アルケミストの恋愛事情

ねんねこ

文字の大きさ
17 / 139
2話 花の咲く家

05.花の香り

しおりを挟む
 ***

「スティール村、か。随分寂れてるなあ」

 木の板で出来た看板1つ。それだけが、今居るこの場所をスティール村である事を知らしめていた。
 まじまじとした態度で感慨深そうに言ってのけたヘルフリートの態度は正しいだろう。何せ、人の気配を感じない村だ。今は夏だが、心なしか空気も冷えている気がする。

 メイヴィスは目を凝らして村を見回してみたが、やはり人っ子一人いなかった。出稼ぎでもしているのだろうか。完全にゴーストタウンと化している。

「流石にこれは……。魔物の群れにでも襲われたのでしょうか」
「ならば、死臭が漂っていても可笑しくはないな。死体の臭いはしないぞ、今の所」

 怪訝そうな顔をしているヒルデガルトに対し、人の死臭を嗅ぎ分ける鼻を持っているらしいアロイスはどこまでも冷静だった。

「ヒルデ殿、取り敢えず依頼人の家へ行ってみよう。依頼書が届いたという事は、そこに人がいるという事になるさ!」
「ええ、それもそうですね。メイヴィス殿、私達から離れないでください。どこかに魔物が潜んでいるかもしれません。或いは、盗賊が」

 慌てて頷いたメイヴィスはぴったりとヒルデガルトに寄り添った。彼女のそういう気遣いこそが、『女性にモテる女性』像を作りあげているような気もする。しかし、今は大変助かるのでその気遣いに遠慮なく甘えるが。
 ちら、とアロイスの様子を伺う。その鋭い双眸は更に細められ、何か考え事をしているようだった。

 依頼書の住所を頼りに、依頼人の家へ着いたのは村へ入ってから10分程経ったくらいだった。すぐに見つかって良かった。

「おー、大きな庭ですね。私も欲しいなあ、庭。色んな薬草を植えるのに」
「――庭だけ随分と広いな。まあ、騎士とはいえ3人もいれば焼け野原程度には出来るか」
「ひょわっ!?あ、アロイスさん……!」
「俺はさっきからずっといたが、相変わらずの人見知りだな」

 ――心臓に悪いから、いきなり会話に参加して来ないで欲しい。
 まずそもそも、遠くからでもドキドキするような重低音の声がすぐ脇から聞こえてくるだけでかなり神経を使う。そういうつもりは微塵も無いはずなのに、無意識的に一言一句聞き逃さないように耳をそばだててしまうのだ。

 無理矢理、不整脈を続けていた脈を落ち着け、ようやっとアロイスと交わした言葉を反芻する。状況判断力が極端に下がっているようで少しだけ背筋がもぞもぞした。

「うーん、アロイス殿。返事がありません」

 ヘルフリートの姿が見えないと思えば、彼は彼ですでに家の戸を結構な力で叩いていた。

「いないのか?」
「そのようですが――村の状況からして心配です。もういっそ、ドアを突き破ってでも中の様子を確かめた方が良いかと」
「そうだろうな。中で倒れているのかもしれない。依頼書にも家族の具合が良くないと書いてあったのだろう?」
「書いてありましたね」

 言いながらヘルフリートが一歩、二歩と下がり助走を付ける。肩口から鋭いタックルを繰り出す姿勢だ。
 アロイスに比べるとやや小柄な体格の彼だが、そのタックルの威力はしかし、やはり騎士だと思わせるに足るものだった。

 玄関の段差を下りること無く短い距離での助走から繰り出されたタックルは、凄まじい爆発力でドアの蝶番を破壊する。砲弾でもブチ当たったかのような音に驚き息を呑んだ。これでは近隣住民に騒音被害で訴えられるのでは――

 気付く。
 これだけの音がしたのに、隣人も、向かいの家からも、或いは斜め向かいの家からも。誰も出て来ないしカーテンが開く事も無い。まさか、本当に人が住んでいない荒廃した村なのだろうか。

「どうだ、ヘルフリート。誰か中に――何の匂いだ、これは」
「わ、分かりません」

 ドアに近付いていたのはヘルフリートとアロイスの2人だけだ。ヒルデガルトはメイヴィス護衛の為、やや後方から状況を伺っている。

「ヒルデさん、私達も様子を見に行きませんか?」
「……匂い?メイヴィス殿は、何か心当たりがあるのですか?」
「や、無いんで近付いてみようかと。たぶん、騎士の皆さんより匂いには詳しいと思うんですけどね」

 流石に人の死臭は分からないが。
 気をつけて下さい、と手で制されながらアロイス達に近付く。それと同時に香ってくるのは甘ったるい匂いだ。

 しかし、嗅いだ覚えは無い匂いだったが、一つ断言出来る事がある。
 これは自然的な匂い、花の芳香に近い匂いだ。人が造る人工的な臭いを消す為の匂いではなく、自然が生み出したどこか違和感無く受け入れられるそれ。

 花は何故香りがするのか。
 自然界に存在するあらゆる生き物、植物の行動や匂いには必ず意味がある。

「――一度離れた方が良いな。ヘルフリート、ゆっくりと下がって来い。『何か』いると思われる」
「そ、そうですね。私もそう思います。これ、多分花の香りとかに近い感じの匂いですし」
「花」

 ほとんど引き剥がすようにヘルフリートの肩を掴み、玄関の段差を下りてきたアロイスは険しい顔をしている。
 一方でヘルフリートはというと、ぼんやりと玄関の方を見つめていた。

「ヘルフリート殿?大丈夫でしょうか、匂いに当てられましたか?」

 心配そうに訊ねたヒルデガルトがヘルフリートの目の前でパァン、と手を叩いた。籠手を装着していた両手から破壊的な音が響く。
 はっ、と。まるで正気に返ったかのように目を丸くしたヘルフリート。瞬きを2回、3回と繰り返し、自己嫌悪するかのように盛大な溜息を吐いた。

「あー、何か……頭がボンヤリするな……。俺、変な事を口走ったりしませんでした?」
「お前の様子がおかしくなってから、まだ1分くらいしか経っていない」
「そ、うですか。うーん、アロイス殿はよくご無事でしたね」
「あの芳香がしてすぐに息を止めたからな」

 危険な匂いのようだ。香しい匂いではあったが、同時に生物的な本能が警鐘を上げるような、そんな匂いだった。家の中に依頼人がいたとして、彼等は無事なのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、生命を懸けて鬩ぎ合い、幾度も涙を流す旅路の中で自分の在り方を探す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※基本週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開中(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...