女嫌いの旦那様、その愛本物ですか?

カエデネコ

文字の大きさ
78 / 79

(番外編)嫉妬心は憎しみとなる⑤

しおりを挟む
 これはどういう状況だ?

 俺は兵を連れて公爵領に乗り込んだ。しかし逆に俺が責められることになった。父王から厳しく叱責され、王位継承権を奪われ、今は部屋に謹慎中だ。

 公爵領に勝手に侵入したことがそんなに悪いことか?たかだが臣下の領地じゃないか。臣下の物は王家の物だ!

 ぎりっと奥歯をかみしめる。なぜ俺が幽閉のようなことをされているんだ?腹がたったから、食事を拒否し、まともに食べていないため、力が入らず座り込んでいる。

 なにより腹が立つのは、アルバートにすべてを奪われたことだ。あいつはシアの心をどうやって手に入れた!?

 フランは俺とシアの子なのに、アルとの子供だとシアは言い切った。その言葉にすべてが詰まっていた。俺とはなんの関係もないし、もはや関わりたくもないということだ。捨てられたのは……俺のほうか?

 ドンっと拳で壁を叩く。憎しみが沸き起こる。アルバートをいますぐ消し去りたい。

 トントンと扉をノックされる。こちらから開けれないから、それはパフォーマンスだろう。入りたいなら外側のカギを開けて入ってくればいい。

 相手は俺の返事すら待たずに開けた。

 目の前に憎らしいアルバートが立っていた。いつもと変わらない美しい顔に微笑みを浮かべている。

 おまえからくるとはな!俺はどうやってアルバートを傷つけてやろうか考えた。

「怖い顔してるなぁ。これってオレが恨まれているのか?」

「わかってるなら来るな!」

「シアにさんざんひどいことをした男の末路をあざ笑いにきただけだよ」

 これが本性。アルバートは実は怒ると怖い。そう皆が言っているのを聞いたことがあった。目の前の男は怒っていた。もしかして俺以上に怒っている気がした。人は自分以上に怒っている者を見たとき、我に返ると言うが……まさに俺はそうだった。アルの笑顔に背筋が寒くなった。 

 ……笑っているのに怖い。目が笑っていない。むしろ絶対零度の凍土のように目が冷たい。俺は腹が減りすぎて動けないことを、今、心底後悔した。アルが何をしにきたのかなんとなくわかる。

「フランが次期王としての教育を受けることを決めたよ。オースティンはもう用なしってわけだ」

 俺に対する敬称すらつけないところを見ると、今の俺は罪人扱いか?

「ブリジット地方の領地に引きこもるなら、オレは許すと陛下に言ったら、それで許してくれるならそうすると言ってくれた。領地に侵略したわりに優しい罰じゃないか?いや、それとも陛下もほとほと君に呆れて目の届かないところへやりたいのかな?」

「ブリジット地方だと……どこがだっ!!あの極寒の地の不毛の領土で、どうやって生きろと言うんだ!!」

 アルはどの口が言うんだろう?と言って、服の袖からスッと抜き取った銀色の短剣を出した。刃が黒い。その黒さにギクリとした。

「あ、わかるか?毒を仕込んである。これをあげるよ。今、ここで自害するかそれともブリジット地方へ行くかどっちか選んでほしい」

「自害などするかっ!ブリジット地方にもいくわけがな……ぎゃあああ!」

 金属の刃が俺の耳をかすめた。黒い刃は見てわかるように傷1つで致死量である毒が塗ってある。カタカタカタと俺の体が震えだした。

「大丈夫だよ。君が自害するなんて思ってない。そんな勇気もないだろう?オレが手伝ってあげるよ。もう一度聞くけど、ブリジット地方に引きこもるよなぁ?」

「……俺がここにいれば、フランの邪魔になるからか!?」

「わかってるじゃないか。フランが成長し、玉座につくときに、王位継承権を主張されても困るんだ。さっさとそういう芽は摘んでおきたい。どうする?ブリジット地方へ行くよな?それとも自害を手伝ってほしいか?選べ」

 黒い刃を目の前でちらつかせる。悪人すぎるだろう!?アルは天使のようだと父王は言っていたが、これでは悪魔だ!!

「それにシアの周りをうろつかせたくない。おまえが彼女にしたことをオレはなんとなく察している。シアは言わないというか……心の傷が深すぎて言えないのだろうと思う。ここで刺せばオレの気分は最高なんだけどな。選ばせてやってるだけ偉いだろ?」

 抑揚のない声音で淡々と話す。やり手の若い公爵。そういわれているアルバートは単なるお坊ちゃんじゃないことが嫌というほど、この瞬間わかった。

「くっ……ブリジット地方へ……い……いく」

 アルが一枚の紙を出し、グッと俺の腕をつかむ。小さい針を取り出し、俺の指につきたてた。動けない俺はなされるがままだった。

「いっ!?」

 紙に親指を押し付けられた。

「血判をもらっとく。『この契約を違えた時は死を持って償います』って書いてあるの読めるか?」

「おまえ!!どこまで悪魔なんだっ!!」

「うるさい。フランが王になると決めたからには全力でそれを支援したい。邪魔者は排除するのは基本だ。王はただでも敵が多いんだからな。可愛いわが子のつゆ払いだ」

「わが子って……フランは俺の子どもだろう!!」

「違う。もうオレとシアの子だ。あきらめろ。今まで行ってきたことを悔いて、寒い地で暮らせ。元気でな」

 待てえええ!という俺の声もむなしく、することだけするとアルは扉を閉めて行ってしまった。なんてやつだ!!

 恐ろしい目にあった。あれが本気のアルバート。天使の微笑みなんて言ってる父や他の奴らにみせてやりたい。

 ふと静かになった部屋で一人になったことに気付く。

 ―――寂しい。孤独。空虚。

 なんだこの結末は?なにもかも持っていたはずの王子が、なにもかもなくした。

 あの美しい青い目をしたシアを最初から普通に愛していればこうなっていなかったのか?それともアルバートに嫉妬心を持たず、関わらなければよかったのか?
 
 憎しみを通りこして、虚しさだけが残った。

 ひねくれたねじ曲がった形の愛しか俺は示せなかった。本物の愛の形を彼女に贈っていれば俺にも贈りかえしてくれたかもしれない。

 この後、イザベラがどうしたと聞いたら『あの女はオースティン殿下と共に断罪されるのは嫌だと言って逃げ出しましたよ。あなたが与えた宝石やドレスごと持って消えました』ということだった。

 物や地位がなくなったらこんなものか……と苦笑した。

 偽物の愛しか俺には残らなかったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...