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1章
◇レオン・ギルクスの証言。
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「おかしい」
この学園には、問題児という一言で片づけるのも難しい奴がいる。ユフィル・シア。王家に連なる一族であり、代々神殿経営を支える、この国にとっては決して軽視できないシア一族の三男。
茶会ではターゲットを定めて叩きのめす、欲しいものは奪う。周囲に甘やかされて育ったのが見て取れる、好かれる要素の見当たらない男で、俺は幼少期からあいつが嫌いだった。
見た目は透き通るように美しい白髪と金の瞳で天使のようであるために、その内面の悪辣さはまさしく一種の詐欺とも言えよう。
そう、あの悪魔のごとき内面が、簡単に変わる筈が……。
「でも、レオン。シア様、1か月前からずっとああだけど……」
「……。魔術の類かもしれん。治癒魔法をかけてみよう」
「う、うん。一応カランド先生には伝えておくけど、いつ?」
「今日の放課後だ。俺がユフィルを連れて来る」
眉間を揉みながら立ち上がり、ふと、窓の外に目をやる。魔法の鍛錬をしている生徒たちが、見覚えのあり過ぎる男、ユフィルの周りに集まっている光景は、ここ数日の顕著な異常事態だ。
つい1か月前までは、奴が歩けば道が出来るほどには避けられていたし、そもそも、あのユフィルが魔法の鍛錬なんてしている場面を見たことがない。
前は10人中10人がユフィルを悪しざまに罵っていたのに、今ではそれが反転する勢いなのが不気味すぎる。
水をかけたユフィルを問い詰めたあの日だって言い訳の一つも出て来ず、アレクにケガをさせたわけでもないアイツにそれ以上の追求をするのが難しく、厳重注意にとどまっていた。
外へ出て、先ほど人に囲まれていたユフィルを探せば、丁度こちらを見た男子生徒と目が合う。ハッとしたように頭を下げたそいつは、ユフィルの手を引いて訓練棟へと駆けていく……って、待て。なぜ逃げる。
「おい! 待て、ユフィル。話がある」
声をかけた直後、男子生徒が苦々し気にこちらを見るのがわかって、思わず俺の足が止まる。
「……ユフィル、ほら、皆待ってるから行こう」
「あー、ごめん、ありがとう。大丈夫、先に行ってて。皆にはまた後日お詫びするよ」
「だけど、お前。あれ絶対ついていかない方がいいって。どうせ言いがかりつけられるぞ」
「はは、俺がそれだけのことしてきたせいだからね。しょうがない」
漏れ聞こえた会話に、ぴくりと唇の端が動くのを感じる。ここまで印象操作が浸透してしまっているとなると、やはり魔法の線が濃厚だ。そもそもあの男子生徒、確か以前の茶会でユフィルにターゲットにされていた奴じゃないか?
どこかこの学園全体が異様な空気に侵されていくような、そんな違和感を抱きながら、こちらに近づいたユフィルについてくるように促す。以前のように俺の腕に手をかけることも、話しかけてくることも、ヒステリックに騒ぎ立てることもしないのが、余計に不気味だった。
「カランド先生、レオン・ギルクスです」
「あぁ、来たか。入っていいですよ」
本校舎1階の奥。回復魔法の教師としてこの学園に努めているその男が、学園の一室を己の研究室のようにしているのは有名な話だ。どこか愁いを帯びた垂れた目元、長めの紫の髪を後ろでまとめ、同じ色の瞳はレンズ越しに怪しく光る――というのが、耳にした風評。
アレクもその場にいて、小さく頷いてから、俺はユフィルの背を押して先生の前へと進ませる。
戸惑ったような顔をするユフィルが疑問を口にすれば、先生の口から答えが示された。
「君の最近の言動は、明らかに以前と異なっている。単刀直入に言えば、君が何かを隠しているのではと思うのですが、どうですか?」
「……心外ですね。俺はただ、以前までの態度を深く悔いているだけです」
僅かに揺らぐ声。そのユフィルを見ているカランド先生の目が、すっと細められる。ちらと目を向けた先にあった水晶を手に取り、ユフィルにかざすようにしてから、コトリと机へ戻す。
「なるほど。なら、それを証明することはできますか」
「具体的には?」
「お話をしましょう。君が本当に変わっただけなのか、それから判断します。もちろん、断っていただいても構いません」
あくまで、私の好奇心からのご提案です。そう続ける先生が、小さく笑う。ユフィルの指先がピクリと動いて、一瞬の間の後に口が開かれた。
「……わかりました」
何処か緊張したような、小さなため息とともに了承の言葉がおとされる。失礼します、との言葉と共に立ち去るユフィルが、入り口付近に立つ俺とのすれ違いざま、一度も視線をよこさなかったのが、やけに気にかかった。
「結論から言えば、魔法の痕跡は見当たりません」
ユフィルが立ち去った後、先生と向き合った俺とアレクにかけられた言葉は、そうであって欲しいという願いを裏切るものだった。
「カランド先生、しかし、それではユフィルがまるで、本当に……その、改心したと?」
「……見てください」
先生が持ち上げた先ほどの水晶が、きらりと光を反射する。――偽らざる石とも呼ばれるそれは、幻惑や黒魔法の類を受けると濁るという特性をもち、国の要人は必ず所持している代物だ。
ユフィルを前にしてもそれは変わらず美しく透き通っていて、俺は内心、そんなわけがないと、食い入るように見つめてしまった。
「色が変わらないということは、シア様が本当のことを言っていて、何も裏が無いということじゃ……?」
「ええ、その通りです。ですが、それがおかしいのですよ」
「は……?」
「ユフィル・シア……彼は、」
”入学当初から、黒魔法の痕跡がありました。”
この学園には、問題児という一言で片づけるのも難しい奴がいる。ユフィル・シア。王家に連なる一族であり、代々神殿経営を支える、この国にとっては決して軽視できないシア一族の三男。
茶会ではターゲットを定めて叩きのめす、欲しいものは奪う。周囲に甘やかされて育ったのが見て取れる、好かれる要素の見当たらない男で、俺は幼少期からあいつが嫌いだった。
見た目は透き通るように美しい白髪と金の瞳で天使のようであるために、その内面の悪辣さはまさしく一種の詐欺とも言えよう。
そう、あの悪魔のごとき内面が、簡単に変わる筈が……。
「でも、レオン。シア様、1か月前からずっとああだけど……」
「……。魔術の類かもしれん。治癒魔法をかけてみよう」
「う、うん。一応カランド先生には伝えておくけど、いつ?」
「今日の放課後だ。俺がユフィルを連れて来る」
眉間を揉みながら立ち上がり、ふと、窓の外に目をやる。魔法の鍛錬をしている生徒たちが、見覚えのあり過ぎる男、ユフィルの周りに集まっている光景は、ここ数日の顕著な異常事態だ。
つい1か月前までは、奴が歩けば道が出来るほどには避けられていたし、そもそも、あのユフィルが魔法の鍛錬なんてしている場面を見たことがない。
前は10人中10人がユフィルを悪しざまに罵っていたのに、今ではそれが反転する勢いなのが不気味すぎる。
水をかけたユフィルを問い詰めたあの日だって言い訳の一つも出て来ず、アレクにケガをさせたわけでもないアイツにそれ以上の追求をするのが難しく、厳重注意にとどまっていた。
外へ出て、先ほど人に囲まれていたユフィルを探せば、丁度こちらを見た男子生徒と目が合う。ハッとしたように頭を下げたそいつは、ユフィルの手を引いて訓練棟へと駆けていく……って、待て。なぜ逃げる。
「おい! 待て、ユフィル。話がある」
声をかけた直後、男子生徒が苦々し気にこちらを見るのがわかって、思わず俺の足が止まる。
「……ユフィル、ほら、皆待ってるから行こう」
「あー、ごめん、ありがとう。大丈夫、先に行ってて。皆にはまた後日お詫びするよ」
「だけど、お前。あれ絶対ついていかない方がいいって。どうせ言いがかりつけられるぞ」
「はは、俺がそれだけのことしてきたせいだからね。しょうがない」
漏れ聞こえた会話に、ぴくりと唇の端が動くのを感じる。ここまで印象操作が浸透してしまっているとなると、やはり魔法の線が濃厚だ。そもそもあの男子生徒、確か以前の茶会でユフィルにターゲットにされていた奴じゃないか?
どこかこの学園全体が異様な空気に侵されていくような、そんな違和感を抱きながら、こちらに近づいたユフィルについてくるように促す。以前のように俺の腕に手をかけることも、話しかけてくることも、ヒステリックに騒ぎ立てることもしないのが、余計に不気味だった。
「カランド先生、レオン・ギルクスです」
「あぁ、来たか。入っていいですよ」
本校舎1階の奥。回復魔法の教師としてこの学園に努めているその男が、学園の一室を己の研究室のようにしているのは有名な話だ。どこか愁いを帯びた垂れた目元、長めの紫の髪を後ろでまとめ、同じ色の瞳はレンズ越しに怪しく光る――というのが、耳にした風評。
アレクもその場にいて、小さく頷いてから、俺はユフィルの背を押して先生の前へと進ませる。
戸惑ったような顔をするユフィルが疑問を口にすれば、先生の口から答えが示された。
「君の最近の言動は、明らかに以前と異なっている。単刀直入に言えば、君が何かを隠しているのではと思うのですが、どうですか?」
「……心外ですね。俺はただ、以前までの態度を深く悔いているだけです」
僅かに揺らぐ声。そのユフィルを見ているカランド先生の目が、すっと細められる。ちらと目を向けた先にあった水晶を手に取り、ユフィルにかざすようにしてから、コトリと机へ戻す。
「なるほど。なら、それを証明することはできますか」
「具体的には?」
「お話をしましょう。君が本当に変わっただけなのか、それから判断します。もちろん、断っていただいても構いません」
あくまで、私の好奇心からのご提案です。そう続ける先生が、小さく笑う。ユフィルの指先がピクリと動いて、一瞬の間の後に口が開かれた。
「……わかりました」
何処か緊張したような、小さなため息とともに了承の言葉がおとされる。失礼します、との言葉と共に立ち去るユフィルが、入り口付近に立つ俺とのすれ違いざま、一度も視線をよこさなかったのが、やけに気にかかった。
「結論から言えば、魔法の痕跡は見当たりません」
ユフィルが立ち去った後、先生と向き合った俺とアレクにかけられた言葉は、そうであって欲しいという願いを裏切るものだった。
「カランド先生、しかし、それではユフィルがまるで、本当に……その、改心したと?」
「……見てください」
先生が持ち上げた先ほどの水晶が、きらりと光を反射する。――偽らざる石とも呼ばれるそれは、幻惑や黒魔法の類を受けると濁るという特性をもち、国の要人は必ず所持している代物だ。
ユフィルを前にしてもそれは変わらず美しく透き通っていて、俺は内心、そんなわけがないと、食い入るように見つめてしまった。
「色が変わらないということは、シア様が本当のことを言っていて、何も裏が無いということじゃ……?」
「ええ、その通りです。ですが、それがおかしいのですよ」
「は……?」
「ユフィル・シア……彼は、」
”入学当初から、黒魔法の痕跡がありました。”
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