鳴り響く鼓動は千の音

迷空哀路

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後日談

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「ねぇ、まだ取れないの?」
千真の元に戻っても、数分前と全く変わらない景色だった。
「あっ、お前何勝手にアイスなんか食ってんだよ」
「だって……」
プラスチックのスプーンで、チョコチップをすくって口に入れる。甘い。
「で、まだ取れそうにないの」
千真はUFOキャッチャーにかじりつきになって、慎重にボタンを押している。微かに動いてはいるけど、まだまだ取れる様子はない。
「ねぇ、いくら使ったの。そろそろ店員呼んで来るよ」
「もう少し……もうちょいなんだよ……」
もうずっとこんな調子だ。仕方なく隣で見守ることにした。そして僕のアイスが無くなる頃に、店員を呼んでくれと白旗を上げた。
随分動かしてもらって、後一手で取れますとお店の人は言っていた。
「……っ、この辺か?」
さっきまでのが嘘のように、ぬいぐるみはアームに挟まって、良い子に揺らされていた。そのままポトリと落ちる。調整してもらってたとしても、やっぱりこの瞬間は嬉しい。
「お! きた! きたぞっ」
千真がぬいぐるみを抱えてこっちに向ける。
「やったー凄い凄い! かわいい!」
僕は千真ごとぬいぐるみを抱きしめた。なんだかんだこれを欲しがってたのは僕だ。
「まさおー。やっと会えたね」
まさか、まさおがぬいぐるみになってゲーセンに居るとは思わなかった。見た瞬間に、二人で絶対に取ると決めた。
ぎゅうぎゅうと頬ずりをして、まさおを撫でる。結構手触りが良い。
「まさお……もう一個取ろうかな」
千真が羨ましそうに、まさおの耳をぐにぐにと動かした。
「……一個でいいよ」
「え、なんで?」
「い、一個で……充分だから」
何かピンときたのか、ニヤニヤと口角を上げた。
「ふーん。じゃあいっか、一個で」
「なに。さ、触りたかったら来れば良いじゃん……」
「ああ、そうだな。そのうち、わざわざ触りに行くまでもなくなるかもな」
僕はまさおを抱いて歩き出す。焦ったようについてくる千真が面白くて、早足にした。
「おい、鳴!」
「ほら……お疲れ様」
アイスを頰に当てる。何味が好きとか知らないけど、まぁ変な味じゃないから大丈夫なはず。
「ゲーセンでまんまとお金を使い果たした哀れな人に奢ってあげてるんだから、味わって食べてね」
「はいはい、ありがとな」
千真は僕とまさおの頭を撫でて、笑った。
次はおっきなお菓子のやつ、取ってもらおうかな。
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