天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ

文字の大きさ
265 / 304

クロエの葛藤

しおりを挟む
「両親が優しくて理解があっていいじゃないか」
  
 お祖父様が朗らかに言う。カラカラと馬車の車輪が回る。整備された道は走りやすい。この道路をしっかり整備したのもお父様だという。商売や人の交流には道が欠かせないし、行き交う場所が通りやすくなれば流れもスムーズになるとお祖父様が商人としてはありがたいねと笑う。

 獅子王と呼ばれるお父様のすごさが城の外にいると余計に感じられる気がした。

 娘には激甘なんだけど……。

「わかってるわ。でもなんだかわからないけど反発しちゃうのよね。優しい目で2人とも私を見てくれてるのにもどかしいの」

「クロエの心は今、成長過程だな」

「お祖父様もそんな時あった?」

「ハッハッハ!あったさ!クロエより遅かったかもしれないな。お祖母様に会ったときが一番の反抗期だったかもなぁ」

 なにせ世界商人の五家と呼ばれる名門の家一つである当主でありながらも、飛び出したからなぁ~となんだか穏やかじゃないことを言っているが、血筋なのかもしれないとわたしは思った。

「それより、髪の毛いいのか?」

 お祖父様がバッサリ切った私の髪を見て苦い顔をした。

「いいのよ。旅をするには女の子より男の子のほうが身軽なんだがなぁって、お祖父様が言ったんじゃないの」

「……いや、そうだが、まさかなぁ……そこまでするとはなぁ……」

「わたしは本気なの!大丈夫よ。カツラを作っておいたから王宮へ戻ったら、伸びるまでそれをつけておけばいいもの」

「たくましいなぁ。そうしているとウィリアムそっくりだな」

「あんなグチグチしてるウィリアムと比べないでちょうだいっ!本当は自分のやりたいことも好きなこともあるくせに言えないで、皆から言われるままに教育受けてるんだからっ!」

 クロエ……と優しい声でお祖父様が声をかけてきた。

「ウィリアムもおまえ同様、お祖父様の孫で可愛いと思っているし、責任感があって良い子だと思う。クロエはクロエで賢くて可愛いくて好きだ。いいか?人のことを貶めると自分に返ってくる。それにウィリアムのこと別に嫌いなわけじゃないだろう」

「うん。嫌いではないわ。見てるとイライラするだけで……」

 あっちもあっちでわたしのことを見て、イライラしてる。いつも反発しないで、お利口にしているウィリアム……わたしと正反対だけど悩んでることがあるってわかっている。だから最近、わたしとウィリアムは仲が悪い。お互いのことわかりすぎているからなのよね。

「そうだろう?ウィリアムのことをそんなふうに言わないようにな」

 どうやら叱られたらしい。わたしは渋々だったが、うなずいた。それで満足したお祖父様はさあ!商売の始まりだ!といきいきと馬車を走らせる。

「クラーク伯爵様じゃなくて、普通の馬車で行くの?」

「もちろんだ。この姿で商売することが肝心なんだ。貴族相手だとぺこぺこし、名もない商人であればとバカにするような相手と商売してもロクなことにならない。己の身分が低い時、親切にしてくれる人を大事にすることだ。それが人脈となれば、大きな力になる」

「なるほど……そうやって世界中に人脈を作ってきたのが世界商人ってわけなのね」

 そのとおり!とお祖父様は貴族に似つかわしくない粗末な馬車を自分の手で走らせる。

 青空が広がる。わたしは自由だと空を見上げた。

 ……うーん。でも正しくは違うわね。お母さまとお祖父様の庇護下のもとでの安全な旅なのよね。お母様にはやっぱり敵わない。手紙と旅装、旅行鞄など用意周到にされていた。

 まるでわかってるのよと言わんばかり。

『私の賢い娘のクロエ。気を付けていってらっしゃい』とだけ手紙に書いてあった。その一文に含められているのは様々な思い。それを読み解くのは難解だ。なにせお母様だもの。短いのに重い。

 とりあえずは束の間の自由っぽいことを楽しもう。遠くなる王都を感じてそう思ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...