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冒険者ギルドに向かいおう!でも、その前に誰か状況説明を…

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    目を覚ますとそこには見知らぬベッドの足があった。

 そう見知らぬ天井でもなければ見知らぬ美女と目があったというハプニングでもなく何故かそこにはベッドの足があり床に転がされた状態でボンレスハム状態になっていた。

 (トイレに行きたいのに身動きがとれないのだが。)

 金縛りにあっているとか実は美少女が抱き着いていたという事でも夢落ちでもなく布団によって簀巻きにされてるわけでもなく、ただ普通に縛られて床に転がされているだけであった。

 (…どういう事だ?)

 強盗にでも入られて身ぐるみを剥がされた上で縛られたわけでもなさそうだ。衣服は一応着ているし金貨をいれた財布も転がっているだけで盗まれてはいないようだ。

 (イッ…痛い。)

 深く考えようとすると頭痛が走り、目が覚めるほどに胃のあたりがムカムカとしてくる。

 去年の暮れに忘年会だったと言って父親が翌日頭を押さえながら胃の調子がなどと言っている意味がようやくわかった気がする。

 それはともかくとしてこのままではトイレに…行けなくもないが何かと目立つに違いない。そういう趣味があると世の中に公言するにはまだユウキは歳も若いし経験も足りていないしそんな勇気も持ち合わせてはいない。そもそも結ばれる趣味は今の所持ち合わせてはいないと断言したい。何とかしてこの縄を解かねばならない。

 何かないかとユウキは横に転がりながら部屋を見渡す。

 (あんな所に双剣が!)

 古いボロボロの旅用カバンの奥に二つの剣が見える。その一本が都合よく、脱ぎ捨てられた衣服の下敷になり床に転がっている。

 ミノムシのように目的地に向かい前進していく。身体を丸める度に胃が圧縮され口から糸の代わりに何かが飛び出てきそうなのだが必死でそれを我慢する。

 ようやくたどり着くと剣の上にかけられている邪魔な服を口で加えてどかそうとするが中々に難しい。

 「ん?なんだこの面積の小さいのは?邪魔くさい。」

 「臭いって!な、なにしてるのそういう趣味がある人だったの!へ、変態!」

 ベッドの上から声がする。俺を縛った犯人だろうか?

 「お前が犯人か!さっさとこの縄をほどけ!」

 「いくら契約を結んだとは言え、朝から変態に襲われたくはないわ!」

 「ふざけるな!何もしてないのに人の事を縛っておいて襲うとかなんとか逆だろう!」

 ユウキはベッドの上にいるであろう犯人を確かめるべく仰向けの体勢を取る為、その布を噛んだまま180度回転する。

 (……誰?)

 「…き、キャー!!」

 慌てて体に布を巻きながら美女が顔を赤くし、物凄い形相で腹部を目指して膝から落ちてくる。

 だが、ユウキはそのフライングニードロップを躱そうとすれば躱せるのだが、これは受けるしかない逃げてはいけないのだと心の中で強く納得し衝撃に備えて腹部に力を込めて受ける体制を整える。

 美女がフライングニードロップをすべく顔を赤くしながら半裸で宙を舞っているのだ。

 いくら体に布を巻きつけようが落ちれば重いものが先に落ち、軽いものは上に持ち上がるのである。

 一生忘れてはならない光景としてユウキは全力で目に焼き付ける。

 (神々しい綺麗な貝には毛が…)

 ユウキは苦悶の叫びをあげながらドタバタとのたうち回り、そして自分の最も恥ずかしい部分をさらすこととなったた女の叫び声が部屋に響き渡る。

 後ほど、この騒ぎを下で聞いていた店主に怒られることになるのだが、そんな状況の中、同じ部屋にいる人間が居たのであれば起きてしまうのが当然の流れであろう。


 
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  頭痛と胃のもたれと腹部の痛みによりユウキは本日朝食をとることを辞め、牛乳だけを飲みながらこの状況にこめかみを押さえ唸っていた。

 目の前には少女と美女が座って食事を取っているのだが、2人とも俺と契約を結んだらしい。

 らしいというのは片方の女性に関しては全くもって身に覚えがないからだ。

 昨晩はドンにこれからも旅をするなら外に詳しい慣れた人間と長期の契約を結んだほうが何かとお得だしティナはおススメだと言われティナを買っ…雇った記憶はある。

 そこまでは記憶にあるし、サインもしたしお金をちゃんと支払った気もする。

 問題となるのは勝手に部屋に入りこんでベッドをティナと一緒に占領したあげくティナの横で不機嫌な表情で食事を一緒に取っているこの美女に対してである。

 この街の人間ならば誰もが羨む美貌と美しい歌声を持つレイランその人である。

 ユウキは今現在目の前で一緒に食事を取っているこの女がどうしてもあの時の踊り子と同一人物だと思えないのだが、レイランは奴隷としてではなく専属の踊り子、歌姫という形でユウキに買われたのだという。

 (なんというか見た目と違って中身が幼いというか、拗ね方が子供と言うか…)

 「あー…レイランさん。さっきはゴメ…」

 さっきという言葉に反応し、ギロリッと睨まれる。

 本当にコレが踊り子のレイラン?似た別人と中身が入れ替わっているのではないかと疑いたくなる。豊満なボディーに美しい赤みがかった髪をしたあの妖艶な色香を纏った美女、数多の男を誘惑し虜にさせる女、それがレイランだったはずなのだが。

 俺の部屋で裸でいるほうが悪いだろうに…正直めんどくさい女である。というのが今のこの段階でのユウキの評価である。

 「とりあえず、俺が納得して契約を結んだ。それには間違いがないんだ?」

 今のレイランさんは怖いのでとりあえず、ティナに状況を確認する。

 「それは間違いないよ…です。問題があればドンが契約を解除してもいいって言ってた…ましたけどどうしますか?」

 「慣れてない言葉は使わなくていいよ。普通に話してくれないか?ティナ。」

 「ほ、本当にいいのかよ?ご主人様。アタシこんなんだし…今朝のだって本当はアタシが悪いのに罰もなしとか…」

 「気にしないでいいよ。どうやら勝手にベッドから落ちたのは俺のようだからね。ちゃんとベッドに寝かせてくれたんでしょ?縛るのは今後は勘弁して欲しいけど…喋り方については慣れてる話し方にして欲しいかな。言い難そうに話してるのを見ているとこっちがむずがゆくなってくる。」

 そういうと、ホッとしたようなようやく緊張から解かれたような表情を見せてくれる。

 「契約に関しては…記憶がないとはいえティナの言っている通りに俺が納得して結んでいたのならそれは俺の落ち度だ。一度結んだ約束がちゃんと納得してサインしていた物だとしたら、俺からは取り消すつもりはないよ。後はレイランがさっきの事も含めてどうしたいかで決めていいよ。」

 「ならこのまま一緒にいたい…城には行きたくない。それに、さっきの事は頭では私が悪いっていうのは理解しているのよ。夜に服が邪魔で脱ぐ癖がある事をすっかり忘れていたのは私のミスだし。」

 感情的な問題としてはまだ収まっていないようなのでこの話は終わりにしておく。

 俺は色々と世の中の事を知らなさ過ぎるようだ。金銭感覚の事、契約の事、自分のアルコールへの耐性の事…。

 気を引き締めてもう少し物事を考えないといけないようだ。街の環境や外ばかりに目がいっていたが、自身の甘さの事も考えていかないといけないようだ。日本の学生ではそこそこしっかりとしていると自分では思っていたのだが、こうして異世界で一日を経験した後にティナという第三者の目線から話を聞いていくとその甘さや異世界と自分のいた世界での認識のズレがいずれ命取りにならないとも限らない。

 (この世界の常識に早急に馴れる。後、契約書の件もある字を覚えよう。)

 さて、二人はまだ食事を取っているが本題に入るとしよう。ユウキは冒険者ギルドの事をティナに聞いてみる事にする。

 「ティナに聞きたいのだけれど、ティナは冒険者ギルドには加盟したことがあるかい?」

 ティナは口にくわえていたパンを急いで飲み込むと首を振る。

 「ないよ。元々アタシは盗賊だったからむしろ狙われる側だった。」

 「この後、冒険者ギルドに行って俺とティナ二人のパーティー登録をしようと思うのだけれどもティナはそれで構わないか?」

 「構わない。」

 「なら決まりだな。それじゃ、食べ終わって各自支度をしたら行こう。必要な物とかあるか?」

 ティナ牛乳をグイッと飲むと白い髭を生やした顔で困ったような表情を浮かべる。

 「今後、ご主人様がどこに行き何をしたいかによるかな。ご主人様の目的や目標とかをまだ聞いてないから何が必要かわからない。」

 ユウキはう~んと唸る。

 「もしかして目的もないのに旅に出たいからってだけでティナを買ったの?あんな奴隷契約をさせてまで。」

 レイランは呆れていた。ソーセージを何度かフォークでつつくとブスリッと突き刺す。

 (ぐっ…誰の何を思ってそれをワザと大げさに刺したのかはこの際ツッコまずにおこう。とにかくこの街から出たかっただけとか言う訳にもいかなくなったな。)

 ユウキは部屋から持って来ていた地図を広げる。前から決めていたかのように今即決しよう。

 「凄い!こんな精巧な地図をどこから手に入れたの?」

 ティナの興味をひいたようだ。テーブルに乗り出すようにその地図を見ている。

 「これは右大臣から貰った。旅をするのに地図は必要だろ?でもこれで精巧なんだ。」

 「あの大臣から~?」

 レイランは大臣と聞くと明らかに不快そうな顔をしている。対照的に大人しそうにしていたティナが地図に食いつく光景は冒険に憧れる無邪気な男の子のように明るく元気になっていた。

 「これ、借りてもいい?」

 ティナが恐る恐る聞いてくる。

 「いいよ、もしよかったら俺よりもティナの方がこの世界の地図の見方とかに慣れてそうだしね。そのまま持っていてくれないか?必要な時は案内と状況に応じて見せてくれるのなら。」

 ティナは嬉しそうに地図を懐にしまい込む。薄い服から胸の谷間に躊躇なくこういう物を入れる姿を見ると元盗賊っぽいなと思う。小ぶりだが綺麗な山もチラリと見えて思わず視線をティナからユウキは外すのだが、それをしっかりと見ていたレイランは冷たい視線を向けていた。

 ティナに対して普通にしてくれと言ってはみたが、奴隷という身分の為にまだ自分を抑え込んでいるのかもしれない。

 パーティーを組むにあたって裏表をなくした関係になりたいユウキはそう思っていた。

 パーティーはチームである。あのバスケ部の状況をユウキは絶対に作りたくないと思っていた。
 少しづつティナを変えていこうとこの時思うのだった。

 「…二人とも。うまく纏まっていそうでまだ、目的地含めて何も決まってないのだけれど。」 

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