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ユウキの午後 ミミルとの約束と彼女の理由

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ユウキの午後 ミミルとの約束と彼女の理由

 既に夕刻、ティナには美味しい店を探すようお願いしユウキは部屋を出て約束のマッサージ屋に来ていた。時間が遅くなってしまったが、ミミルはずっと待っていたらしくユウキを見ると満面の笑顔で迎え入れた。

 「いらっしゃいませ。すいません、来ていただいて。私嬉しいです。」

 そういうと申し訳なさそうな表情をし今日は時間が短めしか取れないのですがいいですか?と聞いて来る。

 「ごめん、練習相手になるって言ってたのに。」

 「いいですよ。ほとんどの人は今からする短めの時間の方がほとんどなんです。」

 そういうとミミルは気にした様子もなくユウキを昨日使用した自分の部屋へと案内する。 

 「今日はちゃんと払うよ。遅れたし、それにちゃんとしたマッサージを受けるんだから対価は払わないと。」

 ユウキが言うと両手を激しく振りミミルは遠慮する。

 「い、いえ、下手くそな私のマッサージでは逆にお身体を悪くすることもあるかもしれませんので!いえ、ちゃんとやってますよ?教え通りにでもですね!」

 「いいから。お金が必要だからこうして練習してるんでしょう?」

 「それは…はい。」

 「なら、遠慮しないで。」

 ユウキはお金を渡す。ミミルは初めてのお客様から貰ったお金…と感動しているようだ。

 「さっそく始めますね!!」

 ミミルはユウキをうつ伏せに寝かせると肩を揉み始める。

 「気持ちいいですか?」

  ユウキはそれに頷き返答する。

  「良かった!所でユウキさんはいつまでこの街に居られるんですか?この街の事を知らないようでしたし…練習に付き合ってくださると言ってもご予定があるのではないですか?」

 「あぁ…気持ちいい。いつまでいるか…そういえば決めてなかったな。前の所で色々あったからね。少しはのんびりしたいと思ってたんだけど。」

 そういうと、嬉しそうに少し肩を揉むスピードが上がったような気がする。

 「そ、そうですか。なら、今度はまた長いコースの練習も出来ますよね?」

 言われてユウキも昨日のことを思い出し小声で出来るよ。とだけ呟く。少しの間二人は沈黙する。黙々と手だけを動かすミミルであるがきっと顔は赤くなっているのであろう。昨日の赤くなり沈黙が続いた状況を思い出ししまったかなとユウキは思う。こうしてマッサージを続けながら会話をすることもきっと仕事のうちだろうに沈黙させてどうするのだ。

 「そういえば、ミミルは教会に入りたいと言っていたけどなんでこんなことまでして入りたいんだ?」

 ユウキは思い付きで言ってみる。

 「え?」

 驚いたようにミミルは声を出す。

 「昨日、教会に入って修道女になるにはお金がって言ってたでしょ?」

 「…教会に入りたいわけではないんです。修道女にも…目的の為になるしかないというだけなのですよ。」

 ミミルは腰のあたりを揉みながら話始める。ユウキは疑問に思いながらもその背中に水がぽつっぽつっと落ちるのを感じる。

 (何かのオイルだろうか…いや、これは…涙か?)

 滴る水滴と裏返る声。ミミルはごめんなさい!ごめんなさい!と言いながら手を止めてしまう。ユウキはミミルの下から抜け出ると正面に座り話を聞くことにする。

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 私達は仲のいい姉妹でした。

 妹は私よりも活発でやんちゃで女の子というのを忘れてしまうくらいに元気な子供だったんです。

 ミミルは当時を思い出しながら語りだす。

 あの日、たまたま村に薬師と名のる黒い服を着た人たちが来たのです。夏の暑い時期にも関わらず、黒の格好で汗もかかないこの人たちに村の人々は当然、怪しいと思いいい宿を貸そうとしませんでした。

 そこで、仕方がなく私達の両親がこの方達を泊めてあげる事にしたのです。

 しかし、悲劇は深夜に起きました。村に魔族が侵入してきたのです。

 私が目覚めた時には既に両親は近くに居ませんでした。生きているのか死んでいるのかさえ分からない状況でした。

 妹だけは守らなければそう思い探しました。何も持たずに燃える家から飛び出して。

 外の景色は…そこで見たものは地獄でした。燃えていたのは私の家だけではありませんでした。

 泣き叫ぶ声すら踏みつぶされ静けさしかなく、ただ燃える匂いに混じって香る肉の焦げた匂いだけがそこにはありました。

 その時、魔族と対峙する四人の黒い服の薬師が妹を守っておりました。目から出血の激しい妹になんらかの術を施してくださっていました。

 妹を連れて逃げろ!こんな我々を泊めてくれたせめてもの礼だと言って。

 彼らは強かった。魔族と互角に渡り合っていました。

 私はそれを確認すると目の見えない妹の手を取り連れて逃げました。どこをどう走ったのか、どこを下ったのかも覚えていません。

 気づけば、商人の馬車に乗せてもらっており私達はこの街にやってきたのです。

 教会に連れていかれた私達は才能があるという事でこうして教会の加護にすがっているのです。

 妹は目が見えずこうして働く事が難しいので私が彼女の分も働いて…働こうとしているのです。

 客が取れない為、呼び込みと終わった後の掃除などや皆さんの世話係をして皆さんに少しづつ利益をわけて貰っている状況ではあるのですが。

 ここにいる皆さんは私と同じようになにかしらの理由があって教会に入りたい人達ばかりですから。

 正規の修道女になるのは別の方法もあるのですが、それは認められた貴族の委任状がないといけないので私…いえ、ここにいる皆さんもこうして働かざるを得ないのです。


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 ユウキは話を聞き終わるとミミルの頭を撫でる。

 「辛かったね。それで妹さんは?」

 「今の時間は隣の宿舎で皆の部屋を掃除している頃です。」

 「ここにいる皆も誰かを治したくて不正規の方法で修道女になろうと?」

 「全員とはいいませんが…ここにいる三人はそうですね。」

 「あとの四人は…よくわかりません。私の事はともかくとして妹の事をあまり好いていないようなので。」

 ユウキはどうにかして正規に入れてあげることは出来ないのかと考える。

 (フレミアなら?)

 「今日は申し訳ございません。明日ももし来て頂けるのでしたら今日出来なかった分、明日は長時間でしっかりとマッサージさせて頂きますね。」

 ミミルは話を聞いてもらえたことで少し気分がすっきりしたのだろうか、涙はもうなくかわりに満面の笑みがあった。

 (なんとかしてあげられないだろうか…教会に入れてあげられなくても…もしミミルの妹を治療してあげられれば?でもその後、二人はどうするのだろうか。)

 ユウキはスッキリとしないまま宿屋に戻るのだった。
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