私が消えた後のこと

藍田ひびき

文字の大きさ
7 / 11

7. ブレント・再(2)

しおりを挟む
「それでは、クレヴァリー家の相続手続きを始めます。まず相続人の方、お名前を」
「シャーロット・クレヴァリーです」

 思惑通り、公証人は疑いを持たなかったようである。クリフォードは彼女の一挙手一投足を見守っていた。何も言わないところを見ると、彼も本物のシャーロットだと思っているのだろうと、ブレントは内心安堵する。
 
 偽シャーロットの歩き方や話し方はレイラに指導させた。付け焼き刃だが、それなりには様になっている。とはいえ、長居すればボロがでるかも知れない。
 さっさと手続きを済ませねば。

「間違いありませんね。ではシャーロット様、ここに署名を」

 偽シャーロットはしずしずと前に出てサインをした。
 ここ一週間、あの娘には散々署名の練習をさせ、シャーロットと寸分違わぬ文字を書くように仕込んだ。多少違っていても、子供の頃と書き方が違うのは当然、と押し通すつもりだった。
 公証人はシャーロットの以前の署名と見比べ「同じ署名であることを確認しました」と述べた。

「これでシャーロット様は、クレヴァリー家の財産の全てを相続したことになります。それでは、印章の授与を行います」

 公証人ベルナールの秘書が、金庫のような物を出してきた。

「こちらに印章が保管してございます。これは、相続者にしか開けることが出来ません」
「っ……」

 驚きのあまり、ブレントは声を出しそうになった。

 印章。多額の取引きなどの際に必要となる、貴族家の紋章である。
 ブレントは伯爵代理となった際、一番にそれを探した。だが、前の執事は「公証人に預けております」と素っ気ない答えを返したのだ。
 
 相続とともに受け取れると思っていたのに、まさかそんな絡繰りがあったとは……。
 
「シャーロット様、こちらに手を」

 おろおろとブレントの方を見る偽シャーロットだったが、反応しないブレントを見て是と捉えたのか、金庫へ手を伸ばした。
 娘が金庫の扉に触れたとたん、魔法陣が浮かび上がる。だがすぐに魔法陣が赤く染まり、彼女の手を弾き飛ばした。

 「きゃっ!」と悲鳴を上げて倒れそうになった偽シャーロットを、クリフォードが抱き抱える。
 彼は伏せていた娘の顔をまじまじと見て「よく似せてあるが……シャーロットではない」と憎々しげに呟いた。

「どういうことですかな、ブレント伯爵代理?」
「こ、これは何かの間違いです。この娘は間違いなく私の姪です!」
「王宮魔導士が組んだ魔法陣に誤りがあると?それは一大事だな。過去に法務部が行った相続手続きが、全て無効と言うことになるが」

 そう答えるクリフォードはどこか楽しそうだ。彼が「入れ」と外へ声を掛けると、なだれ込んだ衛兵がブレントを捕らえた。

「ブレント伯爵代理。いや、子爵か。貴様にはクレヴァリー家の財産横領の疑いが掛けられている」

 後ろ手を掴まれ、床に膝をついたブレントの前でクリフォードが書類をひらひらとさせる。

「それは我が家の帳簿……盗んだのだな!貴様こそ窃盗犯ではないか」
「これはクレヴァリー家の者から、正式に借り受けたのだ。窃盗ではない」

(家の者?まさか、執事が裏切ったのか……?あるいは使用人の誰かが)

「この5年でずいぶんと散財しているようだな」
「それは、シャーロットの頼みで」
「ほう?ドレスや宝石類はまだ分かるとして、男性用の礼服に新しい馬車、娼館の領収書もあるな。これもシャーロットが頼んだのか?」
「い、いえ。あの娘が我々に使って良いと言ったのです。シャーロットは優しい娘ですから」
「それでは、これは何だ?」

 クリフォードが差し出した書類。それは、土地の売買証明書だった。
 現金のほとんどを食いつぶしたブレントは、伯爵家の土地を別の貴族に売って大金を手にしたのである。
 王家から受領した土地の売買には、必ず印章が必要となる。売買証明書にはクレヴァリー伯爵家の印章が押印されていた。

「印章は前伯爵の逝去より今日まで、金庫の中にあった。書類の日付は一年前だ。印章の偽造が大罪であることくらい、貴様も知っているだろう」

 もはや言い逃れはできず、ブレントはがくりと首を落とした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

どうしてか、知っていて?

碧水 遥
恋愛
どうして高位貴族令嬢だけが婚約者となるのか……知っていて?

やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。

あおくん
恋愛
公爵令嬢のエリザベートはとても優秀な女性だった。 そして彼女の婚約者も真面目な性格の王子だった。だけど王子の初めての恋に2人の関係は崩れ去る。 貴族意識高めの主人公による、詰問ストーリーです。 設定に関しては、ゆるゆる設定でふわっと進みます。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

婚約破棄と言われても、どうせ好き合っていないからどうでもいいですね

うさこ
恋愛
男爵令嬢の私には婚約者がいた。 伯爵子息の彼は帝都一の美麗と言われていた。そんな彼と私は平穏な学園生活を送るために、「契約婚約」を結んだ。 お互い好きにならない。三年間の契約。 それなのに、彼は私の前からいなくなった。婚約破棄を言い渡されて……。 でも私たちは好きあっていない。だから、別にどうでもいいはずなのに……。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

【完結】婚約解消後に婚約者が訪ねてくるのですが

ゆらゆらぎ
恋愛
ミティルニアとディアルガの婚約は解消された。 父とのある取引のために動くミティルニアの予想とは裏腹に、ディアルガは何度もミティルニアの元を訪れる…

処理中です...