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004 育児日記

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        ♢♢♢
 私達は運命の日に備えて、忙しい日々を送っていました。そんなある日、私と妻の夢枕に女神様が立たれました。

 運命の日を乗り越えるために光の御子を授ける。
 その子は魂の煌めきが強すぎて、力を持ち過ぎてしまう危うさがある。だが、誰からも愛され、愛しまれ、人々の希望になるはずである。御子が幸せに過ごす世こそ、運命の日を乗り越えた先にある光である。


 程なくして私達夫婦は愛し子を授かりました。
 魂が煌くとは、このようなことでしょうか。まばゆい光に包まれて生まれてきた子どもは、産声と共に空に虹を描き、草木に生命を与え、あらゆるものに歓びの唄を授けました。

 私達は妻の故郷の言葉から「幸せな男の子」ーーコウターーと名付けました。

 運命の日を乗り越えた光があることを信じて……。巡り会えたあなたに、この子を託します。どうか、私達の願いを引き継いでいただきたい。
 

 幼くして過酷な運命に巻き込まれたコウタに、私達の代わりにたくさんの幸せを詰め込んであげてください。


     コウタ     三歳

 穏やかな気性。賢く聞きわけがよい子。

◎  女神から愛されたその大きな器により、興味関心が高く、教えたことはスポンジの如くスルスルと吸収する。年齢に見合わない思考も全てを吸収できる器のおかげである。しかし、体力が伴う訳ではない。

◎  感情が高ぶってたくさん泣いた翌日は発熱しやすい。すぐに下がれば良いが、長引くと水を求める。温度と質にこだわるので、大変だが適した水を与えてやってほしい。

◎  好き嫌いなく何でも食べるが食が細い。

◎  好物は山ヤギのミルクにベリーの蜜漬けを混ぜたもの。アイスクリーム。(氷菓子)

◎  村には子供がいなかったため、同年代との経験がない。大人には可愛がられたために人見知りをせず、警戒心がない。




 幼子が抱えていた赤い革の本は、その両親の愛情の賜物であった。

 出生の様子から初めて笑い声を出した日、寝返りを打った日、育児の記念日が詳細に綴られていた。座った、立った、どんな病気や怪我を経験してきたか。たったこれだけで夫婦が大切に愛情をかけてきたことがわかる。
 特に好物のレシピがいくつも書かれ、この全てから幸せそうな笑い声が溢れてきそうだ。



 ぐにゃりと曲がった視界から俺の身体に流れ込んでくる情報は、文字を超え、意識を超え、受け止めるにはあまりある愛情の塊であった。



 不意に執事が重い口を開いた。
「親族守秘の魔法……。古代魔法の一つで未だ再現できていないものですが、聞いた事があります。昔、王族などで使われたものです。継承者が幼いときなどに保護する親族のみが閲覧できる文書などに施された魔法。王位継承に必要な案件や秘宝のありか、家訓や秘伝などを確実に伝えるために使われました。おそらくディック様に親族としての権利が譲られたのではないかと……」

「そんな魔法があるのか……。だが、大した秘密らしき物はなかったぞ? まぁ、特殊な生まれではあるようだが……。」

「本当にそれだけなんですか? あなたのことです。理解できなかったとか、重要なことに気づいてないとか?」
「そんなこと言われても、俺に分かるわけねぇ! お前が読めばいいだろう」
「私では分からないから聞いているのです」

 珍しくセガがイライラしている。執事の性分で、全てを把握しておきたいだろうが、何分この本は俺の中に情報を強制的に送るのみ。俺達には解読不能だ。


「仕方がないですね。いっそコウタ様にこの本をお見せして、我々にできることはないか、どのような敵と対峙されたかなどをお聞きいたしましょう」

 そうだ、懸念すべきは追っ手だ。母親の状態からして激しい戦いがあったはずである。追っ手がいるとすればコウタを放っておくはずがない。確認が急務だ。だが……。

「あぁ、それなんだが……。こっちも魔法だ。コウタが再び本に触れると、本は役割を終えたと判断し、消えるそうだ。無事、独り立ちをするまで、本のことは知らせるなとあったぞ」

「では、手詰まりではありませんか!だからあなたは……」

「うっせぇ。俺のせいじゃねぇ……!八つ当たりすんな……柄じゃねえぞ!」

「広く情勢を知る奴がいるだろう? あいつら呼んで手掛かりを探す。まぁ、ひと冬越せば、追っ手の心配はグンと減るだろうから……。」
「この魔法書といい、身につけていたものといい、状況が状況です…。 危険に晒すことになりますよ……。お覚悟がおありで……?」

「じゃあ、俺達だけで何とかできるか? どう考えても無理だ…。 場合によっちゃ敵がデカすぎる。 そうなったらアイツらだって無事とは言えねぇ。もう遅いんだよ。それに、俺達が護ってやらなきゃ誰が護る? あの見目にこの出自だ……。コウタを引き受けられる奴なんて俺くらいのもんだ。違うか?」

 珍しく執事が黙る。そして仕方がないというように大きく息を吐くと背後をひんやりと冷やして悪い顔で呟いた。
「まだまだ引退させては貰えませんか。全く人使いの荒い主人です。」


 


 

 
 


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