18 / 30
龍の騎士王と狂った賢者
第十六話 幻獣学者と当代の賢者たち(2)
しおりを挟む「儂の隣に座っているはずの男。我が友、アルベルト・トンプソン・ウェルズの事を聞かせい」
大賢者マーリンは顔の皺をさらに深くして、アイザックから見て左側一番奥、序列にして三番目の席を指さして訊ねてきた。
(そりゃあ聞かれるよな…。)
アイザックは静かに肝を冷やしつつ、嘘偽りない現状の報告を試みた。
「我が祖父にして、幻獣学会の長、そして《賢者の円卓》序列三位のアルベルト・トンプソン・ウェルズは、今から四ヶ月前より失踪し現在も消息が途絶えたままです」
「詳しく聞かせい」
言葉に魔力を乗せ、決して逆らうことの出来ない重さに耐えつつ、アイザックは詳細を語る。
「教授は、ここ英国では珍しく吹雪いたあの夜、バディである《霧蝦蟇》のベンジャミンと共に姿を消しました。
私やここにおりますルベラも当初は、いつもの研究旅行だろうと思い、深く考えなかったのですが…。
マメな教授こと。黙って研究旅行に出かける事も、その後なんの連絡もなくひと月以上家を空けることを不審に思い、各所への連絡と彼の書斎や研究室を漁り尽くしました。その結果、日本に知己が居ることを突き止め、手掛かりが得られそうだと期待し捜索の旅に出たのがひと月前の事です。」
アイザックの詳細を聞き、途中から目を閉じて聞いていたマーリンは、その目を開き
「ふむ…。日本の知己、フシミか。なるほどの。」
その言葉に驚いたのはアイザック。
「何故それを?!」
彼のあまりの驚きように、マーリンは薄く笑い答える。
「なに、簡単なこと。儂はヤツの友じゃからな。当然ヤツの研究にも多少の理解がある」
そういって長い髭を撫でた。
その言葉にそれもそうかと思い直すアイザック。続けてマーリンは賢者顔を順番に見ながら話し始めた。
「アイザックの言は彼の者の関与を否定するものと思われるが、諸君らはどう感じるかね」
賢者らの顔は一様に渋いが、確かにアイザックは嘘偽り無く質問に答えた。最早疑いを掛け続けるのはマーリン、ひいては魔法界への反逆とも取られかねないと、押し黙っていた。
だが、一人の男が声を上げた。
「確かに、彼の言葉に嘘は有りませんでした。しかし現在も消息がわからぬアルベルト殿はどうでしょうな」
男の声はマーリンのすぐ隣、空席の対面である序列二位の席から発せられる。
彼の名はシルベスター・ジャック・ソロモン。
七十二柱の悪魔を従えた魔術王、ソロモンの系譜。その当代頭首にして、召喚魔法学界の長を務める男だ。
後ろに撫で付けられた髪は銀色に光り、少し釣り上がった大きな瞳は、涼やかな翡翠の輝き。整った鼻筋とすっきりとした顎のライン。上質な生地で誂えた黒のジャケット、シンプルなシャツに、色味の違う灰のストライプタイ。
白みがかったベスト、黒とグレーのストライプが入ったコールパンツといった姿がなんとも様になる色男。
彼もまた世の魔女たちを虜にしてきた罪作りな男だ。
その人気はアルベルトと二分したとも囁かれ、孫のアイザックからすれば気恥しさしか感じ得ない。
力も器量も申し分ない男からの言葉に、マーリンは皆の顔を見ながら訊ねる。
「皆も、シルベスターと同じ意見かの?」
声こそ上げないが、真剣な目付きをして深く頷く一同に、マーリンはしばし黙考した。
長く感じた無言の時間は、一分も経っていなかった。ゆっくりと目を開けたマーリンは賢者らとアイザックを見渡し、宣言する。
「…、あいわかった。ではここに、《円卓の魔道士》序列三位。アルベルト・トンプソン・ウェルズの役職凍結、及び指名手配を行う決議を採る。賛する者はその意を示せ」
マーリン以外、全ての賢者が手を挙げた。深く溜息を吐き、大賢者は告げた。
「皆、同意見か。無念じゃ…。賛成多数により、序列三位アルベルト・トンプソン・ウェルズの役職を無期限に凍結、及び指名手配を命ずる。生きたまま捕え、この場に引き立てよ。後日、皆が隣席の場おいて、その後の最良を下す。異議のある者は申し出よ」
希代の賢者の決定に、みな一様に頷き、アルベルトの処遇が決まった。アイザックとルベラはその顔を苦渋で満たし、唇を噛み締める。
大賢者はさらに続けた。
「尚、本件の捜索筆頭をアイザック・ヘルマン・ウェルズに一任し、各地で頻発する幻獣虐殺事件についてもその調査を命ずる。
退出後、儂の部屋で詳しく伝える。執務室へ来るようにな、アイザック」
マーリンの言葉に眉をひそめる賢者もいたが、取り敢えず反論は無く、アイザックも渋々ながら了承するしかなかった。
「…分かりました。後ほど伺います」
その言葉にマーリンは表情を緩め、頷いた。
「よろしい。もう退出して良いぞ」
アイザックとルベラは一礼して、退出した。
◇◇◇◇◇◇
円卓の間を出ると、扉の前を右往左往していたユアンが飛びついてくる。
「アイザックさん!!どうなりましたか?!」
あまりの勢いに少しだけたじろぐアイザックだが、彼の様子に気分が僅かに和らぐ。
少々不格好な笑みを顔に張りつけ、ユアンを宥める。
「取り敢えず、僕の嫌疑は解けた…と思う。ただ…、」
容疑が晴れたと聞き笑顔になったユアンは、続きがある事に気付き、顔を暗くする。
「ただ…?」
「教授…、祖父の容疑はより深まったかもしれない。無期限の役職凍結と、指名手配、だそうだ。その捜索と幻獣虐殺の調査を言い付けられたよ」
険しい顔をして答えるアイザックに、ユアンはうっすらと目に涙を貯め、叫ぶ。
「そんな!!あのウェルズ教授がそんなことするはずは…!」
辺りの静けさも相まって、ユアンの声は非常に大きく聞こえる。慌ててユアンの口を塞ぎ落ち着かせながら、アイザックは軽く耳打ちした。
「(声が大きいっ!…落ち着いて聞いてくれ、いいかい?)」
気恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めつつ小さく何度も頷くユアン。落ち着いたのを見計らい、アイザックは拘束を解き、息を吐く。
「状況は一見すると最悪に近い。…だけど、一つ気になることがある」
そういうアイザックにルベラも同意する。
「マーリンのアレね?ま、直ぐに分かるでしょ」
「ルベラも気付いたかい?そう、アレだ。まぁ、とにかく少し時間を開けて、マーリン様の部屋に行こうか」
訳知り顔のアイザックとルベラの様子に、一人疑問符を浮かべながら彼らの歩く後に続くユアンであった。
0
あなたにおすすめの小説
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる