29歳、サレカノ? いいえ、年下純情社長の最愛です

悠月彩香

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第1章 アラサー女子、サレカノになる

第3話

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   *

 倒れた原因はいくつもあるが、ひとつはっきりしているのは、心がぽっきり折れてしまったこと。
 花の性格上、あんな現場を見てもなお昴との付き合いを続けるのは、絶対に無理だ。もし戻ったとしても、またいつ浮気されるかという不安を抱えて生きていくことになる。

 父の不倫で、母が苦しい思いをするのを間近で見てきたので、余計に受け入れられなかった。
 今のうちに離れるのが、花自身の心の傷を最小限に留める方法だ。
 ひとつよかったのは、結婚する前だったこと。

 ふたりの間に結婚話が出た時期、昴のアメリカ本社赴任が決まったので有耶無耶になっていたのだ。
 結局、当初一年の予定だった本社勤務は、延びに延びて三年もの長期になった。
 昨年ようやく日本に戻ってきたものの、ふたりの間に結婚の話は上がらなかった。

 というのも、昴は営業部のエースとして多忙な日々を過ごしていたし、花もジュニアデザイナーからシニアデザイナーへと昇格し、目の回る毎日だったから。
 少なくとも花自身はそう思っていたのだが、どうやらあちらは、新卒のかわいい女性社員と親しくなることに多忙を極めていたようだ。

 帰国した昴は悪い意味でアメリカナイズされていて、ときどき彼の言動に違和感を覚えるようになっていたが、恋愛方面もずいぶんオープンになっていたらしい。

 花の父親が、不倫の果てに蒸発したという話は、同棲をはじめた時点で昴に伝えてある。将来を考えている人に、自分の来歴を秘密にしておくわけにはいかなかったから。
 それを聞いた当時の昴は、花の父に対し憤慨していたのに。

(結局、男の人って浮気が当たり前なの?)

 世の男性すべてがそんな人ばかりでないことくらい、頭ではわかっている。でも、身近な男性である父親は不倫したし、恋人は浮気した。
 世の中なんて、そんなものだ。
 そう自分に言い聞かせて別れを決めたが、心を抉るような傷は、いくら割り切っても消えなかった。

   *

 乗り慣れた電車の扉にもたれかかり、いつもの景色が流れていくのをじっと見つめる。
 早退して滞在中のホテルに戻った花は、空っぽのスーツケースを持って国分寺のマンションに戻り、荷物を取って来たところだ。

 ひとりでマンションに乗り込むのは怖かったが、昴が出張で不在にしている今がチャンスだったのだ。
 着替えの多くは寝室のクローゼットにあったが、寝室は花にとって事故現場である。とても入れず、服はほとんど持ち出せなかったが、必要最低限の貴重品は持ち出した。

 残ったものは処分していいと置手紙をして、部屋の鍵は施錠してから新聞受けの中に戻してきた。もう帰ることはないという意思表示だ。

 外の景色を眺めていたら、スマホが振動した。
 昴はブロックしているが、咄嗟に彼ではないかと思って警戒してしまった。だが、メッセージの送り主は瑞原雪乃《みずはらゆきの》だった。

 雪乃は同期入社で、今はマーケティング部に勤務している。研修時から花とウマが合って、入社以降ずっと仲良くしている親友だ。

『早退したって聞いたけど、大丈夫!?』

『うん、なんとか』

『今日、高遠さん出張でしょ? ひとりで平気? 何か持って行こうか?』

『わーん、雪乃ありがとう! でも大丈夫だよ。ちょっと貧血起こしただけだから』

『無理しないでね。慣れない出張で疲れちゃった?』

『かも。ねえ、水曜の夜って空いてる? 久々にゆっくり話したいよー』

『おけおけ、じゃあ上がったらロビーで』

 明後日の約束を取り付けたが、ここで雪乃に伝えるのは、退職の報告だ。

 翌火曜日、花は出勤するとまっすぐ上長のところへ行って、退職を伝えた。
 あのふたりと同じ会社に勤務するのは耐えられない。それが退職理由だが、さすがにそんな恥ずかしいプライベートは伝えられないので、昨日倒れたのをいいことに、体調不良をほのめかした『一身上の都合』で押し通すことにしたのだ。

「プロジェクトもちょうど落ち着いたところなので、今が一番いいタイミングだと思ったんです。申し訳ありません」

 新しいプロジェクトにアサインされてしまえば、業務的にも花の心理的にも退職は難しくなる。この機を逃すわけにはいかないのだ。
 引き止められはしたが、心身の調子が思わしくないと切々と訴えたところ、タイミングがよかったこともあり、なんとか受け入れてもらえた。

 こうして明日から一週間は引継ぎを行い、再来週からは残った有給休暇二十日分の消化に入ることになった。半月後、昴が帰国するまでに消えていたい。
 だが、この有給消化期間になんとしてでも次の仕事を決めなくては。

 いくら格安ビジホとはいえ、こんな長期滞在は不経済この上ない。ウイークリーマンションも検討したものの、ほとんどがマンスリー契約の上、一ヶ月で二十万以上などザラなのだ。
 ここは余計なアクションを取らず、今いる環境で就職活動を成功させるしかない。

(こんなとき、帰れる実家があればな……)

 母はとっくに鬼籍、高校まで育ててくれた祖母ももういない。父親など、所在どころか生死もわからない害なので、花の中ではとっくにいないものとして処理されている。
 ないものねだりをしても仕方がない。幸い、大手企業での実務経験は豊富だし、一社くらい拾ってくれる会社はあるだろう。

 夜、雪乃とご飯を食べながら退職報告をしたら、「は?」となかなか理解されなかった。
そこで、恥ずかしくはあったが、昴と茉果の浮気現場を見てしまったことを漏らしたら、雪乃が我がことのように怒り狂いはじめた。

「意味がわかんないんだけど! 入社時からずっと一緒に暮らしてて、三年間もアメリカから帰ってくるのを待ってた花をさしおいて、仁科さんと!? え、なにそれ。今から行って、高遠さん埋めてこようか?」

「はは……」

「嘘、信じられない! 絶対許せない!」

「もう心折れちゃったから、私は戦線離脱するよ……ごめんね」

「花が謝ることなんてないよ! でも、つらすぎる……」

 そう言って雪乃が花の代わりに泣いてくれたので、ちょっと胸がすいた。
 東京から離れる気はないからと、またの約束をして別れたが、定年まで勤めるつもりだった会社を六年で離れることになったのは無念としか言いようがなかった。
 でも、ここで我慢して残っても、仕事に集中できるとは思えない。

 ホテルに戻ると、転職エージェントに登録しつつ、求人サイトでも、条件に合致するところは手あたり次第ポートフォリオを添付してエントリーすることにした。
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