139 / 159
第三章 砂漠の花嫁編
115. 月夜
しおりを挟む
「ジェラルド。貴方、少ぅし婚約者と仲良くしすぎなのではないこと?」
国王夫妻に呼ばれた俺は、義姉上から開口一番に嫌みをぶつけられた。
そう言われても仕方がないかもしれない。昨夜もシャンタルを私室へ連れ込んで共に過ごしたばかりである。
今月で何度目だったか……。
少し仕事が落ち着いた時期なのもあって、ついつい逢瀬を繰り返してしまった。
私用エリアとはいえ、使用人は常にいるからな。王宮の内奥を管理する立場の義姉上が、それを知っているのは当然だろう。
「血気盛んな10代の頃ならともかく、30才も過ぎているというのにお猿さんみたいですこと。みっともないと思わないのかしら」
「申し訳ありません」
前王妃亡き今、義姉上はこの俺が唯一、頭の上がらない女性だ。
その彼女に叱られては言い返すこともできない。
妻のキツい物言いに、陛下は苦笑いしながらも口を開いた。
「エレオノールの言う通りだ。それに万が一、結婚前に子でも出来たら醜聞になる。それが分からぬお前でもあるまい」
「そんなことになったら、ラングラン家だけでなくシャンタルの名誉にも傷が付くのよ。そこのところをよく考えて行動しなさいな」
事に挑む際は子が出来ぬように気をつけているが、完全に防げるという訳ではない。
無論、もし彼女が孕んでしまったら、腹の子共々全力で守るつもりではある。だが義姉上の言うとおり、より負担がかかるのは俺ではなくシャンタルの方だろう。精神的にも肉体的にも。それは避けたい。
そんなわけで、申し訳ないが暫く会うことができない。今のうちに極力仕事を片づけておく。また連絡する。
……という手紙を受け取ったのが先月のこと。
確かに、ちょっと最近会いすぎてたもんな。というか密会を陛下や王妃様に知られていたと思うと、だいぶ恥ずかしい。
そういうわけで私もしばらくは研究へ勤しむことにした。
ジェラルドとは精霊振興部や学園で何度か顔を合わせたが、少し立ち話をする程度だ。
今夜も夕食を終えてから工房に籠もっていた。
すでに夜もだいぶ遅い時間だ。なのに、外が明るい。
工房の外に出て、今日は満月だと気づく。空には丸い円がぽっかりと浮かび、そこから降り注ぐ冴え冴えとした青い光が庭を照らしている。美しいが、どこか寂しい情景だ。
ジェラルドもこの月を見ているのだろうか。
そう思ったら、会いたくてたまらなくなった。
「風の輪舞!」
気づくと空を飛んでいた。
今は会いにいくべきじゃないと分かっている。
それなのに、身体が止まらない。
青い満月の下、私は軽快にステップを踏み進んでいく。彼の元へと。
こんなに楽しく飛んだのは久しぶりだ。初めて輪舞を覚えたとき以来かもしれない。
夜の王宮は静まり返っていた。この時間だ。出歩いているのは衛兵くらいだろう。
私はジェラルドの私室のある方へと向かった。
窓から、机へ向かう愛する人の姿が見える。私はふわりとベランダに降り立った。
「何者だ!?」
物音に気づいたのか、ジェラルドが咄嗟に剣へ手を伸ばす。
だがすぐに相手が私だと気づき、相好を崩して私を迎え入れてくれた。
「シャンタル、どうしたんだ。それに、どうやってここへ?」
「月を見ていたら会いたくなって。風の精霊術で飛んできた」
「君にはいつも驚かされるな」とジェラルドが笑った。
その笑顔に胸がトクンと鳴る。
先ほどまで彼が座っていた机には、書類が山ほど積まれていた。
「こんな時間まで仕事をしていたのか?」
「いや、調べ物をしていただけだ」
「邪魔をして悪かった。顔が見たかっただけだから、すぐ帰……」
「邪魔などであるものかっ」
そう叫んだ彼に、抱きしめられた。
「俺だってずっと会いたかった。何度、仕事を放り出して君の元へ行こうと思ったことか……。君の姿を見たときは、俺の願望が見せた幻かと思った」
ジェラルドの逞しい腕に力がこもる。苦しいくらいの抱擁。
彼の背へと手を伸ばして、抱きしめ返した。
胸が熱くて、嬉しくて、でも切なくて。泣きそうになる。
――好きだ。
私はこの男が、好きなのだ。
離したくない。離して欲しくない。
どれだけの時間、そうしていただろうか。
私の耳に真夜中を告げる鐘の音が鳴った。
張り付いたような自分の手を、断腸の思いで彼から引き剥がす。
「そろそろ帰らなきゃ」
「……嫌だ」
ジェラルドは私の身体を持ち上げると、乱暴にベッドへ放り込んだ。
「これ以上は駄目だ。王妃様に叱られたんだろう?」
「嫌だ。折角会えたのに、帰るなんて言わないでくれ」
切なげな顔で見つめてくるジェラルド。
そんな顔で見つめられたら……抵抗できなくなる。
それをいいことに彼は私を押し倒し、首筋に舌を這わせた。
「駄目だってば……やっ……あんっ」
彼の腕の中で、鳥の鳴き声を聞いたような気がした。
国王夫妻に呼ばれた俺は、義姉上から開口一番に嫌みをぶつけられた。
そう言われても仕方がないかもしれない。昨夜もシャンタルを私室へ連れ込んで共に過ごしたばかりである。
今月で何度目だったか……。
少し仕事が落ち着いた時期なのもあって、ついつい逢瀬を繰り返してしまった。
私用エリアとはいえ、使用人は常にいるからな。王宮の内奥を管理する立場の義姉上が、それを知っているのは当然だろう。
「血気盛んな10代の頃ならともかく、30才も過ぎているというのにお猿さんみたいですこと。みっともないと思わないのかしら」
「申し訳ありません」
前王妃亡き今、義姉上はこの俺が唯一、頭の上がらない女性だ。
その彼女に叱られては言い返すこともできない。
妻のキツい物言いに、陛下は苦笑いしながらも口を開いた。
「エレオノールの言う通りだ。それに万が一、結婚前に子でも出来たら醜聞になる。それが分からぬお前でもあるまい」
「そんなことになったら、ラングラン家だけでなくシャンタルの名誉にも傷が付くのよ。そこのところをよく考えて行動しなさいな」
事に挑む際は子が出来ぬように気をつけているが、完全に防げるという訳ではない。
無論、もし彼女が孕んでしまったら、腹の子共々全力で守るつもりではある。だが義姉上の言うとおり、より負担がかかるのは俺ではなくシャンタルの方だろう。精神的にも肉体的にも。それは避けたい。
そんなわけで、申し訳ないが暫く会うことができない。今のうちに極力仕事を片づけておく。また連絡する。
……という手紙を受け取ったのが先月のこと。
確かに、ちょっと最近会いすぎてたもんな。というか密会を陛下や王妃様に知られていたと思うと、だいぶ恥ずかしい。
そういうわけで私もしばらくは研究へ勤しむことにした。
ジェラルドとは精霊振興部や学園で何度か顔を合わせたが、少し立ち話をする程度だ。
今夜も夕食を終えてから工房に籠もっていた。
すでに夜もだいぶ遅い時間だ。なのに、外が明るい。
工房の外に出て、今日は満月だと気づく。空には丸い円がぽっかりと浮かび、そこから降り注ぐ冴え冴えとした青い光が庭を照らしている。美しいが、どこか寂しい情景だ。
ジェラルドもこの月を見ているのだろうか。
そう思ったら、会いたくてたまらなくなった。
「風の輪舞!」
気づくと空を飛んでいた。
今は会いにいくべきじゃないと分かっている。
それなのに、身体が止まらない。
青い満月の下、私は軽快にステップを踏み進んでいく。彼の元へと。
こんなに楽しく飛んだのは久しぶりだ。初めて輪舞を覚えたとき以来かもしれない。
夜の王宮は静まり返っていた。この時間だ。出歩いているのは衛兵くらいだろう。
私はジェラルドの私室のある方へと向かった。
窓から、机へ向かう愛する人の姿が見える。私はふわりとベランダに降り立った。
「何者だ!?」
物音に気づいたのか、ジェラルドが咄嗟に剣へ手を伸ばす。
だがすぐに相手が私だと気づき、相好を崩して私を迎え入れてくれた。
「シャンタル、どうしたんだ。それに、どうやってここへ?」
「月を見ていたら会いたくなって。風の精霊術で飛んできた」
「君にはいつも驚かされるな」とジェラルドが笑った。
その笑顔に胸がトクンと鳴る。
先ほどまで彼が座っていた机には、書類が山ほど積まれていた。
「こんな時間まで仕事をしていたのか?」
「いや、調べ物をしていただけだ」
「邪魔をして悪かった。顔が見たかっただけだから、すぐ帰……」
「邪魔などであるものかっ」
そう叫んだ彼に、抱きしめられた。
「俺だってずっと会いたかった。何度、仕事を放り出して君の元へ行こうと思ったことか……。君の姿を見たときは、俺の願望が見せた幻かと思った」
ジェラルドの逞しい腕に力がこもる。苦しいくらいの抱擁。
彼の背へと手を伸ばして、抱きしめ返した。
胸が熱くて、嬉しくて、でも切なくて。泣きそうになる。
――好きだ。
私はこの男が、好きなのだ。
離したくない。離して欲しくない。
どれだけの時間、そうしていただろうか。
私の耳に真夜中を告げる鐘の音が鳴った。
張り付いたような自分の手を、断腸の思いで彼から引き剥がす。
「そろそろ帰らなきゃ」
「……嫌だ」
ジェラルドは私の身体を持ち上げると、乱暴にベッドへ放り込んだ。
「これ以上は駄目だ。王妃様に叱られたんだろう?」
「嫌だ。折角会えたのに、帰るなんて言わないでくれ」
切なげな顔で見つめてくるジェラルド。
そんな顔で見つめられたら……抵抗できなくなる。
それをいいことに彼は私を押し倒し、首筋に舌を這わせた。
「駄目だってば……やっ……あんっ」
彼の腕の中で、鳥の鳴き声を聞いたような気がした。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
98
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる