犬、やめました。【コミカライズ企画進行中作品】

花澄そう

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遅すぎる自覚

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さっきまではアキラに無視されて泣きそうだったのに、ただ返事を返してくれる事に小さな喜びを感じてしまう。

何これ。
私、完全に変。


そんな中、急に何人か同じエレベーターに乗ってきてしまい、アキラは観念したように渋々開けるボタンから指を離し、ドアが閉まった。


小さく舌打ちが聞こえた気がしたけど、きっとあれは気のせいではなく、隣にいるアキラだろう。

やっと動き出したエレベーターは何回かドアが開いて、私とアキラだけが残った。

そして最後にアキラの家があるほぼ最上階の階に止まり、ドアが開くとアキラが言った。

「いますぐ帰れ」と。

ふと見ると、エレベーターの1という数字が光っている事に気付く。

「嫌っ!ちゃんと返すのを認めてくれるまで帰らない!」
「別に恩なんて売ってねぇから」
鬱陶うっとうしそうに言いながら降りるアキラに続いて私も降りようとすると「降りんな」と背中越し言われ、胸が痛む。

完全に私を拒否している。
数日前に一緒に朝日を浴びながら朝ごはんを食べたのが嘘みたいに。

「そうだったとしても、アキラに学費を出して貰う義理なんて無い。そんなの嫌なの!」
そう言って降りると、はーっと長いため息をつかれる。

「ほんと……お前は聞き分けねぇな」

困ったように言うアキラは、前髪を揺らし上半身だけ振り返った。


髪の隙間から不機嫌で綺麗な切れ長の目がこちらを見る。

今日、初めて目が合った。
そんな事だけでなぜか嬉しく感じて、ぶわっと鳥肌が立った。

少し前までは、鋭いその目が怖くて憎たらしいだけだったのに、今はその目に見つめられるだけで……

こんなにもドキドキしてしまう。

好きって自覚するって恐ろしい。


「いいか?
今すぐ帰らねぇんだったら、お前が拒んでも、また俺の犬に戻すからな」
指さしてそう言われて瞬間、思ってしまった。

『また、前みたいに戻らせてくれるの?』って。


失恋前提の恋愛なんて不毛なのに。

アキラにとってさっきみたいに空気以下のような扱いをされるくらいなら、まだ犬の方がマシだと思ってしまう自分がいて……
まともな思考を邪魔する。

こうやって、この世に男に都合のいい女が出来上がって行くのだろうか。


『空気以下の女』と『都合のいい女』だったら、今は都合のいい女がいい。

後で、この選択のせいで泣きを見るかもしれない。

でも、私の存在自体まで拒否される以上に辛い事なんて無いと思うから。



だから私はこう答えた。

「………………いいよ」
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