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第三章 砂漠の花嫁編

115. 月夜

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「ジェラルド。貴方、少ぅし婚約者と仲良くしすぎなのではないこと?」

 国王夫妻に呼ばれた俺は、義姉上から開口一番に嫌みをぶつけられた。
 
 そう言われても仕方がないかもしれない。昨夜もシャンタルを私室へ連れ込んで共に過ごしたばかりである。
 今月で何度目だったか……。
 少し仕事が落ち着いた時期なのもあって、ついつい逢瀬を繰り返してしまった。
 私用エリアとはいえ、使用人は常にいるからな。王宮の内奥を管理する立場の義姉上が、それを知っているのは当然だろう。
 
「血気盛んな10代の頃ならともかく、30才も過ぎているというのにお猿さんみたいですこと。みっともないと思わないのかしら」
「申し訳ありません」

 前王妃ははうえ亡き今、義姉上はこの俺が唯一、頭の上がらない女性だ。
 その彼女に叱られては言い返すこともできない。

 妻のキツい物言いに、陛下あにうえは苦笑いしながらも口を開いた。

「エレオノールの言う通りだ。それに万が一、結婚前に子でも出来たら醜聞になる。それが分からぬお前でもあるまい」
「そんなことになったら、ラングラン家だけでなくシャンタルの名誉にも傷が付くのよ。そこのところをよく考えて行動しなさいな」

 事に挑む際は子が出来ぬように気をつけているが、完全に防げるという訳ではない。
 無論、もし彼女が孕んでしまったら、腹の子共々全力で守るつもりではある。だが義姉上の言うとおり、より負担がかかるのは俺ではなくシャンタルの方だろう。精神的にも肉体的にも。それは避けたい。

 そんなわけで、申し訳ないが暫く会うことができない。今のうちに極力仕事を片づけておく。また連絡する。
 
 ……という手紙を受け取ったのが先月のこと。

 確かに、ちょっと最近会いすぎてたもんな。というか密会を陛下や王妃様に知られていたと思うと、だいぶ恥ずかしい。
 
 そういうわけで私もしばらくは研究へ勤しむことにした。
 ジェラルドとは精霊振興部や学園で何度か顔を合わせたが、少し立ち話をする程度だ。
 
 今夜も夕食を終えてから工房に籠もっていた。
 すでに夜もだいぶ遅い時間だ。なのに、外が明るい。

 工房の外に出て、今日は満月だと気づく。空には丸い円がぽっかりと浮かび、そこから降り注ぐ冴え冴えとした青い光が庭を照らしている。美しいが、どこか寂しい情景だ。

 ジェラルドもこの月を見ているのだろうか。
 そう思ったら、会いたくてたまらなくなった。
 
風の輪舞ヴァン・ロンド!」

 気づくと空を飛んでいた。
 今は会いにいくべきじゃないと分かっている。
 それなのに、身体が止まらない。

 青い満月の下、私は軽快にステップを踏み進んでいく。彼の元へと。
 こんなに楽しく飛んだのは久しぶりだ。初めて輪舞ロンドを覚えたとき以来かもしれない。

 夜の王宮は静まり返っていた。この時間だ。出歩いているのは衛兵くらいだろう。
 私はジェラルドの私室のある方へと向かった。
 窓から、机へ向かう愛する人の姿が見える。私はふわりとベランダに降り立った。


「何者だ!?」

 物音に気づいたのか、ジェラルドが咄嗟に剣へ手を伸ばす。
 だがすぐに相手が私だと気づき、相好を崩して私を迎え入れてくれた。
 
「シャンタル、どうしたんだ。それに、どうやってここへ?」
「月を見ていたら会いたくなって。風の精霊術で飛んできた」

「君にはいつも驚かされるな」とジェラルドが笑った。
 その笑顔に胸がトクンと鳴る。
 
 先ほどまで彼が座っていた机には、書類が山ほど積まれていた。

「こんな時間まで仕事をしていたのか?」
「いや、調べ物をしていただけだ」
「邪魔をして悪かった。顔が見たかっただけだから、すぐ帰……」
「邪魔などであるものかっ」
 
 そう叫んだ彼に、抱きしめられた。

「俺だってずっと会いたかった。何度、仕事を放り出して君の元へ行こうと思ったことか……。君の姿を見たときは、俺の願望が見せた幻かと思った」

 ジェラルドの逞しい腕に力がこもる。苦しいくらいの抱擁。
 彼の背へと手を伸ばして、抱きしめ返した。
 胸が熱くて、嬉しくて、でも切なくて。泣きそうになる。

 ――好きだ。
 私はこの男が、好きなのだ。


 離したくない。離して欲しくない。
 どれだけの時間、そうしていただろうか。
 私の耳に真夜中を告げる鐘の音が鳴った。

 張り付いたような自分の手を、断腸の思いで彼から引き剥がす。

「そろそろ帰らなきゃ」
「……嫌だ」

 ジェラルドは私の身体を持ち上げると、乱暴にベッドへ放り込んだ。

「これ以上は駄目だ。王妃様に叱られたんだろう?」
「嫌だ。折角会えたのに、帰るなんて言わないでくれ」

 切なげな顔で見つめてくるジェラルド。
 そんな顔で見つめられたら……抵抗できなくなる。
 それをいいことに彼は私を押し倒し、首筋に舌を這わせた。

「駄目だってば……やっ……あんっ」


 彼の腕の中で、鳥の鳴き声を聞いたような気がした。
 
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