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亡国の騎士
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「そらっ!どこへでも行ってしまえ!」
護送を担当した兵士は私を乱暴に放り出し、引き返していく。彼らの姿を見送りながら呆然と座る私。周囲は森だ。
このままでは、獣に食べられてしまうかもしれない。その前に、いっそ自ら死のうか。
そう決意してのろのろと立ち上がった私の前へ、立ちはだかる者がいた。かなり長身の男で騎士らしき鎧を纏っている。
「遅くなりまして申し訳ございません、クラリス様。お迎えに上がりました」
年齢は、父より少し年下だろうか。私へと手を伸ばして微笑むその顔は、見る側を安心させる温かみがある。
「あの、貴方は……?それに、迎えとは」
「これは失礼しました。私はランベール王国の騎士でシルヴァン・モーリアと申します。貴方を保護するようにとヴァロワ閣下から承りました」
シルヴァンは、若い頃フォートリアの王宮騎士として勤めていたそうだ。だが騎士仲間の乱闘に巻き込まれ、解雇されてしまった。
彼は乱闘を止めようとしたのだが、連座で処分されたらしい。
父は「君のように有能な騎士が、在野に下るのは勿体ない」と、シルヴァンがランベール国の辺境騎士団へ入れるように手配した。
その恩義を忘れていなかった彼は、父の依頼に応じて私を救いに来たのだと語る。
彼は私を自宅へ連れ帰り、丁重に扱った。
鞭打たれた傷が膿んで高熱を出した私は死の淵を彷徨ったが、シルヴァンが手配した医師と手厚い看護のおかげで何とか生還した。
「クラリス様。これから一生、俺に貴方を守らせて頂けませんか」
シルヴァンが私へ求婚したのは、病から回復してしばらくのことだった。
「私は罪人です。シルヴァン様のようなご立派な騎士には、もっと相応しい女性が」
「俺はヴァロワ閣下への恩義を返したいのです。それに、このままクラリス様を放っておくことなど出来ません。俺の妻となれば貴方はこの国での身分が保証されます。このような年の離れた男は嫌と仰るのであれば、白い結婚でも構わない」
「分かりました。ご配慮感謝致します、シルヴァン様」
結婚したものの、シルヴァンと私の関係は夫婦というより親子のようだった。
妻となってからも、私に対する丁重な扱いは変わらない。周囲はそれを「若い妻を溺愛する夫」と微笑ましく見ていたようだ。
「いやあ、奥様にはぜひ一度お会いしてみたかったんです。ずっと独り身を貫いていた副団長が、若い奥様を貰ったと聞いたときは驚いたもんですよ。こんなお美しい女性なら、納得です!」
「モーリア副団長、どこでこんな美女を捕まえたんです?」
「お前ら、いい加減にしろ!」
シルヴァンはその能力を認められ、今では辺境騎士団の副団長となっていた。父の見る目に狂いは無かったらしい。
部下に慕われる夫の元には、頻繁に騎士たちが訪れる。
そんな風に、騒がしくも楽しい毎日が過ぎて行った。
一方で、フォートリア国では。
リオネル様とエヴリーヌ様は結婚し、男の子を授かった。次代の世継ぎの誕生に国中が沸き立つ。
だがそれは、ブルデュー侯爵の専横を促した。いずれリオネル様が国王に即位されれば、産まれた王子は王太子になる。つまりブルデュー侯爵は国王の叔父であり、王太子の外祖父になるのだ。
それをよく理解している貴族たちは、こぞってブルデュー侯爵へ尻尾を振った。それをいいことに、侯爵は思うがままに国政を動かし始めたのだ。
一族の者を次々と要職に付ける一方で、ヴァロワ侯爵家寄りだった貴族たちを冷遇。ヴァロワ派の貴族は王家とブルデュー侯爵家への恨みを募らせ、ある者は領地に引きこもり、ある者は爵位を返上して他国へ渡った。
貴族たちの不穏な動きは民にも伝搬する。そして政情が不安定となった隙を付くように、レースェンガ帝国が攻め寄せた。
表向きは、国境付近で起きた小競り合いが原因の宣戦布告。
だが帝国の狙いが、フォートリアの潤沢な水源と肥沃な穀倉地帯であることは明らかだった。
暫くはフォートリア騎士団とリオネル様の活躍で何とか戦線は保たれていたらしい。
リオネル様は自ら剣を持ち、時には前線に出て騎士たちを奮い立たせた。その勇ましい姿を、民衆たちは獅子王の再来と賞賛した。
本来ならば、王太子が前線へ出るなど有り得ない。
彼はそうせざるを得なかったのだ。
私との婚約を一方的に解消したことがこの事態を招いたのだと、貴族たちから反発を受けていたから。
王家の、そして自分への求心力を取り戻すべく、疲労でボロボロになりながらも戦場へ立ち続けるしかなかったのだ。
だがその努力も、レースェンガ帝国の強大な軍事力には適わなかった。
ついにフォートリア軍は総崩れとなり、帝国軍は王都へ進行。王族とブルデュー侯爵一族、それに阿っていた貴族たちは捕らえられ、処刑された。前線に出ていたために免れ、行方不明となっているリオネル王太子を除いて。
その後フォートリア一帯は、レースェンガ帝国の領土となった。帝国の元第五皇子であるダルキア公爵が領主に収まり、今はダルキア公国と呼ばれている。
なお戦乱のどさくさに紛れ、両親と弟は幽閉先から脱出していた。密かに連絡を取っていた元ヴァロワ派の貴族が手引きしたらしい。
そして早い段階でレースェンガへの臣従を示したことが功を奏し、ダルキア大公から伯爵位と領地を与えられた。今は大公の下で、荒れた国内の立て直しに奔走している。
護送を担当した兵士は私を乱暴に放り出し、引き返していく。彼らの姿を見送りながら呆然と座る私。周囲は森だ。
このままでは、獣に食べられてしまうかもしれない。その前に、いっそ自ら死のうか。
そう決意してのろのろと立ち上がった私の前へ、立ちはだかる者がいた。かなり長身の男で騎士らしき鎧を纏っている。
「遅くなりまして申し訳ございません、クラリス様。お迎えに上がりました」
年齢は、父より少し年下だろうか。私へと手を伸ばして微笑むその顔は、見る側を安心させる温かみがある。
「あの、貴方は……?それに、迎えとは」
「これは失礼しました。私はランベール王国の騎士でシルヴァン・モーリアと申します。貴方を保護するようにとヴァロワ閣下から承りました」
シルヴァンは、若い頃フォートリアの王宮騎士として勤めていたそうだ。だが騎士仲間の乱闘に巻き込まれ、解雇されてしまった。
彼は乱闘を止めようとしたのだが、連座で処分されたらしい。
父は「君のように有能な騎士が、在野に下るのは勿体ない」と、シルヴァンがランベール国の辺境騎士団へ入れるように手配した。
その恩義を忘れていなかった彼は、父の依頼に応じて私を救いに来たのだと語る。
彼は私を自宅へ連れ帰り、丁重に扱った。
鞭打たれた傷が膿んで高熱を出した私は死の淵を彷徨ったが、シルヴァンが手配した医師と手厚い看護のおかげで何とか生還した。
「クラリス様。これから一生、俺に貴方を守らせて頂けませんか」
シルヴァンが私へ求婚したのは、病から回復してしばらくのことだった。
「私は罪人です。シルヴァン様のようなご立派な騎士には、もっと相応しい女性が」
「俺はヴァロワ閣下への恩義を返したいのです。それに、このままクラリス様を放っておくことなど出来ません。俺の妻となれば貴方はこの国での身分が保証されます。このような年の離れた男は嫌と仰るのであれば、白い結婚でも構わない」
「分かりました。ご配慮感謝致します、シルヴァン様」
結婚したものの、シルヴァンと私の関係は夫婦というより親子のようだった。
妻となってからも、私に対する丁重な扱いは変わらない。周囲はそれを「若い妻を溺愛する夫」と微笑ましく見ていたようだ。
「いやあ、奥様にはぜひ一度お会いしてみたかったんです。ずっと独り身を貫いていた副団長が、若い奥様を貰ったと聞いたときは驚いたもんですよ。こんなお美しい女性なら、納得です!」
「モーリア副団長、どこでこんな美女を捕まえたんです?」
「お前ら、いい加減にしろ!」
シルヴァンはその能力を認められ、今では辺境騎士団の副団長となっていた。父の見る目に狂いは無かったらしい。
部下に慕われる夫の元には、頻繁に騎士たちが訪れる。
そんな風に、騒がしくも楽しい毎日が過ぎて行った。
一方で、フォートリア国では。
リオネル様とエヴリーヌ様は結婚し、男の子を授かった。次代の世継ぎの誕生に国中が沸き立つ。
だがそれは、ブルデュー侯爵の専横を促した。いずれリオネル様が国王に即位されれば、産まれた王子は王太子になる。つまりブルデュー侯爵は国王の叔父であり、王太子の外祖父になるのだ。
それをよく理解している貴族たちは、こぞってブルデュー侯爵へ尻尾を振った。それをいいことに、侯爵は思うがままに国政を動かし始めたのだ。
一族の者を次々と要職に付ける一方で、ヴァロワ侯爵家寄りだった貴族たちを冷遇。ヴァロワ派の貴族は王家とブルデュー侯爵家への恨みを募らせ、ある者は領地に引きこもり、ある者は爵位を返上して他国へ渡った。
貴族たちの不穏な動きは民にも伝搬する。そして政情が不安定となった隙を付くように、レースェンガ帝国が攻め寄せた。
表向きは、国境付近で起きた小競り合いが原因の宣戦布告。
だが帝国の狙いが、フォートリアの潤沢な水源と肥沃な穀倉地帯であることは明らかだった。
暫くはフォートリア騎士団とリオネル様の活躍で何とか戦線は保たれていたらしい。
リオネル様は自ら剣を持ち、時には前線に出て騎士たちを奮い立たせた。その勇ましい姿を、民衆たちは獅子王の再来と賞賛した。
本来ならば、王太子が前線へ出るなど有り得ない。
彼はそうせざるを得なかったのだ。
私との婚約を一方的に解消したことがこの事態を招いたのだと、貴族たちから反発を受けていたから。
王家の、そして自分への求心力を取り戻すべく、疲労でボロボロになりながらも戦場へ立ち続けるしかなかったのだ。
だがその努力も、レースェンガ帝国の強大な軍事力には適わなかった。
ついにフォートリア軍は総崩れとなり、帝国軍は王都へ進行。王族とブルデュー侯爵一族、それに阿っていた貴族たちは捕らえられ、処刑された。前線に出ていたために免れ、行方不明となっているリオネル王太子を除いて。
その後フォートリア一帯は、レースェンガ帝国の領土となった。帝国の元第五皇子であるダルキア公爵が領主に収まり、今はダルキア公国と呼ばれている。
なお戦乱のどさくさに紛れ、両親と弟は幽閉先から脱出していた。密かに連絡を取っていた元ヴァロワ派の貴族が手引きしたらしい。
そして早い段階でレースェンガへの臣従を示したことが功を奏し、ダルキア大公から伯爵位と領地を与えられた。今は大公の下で、荒れた国内の立て直しに奔走している。
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