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32.アイラのお留守番
しおりを挟む自宅に帰り荷物を準備したリートは、その足で騎士団のドラゴン飼育場へと向かった。
騎士が任務で遠出する際にドラゴンを預かってくれる施設である。
「あら、“新入り”だね。最近ドラゴンの主人(あるじ)になったばかりかい?」
飼育場のおばちゃんがリートを見てそう聞いてきた。
「そうです。一昨日選ばれたばかりです」
「そうか、そうか」
「今日から任務で五日ほど王都を離れるので、この子を預かってくれますか?」
と、リートが言うと、おばちゃんは「もちろんだよ」と返す。
――だが、問題は。
「きゅッ!?」
アイラがそんな叫び声をあげる。
どうやらリートが自分をここに“置いていく”ことを理解したらしい。
アイラは勢いよくリートの胸に飛び込んで、その短い前足と後ろ足をフル活用してリートに抱きついた。
見捨てないでと、そんな声が聞こえてきそうだった。
「おやおや、ドラゴンが主人と離れるのを嫌がるとは、珍しいね」
長年ドラゴンを見てきたであろう龍飼いのおばちゃんが、驚いたように言った。
「ええ、どうも珍しいみたいですね……」
とリートはアイラの頭を撫でながら言った。
「りゅぅ……」
アイラはその丸いつぶらな目でリートを見上げる。
「いや……そんな目で見られても……。流石に任務には連れていけないよ……」
竜の里で教わったが、ドラゴンが強いのは変身している時だけらしい。魔力を練り上げていない状態では無防備で、その辺の猫と耐久性は変わらないらしい。
だから、まだ“変身”できないうちは、任務には連れていけない。
「あの、こういう時ってどうしたらいいんですか?」
アイラを抱きかかえて、背中をさすりながらリートは竜飼いのおばちゃんに聞く。
「いやぁ……ドラゴンが飼い主の不在を寂しがるってのがあんまりないんだよね……」
「……そうですか。困ったなぁ」
しかし、アイラが泣こうが叫ぼうが、任務には行かないといけない。
リートはなんとか打開策を考える。
そして、まさかとは思ったが、解決策を思いついた。
「……クロワッサン」
と、呟く。
――すると、案の定。
アイラの眉がピクっとなった。
「クロワッサンを毎日分買ってあげよう。どうだ? さっき食べたやつだ。美味しかっただろ?」
リートは、宝くじを買う様な気持ちでアイラにその提案をした。
まさか、700年騎士たちを見定めてきたドラゴンが、食べ物につられるわけがない……
と思ったのだが、
「りゅーッ!」
アイラは、リートの胸元から離れ、小さな円を描いて飛んで喜びを示した。
「……おい、まじかよ」
「リートと離れたくない」という思いは、食べ物の誘惑に負けたのであった。
「……なんか複雑だ」
リートはため息をついた。
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