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龍の騎士王と狂った賢者
第十七話 幻獣学者と大賢者
しおりを挟む賢者らの聴取を終えたアイザックらは、賢者省の外で軽く食事を済ませ時間を潰したあと、大賢者マーリンの執務室前に来ていた。
本庁城上層に位置する執務室の扉は、大きな木製扉に、呼び鈴替わりの鉄輪が付いている。ライオンの首を象ったその鉄輪を四度鳴らすと、中からしわがれた声で入室の許可が降りた。
部屋の主に促されて入ったそこは、壁面を埋めるように設置された大きな本棚と、整然と並べられた魔導書の数々。応接用の革張りの黒いソファーが四脚と、原木を削り出して作ったような大きな木製机。部屋の上座には執務机と、その椅子に座る主マーリン。
いつ訪ねてもその度に魔導書が増えている気がする。
「よく来てくれたな、アイザック、ルベラ。おぉ、ユアンも来てくれたか。直ぐに終わらせる故、そこに掛けて待っていてくれんか?」
マーリンの言葉に従い、ソファーに掛けて待つ。
座ってすぐに、どこからともなくカップとソーサー、ティーポットに茶請けの菓子が表れ、アイザックらの目の前で独りでに給仕を始める。祖父に連れられ何度か目にした事のあるアイザックは特に驚くこともなかったが、ユアンは初めて見たのか目を白黒させている。そんな彼に気付いたアイザックは、ユアンに軽く耳打ちをする。
「(執務机を見ていてごらん。もっと面白いものが見れるから)」
アイザックの言葉に顔を大賢者の方へと向けると、書類の山に埋もれるようなマーリンが、軽く息を吹いている所だった。
マーリンの吹いた息に呼応して、書類の束が一枚ずつ中空に並んでいく。いつしかマーリンを取り囲むように円柱形に並んだ書類は、メリーゴーランドよろしくゆっくりと彼の周りを回り始めた。
大賢者は素早く目を動かして、自身の周りに浮かせていた十個の判子を次々と書類に捺していく。
判が捺された書類は、流れるように列から抜け出し、三つの箱に整然と収まっていく。見ると、承認、保留、否認の三種のようだ。
やがて全ての書類がいずれかの箱に入ると、今度は箱自体が浮上しながら形を変える。いつしか鳥のような姿になった箱は、各々が向かう場所が分かっているかのように、マーリンの後ろで開け放たれた窓から飛んで行った。
全てが終わるまで五分と掛かっていないだろう。
「いつ見てもマーリン様の書類捌きは見事ですね」
朗らかに笑いながら向かいのソファーへとやって来たマーリンにアイザックは賞賛の声をあげる。
するとマーリンは苦い顔をして彼を嗜める。
「これ、アイザック!今はワシらしか居らんのじゃ。昔のように『おじいちゃま』と呼ばんか」
「半世紀も前の恥ずかしい思い出を引っ張らないでください!」
マーリンの揶揄いに顔を真っ赤にして抗議するアイザック。その隣では未だにユアンが大口を開けて固まっている。
「カッカッカッ!済まぬ!少し大人びておったから、別人かと思うてな。安心したぞ、アイザック。」
全く悪びれる様子もなく返す大賢者に、赤面こそすれ悪感情は抱かない。そういう人なのだ、と知っていたはずなのに対処出来なかった自分の未熟を呪う。いつまでも笑うマーリンの鼻を明かそうと、アイザックは本題を切り出した。
「ところで、マーリン様。先程の審問会では、皆に嘘を吐きましたね?」
唐突なアイザックの切り返しに、マーリンは自慢の髭を撫ぜる。
「はて?なんのことかの」
その顔には一片の曇りもなく、むしろ楽しんでいるかのよう。ようやく意識が帰ってきたユアンも声を上げる。
「そうですよアイザックさん!大賢者様が嘘なんて!……それにあの部屋には《看破》が掛けられているんですから嘘なんてすぐに分かるじゃないですか!」
「そう。嘘を見破る魔法の掛かった部屋で嘘の付きようがない。並の魔法使いであれば。あと、変わりないのはマーリン様もですよ?」
アイザックは顔にイタズラな笑みを貼り付けて続ける。
「嘘や隠し事をする時、左手で髭を触る癖。まだ直っていなかったんですね」
彼の左肩でルベラも頷く。
「でもそのお陰で助かったわ、マーリン。何かアルベルトの事を知っているんでしょう?」
彼らの追求に、大賢者は満面の笑みをたたえて深く頷いた。
「流石は我が友の類縁じゃ。これから話すことは決して他言無用。心得よ」
マーリンはそう言うと、指をひとつ鳴らして部屋と外とを隔絶する魔法を使う。普段パートナーの力を借りて遮音結界を使うユアンはこれに酷く驚く。ただ音を遮断するのではなく、結界の中と外とを位相ごとずらしている事に気付いたからだ。
そんなユアンの様子に気が付いた大賢者は茶目っ気のある顔で唇に人差し指を置く。
「さて、まずはそうじゃな。アルが消えるその少し前から話そうか」
一変して真剣な表情に戻った大賢者は、アルベルトが失踪する前までの話を始めた。
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