鳴り響く鼓動は千の音

迷空哀路

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8 あの日から

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「……好きじゃなかったら、あんなことしない。水族館も……家も……好きじゃなきゃ行かない……っ、好きじゃなきゃ……触ったり……そんなことしないっ」
「……佐々良?」
「練習だなんて、そんなこと……僕だって……、好きな人とじゃなきゃしたくないよっ」
立ち上がると一気に涙が溢れてきてしまった。カッコ悪いしぐちゃぐちゃで、何度も考えた告白パターンは全て没だ。バレてしまった……終わって、しまった。
「……知ってたよ」
「えっ?」
こっちは頭も顔も、何もかも訳が分からないぐらいぐちゃぐちゃなのに、千真はやけに澄ました顔でこちらを見ていた。
「なんとなく、そうなんじゃないかって」
「……嘘」
「ていうかそんな顔して、そうじゃなかった方がびっくりだ。お前別に好きな人が女とは言ってなかったし、具体的なことは何も話さないし。つーかほとんどの時間俺と居ただろ、そしたら別のとこに行く暇なかったと思うし」
「……っ!」
「まぁ水族館辺りで結構バレてたっていうか……ん、どうした?」
カバンを掴んでここから去ろうとすると、腕を掴んで無理やり振り返らせてきた。
「は、離して!」
「なんでだよ。ここで帰った方がもやもやするだろ」
「デリカシーがない!」
「んだよデリカシーって。思ってたこと言っただけだろ」
「だから……そういうところが!」
「で、どうすんだよ」
「……っ」
ふらふらと、床に倒れこむように座った。千真は目の前のソファーに腰を下ろす。こっちに座れとソファーを叩いたけど、僕は床に正座をした。
「落ち着けって。とりあえずそんなところにいないでこっち座れ。正座なんて今日日、フィクションの世界でもなかなか見ないぞ」
「……僕は。僕は千真のことが好きだ。それは友達としても、人としても……その、そういう意味でも……。自分でも全然分かんないんだけど……」
そうだ。なんで僕はこんな奴のことを好きになったんだろう。奇抜な格好をしてる割にはノリが悪いし、いじられてもつまらない答えでかわしていた。いつも一人で群れないでいる姿に対しては、ただ自分と同じってだけだったのに。少し好感を持つと、そこからはちょっと世界が変わっていった。
寝顔とか、頬杖ついて窓の方ばっかり見ている顔とか、お気に入りの曲を聴いているのか頭が動いている時には、可愛いと感じてしまったり。
「そういえば、ペットボトルもあったよな。じゃその時から?」
「あれは、あれだって……分かってたよ。自分でも何回もおかしいって思った! でも他に全然思いつかなくて……。買った後もなかなか渡せなくて、結局五日間無駄に買っちゃったし」
「……そっか」
声から感情が読めなくて、確かめたいけど顔を上げられない。呆れてるのか、引いてるのか、どれなんだと凄く不安になる。数秒経っても声が聞こえなかったので顔を上げてみると、その顔は少し赤く染まっているように見えた。
「……千真?」
「あーもう分かった。仕方ないから俺の思ってたことも話してやる」
「……うん?」
「まぁ、その……お前からこれが最後になるかもってメール来た時は結構ビビって……寂しくなるな、とは思った。なんだかんだ一緒にいても疲れない奴って初めてだったし。……あと、そうだな。なんとなくお前の考えてることが分かってくる内に、そうなってもいいかなとはちょっと思ってた……かも」
「……え?」
「だから……ほらっ!」
突然腕を引っ張って、立ち上がらせてきた。
「言葉で伝えんのは苦手なんだよ……」
密着した体はかなり熱くなっていた。僕がそうなのか、あっちもそうなのかは分からない。でも熱に浮かされるって奴か、色んなごちゃごちゃが頭から消えた。背中に腕を回して、思ってもいないことが溢れる。
「……今から、言うことは独り言だから聞かないで」
「……ああ」
「っ……好き、大好き……! 誰よりも……前からずっと……ずっと好きだった……っ」
「……佐々良」
「せ……んま……、千真ぁ……ああ……っ」
彼にぎゅっと抱きついていたから気づかなかったけど、少し離れると汗をかいていた。それは千真も同じなようで、そのままソファーに倒れこむように乗っかった。そのせいか、今の体制は寝転がる千真の太ももの上に跨っている。それを意識してしまうと余計に熱くなって、僕は咄嗟にそこから離れた。
「……あっ……ちが、これ……は」
しかし離れるともっとマズイことになっていると気づいて、また体を前に倒す。今度は思い切って、首元に飛びついた。恥ずかしすぎて顔をそこに埋める。そこには千真の呼吸音とか、汗で濡れた首筋と髪の匂いが漂ってきて、熱が更に上がった。
「……鳴」
びっくりして顔を上げると、汗でぺたりと張り付いていた髪を避けてくれた。その指先にまた心がついていかない。僕は固まっていることしかできなかった。
「で、合ってるよな? お前の名前」
「覚えてて、くれた……」
「ああ、まぁな」
パーツ一個一個が確認できる顔の近さだ。触れてみたいけど体が動かなくて、あとちょっとができない。それに気づいたのか千真の顔も少し近寄った。
「む、無理! 僕もう無理! 全部無理!」
手のひらで顔を隠して、それを拒否してしまった。怒ってないかなとか、嫌だと思われたかなと不安になって泣きそうになる。そんな時また名前を呼ばれて、混乱した。
「もう名前ダメ! 呼んじゃダメ……っ、だってば……無理だよ……っ」
突然ふふっと笑う声が聞こえて反射的に顔を上げると、それを待っていたのか顔を掴まれた。そのまま顔を近づけられる。
最初は一瞬で何が起きたか分からずに、瞬きを繰り返していた。次はもっと長くて、目を閉じる。どのくらいしてればいいのかそんなことを考える一方で、ずっとこのままでいたいと願った。今、心臓が止まってしまえば、僕は幸せのまま終われる。
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