世にも不幸なレミリア令嬢は失踪しました

ひよこ麺

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第一章:れんごくの国と約束の娘

12.王子の騎士と不幸令嬢

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ゲツライコウがどんな花なのかレミリアは知らない。ただ、ルーファスがその花を好きなことだけは彼から話を聞いていたので知っていた。

彼の話ではとても良い香りのする美しい花だという。それが咲き乱れる丘というとどれほどロマンティックなのだろうとレミリアは考えた。それは多分胸の内の浮かんだ諸々の不安をかなぐり捨ててしまいたいという感情の表れだったのかもしれない。

「レミー、行こうか」
「うん」

初めてまともに歩く月の宮殿の中は驚くほどの静謐せいひつさに満ちていた。確かに人々はいるのだが、それがアトラス王国の王宮のようなにぎやかさはなく、あるのは息すらしていないのではと思うような人々の流れだけ。

決して人がいないのではなく、居るのにまるでレミリアの耳が聞こえなくなったのではないかというように無音なのだ。それが不快かといえばまるで音のない映像を見ているような気持ちにはなるが不思議と嫌なものではない。

「人がいるのにとっても静かね」
「そう?」

ルーファスにとってはこのとても静かな宮殿は多分当たり前の風景なのだろう。何も気にしない風に歩いている。全てはまるで絵本でも読んでいるようなそんな錯覚を覚えかけた時だった。

「殿下!!おいていかないでくださいよ!!」

その静寂を打ち破るようにひとりの青年が駆けてきた。彼はルーファスよりも背が高くがっちりした騎士といういで立ちの青年で、黒い髪にルーファスと同じ紫の瞳をしているがタレ目で憎めない優し気な顔立ちをしている。ルーファスが隙のない美青年なら、彼はその逆で隙のあるタイプに見えた。

「ついてくるなと言っただろう。僕はレミーと月の丘へ行くんだ」
「ふたりきりなんて駄目です!!王太子なんですから護衛はつけてくださいよ」
「僕はひとりでも問題ない。それにあいつらがここに来ることはできないだろう」
「いやいや、普通に考えて下さいよ。何かあってからでは遅いんです。レミリア姫様からもひとこと言ってやってくださいよ」

助けを求めるようにこちらを見て来る眼差しに、昔、家に迷い込んだ犬を思い出して、思わず笑ってしまう。

「おい、ヨミ。まずはレミーに自己紹介をしろ。後、気安くレミーの名前を呼ぶのもだめだ」

とても鋭い声でそう言い放つルーファスが明らかに嫉妬しているのが少しほほえましく思える。そしてヨミと呼ばれた男が人懐っこく笑い跪いた。

「私の名前はヨミ・トート・ルルティア。ルーファス王太子殿下の近衛騎士兼魔術師顧問をしております。殿下の愛しの姫君であらせられるレミリア様、以後お見知りおきを」

「魔術師顧問?」

「魔術」という言葉はアトラス王国にもあったが、それは遠い昔に廃れてしまった技術だった。正確にはそれは昔ムーンティア王国にて栄えていた技術であり、サンソレイユ帝国ではわずかに王族にその技術が残るというが、ムーンティア王国ほどには使われていないという。

それについては純粋に魔力量がからんでいるようで、「魔術」「呪術」という目に見えない術の多くは月の神の加護のものが多いらしくそれを使うことができるのもその血筋のものに限られているという。

サンソレイユ帝国にその技術が残っているのは、昔まだ太陽の国と呼ばれていた頃の王が月の国の姫君と婚姻しているため、その血が混ざっているからだと言われている。

「はい。ムーンティアで「魔術」は生活に密着しておりますので。一番その力が強いのは月神様の血を最も濃く引いている王族です。私も王族の血筋なので高い魔力を持っています。そうだな……たとえば」

そういうなりヨミは何か呟くとレミリアの目の前に白い薔薇の花弁が散る。そこに薔薇の木もないのにあまりにも不思議な光景に驚くレミリアと微笑むヨミと面白くなさそうなルーファス。

「綺麗……」
「でしょう」
「……レミー、僕だってそれくらいできるよ」

「えっ?」

レミリアが驚くのも無理はない。いきなり目の前に木が生えてキンモクセイの花が咲いたのだから。先ほどの花弁が舞うというような可愛いものではない。いきなりそれは足元から萌芽してまるで早送りでもしたように咲き誇ったのだ。それを見てヨミがため息をつく。

「殿下の魔法は規格外すぎてこれでは姫君が引いてしまいますよ」
「……レミーはキンモクセイが好きだから喜んでくれるっておもったんだけど……」

珍しく困惑しているルーファスに思わずレミリアは吹き出した。優しくって本当に素敵な王子様なのに変なところが抜けているなんて、それがとっても好ましく感じるなんて。今までのレミリアが抱いたことのないその感情の名前はまだ知らない。

「びっくりはしたけど嬉しいよ、ありがとうルー」
「レミー……」

「いやー、まさか殿下のこんな甘い顔が見れるなんて今日は空から槍でも降るんじゃないですか」

「……ヨミ、いくらお前が従兄弟でも不敬がすぎれば殺すからな」

地を這うようなルーファスの声でも先ほどのように怖くない。やはりあれは夢だったのかもしれないとレミリアは思った。

「さぁ。ヨミは置き去りにしてゲツライコウの丘にいこう」

あたたかいルーファスの手が力強くレミリアの手を握る。振り向いたその顔がやっぱりあまりに綺麗で心臓の鼓動が早まるのを抑えられなかった。
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