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01 意外なオファー(Unexpected Offer)
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レイリーから指定された場所はニューヨークど真ん中の高層マンションだった。
マイアミから飛行機で約三時間。チケットはレイリーが手配していた(正しくは彼の哀れな息子が)。ラニウスは特に大荷物も持たず、服もオフィスカジュアルなシャツとスラックスで出向いた。紺色のシャツとグレーのスラックスという格好であれば、いくら背丈が二メートルあろうが周囲の奇抜さに負けてジロジロ見られることもない。ニューヨークについて唯一褒めるとすればその点だけだった。
「あなたは?」
マンションの一階は完全なエントランスルームだった。小規模なパーティなら出来そうなカフェテリアもある。ホテルマンの如く正装した受付のスタッフは一目でラニウスがマンションの入居者ではなく、そして事前に登録されている家族や友人のどれでもないと見抜いた。
「レイリー・フォルツの紹介で来た者だ」
「ミスター、お待ちしておりました。左手のエレベーターホールへお進みください」
にこやかに促され、二重扉を抜けてエレベーターホールへ進む。ポストも宅配ボックスもなにもない。あるのはエレベーターがやってくるまでの数十秒間を寛ぐためのソファとカウチ、そしてカットガラスを散りばめた天井のライトだけだ。
やがて音もなく一階へ降りてきたエレベーターに乗り、目的の階を押す。滑らかに上昇するエレベーターは白の大理石で壁面が飾られている。
目的の階には部屋が三つしかないようだ。そして目的の部屋は一番奥の、突き当たりのプライベートラウンジとセットになった居室だという。
部屋の前に立っていたいかにもボディガード風のスーツに身を包んだ男は、エレベーターから降りてきたラニウスが自分よりもなお恰幅がよいことにやや驚いた様子だった。
「今度はプロバスケット選手か……」ガードマンはぼそりと呟いた。「すまないが身体検査だ、腕を上げて」
ラニウスは素直に応じた。そして手提げカバンの中身さえ明らかにした後で、ガードマンは身を翻してドアをノックした。「アレク、面接の人間が来ました」
返事はなかったが、ガードマンは慣れた手つきでドアを解除し、ラニウスを中へ通す。
途端、風が強く吹きつけた。生憎靡く髪もないラニウスは棒立ちのまま、広い部屋と、奥で全開になった窓、そして風に暴れるカーテンを見ていた。
「FBIにはスポーツ特待生で?」
声の主はラニウスのすぐそばに立っていた。
広いリビングと地続きになったダイニング、そこにあるアイランドキッチンの流し場に銀髪の男が佇んでいる。
一見して他者と一線を画する雰囲気を纏った男だった。外の汗ばむような空気が男の回りにだけは流れていない。分厚い氷のような銀髪は真っすぐにつむじから目元にかかり、その奥からは真っ青な双眸が覗く。凍り付いた底無しの湖だ。
「FBIにそんな制度はない」
「名前は?」
「ラニウス・ルーラー 」
「"Ruler(統治者)"? たいそうな名前だ」
「Mr."Bachman"」ラニウスは「お祖父様はスティーブン・キング*か?」*Richard"Bachman"=スティーブン・キングのペンネーム
アレクシス・バックマンは冷ややかな男で、そしてスティーブン・キングをそれなりに読むらしい。
少なくともそれがラニウスから見た第一印象で、対するアレクシスはもっと慎重で、懐疑的だった。自分に対しても他人に対しても。アレクシスはまだラニウスに対する第一印象すら決めていなかった。
「俺の財務状況を垂れ流していたクソ税理士の話じゃ、その税理士の世界一恐ろしい親父が従えてる戦闘サイボーグが来るって話だったんだがな」
「誰しも明日食べていくことすらできなくなるほど追い詰められれば、目の前の一瞬を切り抜けるためにどんな嘘でもつくだろう」
「いやいや、期待通りで逆に驚いたよ」アレクシスは皮肉げに笑った。美しい男だった。「俺はただ、俺が頼んでいた仕事はもう頼まないと言っただけなんだが」
「その一言で路頭に迷う人間がいると諌めて欲しいのか、それとも、いち税理士の年収を一人で支払っていた羽振りの良さを称えてほしいのか?」ラニウスはまだダイニングに一歩踏み込んだ位置から動いていなかった。「生憎俺は、此処で仕事を貰えなくともなんら問題ない。ニューヨークまでのフライトも小旅行だと思えばいい」
「FBIを辞めたんじゃ?」
「まだ片足を突っ込んだままだ」
「もう片足で俺を守れるのか?」
「出来る出来ないの話なら、出来るな」
「自信過剰」アレクシスはシステムキッチンのシンクに手をついた。いちいち絵になる仕草で「それとも自意識過剰と言うべきか……」
「どちらでも好きに解釈してくれていい。いずれにせよ、事実を正しく認識できない奴は早晩死ぬ」
「年齢は?」
「三十三」
「五つ上。今日は何処から来た?」
「マイアミ」
「一番長くやったことのあるスポーツは?」
「テニス」
「いつからスキンヘッドに?」
「十年前」
「誰かに振られた?」
「いいや。ザハドの砂漠地帯に長くいて、そこでは何もかもを節約する必要があった。水はその最たるものだ。だからその時に全身の毛を剃った」
「ふん」アレクシスがラニウスのすぐそばまで来た。「存外肌が綺麗なのはそのせいか」
「どうも」
「サングラスをかけてるのはシャイだから?」
「視線の動きを悟られないためだ」
「つまりシャイなんだな」
アレクシスはアイランドキッチンの側に置かれたダイニングテーブルの椅子を引いた。「座って話そう。見込みがある」
何人もの希望者が座ることのできなかったダイニングチェア(それは食卓を囲むためのものだが、アレクシスは殆どその椅子もテーブルも物置きや撮影台として使っていた)へラニウスが座ると、アレクシスはその側に立ってラニウスを見下ろした。
「何が得意?」アレクシスはだしぬけに聞いた。「何が出来る? 他人よりも自分が優れているところは?」
ラニウスがわずかに眉を浮かべる。濃いサングラスの縁から現れたそれは形がきっかり平行線で整っていて、さほど太くない。
ラニウスはかすかに首を捻って、それから答えた。
「沈黙の使い方」
「かっこいいな。で、何言ってるんだ?」
ラニウスは人差し指を立てた。アレクシスは片眉だけ浮かべた表情のまま黙った。
ラニウスが人差し指を立てた手とは逆の手を差し出す。
アレクシスの目がラニウスの白く広い手のひらをじっと見て、それからそっと自分の手をそこに乗せた。
「緊張してるな」ラニウスが言った。「警戒心が強い。猜疑心と虚栄心の強さはその裏返しだ。他人を信じていない。だから質問ばかりして、主導権を決して手放そうとしない」
アレクシスは動揺を見せなかったが、わずかに細めたその目には古いナイフのような錆びた色が過ぎった。
「成程、その手の上から目線はお手のものというわけだ。さすが天下の連邦捜査局のエリート、感心したよ。一息でよくここまで人をイラつかせてくれる」
「この程度のことは特別なスキルじゃない」
ラニウスが広げていた手のひらをひっくり返すと、今度はアレクシスの手のひらにラニウスの手が乗った。
「脈拍を測ってみろ」
「心理テストの次は命令?」
「謝罪の代わりに種明かしをしようと思って」
アレクシスは怪訝そうだったが、頑なに拒む方が彼の美学に反するらしい。ラニウスは隣の椅子に座ったアレクシスに身体ごと向き直り、右腕を差し出した。
「訓練すれば指先でもおおよその脈拍を測れるが、慣れるまでは手首や顎の裏、頸動脈、それか直に心臓のある位置で測ればいい」
ラニウスの右手首にはブレスレットも腕時計もなかった。筋肉でコーティングされた腕は太いが、手首はその対比で綺麗なくびれを描いている。
「通常の心拍数は一分間に60から80、一秒に一回程度。まさに今この時の俺の脈拍がそれだ。これが運動や緊張、興奮によっては一分間に100を超え、命の危険に晒されるような致命的な状況では一分間に175回まで加速する」
手首に太く浮き出たラニウスの静脈をアレクシスの指が軽く抑える。指は健康的だが白く、全ての指先には綺麗に形を整えられ、表面が滑らかに整えられた爪がついていた。親指と中指にそれぞれシンプルなシルバーリングが嵌められている。
「訓練された者なら、高ストレス下でも脈拍は75回程度に抑えられる。だが表情や声は誤魔化せても、心臓を誤魔化せる奴はそういない」
「つまり——」
アレクシスの指が突然動き出し、ラニウスの静脈をなぞった。
ラニウスが視線を上げると、アレクシスの顔は想像よりもさらに近くにあった。
「————俺を前にしてちんたら動く心臓の持ち主であるあんたは、只者じゃないって言いたいのか?」
「ニューヨークじゃいちいちマウントの取り合いをしなきゃならないのか、大変だな。だが俺はマイアミ育ちだ」
「さっき、」アレクシスが白い手でラニウスの手首を掴んだ。「少し脈が乱れたな」
「お前の脈だろう」
「俺がどきどきしてるって?」
アレクシスの指は驚くほど冷えていて、目で見て確認せずともそれがどのようにラニウスの腕を伝って動いているのかがはっきりと分かった。ラニウスは最早鼻先まで迫ったアレクシスから目も顔も背けることはできない。それは安全の為だった。
アレクシスは見透かせるはずのないラニウスのサングラスごしに、まるでその奥が見えているかのような強い眼差しを向けた。
「ミスター____いつもこうやって女を口説いてるのか?」
面倒な男だ、とラニウスは思った。話が一向に進まない。こちらが一つ言ったことに対して、頼んでもいない的外れなことを二つも三つも気にしだす。
これが生来の性格なのか、そうでないのだとすればよほど酷い目に遭ってきたのだろう。
「この手で口説いたのは男だ」
ラニウスは答えた。聞かれたことにだけ率直に。
アレクシスが面食らった様に目を見開き、そして初めて黙った。
ラニウスは最早この仕事を受けることを放棄していた。この場に来た時点でレイリーの面子は立てたのだ、結果までは問われない。性的嗜好としてラニウスは間違いなく男も女も恋愛対象であったし、事実、先程の手口で口説いたのは男だった。
ラニウスはアレクシスが数秒後には自分から離れ、そして当たり障りのない言葉か、あるいは当たり障りまくりの言葉でこちらを追い出しにかかるだろうと思っていた。
だが、そうはならなかった。アレクシスが面食らっていたのはほんの数秒で、次に彼はニヤリと微笑んだ。
「採用だ」
マイアミから飛行機で約三時間。チケットはレイリーが手配していた(正しくは彼の哀れな息子が)。ラニウスは特に大荷物も持たず、服もオフィスカジュアルなシャツとスラックスで出向いた。紺色のシャツとグレーのスラックスという格好であれば、いくら背丈が二メートルあろうが周囲の奇抜さに負けてジロジロ見られることもない。ニューヨークについて唯一褒めるとすればその点だけだった。
「あなたは?」
マンションの一階は完全なエントランスルームだった。小規模なパーティなら出来そうなカフェテリアもある。ホテルマンの如く正装した受付のスタッフは一目でラニウスがマンションの入居者ではなく、そして事前に登録されている家族や友人のどれでもないと見抜いた。
「レイリー・フォルツの紹介で来た者だ」
「ミスター、お待ちしておりました。左手のエレベーターホールへお進みください」
にこやかに促され、二重扉を抜けてエレベーターホールへ進む。ポストも宅配ボックスもなにもない。あるのはエレベーターがやってくるまでの数十秒間を寛ぐためのソファとカウチ、そしてカットガラスを散りばめた天井のライトだけだ。
やがて音もなく一階へ降りてきたエレベーターに乗り、目的の階を押す。滑らかに上昇するエレベーターは白の大理石で壁面が飾られている。
目的の階には部屋が三つしかないようだ。そして目的の部屋は一番奥の、突き当たりのプライベートラウンジとセットになった居室だという。
部屋の前に立っていたいかにもボディガード風のスーツに身を包んだ男は、エレベーターから降りてきたラニウスが自分よりもなお恰幅がよいことにやや驚いた様子だった。
「今度はプロバスケット選手か……」ガードマンはぼそりと呟いた。「すまないが身体検査だ、腕を上げて」
ラニウスは素直に応じた。そして手提げカバンの中身さえ明らかにした後で、ガードマンは身を翻してドアをノックした。「アレク、面接の人間が来ました」
返事はなかったが、ガードマンは慣れた手つきでドアを解除し、ラニウスを中へ通す。
途端、風が強く吹きつけた。生憎靡く髪もないラニウスは棒立ちのまま、広い部屋と、奥で全開になった窓、そして風に暴れるカーテンを見ていた。
「FBIにはスポーツ特待生で?」
声の主はラニウスのすぐそばに立っていた。
広いリビングと地続きになったダイニング、そこにあるアイランドキッチンの流し場に銀髪の男が佇んでいる。
一見して他者と一線を画する雰囲気を纏った男だった。外の汗ばむような空気が男の回りにだけは流れていない。分厚い氷のような銀髪は真っすぐにつむじから目元にかかり、その奥からは真っ青な双眸が覗く。凍り付いた底無しの湖だ。
「FBIにそんな制度はない」
「名前は?」
「ラニウス・ルーラー 」
「"Ruler(統治者)"? たいそうな名前だ」
「Mr."Bachman"」ラニウスは「お祖父様はスティーブン・キング*か?」*Richard"Bachman"=スティーブン・キングのペンネーム
アレクシス・バックマンは冷ややかな男で、そしてスティーブン・キングをそれなりに読むらしい。
少なくともそれがラニウスから見た第一印象で、対するアレクシスはもっと慎重で、懐疑的だった。自分に対しても他人に対しても。アレクシスはまだラニウスに対する第一印象すら決めていなかった。
「俺の財務状況を垂れ流していたクソ税理士の話じゃ、その税理士の世界一恐ろしい親父が従えてる戦闘サイボーグが来るって話だったんだがな」
「誰しも明日食べていくことすらできなくなるほど追い詰められれば、目の前の一瞬を切り抜けるためにどんな嘘でもつくだろう」
「いやいや、期待通りで逆に驚いたよ」アレクシスは皮肉げに笑った。美しい男だった。「俺はただ、俺が頼んでいた仕事はもう頼まないと言っただけなんだが」
「その一言で路頭に迷う人間がいると諌めて欲しいのか、それとも、いち税理士の年収を一人で支払っていた羽振りの良さを称えてほしいのか?」ラニウスはまだダイニングに一歩踏み込んだ位置から動いていなかった。「生憎俺は、此処で仕事を貰えなくともなんら問題ない。ニューヨークまでのフライトも小旅行だと思えばいい」
「FBIを辞めたんじゃ?」
「まだ片足を突っ込んだままだ」
「もう片足で俺を守れるのか?」
「出来る出来ないの話なら、出来るな」
「自信過剰」アレクシスはシステムキッチンのシンクに手をついた。いちいち絵になる仕草で「それとも自意識過剰と言うべきか……」
「どちらでも好きに解釈してくれていい。いずれにせよ、事実を正しく認識できない奴は早晩死ぬ」
「年齢は?」
「三十三」
「五つ上。今日は何処から来た?」
「マイアミ」
「一番長くやったことのあるスポーツは?」
「テニス」
「いつからスキンヘッドに?」
「十年前」
「誰かに振られた?」
「いいや。ザハドの砂漠地帯に長くいて、そこでは何もかもを節約する必要があった。水はその最たるものだ。だからその時に全身の毛を剃った」
「ふん」アレクシスがラニウスのすぐそばまで来た。「存外肌が綺麗なのはそのせいか」
「どうも」
「サングラスをかけてるのはシャイだから?」
「視線の動きを悟られないためだ」
「つまりシャイなんだな」
アレクシスはアイランドキッチンの側に置かれたダイニングテーブルの椅子を引いた。「座って話そう。見込みがある」
何人もの希望者が座ることのできなかったダイニングチェア(それは食卓を囲むためのものだが、アレクシスは殆どその椅子もテーブルも物置きや撮影台として使っていた)へラニウスが座ると、アレクシスはその側に立ってラニウスを見下ろした。
「何が得意?」アレクシスはだしぬけに聞いた。「何が出来る? 他人よりも自分が優れているところは?」
ラニウスがわずかに眉を浮かべる。濃いサングラスの縁から現れたそれは形がきっかり平行線で整っていて、さほど太くない。
ラニウスはかすかに首を捻って、それから答えた。
「沈黙の使い方」
「かっこいいな。で、何言ってるんだ?」
ラニウスは人差し指を立てた。アレクシスは片眉だけ浮かべた表情のまま黙った。
ラニウスが人差し指を立てた手とは逆の手を差し出す。
アレクシスの目がラニウスの白く広い手のひらをじっと見て、それからそっと自分の手をそこに乗せた。
「緊張してるな」ラニウスが言った。「警戒心が強い。猜疑心と虚栄心の強さはその裏返しだ。他人を信じていない。だから質問ばかりして、主導権を決して手放そうとしない」
アレクシスは動揺を見せなかったが、わずかに細めたその目には古いナイフのような錆びた色が過ぎった。
「成程、その手の上から目線はお手のものというわけだ。さすが天下の連邦捜査局のエリート、感心したよ。一息でよくここまで人をイラつかせてくれる」
「この程度のことは特別なスキルじゃない」
ラニウスが広げていた手のひらをひっくり返すと、今度はアレクシスの手のひらにラニウスの手が乗った。
「脈拍を測ってみろ」
「心理テストの次は命令?」
「謝罪の代わりに種明かしをしようと思って」
アレクシスは怪訝そうだったが、頑なに拒む方が彼の美学に反するらしい。ラニウスは隣の椅子に座ったアレクシスに身体ごと向き直り、右腕を差し出した。
「訓練すれば指先でもおおよその脈拍を測れるが、慣れるまでは手首や顎の裏、頸動脈、それか直に心臓のある位置で測ればいい」
ラニウスの右手首にはブレスレットも腕時計もなかった。筋肉でコーティングされた腕は太いが、手首はその対比で綺麗なくびれを描いている。
「通常の心拍数は一分間に60から80、一秒に一回程度。まさに今この時の俺の脈拍がそれだ。これが運動や緊張、興奮によっては一分間に100を超え、命の危険に晒されるような致命的な状況では一分間に175回まで加速する」
手首に太く浮き出たラニウスの静脈をアレクシスの指が軽く抑える。指は健康的だが白く、全ての指先には綺麗に形を整えられ、表面が滑らかに整えられた爪がついていた。親指と中指にそれぞれシンプルなシルバーリングが嵌められている。
「訓練された者なら、高ストレス下でも脈拍は75回程度に抑えられる。だが表情や声は誤魔化せても、心臓を誤魔化せる奴はそういない」
「つまり——」
アレクシスの指が突然動き出し、ラニウスの静脈をなぞった。
ラニウスが視線を上げると、アレクシスの顔は想像よりもさらに近くにあった。
「————俺を前にしてちんたら動く心臓の持ち主であるあんたは、只者じゃないって言いたいのか?」
「ニューヨークじゃいちいちマウントの取り合いをしなきゃならないのか、大変だな。だが俺はマイアミ育ちだ」
「さっき、」アレクシスが白い手でラニウスの手首を掴んだ。「少し脈が乱れたな」
「お前の脈だろう」
「俺がどきどきしてるって?」
アレクシスの指は驚くほど冷えていて、目で見て確認せずともそれがどのようにラニウスの腕を伝って動いているのかがはっきりと分かった。ラニウスは最早鼻先まで迫ったアレクシスから目も顔も背けることはできない。それは安全の為だった。
アレクシスは見透かせるはずのないラニウスのサングラスごしに、まるでその奥が見えているかのような強い眼差しを向けた。
「ミスター____いつもこうやって女を口説いてるのか?」
面倒な男だ、とラニウスは思った。話が一向に進まない。こちらが一つ言ったことに対して、頼んでもいない的外れなことを二つも三つも気にしだす。
これが生来の性格なのか、そうでないのだとすればよほど酷い目に遭ってきたのだろう。
「この手で口説いたのは男だ」
ラニウスは答えた。聞かれたことにだけ率直に。
アレクシスが面食らった様に目を見開き、そして初めて黙った。
ラニウスは最早この仕事を受けることを放棄していた。この場に来た時点でレイリーの面子は立てたのだ、結果までは問われない。性的嗜好としてラニウスは間違いなく男も女も恋愛対象であったし、事実、先程の手口で口説いたのは男だった。
ラニウスはアレクシスが数秒後には自分から離れ、そして当たり障りのない言葉か、あるいは当たり障りまくりの言葉でこちらを追い出しにかかるだろうと思っていた。
だが、そうはならなかった。アレクシスが面食らっていたのはほんの数秒で、次に彼はニヤリと微笑んだ。
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