【短編集】死者は語らない~カラゴル博物館へようこそ

藍田ひびき

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亡国の騎士

4.

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 薄暗い廊下を、先導している騎士について私は歩いていた。廊下の行き止まりにある扉を騎士が開き「どうぞ」といざなう。

 部屋の中にはシルヴァンと、その腹心の騎士二人。そして彼らに囲まれるように置かれた椅子へ、縛り付けられた男性。

「お前……まさか、クラリス!?生きていたのか……」

 それは行方知れずとなっていたフォートリア王家の最後の一人、リオネル殿下だった。
 髭はぼうぼうで髪も延び放題。貴公子然としていた姿は影も形もないけれど、私が彼を見間違うはずがない。

 生き残りの王子がランベール国へ逃げ込んだという情報が帝国よりもたらされ、シルヴァン率いる辺境騎士たちは彼を追っていた。
 同盟関係にある帝国からの依頼で、見つけ次第帝国へ連行しろと命じられていたようだ。

「シルヴァン。しばらく、彼と二人きりにして頂けないでしょうか」
「副団長。危険では?」
「仮にも元婚約者同士だ。聞かれたくない話もあるだろう。俺たちは外で待っている。縛られてるとはいえ暴れるかもしれないから、何かあったら大声を出すんだよ」

 部下を伴って出ていくシルヴァン様を見送った後、私はリオネル様へと近づく。
 
「生死不明と聞いておりましたから……ご無事な姿を拝見できて嬉しゅうございます」
「何がご無事なものか。みな死んでしまった。国も滅んだ。死に物狂いで戦地から逃れたのに、結局こうして捕まってしまった……。こんな無様な姿を、わざわざ笑いに来たのか?」
 
 自嘲気味に笑うリオネル様。
 私の知っている、英雄に憧れた凛々しく勇ましい王子はどこにもいなかった。

「いいえ、笑ったりなど致しません。私は貴方様を心底案じていたのです」
「一方的に婚約を解消して、お前を追放した男をか?」
「私、今でも貴方様をお慕いしておりますから」

 そう。私は今でも彼を愛している。
 シルヴァンはそれを承知の上で、形だけの妻にと申し出てくれたのだ。
 
「お前は本当に変わらないな、クラリス。お前の、その執心が……俺は、心底嫌だったんだ」

 そう言い放ったリオネル様の顔は、ひどく歪んでいた。
 
「幼い頃からそうだった。知っているぞ。俺の周りの女たちを、次々と排除していたんだろう?メイドのマリアンヌも、ダンス講師のブランシュも、同級生のクロエも!」
「あら……」

 憎々しげに睨み付ける彼に、私は微笑みながら答える。
 
「だって。婚約者に纏わりつく不埒な女など、追い払うのが当然でしょう?」
 
 リオネル様に色目を使ったメイド。
 年増の癖に、リオネル様へ手取り足取りダンスを教え、その顔を赤らめさせたダンス講師。
 同じクラスだからと、慣れ慣れしくリオネル様へ纏わりついた女生徒。
 
 全て、私が父に頼んで追い払った。
 
 許せなかったのですもの。
 リオネル様が、私以外の女を愛しげに見つめ、あまつさえその御手を触れるなんて。
 彼の瞳に移る女は、私一人でなければならないのよ。

 父としても、自分の娘以外に王太子の寵愛を受けそうな女性など、目障りでしかない。私の求めに応じて力を貸してくれた。
 親子ほど年の離れた男の後妻へ嫁がせたり、あらぬ噂を立てて社交界に出られなくしたり。実家ごと潰した事もある。

 だけど、エヴリーヌ様だけは別。
 彼女は細心の注意を払い、密やかにリオネル様へ近づいたのだ。私が気付いたころには、既にリオネル様の心は彼女の虜となっていた。

 私は友人たちに相談した。彼女たちが目障りな女に嫌がらせをし自主退学へ追い込むことを期待して。
 だが、エヴリーヌ様の方が一枚上手だった。
 
 彼女は自らが他者に好かれやすい事を理解していた。信奉者を常に周囲へ配置し、自分の身を守らせたのだ。嫌がらせがなかなか上手くいかないことに業を煮やした私の取り巻きたちは、どんどんその行為をエスカレートさせていった。
 
 まさか彼女たちが、あんな大勢の人間の前でエヴリーヌ様へ怪我をさせるほど、愚かだとは……。あれは全くもって失敗だった。
 そんな私を、エヴリーヌ様は内心さぞ嘲笑っていただろう。

 そして彼女はリオネル様に甘い王妃殿下を利用し、ブルデュー侯爵家との養子縁組を纏めてしまった。
 下位の貴族令嬢のままであれば、父の力で排除できたものを。侯爵家の令嬢となった彼女へ、迂闊に手を出すことは出来なかった。
 
 それでも私は殿下への恋心を諦められない。そこへ、エヴリーヌ様の毒殺未遂事件が発生したのだ。

 確かに、私はあの女の毒殺を計画していた。とはいえ、あのように目撃者の多い場で毒を盛るほど愚かではない。
 彼女は自ら、死には至らない程度の毒を飲んだのだ。私を陥れるために。
 
 毒を入手しようと動いていたのもまずかった。その行動をブルデュー侯爵の密偵に掴まれており、濡れ衣だという私の声は認めて貰えなかったのだ。
 
 ある意味、エヴリーヌ様は王妃に相応しい人だったのかもしれない。
 求心力と演技力、そして知謀。悔しいけれど、それは私には無い。

 ああ、あの方が亡くなってしまったのは本当に口惜しいわ。
 生きていたなら顔を焼いて、地獄の苦しみを与えてあげたのに。

 
「貴族どもが離反したのも、お前の差し金だろう」
「誤解ですわ。いくらなんでも、私にそのような力はございません」

 それは私ではなく、父の策だ。
 幽閉となっても、父は監視の目を掻い潜って派閥の貴族たちに指示を出していた。
 貴族たち、そして民衆に王家への不信感を植え付けるようにと。さらにはレースェンガ帝国と内通し、フォートリア国の機密情報を流した。
 
 フォートリアが政情不安となった絶妙のタイミングで帝国が攻め込んできたのは、父のもたらした情報のおかげと言えるだろう。
 その恩賞として、父は自領の安堵と伯爵位を勝ち取ったのである。


 私は、部屋の隅に置かれた机へ目をやった。そこに置いてあるのは剣や銅貨の入った袋、そして薬瓶。
 リオネル様が捕らえられた時に持っていた物だ。

「……それで、俺をどうする気だ。お前を愛すれば生かしてやるとでもいうのか?無駄なことだ。人の感情に、強要など出来ない」
「随分強気ですわね。私にひれ伏して命乞いをすることもしない、かといって潔く自決することも出来ない。どうなさるおつもりなのか、こちらが聞きたいくらいですわ」
「俺を愚弄するのか!?いざとなれば、華々しく散ってやるさ」
「では、何故これをお飲みにならなかったのです?」

 私は薬瓶を手にしていた。
 これが薬ではなく、毒であることを私は知っている。
 
 王族が敵に捕らわれた場合、どうなるか。政治的な駒としてその身を利用されるか、あるいは辱めを受けるかもしれない。そうなる前に自ら命を断てるよう、必ず自決用の毒瓶を身に付けているのだ。

「分かっておりますよ。貴方は英雄と呼ばれることを、諦められないのでしょう」
「……っ!」

 今まで何度でも、これを飲む機会はあったはずだ。
 結局のところ、リオネル様は死ぬつもりなどないのだ。祖国の為に戦い、民から『獅子王の再来』と呼ばれた日々が忘れられず、それに縋っている。
 
 中身が空っぽな正義を振りかざすくせに、本当は……矮小で卑怯で身勝手な、ただの男。
 
「自ら死ぬことも、祖国のために最後まで戦う事もなさらない貴方は、レオンス公のような英雄には決してなれないわ。ちょっと腕が立つだけの、ただの騎士よ」
「う、うるさいうるさい!俺はフォートリアの王子。獅子王の子孫だ。英雄となるべき男だったんだ!それを、お前の……お前たち親子のせいで……!」
「安心なさって。私が貴方を、英雄にして差し上げます。永く語り継がれる騎士として」
「何を……?やっ、やめろ!」

 毒を飲ませようとする私に、リオネル様は必死で抵抗する。
 私は彼の鼻を摘まんだ。息ができず開けられた口へ、瓶から毒を流し込む。

 飲み込むまいとするリオネル様を抑え込み、無理矢理口を閉じさせる。
 そうして彼が毒を飲み込む様を、私はずっと眺めていた。
 
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