ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第5章 本当の気持ち

第14話

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耳元で聞こえた物音にうっすらと目を開けば、太陽の光が瞼を擽る。



「……璃桜」

「……ん、とし、ぞ……?」

「……大丈夫、か?」



目を開けば、目の前にあった歳三の顔。驚いて、ばっと距離をとる。



「……おはよ、歳三……今戻ってきたの?」

「……ああ、んだよ、元気じゃねぇか」



ふっと笑いながら小用具を外す歳三の顔は、僅かだが隈が出来ていた。

そりゃそうか、この人、最近全然休めてない。隣に寝ている姿をほとんど見ていなかった。



「……歳三? 大丈夫?」

「何だよ、そりゃ、こっちの台詞だ」



くぁ、と欠伸をして、肩を回す歳三を見ていたら、段々と頭が覚醒してくる。

八月十八日の政変は、危険な事は何も起こらなかったはずだけれど、皆は無事なのだろうか。



「何も、無かったの」

「ああ、ただねみぃだけ」

「みんな、無事?」

「無事だ、……てか」




肩を回し終えて伸びをした歳三は、じっと私の事を見ながら言葉を紡ぐ。



「お前知ってるだろ、そんくらい」

「知ってる、けどさ」



真実がどうかなんて、分からないもの。

そう呟いた私に、何処か違和感を感じたのだろうか、歳三はずい、と私の顔を覗き込む。

行き成り近くなったその端正な顔に、思わず布団の端をぎゅっと握り締めた。



「璃桜、お前、どした?」

「……ん、ちょっと」



あの日、キスをしてから、ちゃんと目を見て、二人きりで話すのは今日が初めてだった。

こんなに少しだけしか話していないのに、ここ最近のごたごたで凄く疲れているだろうに、私の微妙な違いに気が付いてくれる。

胸の痛みに、きゅう、と心が泣く。歳三の事が、やっぱり好きだと思った。

どうしたって、その痛みを捨てることは出来ない。



「……夜、話ある」

「は?」

「真面目な、話」



ちゃんと、傍に居たいと、そう思った。

だから、私は今日、歳三に話すと決めた。



「……分かった、今日の夜な」



一度目を逸らした歳三だったけれど、しっかりとその目を見つめる私の様子に、もう一度私の琥珀色の双眸をちゃんと見据えて、深く頷いてくれた。



「水浴びてくるわ」



そう言って引き出しから手拭い取り出し、そのままそれを肩にかけ、着流し姿で部屋を出て行った。

歳三を見送りついでに、私も布団から出る。自分の布団を畳んで寄せた時、ふと思いついて、歳三の布団に手を伸ばす。

部屋の隅に畳んである布団を、敷いておこうと思った。

あの隈のでき方ならきっと水浴びから帰ってきたらすぐに布団に潜り込むだろうから。



「よし」



立ち上がってもふらつかないし、今日はもう気分も悪くない。

寝巻代わりにしていた着流しを脱いで、晒を巻き直す。

手慣れた順序で着替えを済ませ、からりと襖を開けば、途端に差し込む強い日光。

ぎらぎらと空の中心でその存在を主張する太陽を見上げれば、5か月前の、殿内さんの言葉が、蘇る。



“太陽の光を借りて仮初かりそめに輝く月なだけだ”



私は、太陽に照らされるだけの月は嫌だと思っていた。

ここに来てずっと、自分も光りたいと、輝きたいと、そう思っていた。

だけど、漸く。月にも、大事な役割がある事に気が付くことが出来た。


あの優しい時代で、月の勉強をしたことがある。その時、理科の先生が教えてくれた。

月がなければ、海の満ち引きは起こらない。月がなければ、地球の自転は早くなり、一日は短くなる。

月がなければ、自転軸の傾きが保たれなくて、気温変動が起き、豪雪地帯に砂漠が出来るかもしれない。

月は、地球の盾なのだ、と。


私は、太陽にならなくても構わない。

ただ、貴方の光を浴び続けることが出来て、そしてこの場所を護ることが出来るなら、それで構わないの。

ぎゅっと拳を握りしめて、太陽に翳かざした。

今日は皆、疲れているだろうから出来ることは手伝おうと、気合を入れる。

そんな私を、いつもと変わらず太陽だけが見下ろしていた。






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