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第三章 砂漠の花嫁編
113. 御前試合(1) ◇
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晴れ渡った空の下に歓声が響く。
今日は王都の闘技場で御前試合が開かれているのだ。
観客席の一番高いところ、屋根のついた特別席に国王陛下と王妃様がいらっしゃる。その両側には王族の方々。アニエス様とシャンタル様のお姿も見えた。
今回参加する騎士は20人。トーナメント形式であるため、5回勝利すれば優勝だ。
私は次の試合に向け、入念に剣の刀身を拭いた。
第1回戦はなんとか勝利することが出来た。それなりに修練を積んできたつもりだが、それは対戦相手だって同じだ。気を引き締めてかからないと。
「第2回戦第3試合、ナタリー・アルシェ対コーム・ダロンド!」
名を呼ばれ、舞台へと上がる。
コームはイアサンの取り巻きで、先日アニエス様やニコル先輩をバカにした連中の一人だ。
頭を振って、力みそうになる自分を抑える。ニコル先輩が言っていたじゃないか。いつ如何なるときでも冷静にならなければ。
「試合開始!」
コームはなかなか鋭い剣を放ってきた。
だが私は剣で、あるいは身体をずらして躱した。ケレン味の無い、悪く言えば単純な動きであるため剣筋が読みやすい。
相手が剣を上段に構え、大きく振りかぶった。隙ありだ。
私は一歩踏み込んで、コームの喉先へ剣を突きつけた。
「それまで!勝者、ナタリー・アルシェ!」
観客席からわああという歓声が上がる。
ふうと息ついて剣を仕舞い、舞台から降りようとしたその時。
突如、左わき腹に衝撃と痛みを感じた。
「ぐうっ……」
コームが剣を手にしている。私の不意を突いて、後ろから刺したのだ。
咄嗟にわき腹を押さえると血がじわりと滲んでいる。
「卑怯だぞ!」
「勝負はもう着いてるのに」
観客席からブーイングが上がり、彼は審判に引っ立てられていった。
「これは応急処置にすぎません。棄権した方が良いと思いますが……」
私の傷に血止めの薬を塗りながら、医務官が心配そうな顔で告げる。
心配してくれているのは分かるが、それでは不戦敗になってしまう。イアサンを叩きのめすまで引き下がるわけにはいかない。
「大丈夫です。試合が終わったらきちんと治療を受けますから!」と努めて明るく答えて、医務室を後にした。
そして迎えた3回戦。
大丈夫だ。痛みは大したことない。自分にそう言い聞かせて、対戦相手であるイアサンと向き合った。
彼のニヤニヤとした顔が癪に障る。
相手が女と思って舐めているのだろうか。だが、舞台の上では剣が全てだ。鍛え上げられた技の前に、男も女もあるものか。
試合開始の合図と同時に構えの体勢を取る。イアサンは腰を落とした構えから、数歩で間合いを詰めてきた。
早い。流石に威張るだけはある。
横ざまに振るわれた剣を、私は一歩下がって避けた。
見たことのない型だ。
これがコデルエ家に伝わるという剣技なのだろうか。
なかなか踏み込む隙が見つけられず、私は防戦一方だ。対して、イアサンは執拗に低い位置を攻めてくる。
紙一重で避けて切り込むしかない。
そう考えて間合いを詰めたが、奴の剣の方が早かった。切っ先が左脇をかすめ、傷口に当たる。
「つっ……!」
腰の辺りがじわりと温かい。包帯をきつく巻いてきたが、濡れている感覚がある。血が滲んできたらしい。
「ナタリー、逃げてばっかりじゃないか。そんなんで護衛騎士が務まるのか?」
そのバカにするような語り口に、ひらめくものがあった。
処罰を承知で私に傷を負わせたコーム。そして、低姿勢の攻めを得意とするイアサン。
……謀られた。
「お前たち、私を嵌めたのか。卑劣な……!」
「何のことか分からないな。……ああ、そういう事にしといてもいいぜ。俺たちに謀られたって事にしたら、負けた言い訳になるもんなあ?」
「貴様の方こそ、仲間の手を借りなければ私に勝てないからこんな事をしたのだろう。騎士として、情けないとは思わないのか!」
「何だと!?」
ずっとニタニタしていたイアサンが突然、怒りの表情に変わった。
「俺は栄えあるコデルエ家の息子だぞ。父親や兄貴のおこぼれで騎士になった奴に、この俺が劣るわけがあるかっ」
「うちの父様や兄様は、家族だからと贔屓する人じゃない。それに、親の七光りというならお前も同じじゃないか」
「はっ!一緒にするんじゃねえ。弱っちい女が騎士になれるなんて、コネ以外に何がある。その上、護衛騎士になろうなんて生意気なんだよ。王族にすり寄って、そんなに出世したいのか?浅ましいやつ」
けっと言いながら奴が唾を吐吐いた。
出世したい、という点は否定しない。
騎士として身を立てるなら、名誉や栄達を望むのは当然だろう。だけどこの国を、そしてアニエス様をお守りしたいという気持ちも本当なんだ。
これ以上、こいつと会話しても無駄だ。
私は剣を握りなおしてイアサンへと向かっていった。
今日は王都の闘技場で御前試合が開かれているのだ。
観客席の一番高いところ、屋根のついた特別席に国王陛下と王妃様がいらっしゃる。その両側には王族の方々。アニエス様とシャンタル様のお姿も見えた。
今回参加する騎士は20人。トーナメント形式であるため、5回勝利すれば優勝だ。
私は次の試合に向け、入念に剣の刀身を拭いた。
第1回戦はなんとか勝利することが出来た。それなりに修練を積んできたつもりだが、それは対戦相手だって同じだ。気を引き締めてかからないと。
「第2回戦第3試合、ナタリー・アルシェ対コーム・ダロンド!」
名を呼ばれ、舞台へと上がる。
コームはイアサンの取り巻きで、先日アニエス様やニコル先輩をバカにした連中の一人だ。
頭を振って、力みそうになる自分を抑える。ニコル先輩が言っていたじゃないか。いつ如何なるときでも冷静にならなければ。
「試合開始!」
コームはなかなか鋭い剣を放ってきた。
だが私は剣で、あるいは身体をずらして躱した。ケレン味の無い、悪く言えば単純な動きであるため剣筋が読みやすい。
相手が剣を上段に構え、大きく振りかぶった。隙ありだ。
私は一歩踏み込んで、コームの喉先へ剣を突きつけた。
「それまで!勝者、ナタリー・アルシェ!」
観客席からわああという歓声が上がる。
ふうと息ついて剣を仕舞い、舞台から降りようとしたその時。
突如、左わき腹に衝撃と痛みを感じた。
「ぐうっ……」
コームが剣を手にしている。私の不意を突いて、後ろから刺したのだ。
咄嗟にわき腹を押さえると血がじわりと滲んでいる。
「卑怯だぞ!」
「勝負はもう着いてるのに」
観客席からブーイングが上がり、彼は審判に引っ立てられていった。
「これは応急処置にすぎません。棄権した方が良いと思いますが……」
私の傷に血止めの薬を塗りながら、医務官が心配そうな顔で告げる。
心配してくれているのは分かるが、それでは不戦敗になってしまう。イアサンを叩きのめすまで引き下がるわけにはいかない。
「大丈夫です。試合が終わったらきちんと治療を受けますから!」と努めて明るく答えて、医務室を後にした。
そして迎えた3回戦。
大丈夫だ。痛みは大したことない。自分にそう言い聞かせて、対戦相手であるイアサンと向き合った。
彼のニヤニヤとした顔が癪に障る。
相手が女と思って舐めているのだろうか。だが、舞台の上では剣が全てだ。鍛え上げられた技の前に、男も女もあるものか。
試合開始の合図と同時に構えの体勢を取る。イアサンは腰を落とした構えから、数歩で間合いを詰めてきた。
早い。流石に威張るだけはある。
横ざまに振るわれた剣を、私は一歩下がって避けた。
見たことのない型だ。
これがコデルエ家に伝わるという剣技なのだろうか。
なかなか踏み込む隙が見つけられず、私は防戦一方だ。対して、イアサンは執拗に低い位置を攻めてくる。
紙一重で避けて切り込むしかない。
そう考えて間合いを詰めたが、奴の剣の方が早かった。切っ先が左脇をかすめ、傷口に当たる。
「つっ……!」
腰の辺りがじわりと温かい。包帯をきつく巻いてきたが、濡れている感覚がある。血が滲んできたらしい。
「ナタリー、逃げてばっかりじゃないか。そんなんで護衛騎士が務まるのか?」
そのバカにするような語り口に、ひらめくものがあった。
処罰を承知で私に傷を負わせたコーム。そして、低姿勢の攻めを得意とするイアサン。
……謀られた。
「お前たち、私を嵌めたのか。卑劣な……!」
「何のことか分からないな。……ああ、そういう事にしといてもいいぜ。俺たちに謀られたって事にしたら、負けた言い訳になるもんなあ?」
「貴様の方こそ、仲間の手を借りなければ私に勝てないからこんな事をしたのだろう。騎士として、情けないとは思わないのか!」
「何だと!?」
ずっとニタニタしていたイアサンが突然、怒りの表情に変わった。
「俺は栄えあるコデルエ家の息子だぞ。父親や兄貴のおこぼれで騎士になった奴に、この俺が劣るわけがあるかっ」
「うちの父様や兄様は、家族だからと贔屓する人じゃない。それに、親の七光りというならお前も同じじゃないか」
「はっ!一緒にするんじゃねえ。弱っちい女が騎士になれるなんて、コネ以外に何がある。その上、護衛騎士になろうなんて生意気なんだよ。王族にすり寄って、そんなに出世したいのか?浅ましいやつ」
けっと言いながら奴が唾を吐吐いた。
出世したい、という点は否定しない。
騎士として身を立てるなら、名誉や栄達を望むのは当然だろう。だけどこの国を、そしてアニエス様をお守りしたいという気持ちも本当なんだ。
これ以上、こいつと会話しても無駄だ。
私は剣を握りなおしてイアサンへと向かっていった。
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