鳴り響く鼓動は千の音

迷空哀路

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10 鳴り響く鼓動は千の音

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僕もまたドキドキしていて、触られるとすでにそこは濡れていた。千真の手が触れると、体中に気持ちいいのが巡る。千真もちゃんと気持ちよくなれているだろうか。難しい考え事を全部消して、同じように動かした。
漏れるような息が耳元で聞こえる。初めて見る何かを堪えているような、苦しそうにも見えるその顔に、一層気持ちが昂ぶるのを感じた。
なんで千真からは恥ずかしい声が漏れないんだろう。ズルイ、僕だけが必死みたいじゃん。でも、そんなことにムッとしてる余裕もなくなった。急に早めた手に、すぐに出してしまいそうになる。あっちの方がちょっと早くて、千真のものを手だけでは受け止めきれなかった。自分の体を見てみると、胸元辺りまで届いている。その衝撃を受けてか、すぐにまたその辺りに液体が飛んだ。千真の方を見ると、なんだか微妙な顔をしている。
「お前……声出しすぎ」
「……っ、う、うるさい!」
「しかも二回……」
「ねぇ……なんで、そんなに余裕、なの……っ!」
僕はまだ会話もままならないぐらいなのに、あっちは少し息が上がっている程度だ。
「なんか……相手が必死すぎると、冷静になれるっていうか……痛い痛い!」
背中を叩くと、平謝りでヘラヘラと笑った。
「ごめんって」
「……っと……に!」
「ん?」
「ほんと、に……バカ……っ!」
殴ろうと思った手を掴まれて、感情の高ぶった僕の顔に、自分の手を添えていた。なんで突然こんな風になるんだ。嬉しいのか恥ずかしいのか切ないのか苦しいのか、自分自身にも説明のつかない涙は止まってくれない。
泣いている中で、千真への罪悪感を感じていた。顔は良いんだし、いや性格だってちょっと変なところを気にしなければ良い人だ。千真になら、それに似合う女の子が見つかっただろう。その一方で、僕だけが独占してしまっていることに嬉しさを覚えている。そんな自分が醜くて汚くて、苦しい。
「……っ、ごめ……ん」
「なんで謝るんだよ」
「……ありがとう、千真」
あっちの言葉を聞きたくなくて、間髪入れずに続ける。
「もう……じゅうぶん、だ」
千真と会うたびにこんな罪悪感と独占欲に溺れていたら、僕はおかしくなってしまう。だったら一度だけ、こんな幸せな思い出を貰えればそれでいい。これだけならまだきっと、千真を本来の方向に戻せるかもしれない。多分雰囲気とか、お得意のお人好しに流されているだけで、今僕が消えれば悪い夢で済ませられるかもしれない。
もし彼と結ばれることになったとしても、それで得する割合は僕の方が多すぎる。僕だけが得をして、その分のことを彼にしてあげることができない。ただの片思いならそれで良いけど、恋人という立場なら対立でなくちゃ。僕がそんな存在になるのは無理があるってずっと分かってたのに、ここまできてしまったのは、全部僕が弱いからだ。我慢ができない子供だったから。僕が一番好きな人の幸せを壊しちゃダメだ。

「……ありがとう。千真」
もう一度言って、そっと立ち上がる。震える手でティッシュを何枚か掴んで、体と顔を雑に拭いた。相手の方を見ないように服を身につける。
沈黙の空間が気まずくて、早く済まそうと思って急ぎ過ぎたのか、ズボンを履いたまま歩いてつまずいてしまった。バタンっと体制を崩して床に倒れこむ後ろで、小さく吹いた声が聞こえる。いつもの癖で振り返ると、想像していなかった顔で僕を見ていた。
「ほら危ないだろ。それに、まだ残ってるぞ」
「……どうせ、すぐ脱ぐし……」
「えっ……?」
トーンダウンした「えっ」に聞き返すと、なぜか頰を赤らめたので、そういう意味じゃないと叫んでいた。
「すぐに帰って洗濯するって意味!」
「別に、何も言ってないけど?」
墓穴を掘った。せめて去り際ぐらいは綺麗にしたかったのに、もう全部ダメダメだ。
「さっきのこと思い出して、また抜くとか言ったりしないから」
床に落ちていた千真のシャツを投げつける。その間もずっと笑っているので、何だか毒気が抜かれてしまった。
「ん、もう満足したか?」
「千真って……」
「え?」
「……変っていうか、うざいっていうか……なんかムカつく」
すっかり戦力が萎えてしまって、掴んでいた服を床に置いた。
「同じこと思ってんだけどな、こっちも。まぁ別にムカついてはいないけどさ」
「……どういうこと?」
「俺たちお互いに面倒くさいし、変だって思ってるけど。でもそんなとこが面白くて……まぁかわいい、し?」
「……っ!」
「なかなか面倒だけど、考えてることは結構真っ直ぐだろ? 結局人っていうのはさ、一度思い込んだらなかなか変われないものなんだ。だから……もう無理しなくていい。何回も考えて、無理だったんだろ? お前細かいから色んなこと考えてたと思うけど、そんなの俺がどう感じるかなんて分からないだろ。その中で決めた結論の方が、よっぽど迷惑で勝手だよ。その、何が言いたいかっていうと……俺の気持ちは、俺から聞かないと分からないだろ。聞く前に逃げるなよ」
照れているのか、空中に視線を漂わせて頭を掻いていた。僕は聞いた言葉を変換するのに必死で、よく分からないまま考えていると、背中に熱い感触が当たった。後ろから千真に抱きしめられている。
「……俺も結構恥ずかしかったんだぞ。こんなこと初めてだし、半袖以上の肌を人に見せたことないし。そっちはそんな余裕なかったかもしれないけど、俺だって緊張してた。……でもお前のこと見てたら、不思議とそんなの忘れられてて。これは前の話だけど、会うたびにもっと、他の人が知らないところを知りたくなってたんだ。お前のワガママだって、可愛いと思えてた。あの時から、嫌じゃなかったんだ。お前と居るの」
「……っ、僕でいいの?」
「まぁ最初はただ変な奴だなーってだけだったけど……素直に、一緒に居て楽しかった。あーこれ女だったら付き合ってるのかもしれないなって思ったけど、なんかその相手を探すのも違う気がしてさ。このまま一緒に過ごせばいっかって、隣にいるのがしっくりきてた。そのうち手小さいなとか意識し出すと、俺がそれを守りたいって思うようになってて。……それに、さっきのでもう分かっただろ? このまま放置された方が傷つくんだけど。鳴は俺にいじわるしたいの?」
「……っ」
「……鳴?」
言葉が尽きて、千真の腕を振りほどいた。それから向き合って、苦しいぐらい力を込めてその体に飛びつく。
この熱が永遠に冷めなければいいのに。ずっとずっと僕だけの人でいてほしい。そして僕も、彼の全てになりたい。
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