触 舐 染

迷空哀路

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染 3

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頭がぼうっとしてきて、思考がぐらつく。まぁ考えられなくなるなら、それでもういいかもしれない。
「はぁー……っ、はぁ」
もう細く息を吐くことしかできなくなって、目を動かした。血に染まって見えづらいけど、最後に見るのは彼の姿がいい。死んでもなお網膜に焼き付いたままになるように、必死に食らいつけ。これが今できる精一杯の愛だ。
できることなら彼の反応を見たかった。驚くか、泣くか。発狂でもしてくれるか。意外と冷静なのか……。
「どれ、だろう……」
愛しい顔を思い浮かべて目を閉じる。美しい思い出で最後を飾りたいのに、耳元でごそっとか、ごりっとか耳障りな音が鳴っている。
うわぁ! と品位のない声が聞こえた気がしたが、記憶の中から消した。もう美しい景色の中できちんと指を組んで、天使に迎えられるのを待っているというのに、邪魔しないでほしい。
「おい! おいってば! 聞こえてないのかっ」
突然肩を掴まれたものだから、びっくりして目を開けてしまった。真っ赤な顔と目が合うが、それは相手も同じだろう。
「……っ」
手に結んだロープが緩かっただろうか。確かによく知らずに適当に結んだ気がする。でもそんなことどうでもいい。再び目を閉じて、白い羽を想像する。上から光が差して、抱きしめるように迎えてくれるんだ。……誰かが。
いや、迎えてくれるだろうか。大した理由もなく人を傷つけ、自分を傷つけた人間を。
ああ、もういいや。どこでも、誰でもいいから今度こそ居場所を……天国でも地獄でも、それ以外でもいいから。



天国(仮)は、消毒液の匂いだった。
気づいたら、薄暗い部屋に寝ていた。昼間なのにカーテンを閉めているような暗さだ。
なんというか想像と違う。こんなのただの病院……。
そこまで口に仕掛けて止めた。まさか生き残ったというのか。切る量が足りなかったのか。
がっかりと萎えて更に深くベッドに沈んだ。予想外だ。こんなつまらない結末は。
自分が生き残ったところで何もできない。誰かの代わりに懸命に生きてみたところで、その人物に伝わることはない。逆に自分の命を無碍に扱ってみたところで、誰かに伝わることもない。
「失敗した……」
一世一代のチャンスも逃すのか。もうあんなことは二度とできないぞ。彼は警戒するだろう。もう会わせてもらえないかもしれない。それが当然だ。ああ、あの時もっと深く切っていれば。ここを切っていれば、いや長く楽しむ為に用意した小さなカミソリがダメだった。もっと切れ味の良い高いやつだったら……。
「あー……もう、いいか」
どうでもいい。この失敗を引きずって、なめくじみたいに這いずって死ぬのを待とう。救われたからって性格が変わるような人間性ではなかったらしい。ほら、永遠の眠りにつかせてやったほうがマシだっただろ。分かってるんだ、自分でも。何が一番良いかなんて……。

「あ、起きた?」
ガラッと躊躇いなく開かれた扉。そこから軽薄そうな口調で遠慮も何もなく入ってきた。
「花とかいらないだろ? 一応置いてあるけど、あれは造花だな。布で作られた、植物ですらないやつ」
相手にとってもどうでもいいと思っていることを呟きながら寄ってきた。きっと、というかあちらも困っているのだろう。それはそうだ。起きたら体中血だらけだったのだから。
「……っ、なんで」
言いかけて気づいた。あれか、金を要求しているのか。精神的ショックを受けたとか言って絞り尽くす。それぐらいしか利用価値はないか。
「良いですよ……あの家から、好きなもの……ないと思いますけど、なんでも持っていって」
ご飯分ぐらいにはなるんじゃないか。どこかで売ったら。
「凄いなお前。目が覚めてから真っ先に言うことがそれなんて」
頭は嫌にスッキリしている。数年ぶりに何にも遮られずにぐっすり眠れたような気分、実際それぐらい眠っていたのだろう。
言い返す気が起きなくて顔を逸らす。
「あの部屋を見たら金なんて期待しないよ。残りもんだってお前が汚しちゃったし……あー体流すのも大変だったけど、床とか壁とかはもっと大変だったかもな。あれはさすがに張り替えか」
何が目的なのか早く言ってほしい。こちらから言えることなど何もなくて、無言になるしかない。
「おーい、まだ眠いの?」
顔を覗き込もうとしてきたので毛布を引っ張った。服の隙間から見えた肌には包帯が巻かれている。それだけ見ると重症のようだけど、実際はそうでもないということか。自分のようなものが決意した覚悟なんて、その程度のことだった。
「あ、まだあんまり動くなよ。体中傷だらけなんだから、暴れると噴き出してくるかもしれないぞ」
そんなことになる訳はないが、叶うなら叶えてほしかった。ここで再び血に塗れて、爆発するように殺してほしい。
「……金はないので、何か適当な保険とか契約するんで、それで何とかしてください」
古臭い毛布の中で呟く。聞こえてるか不安になったけど、今更そんな小さなことに悩むのかと思うとバカらしくなった。
「なんだよそれ。なんの話?」
「……っ、そういうことじゃないんですか」
「つーか何で敬語なの? 変な感じ」
自分が思い描いていたこの男はもう少し理知的な感じだったはずだけど、そうでもないのかもしれない。彼のプライベートはほとんど知らないから仕方ないけど、少しずつ理想が崩れ始めてる。
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