FairyTale Grimoire ー 幻獣学者の魔導手記 ー

わたぼうし

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龍の騎士王と狂った賢者

第十六話 幻獣学者と当代の賢者たち(2)

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「儂の隣に座っているはずの男。我が友、アルベルト・トンプソン・ウェルズの事を聞かせい」

 大賢者マーリンは顔の皺をさらに深くして、アイザックから見て左側一番奥、序列にして三番目の席を指さして訊ねてきた。
 

(そりゃあ聞かれるよな…。)

 アイザックは静かに肝を冷やしつつ、嘘偽りない現状の報告を試みた。

「我が祖父にして、幻獣学会の長、そして《賢者の円卓》序列三位のアルベルト・トンプソン・ウェルズは、今から四ヶ月前より失踪し現在も消息が途絶えたままです」

「詳しく聞かせい」

 言葉に魔力を乗せ、決して逆らうことの出来ない重さに耐えつつ、アイザックは詳細を語る。


「教授は、ここ英国イギリスでは珍しく吹雪いたあの夜、バディである《霧蝦蟇フォグロッグ》のベンジャミンと共に姿を消しました。
 私やここにおりますルベラも当初は、いつもの研究旅行だろうと思い、深く考えなかったのですが…。
 マメな教授こと。黙って研究旅行に出かける事も、その後なんの連絡もなくひと月以上家を空けることを不審に思い、各所への連絡と彼の書斎や研究室を漁り尽くしました。その結果、日本に知己が居ることを突き止め、手掛かりが得られそうだと期待し捜索の旅に出たのがひと月前の事です。」

 アイザックの詳細を聞き、途中から目を閉じて聞いていたマーリンは、その目を開き

「ふむ…。日本の知己、フシミか。なるほどの。」

 その言葉に驚いたのはアイザック。

「何故それを?!」

 彼のあまりの驚きように、マーリンは薄く笑い答える。

「なに、簡単なこと。儂はヤツの友じゃからな。当然ヤツの研究にも多少の理解がある」

 そういって長い髭を撫でた。
 その言葉にそれもそうかと思い直すアイザック。続けてマーリンは賢者顔を順番に見ながら話し始めた。

「アイザックの言は彼の者の関与を否定するものと思われるが、諸君らはどう感じるかね」

 賢者らの顔は一様に渋いが、確かにアイザックは嘘偽り無く質問に答えた。最早疑いを掛け続けるのはマーリン、ひいては魔法界への反逆とも取られかねないと、押し黙っていた。
 だが、一人の男が声を上げた。

「確かに、彼の言葉に嘘は有りませんでした。しかし現在も消息がわからぬアルベルト殿はどうでしょうな」

 男の声はマーリンのすぐ隣、空席の対面である序列二位の席から発せられる。

 彼の名はシルベスター・ジャック・ソロモン。
 七十二柱ななじゅうふたはしらの悪魔を従えた魔術王、ソロモンの系譜。その当代頭首にして、召喚魔法学界の長を務める男だ。

 後ろに撫で付けられた髪は銀色に光り、少し釣り上がった大きな瞳は、涼やかな翡翠の輝き。整った鼻筋とすっきりとした顎のライン。上質な生地であつらえた黒のジャケット、シンプルなシャツに、色味の違う灰のストライプタイ。
 白みがかったベスト、黒とグレーのストライプが入ったコールパンツといった姿がなんとも様になる色男。

 彼もまた世の魔女たちを虜にしてきた罪作りな男だ。
 その人気はアルベルトと二分したとも囁かれ、孫のアイザックからすれば気恥しさしか感じ得ない。

 力も器量も申し分ない男からの言葉に、マーリンは皆の顔を見ながら訊ねる。

「皆も、シルベスターと同じ意見かの?」

 声こそ上げないが、真剣な目付きをして深く頷く一同に、マーリンはしばし黙考した。

 長く感じた無言の時間は、一分も経っていなかった。ゆっくりと目を開けたマーリンは賢者らとアイザックを見渡し、宣言する。

「…、あいわかった。ではここに、《円卓の魔道士》序列三位。アルベルト・トンプソン・ウェルズの役職凍結、及び指名手配を行う決議を採る。さんする者はその意を示せ」

 マーリン以外、全ての賢者が手を挙げた。深く溜息を吐き、大賢者は告げた。

「皆、同意見か。無念じゃ…。賛成多数により、序列三位アルベルト・トンプソン・ウェルズの役職を無期限に凍結、及び指名手配を命ずる。生きたまま捕え、この場に引き立てよ。後日、皆が隣席の場おいて、その後の最良を下す。異議のある者は申し出よ」

 希代の賢者の決定に、みな一様に頷き、アルベルトの処遇が決まった。アイザックとルベラはその顔を苦渋で満たし、唇を噛み締める。
 
 大賢者はさらに続けた。

「尚、本件の捜索筆頭をアイザック・ヘルマン・ウェルズに一任し、各地で頻発する幻獣虐殺事件についてもその調査を命ずる。
 退出後、儂の部屋で詳しく伝える。執務室へ来るようにな、アイザック」

 マーリンの言葉に眉をひそめる賢者もいたが、取り敢えず反論は無く、アイザックも渋々ながら了承するしかなかった。

「…分かりました。後ほど伺います」

 その言葉にマーリンは表情を緩め、頷いた。

「よろしい。もう退出して良いぞ」

 アイザックとルベラは一礼して、退出した。



◇◇◇◇◇◇


 円卓の間を出ると、扉の前を右往左往していたユアンが飛びついてくる。

「アイザックさん!!どうなりましたか?!」

 あまりの勢いに少しだけたじろぐアイザックだが、彼の様子に気分が僅かに和らぐ。
 少々不格好な笑みを顔に張りつけ、ユアンを宥める。

「取り敢えず、僕の嫌疑は解けた…と思う。ただ…、」

 容疑が晴れたと聞き笑顔になったユアンは、続きがある事に気付き、顔を暗くする。

「ただ…?」

「教授…、祖父の容疑はより深まったかもしれない。無期限の役職凍結と、指名手配、だそうだ。その捜索と幻獣虐殺の調査を言い付けられたよ」

 険しい顔をして答えるアイザックに、ユアンはうっすらと目に涙を貯め、叫ぶ。

「そんな!!あのウェルズ教授がそんなことするはずは…!」

 辺りの静けさも相まって、ユアンの声は非常に大きく聞こえる。慌ててユアンの口を塞ぎ落ち着かせながら、アイザックは軽く耳打ちした。

「(声が大きいっ!…落ち着いて聞いてくれ、いいかい?)」

 気恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めつつ小さく何度も頷くユアン。落ち着いたのを見計らい、アイザックは拘束を解き、息を吐く。

「状況は一見すると最悪に近い。…だけど、一つ気になることがある」

 そういうアイザックにルベラも同意する。

「マーリンのね?ま、直ぐに分かるでしょ」

「ルベラも気付いたかい?そう、だ。まぁ、とにかく少し時間を開けて、マーリン様の部屋に行こうか」



 訳知り顔のアイザックとルベラの様子に、一人疑問符を浮かべながら彼らの歩く後に続くユアンであった。
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