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1話 夏の海と真珠と魚
04.海水浴場の不審者
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***
翌々日、アルト・ビーチにまで足を運んだメイヴィスはその風景に目を細めた。遠浅の浜は丁度引き潮らしく、遠くまで砂浜が広がり人々が思い思いに寛いでいるのが伺える。溜まった海水に取り残された小魚を捕ろうとしている者、パラソルの下で海を眺めている者、走って海へダイブする者――毎年の事だが実に賑やかだ。
「メヴィ」
「ひっ!?」
よく知った声ではあるが、自分に向けられるとなると聞き慣れない声。それが存外と近くから聞こえて来た為、飛び退きながら背後を振り返る。言うまでも無くそこには今日の活動の相方、アロイス・ローデンヴァルトが立っていた。
今日も麗しい、薄い笑みを浮かべている彼――しかし、そんなアロイスの格好はとても海で遊ぶそれではなかった。鎧こそ着てはいないが、どこか近場に冒険でも行くかのような出で立ち。
こう、シャツ1枚で良いのに何重にも着込んで暑そうな事この上無い。これには流石のメイヴィスも萎縮する事を一瞬だけ忘れてぽかんと口を開けた。
「こ、こんにちは。アロイスさん」
「ああ、こんにちは」
「あのー……、あの、どうしてそんな暑そうな格好を?」
ゆっくりと後退りながら訊ねる。距離を取られた事にか、それとも質問にか。小さく首を傾げながらアロイスがゆっくりと一歩前へ出る。それ以上近付かれると心臓が保たないので、その場で止まっていて欲しかった。
「うん?何か変だったか?仕事は魔物の討伐なのだろう?」
「いや……出来れば、こう、涼しげな格好が良かったかなあって……」
暇な時間は遊んで良いと伝えなかっただろうか。尤も、アロイスは無邪気にはしゃぐような歳ではないが。雰囲気も大人っぽいし、どちらかと言えば「遊んであげる」タイプだと思われる。
はたと立ち止まったアロイスは何事か考えるように黙り込んだ。ややあって、ああ、と手を叩く。
「そうか……。俺は何か勘違いをしていたようだな」
「え……?」
「暗黙の了解。俺は魔物を討伐する為の装備で来たが、実は遊んで良い時間の方が長い、という事なのだろう?であれば、俺のこの格好は現任務に相応しくないな。着替えて来よう」
「エッ!?ちょ、どこで着替えるつもりなんですか!?」
「海の家で適当なシャツを1枚買って来る。しかし、この得物は手放さない方が良いだろうな……」
ぶつぶつ言いながらアロイスがくるりと踵を返す。その背を見て、ようやく得物を認識した。身の丈程もある大きな大剣、こんなものよく海水浴場に持ち込ませてくれたな。警備員は何をやって――ああ、その警備員もうちのギルドのメンバーか。
それにしても、海の家でシャツが売られている事には気付くのに、ここに来るまでに自分の格好が浮いていないと思っていたのか。鋭いのかどこか抜けているのか、よく分からなくなってきた。
ああそれに、もっと詳しく具体的にどういう格好で来た方が良いのか説明しておけば良かった。二度手間になってしまったし、説明も禄に出来ない奴だと思われていたらどうしよう。
悶々と取り留めのない事を考えているとアロイスが戻って来た。その場から一歩も動いていないメイヴィスを見て、目を丸くしているのが伺える。
「日陰に入っていれば良かったのに」
「え……いや、あ、そうですね」
ちら、とアロイスを見やる。
着替えて来たとは言え、下に穿いているものはどうしようもなかったのか、とても海を泳げる格好ではないだろう。シャツはともかく、その何の素材で出来ているのかよく分からないズボンは海水に浮かなさそうだ。しかも、例の大剣は背に負ったままである。
「毎年こんな感じか?」
「ひえっ!?」
「……海での活動は、毎年このような感じだろうか?」
「え、あ、はい。こんな感じです」
「そうか。賑やかで良いな。活気に溢れている」
ナターリア達と会話するのと同じくらいの距離にアロイスが立っている。その事実に気付いてしまった瞬間、くらりと眩暈がした。話が半分も入って来ないが、間違い無く彼は自分に話し掛けている。
実はよく出来た夢かもしれない。これが現実に起こりうる事とはとても思えなかった。それに、何と言うか、彼は眩しい。見上げるとチッカチカするのだ――
「メヴィ、熱中症か?日陰に入るぞ」
「ふわっ!?え、あ、はい」
日陰に入るぞ、しか聞いていなかった。慌てて返事をすると、とうとう怪訝そうな目で見られる。まあ、こんな態度取られたら誰だってこんな苦虫を噛み潰したような顔になるのは間違い無いが。
備え付けのパラソルにアロイスが腰を下ろしたので、恐る恐るその隣に座る。上下運動がぎこちなくなってしまったが、幸いにして彼はこちらを見ていなかったので気付かれる事は無かった。
「水はいるか?水分を摂れ。朝食もちゃんと摂った方が良いぞ、体力の低下は万病の元だ」
――あれ、何でこんな体調を心配されてるんだったっけ。
まさか健康マニアか何かなのだろうか。いやでも、アロイス自身があまり健康的とは言えない出で立ちに見える。
首を傾げながらも、ビニール質のハンドバッグから水筒を取り出す。余った薬草で作った特製ブレンド茶をあおったが、何故かまじまじとアロイスに見られ全然味がしなかった。
「あ、えと、飲みます?薬草茶ですけど」
「え?何故?というか、体調は良くなったのか?」
「え?」
別に茶を飲みたいからこちらを見ていた訳では無いようだ。三歳児にも解ける謎を解いたメイヴィスはそっと水筒をバッグの中へ戻した。
翌々日、アルト・ビーチにまで足を運んだメイヴィスはその風景に目を細めた。遠浅の浜は丁度引き潮らしく、遠くまで砂浜が広がり人々が思い思いに寛いでいるのが伺える。溜まった海水に取り残された小魚を捕ろうとしている者、パラソルの下で海を眺めている者、走って海へダイブする者――毎年の事だが実に賑やかだ。
「メヴィ」
「ひっ!?」
よく知った声ではあるが、自分に向けられるとなると聞き慣れない声。それが存外と近くから聞こえて来た為、飛び退きながら背後を振り返る。言うまでも無くそこには今日の活動の相方、アロイス・ローデンヴァルトが立っていた。
今日も麗しい、薄い笑みを浮かべている彼――しかし、そんなアロイスの格好はとても海で遊ぶそれではなかった。鎧こそ着てはいないが、どこか近場に冒険でも行くかのような出で立ち。
こう、シャツ1枚で良いのに何重にも着込んで暑そうな事この上無い。これには流石のメイヴィスも萎縮する事を一瞬だけ忘れてぽかんと口を開けた。
「こ、こんにちは。アロイスさん」
「ああ、こんにちは」
「あのー……、あの、どうしてそんな暑そうな格好を?」
ゆっくりと後退りながら訊ねる。距離を取られた事にか、それとも質問にか。小さく首を傾げながらアロイスがゆっくりと一歩前へ出る。それ以上近付かれると心臓が保たないので、その場で止まっていて欲しかった。
「うん?何か変だったか?仕事は魔物の討伐なのだろう?」
「いや……出来れば、こう、涼しげな格好が良かったかなあって……」
暇な時間は遊んで良いと伝えなかっただろうか。尤も、アロイスは無邪気にはしゃぐような歳ではないが。雰囲気も大人っぽいし、どちらかと言えば「遊んであげる」タイプだと思われる。
はたと立ち止まったアロイスは何事か考えるように黙り込んだ。ややあって、ああ、と手を叩く。
「そうか……。俺は何か勘違いをしていたようだな」
「え……?」
「暗黙の了解。俺は魔物を討伐する為の装備で来たが、実は遊んで良い時間の方が長い、という事なのだろう?であれば、俺のこの格好は現任務に相応しくないな。着替えて来よう」
「エッ!?ちょ、どこで着替えるつもりなんですか!?」
「海の家で適当なシャツを1枚買って来る。しかし、この得物は手放さない方が良いだろうな……」
ぶつぶつ言いながらアロイスがくるりと踵を返す。その背を見て、ようやく得物を認識した。身の丈程もある大きな大剣、こんなものよく海水浴場に持ち込ませてくれたな。警備員は何をやって――ああ、その警備員もうちのギルドのメンバーか。
それにしても、海の家でシャツが売られている事には気付くのに、ここに来るまでに自分の格好が浮いていないと思っていたのか。鋭いのかどこか抜けているのか、よく分からなくなってきた。
ああそれに、もっと詳しく具体的にどういう格好で来た方が良いのか説明しておけば良かった。二度手間になってしまったし、説明も禄に出来ない奴だと思われていたらどうしよう。
悶々と取り留めのない事を考えているとアロイスが戻って来た。その場から一歩も動いていないメイヴィスを見て、目を丸くしているのが伺える。
「日陰に入っていれば良かったのに」
「え……いや、あ、そうですね」
ちら、とアロイスを見やる。
着替えて来たとは言え、下に穿いているものはどうしようもなかったのか、とても海を泳げる格好ではないだろう。シャツはともかく、その何の素材で出来ているのかよく分からないズボンは海水に浮かなさそうだ。しかも、例の大剣は背に負ったままである。
「毎年こんな感じか?」
「ひえっ!?」
「……海での活動は、毎年このような感じだろうか?」
「え、あ、はい。こんな感じです」
「そうか。賑やかで良いな。活気に溢れている」
ナターリア達と会話するのと同じくらいの距離にアロイスが立っている。その事実に気付いてしまった瞬間、くらりと眩暈がした。話が半分も入って来ないが、間違い無く彼は自分に話し掛けている。
実はよく出来た夢かもしれない。これが現実に起こりうる事とはとても思えなかった。それに、何と言うか、彼は眩しい。見上げるとチッカチカするのだ――
「メヴィ、熱中症か?日陰に入るぞ」
「ふわっ!?え、あ、はい」
日陰に入るぞ、しか聞いていなかった。慌てて返事をすると、とうとう怪訝そうな目で見られる。まあ、こんな態度取られたら誰だってこんな苦虫を噛み潰したような顔になるのは間違い無いが。
備え付けのパラソルにアロイスが腰を下ろしたので、恐る恐るその隣に座る。上下運動がぎこちなくなってしまったが、幸いにして彼はこちらを見ていなかったので気付かれる事は無かった。
「水はいるか?水分を摂れ。朝食もちゃんと摂った方が良いぞ、体力の低下は万病の元だ」
――あれ、何でこんな体調を心配されてるんだったっけ。
まさか健康マニアか何かなのだろうか。いやでも、アロイス自身があまり健康的とは言えない出で立ちに見える。
首を傾げながらも、ビニール質のハンドバッグから水筒を取り出す。余った薬草で作った特製ブレンド茶をあおったが、何故かまじまじとアロイスに見られ全然味がしなかった。
「あ、えと、飲みます?薬草茶ですけど」
「え?何故?というか、体調は良くなったのか?」
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別に茶を飲みたいからこちらを見ていた訳では無いようだ。三歳児にも解ける謎を解いたメイヴィスはそっと水筒をバッグの中へ戻した。
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