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2話 花の咲く家
07.プロパガティオ
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家の中へ入ってすぐ、メイヴィスの視線は庭へと向けられた。
騎士3人は気にならないようだが、色取り取りの花が咲く庭は錬金術師には魅惑の空間である。よく手入れが行き届いているのかは分からないが、庭に並々ならぬ執着がある事は伺える。
――よくこれを燃やすだなんて言ったなあ。
燃やして炭にするのは一瞬だ。それは、この庭を作り上げる労力と比べ物にはならない力が使われている。それを燃やすだなんて、家主は随分と思い切った選択をしたものだ。
「人が倒れています!」
「ああ、そうだな……。避難していないのならば、当然そうなるだろう」
慌てたようなヒルデガルトの声とは裏腹に、アロイスは至極冷静にそう言ってのけた。彼等の視線の先には倒れている男性。依頼人のカールかもしれない、というか多分そうだ。
「ヒルデ殿、そこにいてくれ。俺が様子を確かめてみる。生きているようなら、せめて家の外に運ばなければ――」
そろそろと倒れた男性に近付いたヘルフリートはしかし、その足をピタリと止めた。どうした、とアロイスがその背に声を掛ける。
「う、これは……どうしたらこうなるんだ?」
「何があったんだ?」
「カール氏と思われるのですが……その、腹の中身が、無いです」
ぎょっとして男性に目を落とす。遠くてよく見えないので、ヒルデガルトに続いて更に近付いてみると惨状を徐々に理解する事となった。
男は仰向けに倒れている。虚ろに開かれた双眸、しかし眼窩に眼球はない。頭蓋に大きな穴が空いているのがうっすらと見える。また、首から下。劣化した服の布から背と腹がくっついたカサカサの――まるでミイラのような胴体から肢体が見えた。成る程、確かに中身は無さそうだ。
というか、これではまるで――
「何かが腹の中身を喰らって、そのまま頭に穴を空けて出て行ったみたいですね。逆かもしれませんけど」
「ああ、そうだな。というか、一家全滅のようだ……!娘と奥さんじゃないのか、そっちに倒れているのは」
ヘルフリートが指さした先には同じような状態の遺体が2つ鎮座している。つまり、この家には合計3人の遺体があるという事だ。
ゆっくりと室内を見回していたメイヴィスは、すっと視界に入って来たそれをまじまじと観察する。
一見すると火の痕、焦げ痕に見えるそれ。
――家の中で、真っ黒な焦げが付く程の火を使ったのだろうか?
「あ、アロイスさん……その、これって――ん?」
惨状をアロイスに報告しようとしたところで、背後から視線。射貫くような、強い意志を感じるそれにメイヴィスは振り返った。背後にあるのは先程まで使われていたようなテーブルと、その他の家具、そして庭に通じる大きな窓のみだ。
「メヴィ?今、何か言っていたようだがどうかしたのか?」
その言葉はいつもなら一言一句聞き逃すはずがなかったにも関わらず、メイヴィスの耳には届かなかった。
視線は窓の外に釘付け。
ゆっくりと瞬きをする。一度、二度、三度――
四度目を数えた時、見間違いかと思っていた事象が再び起きた。庭の真ん中、一際大きな花から伸びていた蔓が大きくうねったのだ。まるで生き物のように。
それを皮切りに、蔓はウネウネと動き、花弁を支える足のようにゆっくりと立ち上がった。周りに群生していた花は蔓の上に咲いていたらしく、それが動くと同時に動き出した。
つまり、信じ難い事だが花は群生していた、と言うより最初から一つの花だったという事か。根っこは全部同じ、同じ花。
「ああやはり――プロパガティオか!」
「えっ!?い、今なんて言いましたか?アロイスさん!」
「神魔物の、ですか!?」
何だそれは、と呟いたのはヘルフリートだ。
――神魔物。
種ではなく個として君臨する魔物の最終到達点。魔物の最終進化であり、行き着く到達点であるが故に同種は1体たりともいないが、現段階において大抵の神魔物は完全に殺す事が出来ない状況となっている。また、討伐の困難さから『遭ってしまった時は天災だと思え』と、そう言われる存在だ。自然の起こした気紛れという名の不運を受け入れろ、と。
彼等には同一の意思があるとも言われているが、人の言葉を話すのは少数派らしい。尤も、人の言葉を理解した上で人間を見下し、言葉を交わさないのかもしれないが。
その神魔物の1体であるのがプロパガティオだ。勿論、メヴィも魔物研究者から話だけしか聞いた事は無い。
何でも人に寄生し育つ『子』を放ち、生き物を内側から食い尽くす植物型の魔物。食後は一輪だけ花が増える、と言われているが当然ながらその生態系はまだまだ謎だらけだ。
アロイスがやはり、と前置きした事からして一家の遺体を発見した時にはその可能性に至っていたのかもしれない。
「に、逃げましょう!?ギルドでも、神魔物に遭遇したら逃げるようにって言われてますし!」
「ああ、分かってる。だが簡単には逃がしてくれそうにないな……!」
すでに窓の目の前まで迫っていたその魔物――プロパガティオが頭と思われる大輪の花から伸ばした蔓で、窓ガラスを破壊した。降って来たガラス片が結界に阻まれて床に落ちる。
確かに、完全に捕食者の動きだ。みすみす逃げ出そうとする獲物を逃がしてくれる空気では無い。
――「プロパガティオの弱点は火さ。彼女は火が苦手なんだ」、例の魔物研究者の声が甦る。ついでに魔物について語る時のうっとり恍惚とした顔も思い出してしまい、余計にテンションが下がった。
ともあれ、ローブの攻撃魔法道具ポケットを漁る。
恐らく、少量の炎如きでこの神魔物を焼き殺す事は出来ないだろうが、目眩ましにはなる。何か、火を使うようなマジックアイテムは無かっただろうか。
騎士3人は気にならないようだが、色取り取りの花が咲く庭は錬金術師には魅惑の空間である。よく手入れが行き届いているのかは分からないが、庭に並々ならぬ執着がある事は伺える。
――よくこれを燃やすだなんて言ったなあ。
燃やして炭にするのは一瞬だ。それは、この庭を作り上げる労力と比べ物にはならない力が使われている。それを燃やすだなんて、家主は随分と思い切った選択をしたものだ。
「人が倒れています!」
「ああ、そうだな……。避難していないのならば、当然そうなるだろう」
慌てたようなヒルデガルトの声とは裏腹に、アロイスは至極冷静にそう言ってのけた。彼等の視線の先には倒れている男性。依頼人のカールかもしれない、というか多分そうだ。
「ヒルデ殿、そこにいてくれ。俺が様子を確かめてみる。生きているようなら、せめて家の外に運ばなければ――」
そろそろと倒れた男性に近付いたヘルフリートはしかし、その足をピタリと止めた。どうした、とアロイスがその背に声を掛ける。
「う、これは……どうしたらこうなるんだ?」
「何があったんだ?」
「カール氏と思われるのですが……その、腹の中身が、無いです」
ぎょっとして男性に目を落とす。遠くてよく見えないので、ヒルデガルトに続いて更に近付いてみると惨状を徐々に理解する事となった。
男は仰向けに倒れている。虚ろに開かれた双眸、しかし眼窩に眼球はない。頭蓋に大きな穴が空いているのがうっすらと見える。また、首から下。劣化した服の布から背と腹がくっついたカサカサの――まるでミイラのような胴体から肢体が見えた。成る程、確かに中身は無さそうだ。
というか、これではまるで――
「何かが腹の中身を喰らって、そのまま頭に穴を空けて出て行ったみたいですね。逆かもしれませんけど」
「ああ、そうだな。というか、一家全滅のようだ……!娘と奥さんじゃないのか、そっちに倒れているのは」
ヘルフリートが指さした先には同じような状態の遺体が2つ鎮座している。つまり、この家には合計3人の遺体があるという事だ。
ゆっくりと室内を見回していたメイヴィスは、すっと視界に入って来たそれをまじまじと観察する。
一見すると火の痕、焦げ痕に見えるそれ。
――家の中で、真っ黒な焦げが付く程の火を使ったのだろうか?
「あ、アロイスさん……その、これって――ん?」
惨状をアロイスに報告しようとしたところで、背後から視線。射貫くような、強い意志を感じるそれにメイヴィスは振り返った。背後にあるのは先程まで使われていたようなテーブルと、その他の家具、そして庭に通じる大きな窓のみだ。
「メヴィ?今、何か言っていたようだがどうかしたのか?」
その言葉はいつもなら一言一句聞き逃すはずがなかったにも関わらず、メイヴィスの耳には届かなかった。
視線は窓の外に釘付け。
ゆっくりと瞬きをする。一度、二度、三度――
四度目を数えた時、見間違いかと思っていた事象が再び起きた。庭の真ん中、一際大きな花から伸びていた蔓が大きくうねったのだ。まるで生き物のように。
それを皮切りに、蔓はウネウネと動き、花弁を支える足のようにゆっくりと立ち上がった。周りに群生していた花は蔓の上に咲いていたらしく、それが動くと同時に動き出した。
つまり、信じ難い事だが花は群生していた、と言うより最初から一つの花だったという事か。根っこは全部同じ、同じ花。
「ああやはり――プロパガティオか!」
「えっ!?い、今なんて言いましたか?アロイスさん!」
「神魔物の、ですか!?」
何だそれは、と呟いたのはヘルフリートだ。
――神魔物。
種ではなく個として君臨する魔物の最終到達点。魔物の最終進化であり、行き着く到達点であるが故に同種は1体たりともいないが、現段階において大抵の神魔物は完全に殺す事が出来ない状況となっている。また、討伐の困難さから『遭ってしまった時は天災だと思え』と、そう言われる存在だ。自然の起こした気紛れという名の不運を受け入れろ、と。
彼等には同一の意思があるとも言われているが、人の言葉を話すのは少数派らしい。尤も、人の言葉を理解した上で人間を見下し、言葉を交わさないのかもしれないが。
その神魔物の1体であるのがプロパガティオだ。勿論、メヴィも魔物研究者から話だけしか聞いた事は無い。
何でも人に寄生し育つ『子』を放ち、生き物を内側から食い尽くす植物型の魔物。食後は一輪だけ花が増える、と言われているが当然ながらその生態系はまだまだ謎だらけだ。
アロイスがやはり、と前置きした事からして一家の遺体を発見した時にはその可能性に至っていたのかもしれない。
「に、逃げましょう!?ギルドでも、神魔物に遭遇したら逃げるようにって言われてますし!」
「ああ、分かってる。だが簡単には逃がしてくれそうにないな……!」
すでに窓の目の前まで迫っていたその魔物――プロパガティオが頭と思われる大輪の花から伸ばした蔓で、窓ガラスを破壊した。降って来たガラス片が結界に阻まれて床に落ちる。
確かに、完全に捕食者の動きだ。みすみす逃げ出そうとする獲物を逃がしてくれる空気では無い。
――「プロパガティオの弱点は火さ。彼女は火が苦手なんだ」、例の魔物研究者の声が甦る。ついでに魔物について語る時のうっとり恍惚とした顔も思い出してしまい、余計にテンションが下がった。
ともあれ、ローブの攻撃魔法道具ポケットを漁る。
恐らく、少量の炎如きでこの神魔物を焼き殺す事は出来ないだろうが、目眩ましにはなる。何か、火を使うようなマジックアイテムは無かっただろうか。
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