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第一章 移住編

14. アルブの森 ◇

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 翌朝早く、私はアルブの森へ向かった。フェリクス殿下やパトリック様、ロベール様も一緒だ。

 アルブは王都のすぐ近くにあり、草が青々と生い茂る豊かな森だった。東の端寄りには小さい川も流れている。
 危険度は低いが魔物が出没するため、一般人はあまり近寄らないそうだ。そのおかげで人の手が入らず、これだけの植物が残っているのだろう。
 ここなら色んな薬草が採れそうで、考えただけでわくわくする。だけど、今は国王陛下のご病気を治すことが先決だ。

「ヴァベイネはこんな感じの、紫の花で細長い葉の草です」
「この広さの中から見つけだすのは、厳しくないですか?」

 うへぇという顔をするパトリック様を、ロベールが文句を言うな、とはたいた。
 でもパトリック様の嘆きも分かる。これだけの種類の雑草から、目的のものを探すのはかなり困難だ。

「乾燥に弱い草だから、水場の近くにあると思うのですが……」
「分かった。川沿いを中心に、手分けして探そう」

 川岸の草をかき分けながら、四人で上流へ向かう。
 だけど背の高い雑草に阻まれてなかなか進まない。
 
「アニエス殿、これじゃないですか?」
「よく似てるけど、葉の形が違いますね」
「これもダメかー」
 
 皆さんこれは、という草を持ってきてくれるが、どれもヴァベイネではなかった。
 本当にあるのだろうか……。そんな不安に襲われるが、弱気になっている場合じゃない。
 何としても、今日中に見つけるのよ。

「そのヴァベイネという薬草を使った薬が、精霊病に効くのか?」
「精霊病だけに効くというわけではないんですが。ヴァベイネの薬には、異層との繋がりを断つ効能があるんです。えーと、今の陛下は、精霊に印付けマーキングされた状態だから」
「匂い消しみたいなものか」

 そんなことを話していたからだろう。
 周囲に対する警戒が薄れていた。
 キュッという動物の鳴き声が聞こえ、殿下が素早く反応する。

「きゃっ!」

 私に飛びかかってきた何かを、殿下がとっさに剣の柄で払った。
 魔獣だ。
 毛を逆立たて、シャーッと唸りながらこちらを睨みつけている。

「ダナリンクスだ。アニエス殿、下がって!」

 ダナリンクスは鋭い歯を持っている魔獣だ。身体は小さいけど気が荒い。うっかり彼らの縄張りに迷い込み、噛まれて怪我をした者もいると聞く。
 
 騒ぎを聞きつけたロベール様とパトリック様が駆け寄ってきた。私たちを庇うように立ち、剣を抜く。
 周囲には十匹近いダナリンクスがいた。
 おそらく、もっと前から潜んでいたのだろう。彼らと違って嗅覚も聴覚も鈍い私たちが、気付かなかっただけだ。

「囲まれましたね」
「俺たちで何とか退路を確保する。アニエス殿は、その隙に避難を」
「大丈夫ですよ」

 私は右手を上にあげ、風の精霊を呼び出す。
 小さな球の形に風を凝縮させていく。そして、それを一気に解放した。
 
風の喧騒ヴァン・ノイズ!」
 
 爆音が響いた。
 
 耳がきーんとなり、何も聞こえなくなった。
 しまった。術を使う前に、耳を覆うよう皆さんに注意しとくんだった。
 ようやく耳が聞こえるようになった頃には、ダナリンクスたちの姿は見えなくなっていた。

「ごめんなさい!耳は大丈夫ですか」
「ああ。今のは精霊術による攻撃魔法か?」
「いいえ、大きい音を出すだけなんです。ダナリンクスは大きな音が苦手だから」
「また襲われたりしないですかね」
「しばらくは怯えて近寄らないと思います」

 私たちは周囲に注意しながら、また薬草探しに没頭した。
 そうして数時間経った頃だろうか。

「アニエス殿、これではないか?」

 ロベール殿の持ってきて下さった草が当たりだった。
 良かった。見つからなければ、夜通し探すことも覚悟していたから。

「どのくらい必要だ?」
「念のため、二十束ほど。根は抜かず、土の上から切り取るようにお願いします」
「根は必要ないのか」
「ええ。それに、今後も必要になるかもしれないでしょう?根を残しておけば、また生えてくるから」
 
 薬草を持って王宮へ帰った頃には、夕刻になっていた。

 少し休んだらとフェリクス殿下は気遣って下さったが、お師匠様は陛下につきっきりで回復魔法をかけ続けているのだ。私だけ安穏と休むわけにはいかない。
 私は夕食を取った後、すぐに調合へ取り掛かることにした。
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