13 / 143
第一章:れんごくの国と約束の娘
12.王子の騎士と不幸令嬢
しおりを挟む
ゲツライコウがどんな花なのかレミリアは知らない。ただ、ルーファスがその花を好きなことだけは彼から話を聞いていたので知っていた。
彼の話ではとても良い香りのする美しい花だという。それが咲き乱れる丘というとどれほどロマンティックなのだろうとレミリアは考えた。それは多分胸の内の浮かんだ諸々の不安をかなぐり捨ててしまいたいという感情の表れだったのかもしれない。
「レミー、行こうか」
「うん」
初めてまともに歩く月の宮殿の中は驚くほどの静謐さに満ちていた。確かに人々はいるのだが、それがアトラス王国の王宮のようなにぎやかさはなく、あるのは息すらしていないのではと思うような人々の流れだけ。
決して人がいないのではなく、居るのにまるでレミリアの耳が聞こえなくなったのではないかというように無音なのだ。それが不快かといえばまるで音のない映像を見ているような気持ちにはなるが不思議と嫌なものではない。
「人がいるのにとっても静かね」
「そう?」
ルーファスにとってはこのとても静かな宮殿は多分当たり前の風景なのだろう。何も気にしない風に歩いている。全てはまるで絵本でも読んでいるようなそんな錯覚を覚えかけた時だった。
「殿下!!おいていかないでくださいよ!!」
その静寂を打ち破るようにひとりの青年が駆けてきた。彼はルーファスよりも背が高くがっちりした騎士といういで立ちの青年で、黒い髪にルーファスと同じ紫の瞳をしているがタレ目で憎めない優し気な顔立ちをしている。ルーファスが隙のない美青年なら、彼はその逆で隙のあるタイプに見えた。
「ついてくるなと言っただろう。僕はレミーと月の丘へ行くんだ」
「ふたりきりなんて駄目です!!王太子なんですから護衛はつけてくださいよ」
「僕はひとりでも問題ない。それにあいつらがここに来ることはできないだろう」
「いやいや、普通に考えて下さいよ。何かあってからでは遅いんです。レミリア姫様からもひとこと言ってやってくださいよ」
助けを求めるようにこちらを見て来る眼差しに、昔、家に迷い込んだ犬を思い出して、思わず笑ってしまう。
「おい、ヨミ。まずはレミーに自己紹介をしろ。後、気安くレミーの名前を呼ぶのもだめだ」
とても鋭い声でそう言い放つルーファスが明らかに嫉妬しているのが少しほほえましく思える。そしてヨミと呼ばれた男が人懐っこく笑い跪いた。
「私の名前はヨミ・トート・ルルティア。ルーファス王太子殿下の近衛騎士兼魔術師顧問をしております。殿下の愛しの姫君であらせられるレミリア様、以後お見知りおきを」
「魔術師顧問?」
「魔術」という言葉はアトラス王国にもあったが、それは遠い昔に廃れてしまった技術だった。正確にはそれは昔ムーンティア王国にて栄えていた技術であり、サンソレイユ帝国ではわずかに王族にその技術が残るというが、ムーンティア王国ほどには使われていないという。
それについては純粋に魔力量がからんでいるようで、「魔術」「呪術」という目に見えない術の多くは月の神の加護のものが多いらしくそれを使うことができるのもその血筋のものに限られているという。
サンソレイユ帝国にその技術が残っているのは、昔まだ太陽の国と呼ばれていた頃の王が月の国の姫君と婚姻しているため、その血が混ざっているからだと言われている。
「はい。ムーンティアで「魔術」は生活に密着しておりますので。一番その力が強いのは月神様の血を最も濃く引いている王族です。私も王族の血筋なので高い魔力を持っています。そうだな……たとえば」
そういうなりヨミは何か呟くとレミリアの目の前に白い薔薇の花弁が散る。そこに薔薇の木もないのにあまりにも不思議な光景に驚くレミリアと微笑むヨミと面白くなさそうなルーファス。
「綺麗……」
「でしょう」
「……レミー、僕だってそれくらいできるよ」
「えっ?」
レミリアが驚くのも無理はない。いきなり目の前に木が生えてキンモクセイの花が咲いたのだから。先ほどの花弁が舞うというような可愛いものではない。いきなりそれは足元から萌芽してまるで早送りでもしたように咲き誇ったのだ。それを見てヨミがため息をつく。
「殿下の魔法は規格外すぎてこれでは姫君が引いてしまいますよ」
「……レミーはキンモクセイが好きだから喜んでくれるっておもったんだけど……」
珍しく困惑しているルーファスに思わずレミリアは吹き出した。優しくって本当に素敵な王子様なのに変なところが抜けているなんて、それがとっても好ましく感じるなんて。今までのレミリアが抱いたことのないその感情の名前はまだ知らない。
「びっくりはしたけど嬉しいよ、ありがとうルー」
「レミー……」
「いやー、まさか殿下のこんな甘い顔が見れるなんて今日は空から槍でも降るんじゃないですか」
「……ヨミ、いくらお前が従兄弟でも不敬がすぎれば殺すからな」
地を這うようなルーファスの声でも先ほどのように怖くない。やはりあれは夢だったのかもしれないとレミリアは思った。
「さぁ。ヨミは置き去りにしてゲツライコウの丘にいこう」
あたたかいルーファスの手が力強くレミリアの手を握る。振り向いたその顔がやっぱりあまりに綺麗で心臓の鼓動が早まるのを抑えられなかった。
彼の話ではとても良い香りのする美しい花だという。それが咲き乱れる丘というとどれほどロマンティックなのだろうとレミリアは考えた。それは多分胸の内の浮かんだ諸々の不安をかなぐり捨ててしまいたいという感情の表れだったのかもしれない。
「レミー、行こうか」
「うん」
初めてまともに歩く月の宮殿の中は驚くほどの静謐さに満ちていた。確かに人々はいるのだが、それがアトラス王国の王宮のようなにぎやかさはなく、あるのは息すらしていないのではと思うような人々の流れだけ。
決して人がいないのではなく、居るのにまるでレミリアの耳が聞こえなくなったのではないかというように無音なのだ。それが不快かといえばまるで音のない映像を見ているような気持ちにはなるが不思議と嫌なものではない。
「人がいるのにとっても静かね」
「そう?」
ルーファスにとってはこのとても静かな宮殿は多分当たり前の風景なのだろう。何も気にしない風に歩いている。全てはまるで絵本でも読んでいるようなそんな錯覚を覚えかけた時だった。
「殿下!!おいていかないでくださいよ!!」
その静寂を打ち破るようにひとりの青年が駆けてきた。彼はルーファスよりも背が高くがっちりした騎士といういで立ちの青年で、黒い髪にルーファスと同じ紫の瞳をしているがタレ目で憎めない優し気な顔立ちをしている。ルーファスが隙のない美青年なら、彼はその逆で隙のあるタイプに見えた。
「ついてくるなと言っただろう。僕はレミーと月の丘へ行くんだ」
「ふたりきりなんて駄目です!!王太子なんですから護衛はつけてくださいよ」
「僕はひとりでも問題ない。それにあいつらがここに来ることはできないだろう」
「いやいや、普通に考えて下さいよ。何かあってからでは遅いんです。レミリア姫様からもひとこと言ってやってくださいよ」
助けを求めるようにこちらを見て来る眼差しに、昔、家に迷い込んだ犬を思い出して、思わず笑ってしまう。
「おい、ヨミ。まずはレミーに自己紹介をしろ。後、気安くレミーの名前を呼ぶのもだめだ」
とても鋭い声でそう言い放つルーファスが明らかに嫉妬しているのが少しほほえましく思える。そしてヨミと呼ばれた男が人懐っこく笑い跪いた。
「私の名前はヨミ・トート・ルルティア。ルーファス王太子殿下の近衛騎士兼魔術師顧問をしております。殿下の愛しの姫君であらせられるレミリア様、以後お見知りおきを」
「魔術師顧問?」
「魔術」という言葉はアトラス王国にもあったが、それは遠い昔に廃れてしまった技術だった。正確にはそれは昔ムーンティア王国にて栄えていた技術であり、サンソレイユ帝国ではわずかに王族にその技術が残るというが、ムーンティア王国ほどには使われていないという。
それについては純粋に魔力量がからんでいるようで、「魔術」「呪術」という目に見えない術の多くは月の神の加護のものが多いらしくそれを使うことができるのもその血筋のものに限られているという。
サンソレイユ帝国にその技術が残っているのは、昔まだ太陽の国と呼ばれていた頃の王が月の国の姫君と婚姻しているため、その血が混ざっているからだと言われている。
「はい。ムーンティアで「魔術」は生活に密着しておりますので。一番その力が強いのは月神様の血を最も濃く引いている王族です。私も王族の血筋なので高い魔力を持っています。そうだな……たとえば」
そういうなりヨミは何か呟くとレミリアの目の前に白い薔薇の花弁が散る。そこに薔薇の木もないのにあまりにも不思議な光景に驚くレミリアと微笑むヨミと面白くなさそうなルーファス。
「綺麗……」
「でしょう」
「……レミー、僕だってそれくらいできるよ」
「えっ?」
レミリアが驚くのも無理はない。いきなり目の前に木が生えてキンモクセイの花が咲いたのだから。先ほどの花弁が舞うというような可愛いものではない。いきなりそれは足元から萌芽してまるで早送りでもしたように咲き誇ったのだ。それを見てヨミがため息をつく。
「殿下の魔法は規格外すぎてこれでは姫君が引いてしまいますよ」
「……レミーはキンモクセイが好きだから喜んでくれるっておもったんだけど……」
珍しく困惑しているルーファスに思わずレミリアは吹き出した。優しくって本当に素敵な王子様なのに変なところが抜けているなんて、それがとっても好ましく感じるなんて。今までのレミリアが抱いたことのないその感情の名前はまだ知らない。
「びっくりはしたけど嬉しいよ、ありがとうルー」
「レミー……」
「いやー、まさか殿下のこんな甘い顔が見れるなんて今日は空から槍でも降るんじゃないですか」
「……ヨミ、いくらお前が従兄弟でも不敬がすぎれば殺すからな」
地を這うようなルーファスの声でも先ほどのように怖くない。やはりあれは夢だったのかもしれないとレミリアは思った。
「さぁ。ヨミは置き去りにしてゲツライコウの丘にいこう」
あたたかいルーファスの手が力強くレミリアの手を握る。振り向いたその顔がやっぱりあまりに綺麗で心臓の鼓動が早まるのを抑えられなかった。
15
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
いくら時が戻っても
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。
庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。
思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは―――
短編予定。
救いなし予定。
ひたすらムカつくかもしれません。
嫌いな方は避けてください。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる