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046 お引越し
しおりを挟む「本当に貰っていいの?」
「もちろん。だってお子様の絵本だよ? さすがに僕たちは卒業さ」
この前、クライス兄さんの部屋に行った時、オレが本に興味を持ったからって、兄さん達が小さい頃に読んでいた絵本をくれたんだ! 嬉しい!
山にいた頃は本は凄く貴重で、父様だけが読んだり触ったりすることを許されていたんだ。
憧れだったよ。 紙もずいぶん違って、薄くて白っぽくなってるの。オレ、早く読めるようになりたいな!
今日はオレの部屋の引っ越しだ。
今までは客間を使わせて貰っていたから本館にあるディック様達の部屋から遠かった。
だからアイファ兄さんとクライス兄さんの部屋の間にある小部屋をオレの部屋にしてくれる。ここは昔、兄さん達が一緒に遊ぶ時に使っていた部屋だって。二人の部屋から直接入れるようになっている。小部屋って言っても貴族のお部屋だから、ベットやソファーセットを入れても十分に遊べちゃうくらい広い。
ベッドはドアの近くがいいな。
ベットサイドに小さな棚を置いて貰って、ソラのベットを置くよ。宝箱はクローゼットの中ね。 テーブルとソファーのセットは要らないって言ったのに小さいものを新調してくれたの。 贅沢~!
今までは花壇が見えていた景色は裏庭になったんだ! ブランコも見えるよ! うん、メイドさん達の気配が感じられていいかも!
敷き詰められた絨毯でごろんとする。こっちがアイファ兄さんの部屋に繋がって、こっちがクライス兄さんの部屋。こっちが廊下だね! うふふ、オレの部屋はドアがいっぱいでワクワクだ!
「一応、鍵がかかってるけど、勝手に開けるんじゃねぇぞ」
アイファ兄さんはそう言うけど、きっとノックをすると瞬殺で開けてくれるよ。
「僕は大丈夫だよ。いつでも部屋においでね」
さすが優しいクライス兄さん。でもね、クライス兄さんの部屋は散らかっていて、油断するとこっちの部屋まで物が溢れそうだよ。
お引越しを済ませると、何だか本当の兄弟になれたみたいで嬉しいんだ。ねぇソラ、戻ってくるお部屋を間違えないでね。
ここに来た時は何も持っていなかったのに、お気に入りの毛布にソラのベット、積み木、宝箱にはツルツルの石でしょう、木剣に人形達、そこに本が加わった。こんなにたくさんの持ち物がある。オレ、王様に近づいているかも!
さぁ、貰った本を読もう!
「ゆ・う.しゃ・と・ド・ラ・ゴ・ン」
かっこいい勇者様が描いてあって、面白そうだ。
「あれ? コウタ、文字が分かるのかい? 読んであげようか?」
「本当? 読んで読んで! オレ、まだちょっとしか読めないの!」
クライス兄さんがオレのベットいに腰掛けて、ふわりとオレを膝に乗せてくれた。
「……、ちょっとは読めるんだ。 サンに教えて貰ったの?」
「ううん。 積み木に文字が書いてあったでしょう? だからちょっとずつ覚えてるの。だけどオレのいた所と形が違う文字があるし、足りない文字もあるから、ちゃんと知りたいの」
この文字がないよとか、この文字と発音が合わなくて難しいとか、オレが一生懸命説明するとクライス兄さんが困ったような顔をした。
「文字と発音の法則なんて……、学校でも難しい勉強だよ。 まずは基本の綴りを覚えよう。 確かにコウタが言った綴りは特別だね。 足りない文字は古代文字だし……。 よく気がついたねって褒めてあげたいけど、 褒めちゃっていいのかなぁ?」
『勇者とドラゴン』のお話は思ったとおり面白かった!
出てきた勇者がアックスさんみたいで、魔法使い達が父様と母様みたいで、従者が熊爺そっくりで嬉しくって懐かしかったのは内緒。山の話をすると、みんなが心配するから。オレのお腹にそっとしまって、嬉しいことや楽しいことを一杯お話するんだ。
勇者シリーズのお話はまだまだたくさんあって、次から次へと兄さんにねだって読んで貰った。五冊目になると兄さんが飽きてきてギブアップ。ちょうどそこに執事さんがお仕事の応援要請にきたよ。
行ってらっしゃい!
オレ、一人で続きを読んでるね!
暫くすると、持ってきた本を全部読んでしまった。だんだん読むスピードが速くなったからかな? 本ばかり集めた物置にはまだたくさんの絵本があったから持ってこよう。ソラ、本は重いから手伝ってね。
ガチャリとドアノブにぶら下がって扉を開ける。物置は三階のその奥。ソラに大きくなって貰って背中に数冊、オレも二冊。絵本は薄いけど、あんまり持てないな。これじゃあ、すぐ読めちゃう。
何度か往復したけど……。こうなったら思い切って物置で読んでしまおう! だってオレ、ライトの魔法が使えるもん! 暗くたって平気!
勇者の冒険シリーズは父様達に聞いたお話もあって、じわりと目が潤む。魔法使いシリーズは母様の失敗談を思い出す。妖精の森シリーズは不思議がいっぱいだ。
『魔物と幻獣』『冒険に役立つ薬草』『危険地帯の渡り方』『迷宮 その不思議を暴く』これはアイファ兄さんが読んだのかな。ページに折れ目がついている。
『遺跡の道標』『要塞と王城』『古代からの贈り物』この辺りはクライス兄さんが好きそうだ。あっ、魔物図鑑があるよ。あれは地図かなぁ。読みたい本がどんどん見つかる。
▪️▪️▪️▪️
「コウタ、お待たせ~、そろそろご飯だよ」
一仕事終えてコウタを呼びに部屋に戻る。
うわぁ!! しまった! 一人にするんじゃなかったよ。
床にもソファーにもベットにも本、本、本。本が散乱している。
これ、学校の教科書だし、こっちは専門書?! コウタ、文字はちょっとしか読めないんじゃなかったっけ? いやいや、こんなたくさんの本、そんなすぐには読めないはず。何をして遊んだのかなぁ?
「コウタ、どこ? どこに隠れちゃった?」
ベットの下を覗くと、勇者シリーズが隠されてあった。 ふふふ、気に入ったのかな?
クローゼットの中には妖精の森シリーズ。テラスにも出た形跡はないし……、僕の部屋かなぁ?
…………いないなぁ。
アイファ兄さんの部屋にもいないし、裏庭にもいない。厨房にも馬屋にも。メイドに聞いても目撃情報はないし……。外に出た形跡もない。どこに行ったの?
冬の夜は早い。松明やランタンの揺らめきに、僕たちは焦る。
「「 コウター! どこー? 出ておいでよ」」
「「「 コウタ様~? お返事して下さい」」」」
「「「 坊ちゃん! 小さい坊ちゃん! どちらです?」」」
「 コウちゃん! どこ? お返事して?」
僕らもメイドも使用人達もみんなで探すが、コウタの足取りは掴めない。
夜の闇は厳しい寒さを連れてくる。
寒さで震えていないだろうか?
こんな暗い中、怯えていないだろうか?
ーーーーやはり外に行ったのか?
ーーーーもしや誘拐? 領主館に忍び込んだやつがいるのか? そんな気配はなかったが。
徐々に深刻な雰囲気が広がる。
誘拐なら、街道を封鎖する必要が出てくる。時間との勝負になるが、決定打がないことには迂闊に兵は動かせない。
痕跡が掴めない事には。
重苦しいため息が広がる。探し始めてゆうに2時間は超えている。
もう一度探し、見つからなかったら村の方まで行こう。
父上の方針に皆で頷き、もう一度、始めから探す。わずかな手がかりでもいい……。
「あぁ、い、いました! 皆さん、いましたよーー!!」
サンの呼び声で一同が駆けつける。あぁ、よかった、よかったよ。
でも一体どこに?
古い書庫の一際奥。下段の本を全て出して積み上げ、その後ろの空間に小さな身体を押し込んでぐっすり眠る幼子と小鳥の姿。
ランタンの灯りで照らされた頬の下には、分厚い本が開かれたままだ。
周囲の本をどかし、床に這いつくばって棚の奥に手を伸ばす。ピピと目覚めた小鳥がパタタ僕の肩に留まって頬擦りをした。
埃まみれになった父上に救出されたコウタ。満ち足りた笑顔ですやすやと、穏やかな寝息は続いている。
「ふぅ、心配かけやがって。こいつにゃ鈴が必要だ」
ツンツン、ツンと捜索に加わった面々が頬を突いても動じない。眉を寄せてむにゅむにゅするけど、すぐに癒しの微笑みに戻る。
君って本当、大物だねぇ。
我が家の家訓は『コウタから目を離すな』になりそうだよ。
応援ありがとうございます!
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