日は今日だ」
「その通り。それじゃ仕事の話をしよう」

 アレクシスはパソコンの画面を切り替えた。流れるようなキーボード操作を受けて、三面モニタ全てにいくつもの画像と動画が展開される。
 その巨大建築の名前をラニウスは知っていた。

「オブシディアン・ドームか」
「正解」

 ロサンゼルスの元軍用飛行場跡地を再開発し、建築家キルギスによって建てられた近未来建築。ガラスと黒鋼構造が特徴的な楕円形ドーム型の複合会場。
 特殊ガラスによって昼は空を映す透明な反射、夜はライティングで星雲のように光る外観は、言葉で説明するまでも無くそこが美と芸術のための殿堂だと知らしめるに十分だ。
「そしてこのオブシディアン・ドームで二年に一度開催されるのが、国内ファッション業界の式典”ÉCLAT SUMMIT(エクラ・サミット)”だ」

 ラニウスは三面あるモニタの内、褐色の肌をもつ凛とした女性が映る写真と新聞記事を見つけた。エクラ・サミットの主催団体である”Éclat Foundation(エクラ財団)”____その代表クロエ・メンドーサ。スペイン系アメリカ人の元モデルで起業家であり、かつて彼女自身が受けた業界の搾取構造を暴露して話題になった人物でもある。
 メンドーサはモデル活動の第一線を退いた後に起業し、いくつかの個人ブランドを打ち立てた後、五十歳の時にエクラ財団をスイス・ジュネーヴにて設立。現在はNYとL.A.に本部をおき、主に次世代クリエイターの支援活動を行っている。
 右側のモニタに前回のエクラサミットにおいてスピーチを行うメンドーサの姿が流れた。メンドーサは六十という年齢を感じさせない力強い眼差しと声で語った。

 『……ÉCLAT SUMMITはブランドの祭典であると同時に、ファッション業界の絶え間ない変革を象徴する儀式である……』

 映像を流したまま、アレクシスが言った。

「基本的なしごとの流れはこうだ。事務所の渉外部から連絡が来る。お前は内容をよく聞いて、資料をよく読んで、指定の時間に指定の場所へ安全に俺を連れていき、そして再び俺をここへ戻す____だが、しばらくはエクラサミットに注力していい。事務所も流石にこの時期に大仕事は持ってこないだろう」
「このサミットに注力するのはいいが、会場の見取り図が必要だ」ラニウスは単刀直入に言った。「参加者のリストと警備システムについても資料が欲しいところだが」
「そんなものを出せと言ったら俺たちが蹴りだされるだろうな」
「本番前に現場へ行く機会は何度ある?」
「本番前に二度。前日には通しのリハーサルがある」
「三回あれば十分だ」ラニウスは言った。「必要な情報は自分の目で確かめる」
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