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2話 花の咲く家
05.花の香り
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***
「スティール村、か。随分寂れてるなあ」
木の板で出来た看板1つ。それだけが、今居るこの場所をスティール村である事を知らしめていた。
まじまじとした態度で感慨深そうに言ってのけたヘルフリートの態度は正しいだろう。何せ、人の気配を感じない村だ。今は夏だが、心なしか空気も冷えている気がする。
メイヴィスは目を凝らして村を見回してみたが、やはり人っ子一人いなかった。出稼ぎでもしているのだろうか。完全にゴーストタウンと化している。
「流石にこれは……。魔物の群れにでも襲われたのでしょうか」
「ならば、死臭が漂っていても可笑しくはないな。死体の臭いはしないぞ、今の所」
怪訝そうな顔をしているヒルデガルトに対し、人の死臭を嗅ぎ分ける鼻を持っているらしいアロイスはどこまでも冷静だった。
「ヒルデ殿、取り敢えず依頼人の家へ行ってみよう。依頼書が届いたという事は、そこに人がいるという事になるさ!」
「ええ、それもそうですね。メイヴィス殿、私達から離れないでください。どこかに魔物が潜んでいるかもしれません。或いは、盗賊が」
慌てて頷いたメイヴィスはぴったりとヒルデガルトに寄り添った。彼女のそういう気遣いこそが、『女性にモテる女性』像を作りあげているような気もする。しかし、今は大変助かるのでその気遣いに遠慮なく甘えるが。
ちら、とアロイスの様子を伺う。その鋭い双眸は更に細められ、何か考え事をしているようだった。
依頼書の住所を頼りに、依頼人の家へ着いたのは村へ入ってから10分程経ったくらいだった。すぐに見つかって良かった。
「おー、大きな庭ですね。私も欲しいなあ、庭。色んな薬草を植えるのに」
「――庭だけ随分と広いな。まあ、騎士とはいえ3人もいれば焼け野原程度には出来るか」
「ひょわっ!?あ、アロイスさん……!」
「俺はさっきからずっといたが、相変わらずの人見知りだな」
――心臓に悪いから、いきなり会話に参加して来ないで欲しい。
まずそもそも、遠くからでもドキドキするような重低音の声がすぐ脇から聞こえてくるだけでかなり神経を使う。そういうつもりは微塵も無いはずなのに、無意識的に一言一句聞き逃さないように耳をそばだててしまうのだ。
無理矢理、不整脈を続けていた脈を落ち着け、ようやっとアロイスと交わした言葉を反芻する。状況判断力が極端に下がっているようで少しだけ背筋がもぞもぞした。
「うーん、アロイス殿。返事がありません」
ヘルフリートの姿が見えないと思えば、彼は彼ですでに家の戸を結構な力で叩いていた。
「いないのか?」
「そのようですが――村の状況からして心配です。もういっそ、ドアを突き破ってでも中の様子を確かめた方が良いかと」
「そうだろうな。中で倒れているのかもしれない。依頼書にも家族の具合が良くないと書いてあったのだろう?」
「書いてありましたね」
言いながらヘルフリートが一歩、二歩と下がり助走を付ける。肩口から鋭いタックルを繰り出す姿勢だ。
アロイスに比べるとやや小柄な体格の彼だが、そのタックルの威力はしかし、やはり騎士だと思わせるに足るものだった。
玄関の段差を下りること無く短い距離での助走から繰り出されたタックルは、凄まじい爆発力でドアの蝶番を破壊する。砲弾でもブチ当たったかのような音に驚き息を呑んだ。これでは近隣住民に騒音被害で訴えられるのでは――
気付く。
これだけの音がしたのに、隣人も、向かいの家からも、或いは斜め向かいの家からも。誰も出て来ないしカーテンが開く事も無い。まさか、本当に人が住んでいない荒廃した村なのだろうか。
「どうだ、ヘルフリート。誰か中に――何の匂いだ、これは」
「わ、分かりません」
ドアに近付いていたのはヘルフリートとアロイスの2人だけだ。ヒルデガルトはメイヴィス護衛の為、やや後方から状況を伺っている。
「ヒルデさん、私達も様子を見に行きませんか?」
「……匂い?メイヴィス殿は、何か心当たりがあるのですか?」
「や、無いんで近付いてみようかと。たぶん、騎士の皆さんより匂いには詳しいと思うんですけどね」
流石に人の死臭は分からないが。
気をつけて下さい、と手で制されながらアロイス達に近付く。それと同時に香ってくるのは甘ったるい匂いだ。
しかし、嗅いだ覚えは無い匂いだったが、一つ断言出来る事がある。
これは自然的な匂い、花の芳香に近い匂いだ。人が造る人工的な臭いを消す為の匂いではなく、自然が生み出したどこか違和感無く受け入れられるそれ。
花は何故香りがするのか。
自然界に存在するあらゆる生き物、植物の行動や匂いには必ず意味がある。
「――一度離れた方が良いな。ヘルフリート、ゆっくりと下がって来い。『何か』いると思われる」
「そ、そうですね。私もそう思います。これ、多分花の香りとかに近い感じの匂いですし」
「花」
ほとんど引き剥がすようにヘルフリートの肩を掴み、玄関の段差を下りてきたアロイスは険しい顔をしている。
一方でヘルフリートはというと、ぼんやりと玄関の方を見つめていた。
「ヘルフリート殿?大丈夫でしょうか、匂いに当てられましたか?」
心配そうに訊ねたヒルデガルトがヘルフリートの目の前でパァン、と手を叩いた。籠手を装着していた両手から破壊的な音が響く。
はっ、と。まるで正気に返ったかのように目を丸くしたヘルフリート。瞬きを2回、3回と繰り返し、自己嫌悪するかのように盛大な溜息を吐いた。
「あー、何か……頭がボンヤリするな……。俺、変な事を口走ったりしませんでした?」
「お前の様子がおかしくなってから、まだ1分くらいしか経っていない」
「そ、うですか。うーん、アロイス殿はよくご無事でしたね」
「あの芳香がしてすぐに息を止めたからな」
危険な匂いのようだ。香しい匂いではあったが、同時に生物的な本能が警鐘を上げるような、そんな匂いだった。家の中に依頼人がいたとして、彼等は無事なのだろうか。
「スティール村、か。随分寂れてるなあ」
木の板で出来た看板1つ。それだけが、今居るこの場所をスティール村である事を知らしめていた。
まじまじとした態度で感慨深そうに言ってのけたヘルフリートの態度は正しいだろう。何せ、人の気配を感じない村だ。今は夏だが、心なしか空気も冷えている気がする。
メイヴィスは目を凝らして村を見回してみたが、やはり人っ子一人いなかった。出稼ぎでもしているのだろうか。完全にゴーストタウンと化している。
「流石にこれは……。魔物の群れにでも襲われたのでしょうか」
「ならば、死臭が漂っていても可笑しくはないな。死体の臭いはしないぞ、今の所」
怪訝そうな顔をしているヒルデガルトに対し、人の死臭を嗅ぎ分ける鼻を持っているらしいアロイスはどこまでも冷静だった。
「ヒルデ殿、取り敢えず依頼人の家へ行ってみよう。依頼書が届いたという事は、そこに人がいるという事になるさ!」
「ええ、それもそうですね。メイヴィス殿、私達から離れないでください。どこかに魔物が潜んでいるかもしれません。或いは、盗賊が」
慌てて頷いたメイヴィスはぴったりとヒルデガルトに寄り添った。彼女のそういう気遣いこそが、『女性にモテる女性』像を作りあげているような気もする。しかし、今は大変助かるのでその気遣いに遠慮なく甘えるが。
ちら、とアロイスの様子を伺う。その鋭い双眸は更に細められ、何か考え事をしているようだった。
依頼書の住所を頼りに、依頼人の家へ着いたのは村へ入ってから10分程経ったくらいだった。すぐに見つかって良かった。
「おー、大きな庭ですね。私も欲しいなあ、庭。色んな薬草を植えるのに」
「――庭だけ随分と広いな。まあ、騎士とはいえ3人もいれば焼け野原程度には出来るか」
「ひょわっ!?あ、アロイスさん……!」
「俺はさっきからずっといたが、相変わらずの人見知りだな」
――心臓に悪いから、いきなり会話に参加して来ないで欲しい。
まずそもそも、遠くからでもドキドキするような重低音の声がすぐ脇から聞こえてくるだけでかなり神経を使う。そういうつもりは微塵も無いはずなのに、無意識的に一言一句聞き逃さないように耳をそばだててしまうのだ。
無理矢理、不整脈を続けていた脈を落ち着け、ようやっとアロイスと交わした言葉を反芻する。状況判断力が極端に下がっているようで少しだけ背筋がもぞもぞした。
「うーん、アロイス殿。返事がありません」
ヘルフリートの姿が見えないと思えば、彼は彼ですでに家の戸を結構な力で叩いていた。
「いないのか?」
「そのようですが――村の状況からして心配です。もういっそ、ドアを突き破ってでも中の様子を確かめた方が良いかと」
「そうだろうな。中で倒れているのかもしれない。依頼書にも家族の具合が良くないと書いてあったのだろう?」
「書いてありましたね」
言いながらヘルフリートが一歩、二歩と下がり助走を付ける。肩口から鋭いタックルを繰り出す姿勢だ。
アロイスに比べるとやや小柄な体格の彼だが、そのタックルの威力はしかし、やはり騎士だと思わせるに足るものだった。
玄関の段差を下りること無く短い距離での助走から繰り出されたタックルは、凄まじい爆発力でドアの蝶番を破壊する。砲弾でもブチ当たったかのような音に驚き息を呑んだ。これでは近隣住民に騒音被害で訴えられるのでは――
気付く。
これだけの音がしたのに、隣人も、向かいの家からも、或いは斜め向かいの家からも。誰も出て来ないしカーテンが開く事も無い。まさか、本当に人が住んでいない荒廃した村なのだろうか。
「どうだ、ヘルフリート。誰か中に――何の匂いだ、これは」
「わ、分かりません」
ドアに近付いていたのはヘルフリートとアロイスの2人だけだ。ヒルデガルトはメイヴィス護衛の為、やや後方から状況を伺っている。
「ヒルデさん、私達も様子を見に行きませんか?」
「……匂い?メイヴィス殿は、何か心当たりがあるのですか?」
「や、無いんで近付いてみようかと。たぶん、騎士の皆さんより匂いには詳しいと思うんですけどね」
流石に人の死臭は分からないが。
気をつけて下さい、と手で制されながらアロイス達に近付く。それと同時に香ってくるのは甘ったるい匂いだ。
しかし、嗅いだ覚えは無い匂いだったが、一つ断言出来る事がある。
これは自然的な匂い、花の芳香に近い匂いだ。人が造る人工的な臭いを消す為の匂いではなく、自然が生み出したどこか違和感無く受け入れられるそれ。
花は何故香りがするのか。
自然界に存在するあらゆる生き物、植物の行動や匂いには必ず意味がある。
「――一度離れた方が良いな。ヘルフリート、ゆっくりと下がって来い。『何か』いると思われる」
「そ、そうですね。私もそう思います。これ、多分花の香りとかに近い感じの匂いですし」
「花」
ほとんど引き剥がすようにヘルフリートの肩を掴み、玄関の段差を下りてきたアロイスは険しい顔をしている。
一方でヘルフリートはというと、ぼんやりと玄関の方を見つめていた。
「ヘルフリート殿?大丈夫でしょうか、匂いに当てられましたか?」
心配そうに訊ねたヒルデガルトがヘルフリートの目の前でパァン、と手を叩いた。籠手を装着していた両手から破壊的な音が響く。
はっ、と。まるで正気に返ったかのように目を丸くしたヘルフリート。瞬きを2回、3回と繰り返し、自己嫌悪するかのように盛大な溜息を吐いた。
「あー、何か……頭がボンヤリするな……。俺、変な事を口走ったりしませんでした?」
「お前の様子がおかしくなってから、まだ1分くらいしか経っていない」
「そ、うですか。うーん、アロイス殿はよくご無事でしたね」
「あの芳香がしてすぐに息を止めたからな」
危険な匂いのようだ。香しい匂いではあったが、同時に生物的な本能が警鐘を上げるような、そんな匂いだった。家の中に依頼人がいたとして、彼等は無事なのだろうか。
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